「あれ?」
僕は辺りを見回した。智幸の姿がどこにもない。
おかしいな。さっきまではこのベンチに座っていたのに……。
智幸もトイレに行ったのかと一瞬思ったが、それならトイレで出会うはず。それならジュ
ースでも買いに行ったのかな?
そう思って少しベンチに座って待っていたが、一向に智幸は戻ってこなかった。
うーん。逆ナンでもされてどっかに行ってしまったのだろうか? まさか誘拐された……
なんてことはないよね、さすがに。
ここでひたすら待つのも時間の無駄だと思った僕は、仕方なく1人で遊園地を回ること
に決めた。
智幸とは約束の時間を決めてあるし、放っておいても大丈夫だろう。
ベンチから立ち上がり、どこへ向かって歩こうかとあちこち首を振りながら考えている
と、よく見知った服装の少女を見つけた。
ここからだと後ろ姿だけど、あの服装は間違いなく唯ちゃんだろう。だって、場違いに黒
いドレスみたいなものを着ているのだから。
さっきのヒーローショーが終わったから、着替えてあちこち回って見ているのかな。
あ、もしかしたら智幸を探していたりするのかな? それならちょうどいいし、せっかくだ
から一緒に行動しちゃおうかな。一人は寂しいもんね。
「やっ! こんにちは、唯ちゃん。偶然だね」
さっそく近づいていき肩を叩いて挨拶をしたのだが、
「もしかして智……あれ……?」
僕は思わず固まってしまった。
だって唯ちゃんだと思って肩を叩いた少女。振り向いた顔を見たら別人だったのだ。
服装だけを見れば「唯ちゃんに間違いない!」って思えるのだが、実際は唯ちゃんより
も身長は低く、まだどこか幼い顔立ちをしていた。唯ちゃんも幼さが残った顔をしている
けど、少女はさらに幼い感じである。多分僕や唯ちゃんよりも年下なんだろう。
しかし、腰まで伸びた風に流れるようなサラサラな黒髪、今は無表情だが笑えば可愛
いだろうと思える綺麗な整った顔。その顔立ちにベストマッチしたような服装。
滅茶苦茶ストライクゾーンだった。一目惚れしたかもしれない。
僕が固まっていると、少女は静かに澄んだ声で聞いてきた。
「……唯?」
「あ……いや……」
予想外の出来事に、頭の中がパニックになってしまった。
「ごめん。人違いだった」と言いたいのだが、言葉が思うように出ない。
そんなまごついている僕を、少女は無表情のままジーッと見つめていた。
不思議そうに見るというよりは、なんだか値踏みされているような視線だ。
「ごめん。人違いだった。あはは。気にしないで」
やっと声が出てそう言うと、恥ずかしさのあまりにその場を走り去ろうとした。
しかし少女が僕の服を掴む。そして一言。
「……一緒に回らない?」
「え……? 今何て言った?」
今のは聞き間違いだろうか? 僕の耳には「一緒に回ろう」と聞こえたような……。
しかしそれは聞き間違いではなかった。
「……暇なら一緒に回らない?」
「うん。君が良ければ……」
こうしてよく分からないけど、僕は少女と一緒に遊園地を歩き回る事になったのだった。
少女の名前は怜奈。
これからお姉さんと回る予定だったらしいのだが、どうやら智幸同様、勝手にどこかへ
行ってしまったらしい。それだからなのか、僕と一緒に回ることにしたようだ。
でもあまり詳しくは教えてくれなかった。
何で僕と一緒に回る気になったのかがすごく気になってるんだけどな。
だけどこんな可愛い子とデートをするなんて夢みたいなことだった。
嬉しすぎて、油断すると顔がニヤけてしまう。それだけはバレないようにしなくては。
怜奈ちゃんは無口だった。ただ僕と手を繋いで一緒に歩くだけで、自分からどこに行き
たいというようなことすらも言わない。本当にただ散歩をする感じで歩くだけだった。
無口といっても、こっちから聞けばとりあえず答えは返してくるので、決して会話が成り
立たないわけではなかった。
それに会話がなくても可愛い子の横で手を繋いで一緒に歩けているのだ。それだけで
僕は満足である。
そう思ってもせっかくだから何かのアトラクションに一緒に乗ってみたいわけで、
「何か乗りたいものとかある?」
「…………メリーゴーラウンド」
「じゃあ行こうか」
「……うん」
怜奈ちゃんの希望通りメリーゴーラウンド前にやってくると、それほど混んではいなかっ
た。列になっているものの、これくらいなら1回でみんな乗れるだろう。
少し待っていると回っていたメリーゴーラウンドが終了し、入り口の改札のドアが開き、
僕たちはメリーゴーラウンドの敷居内に入っていった。
メリーゴーラウンドには白馬と馬車の2種類の乗り物があり、他の人たちは次々と各々
乗りたいものに乗っていく。
「馬と馬車があるけど怜奈ちゃんはどっちに乗る?」
「……彰と同じもの」
さっきから話していて分かったが、どうやら怜奈ちゃんは返事が1テンポ遅れている。と
いうより、最初にまず僕の方を見てから答えている。それがどんな意味を持っているのか
は分からないのだが、話すたびにこっちをジーっと見つめられるのはどうも気まずい。
「じゃあ僕は馬に乗ろうかな」
ちょうど馬が2体隣に並んで設置されているところを見つけたので、それに乗ることにし
た。
「よいしょ、っと――って、あれ? 怜奈ちゃん?」
怜奈ちゃんの行動に僕は驚いた。
僕の隣に並んでいる馬に乗ると思っていた怜奈ちゃんが、なぜか僕の乗った馬に乗ろ
うとしてきたのだ。
「……さっき言った。同じものに乗る、って」
さも当然のように静かにそう言うと、僕と天井に繋がっている細い棒状の手すりの間に
体を割り込ませ、馬の背をまたぐのではなく横向きに腰掛けるような形で乗ってくる。
すると怜奈ちゃんの綺麗な横顔が僕の目の前にきた。あまりに近すぎるために、怜奈
ちゃんのいい香りが僕の鼻を刺激する。これは香水などの人為的な匂いではなく、怜奈
ちゃん本来の匂いなんだろう。
あまりのいい匂いに変態行動と分かりつつも、思わず目を瞑って嗅覚に神経を集中。く
んかくんかと匂いを積極的に嗅いでしまう僕がいた。
「……何してる?」
怜奈ちゃんの言葉にハッと我に返り目を開けた。すると眼前には不思議そうに僕を見
ている怜奈ちゃんの姿があった。
「あ……何でもないよ。気にしないで。あはは」
どうやら匂いを嗅いでいたことには気付いていないようだ。助かった。
気付かれてたら嫌われちゃうところだっただろう。もう匂いを嗅ごうとするのは止めた方
が良さそうだ。
メリーゴーラウンドの発進の合図がアナウンスで流れると、ゆっくりと回転し始めた。さ
らには上下に馬が揺れる。
ここで困った事に気付いた。
馬に一応またがっているものの、本来乗る位置には怜奈ちゃんが座っているために、
僕は少し離れた後ろの方に乗っていた。
すると手すりに触る事が出来ないために位置の固定を出来ない僕は、上下の揺れが
続くと徐々に後ろに体が下がっていってしまうのだ。つまりは、落ちてしまいそう、という
ことである。
とりあえず言っておくと、手すりを掴むぐらいの手の長さは持っている。が、手を伸ばし
て手すりを掴もうとすると、怜奈ちゃんを抱くような形になってしまう。それに抵抗を持って
いるために手すりには触れなかった。
しかしそんな僕の思いはよそに、「……落ちるよ」と言いながら怜奈ちゃんは僕の手を
掴んで手すりを握らせた。
結果的に予想通り、怜奈ちゃんを抱くような形になった僕。ちょっとドキドキした。
実際には抱いているわけではないのだが、怜奈ちゃんの体に手を回しているのとほと
んど変わらない。これは興奮せずにいられない。
ここで思った。怜奈ちゃんは恋愛に疎いのだろうか?
初めて会った僕なんかと一緒に遊園地回ってるし、こんなに密着したりしている。いくら
幼い顔立ちをしているにしても、もう心は子供じゃないはずだろうに。
その後もティーカップや妖怪屋敷などの、絶叫系以外のアトラクションを回っていった。
ちなみに全部怜奈ちゃんの希望である。
どうやら自分から言わないだけで、行きたいところは多々あるようだ。
選ぶものに共通しているのは絶叫系ではないってことなので、彼女は絶叫系が苦手な
のだろう。
時間が経つのは早い。あっという間に日が暮れ始めた。
約束の時間もあるし、そろそろお別れの時間だ。
「僕はもう帰る時間なんだけど、怜奈ちゃんはまだ大丈夫なの? お姉さんと一緒に来た
んでしょ?」
「……もう帰るの?」
「うん。他の友達と待ち合わせしてるから」
「……私はまだ大丈夫。お姉ちゃんはほっといても問題ない。迷子はあとでアナウンスで
呼び出すから」
可愛い顔してさらりと酷いことを言う怜奈ちゃん。でも笑顔がないから冗談なのか本気
なのか分からない。
そういえば会ってから一度も笑った顔を見ていない。今更ながら一緒にいて楽しいのだ
ろうか。
「ねえ、僕と一緒に回ってて楽しい?」
試しに聞いてみる。すると、
「……つまらなそうに見える?」
「うーん……」
質問に質問で返されてしまった。
いまいち楽しそうに見えないから聞いてみたのに、そうやって聞き返されると返答に困
る。
でも嘘をついても仕方ないし正直に言ってしまおう。
「会ってからずっと笑った顔を見てないから……ちょっと気になった」
すると怜奈ちゃんは僕から視線を外して考え込む。
あれ? これって返答に困ってる? もしかして楽しくなかったのかな?
無言の時間が流れていくとドンドン不安になってくる。
しかしこの無言は、答えに困っているための無言ではなかった。
怜奈ちゃんの顔を見ると、口元がピクピクと動いていたのだ。
笑おうとしているらしい。でも微かに口元が動くだけで、作り笑いすら出来ていない。
どうやら怜奈ちゃんは感情を表に出すのが苦手な性格らしい。
そっか。笑わなかったんじゃなくて、笑えなかったのか。だからずっと無表情だったの
か。
そんな怜奈ちゃんの、そんな可愛い健気な仕草に思わず笑ってしまう。
「あはは」
「……?」
「ごめん。笑っちゃって。でも、うん。ありがと。気持ちは伝わったから」
「……そう」
一言そう言うと、怜奈ちゃんはまた普通の無表情に戻った。
しかし参ったね。今の健気な怜奈ちゃんを見たら本気で惚れちゃったみたいだ。
唯ちゃんとはまた違う性格なんだけど、唯ちゃん並に惚れてしまったかもしれない。服
装もアレだしね。
こうなったら勇気を出して次へと繋がる架け橋を作らなければ!
そんな想いが一気に膨れ上がった僕は、怜奈ちゃんに連絡先を聞くことにした。玉砕
覚悟である。
でも何となく砕けないって自信もあった。これまでの言動を見ているとそんな感じがした
のだ。
「良かったら連絡先とか教えてくれないかな?」
「……え?」
「出来れば、その……今日限りの縁っていうのは悲しいと言うか……えっと……」
「……いいよ。教える」
ほらやっぱり教えてくれた。
すると怜奈ちゃんはどこぞにあったポケットから可愛い携帯を取り出し、お互いに番号
を交換しあった。
ついでにどこに住んでるのか聞いてみると、意外にも僕の住んでいるところの近くだっ
た。歩いてだとやや遠いものの、車ならそれほど遠くない。会おうと思えばいつでも会え
る。そんな距離。
それに驚いたのもつかの間。
携帯のアドレス入力時に本名を聞いて、さらに驚いた僕。
「……怜奈。美坂怜奈」
「美坂? もしかしてもしかすると、お姉さんの名前って……」
「……唯。お姉ちゃんの名前は美坂唯」
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