夏休みに入ったのは良かったのだが、今までバイトをしていなかったために時間はあっ
てもお金が無かった俺。どこか遠くへ遊びに行けるはずもなく、この夏休みはかなり暇を
持て余していた。
そんなある日、彰から一本の電話がかかってきた。
『遊園地の特別無料優待券があるんだけど、日にちが合うようなら一緒に遊びに行く?タ
ダでほとんど乗り放題になるけど』
どうやら話を聞いてみると、彰の父親がどこからか遊園地の特別無料優待券を何枚か
貰ってきたらしい。さらに近いうちにその遊園地の方に仕事で出かける事があるようなの
で、その日に合わせて行く事にすれば遊園地まで送り迎えしてくれるという話だった。
入場料とアトラクション料金がタダになるに加え、交通費まで浮くという話になれば断る
理由など微塵も無かった。むしろ暇を持て余していた俺にとっては渡りに船だ。
迷いもせずに俺はその誘いを受ける事にした。
夏休み某日。俺たちは遊園地―――富士Pハイランドの入り口へ来ていた。
少し早く着いたために、まだ開園していなく列に並んで待っている状態である。
今ここにいるメンバーは男4女2の計6人。すべて俺たちのクラスメイトだ。
どうやら持っている枚数の許す限り彰はクラスメイトを誘っていたらしく、そして誘いに乗
ってきたのがこの4人なのだ。しかしこのメンバーの中に唯はいない。
別に誘わなかったわけではない。仮にも唯は俺たちの仲間なのだ。いくら俺でもそんな
事はしないさ。
もちろん唯にも俺から電話をかけてみたのだが、長いコール音の末に留守電に切り替
わってしまった。それが自分でメッセージを吹き込めるタイプのものらしく、そのメッセー
ジを聞いていたら1週間は家族で家を留守にするような内容だった。
そんな経緯があったために、今日この場に唯はいないのだ。
せっかくの場に唯がいないのは・・・何か寂しい気もするな。唯も来れれば良かったんだ
けど・・・。どこに行ってるんだろ?
俺がそんな事をしんみりと考えている間、他のメンバーはどれを始めに乗るのかと話し
合っていた。
とりあえずみんな満場一致で「混む前に有名アトラクションに乗りたい」という事だった
のだが、その有名アトラクションのどれに乗るのかで意見が分かれていた。
ここの有名アトラクションは大きく見て4つ―――「カメハメハ」「FUJISAN」「超・戦慄迷
Q」「トンデミーロ」である。
どれかに乗っている間に時間は刻々と過ぎていくので、その間に選ばなかったところは
必然的に長蛇の列になってしまう。それをみんな理解しているためになかなか意見が一
致しないのだ。
しかし最後は今日のリーダーみたいな感じである彰の提案により、ジャンケンにより決
定する事になった。
開園するとまずは「カメハメハ」に向かう事となった。すぐに向かったためにそれほど並
んではいない。どうやら最初に入った人たちの半数は、FUJISANなどの他の有名アトラク
ションに向かったらしい。
FUJISANは前に乗った事があるが、これは初めて乗るアトラクションなので少しドキドキ
していた。売りとしては、『発射直後、わずか1.8秒で時速172km/hの圧倒的な加速、思
わず腰が浮くほどの0Gフォールなど』となっているので、それなりに楽しめそうな予感が
した。
が、最初の加速は正直ビビったのだが、常に時速172km/hで走っているわけではなか
ったので、ちょっと期待外れと言えば期待外れだった。まあ面白いには違いはないのだ
けど。
次に向かったのは彰の提案で「超・戦慄迷Q」になった。どうやらここは長い通路になっ
ているために、整理券を配って人数を調整しているらしかった。それなら整理券無いし無
理だと思いきや、
「これ、な〜んだ?」
いつの間にか彰は整理券を人数分確保していた。さっきのカメハメハの待ち時間に急
いで貰いに行っていたらしい。
何だか今日の彰はいかにもリーダーらしく行動的である。
これは2人1組で行くものらしく、俺は彰と一緒に入ることになった。何だか他の4人を見
てるとそうした方がいいような感じがしたのだ。
そして俺たちは恐怖のホラーハウスへと入っていった。
「あ〜、ごめん。死ぬかも・・・」
「おいおい」
やっとの事で「超・戦慄迷Q」から無事抜け出した俺だが、彰はどうやら無事ではないよ
うな土気色の顔をして椅子でグッタリしていた。
中ではかなり怖がっていたし無理も無い。何事もないと思って通り過ぎた通路の後ろか
ら、包帯巻いた人が出てきた時は失神しかけてたしな。
つい思い出し笑いをしてしまう。
そんな俺を見て彰は恨めしそうな感じで文句を言う。
「笑うな!智幸酷いよな。途中でここから出れる出口がいくつかあったのにも関わらず、
それを無視して無理矢理先へ行かせるし」
「あそこまで怖がられると面白かったからさ。ついつい、な。それによく唯に余計な事を吹
き込んでるし、まあいつもの仕返しって事で許せ」
「・・・あはは」
彰は特に反論するわけでもなく、ただ元気なく乾いた笑いを返した。
しばらくすると他の4人も出てくる。顔色を見る限り、彰よりも悪くはない。
口々に中での感想を述べてたが、どうやらそれを聞く限りでは怖くて堪らなかったのは
彰だけらしく、他はみんな「楽しかった」という感想だった。
はぁ〜。情けないぞ、彰。
「2時間待ち・・・か」
「FUJISAN」に乗るために来てみれば長蛇の列、列、列。
予想はしていたが、この目で実際に見ると並ぶ気が失せるな。
それなら先に意外と空いている「トンデミーロ」に行こうという話も出たが、彰の体の不
調の問題もある。少し休ませた方がいいだろう。
そのため、彰と俺が最初にここで並んで順番取りをしておき、他の4人は少しの間俺た
ちとは別行動する事となった。
しばらくそこで並んでいたのだが、密集したところにいると暑くて喉が渇いてくる。
「喉渇かないか?俺ちょっと買ってこようと思うから、ついでに欲しければ買ってくるけど」
「じゃあさっぱりとした飲み物買ってきて。りんごとかウーロン茶でいいよ」
「オッケー」
そして俺は長蛇の列から一時抜け出した。
少し周りを見たいと思った俺は、少し遠いところの自動販売機まで行ってジュースを買
う事にした。そしてその帰り道の事だった。
かなり前方でトコトコと歩く怪しげな物体を発見した。
それはゴレンジャーのモモレンジャーによく似ているが、ただ似ているだけで実際は違
っている。全然俺が知らないヒーローである。
一瞬、今日やるヒーローショーのキャラクターかとも思ったが、今日は仮面ライダーだっ
たはず。
それならあれは一体何なんだろう?この富士Pのマスコットキャラ・・・なわけないよな。
少し気になったのでしばらくそれを観察していると、時々子供がやってきてはお菓子を
あげたり、握手をしたりしていた。
その光景を見る限り、やっぱりこの富士Pの(マスコット?)キャラクターなんだろう。よく
見れば額の部分に「F」の文字もある。
「へぇ〜。あんなキャラクターが富士Pにはいたのか。もしかして中身は・・・そんなわけな
いか。さすがにここにいるわけないよな」
ピンク色の服であり、胸の膨らみがあるため中身は女性なんだろう。
そうするとなぜか中身は唯なんじゃないかとつい想像してしまう。
「女+コスプレ」ってだけで唯を思い浮かべるって事は、随分俺の中に唯の存在が根付
いてるんだろうな。
思わず苦笑してしまう。
「さて、そろそろ戻るとしようか」
彰を待たせすぎるのもいけないと思い、また長蛇の列へ戻ろうとしたその時、
「えっ?!」
偽女ヒーローがこっちに向かって歩き出していた。
その行動に一瞬恐怖を覚える。
まさか俺に向かって歩いてきてるのか?いや、まさかな。たまたまこっちに歩いてきて
るだけだろう。
そう自分に言い聞かせるものの、無言でトコトコと歩いてくるその偽女ヒーローを見てい
ると、何だか無性に怖くなってくる。未知への恐怖というやつだろうか。
俺の勘が言っている。「この場を早く去れ」と。
そして俺はその勘に従い、即座にその場を走り去ったのだった。
一体あれは何だったんだろうか。全くもって意味不明である。
とりあえず、さっきの俺に向かって来てた事に関しては俺の勘違いだったらしい。俺が
走ってもあっちは追いかけて来なかったからだ。全く紛らわしいやつである。
FUJISANの列に戻ろうとすると、列から少し外れたところに彰が立っていた。
「あれ?並んでないの?」
「うん。少し早いけど交代してくれたからさ」
「そっか」
頼まれた飲み物を彰に渡す。
「ありがと」
お互いジュースを飲んでいる間、さっきの偽女ヒーローの事を聞いてみることにした。
「そういえばさ、さっき変なヒーローっぽいやつ見つけたんだけど」
「ああ、ハイランドーとハイランデーでしょ。何かここの「徘徊ヒーロー」らしいよ」
彰は悩む様子も無く即座に答えた。
青服来た男のヒーローがハイランドーで、 ピンク服の女ヒーローがハイランデーという
事だったが、それ以外は彰も知らない謎のヒーローらしい。
しかし徘徊ヒーローって変な名前だな。
彰の顔色を見てみると、もう元の状態に戻っていた。これならもう他のアトラクションに
乗っても大丈夫そうだ。
「じゃあ何か乗りに行くか」
そんなわけで俺たちは空いてるアトラクションを探して歩き出す事にした。
FUJISANに乗って楽しんだところで俺たちは昼食を取っていた。
昼食を食べながら午後の行動についての事を話合い、この後は各自自由行動で好き
なところへ回る事になった。
そうなると必然的に一緒に回るとしたら彰だろうな。
実際その考えは正しく、他の4人は2・2で別れてどこかへ行ってしまった。
そして2人きりになったところで気になった事を聞いてみた。
「もしかして今日の他の4人の人選って故意にやった?」
「そうだよ。クラスでもなかなかいい雰囲気な2組だったからね。ちょうどいいお膳立てが
出来たわけだし、少し協力してあげたんだよ」
最近分かり始めたが、彰はどうやら人の恋の世話をするのが好きらしい。
あえて口に出しては言わないが、そんな人の恋の世話をするよりも自分の方をまず頑
張った方がいいと思うぞ。
ブラブラとその辺りを歩いていると、どこからか良く聞き慣れた声が聞こえてきた。
それはよく学校で聞く声だ。
「あれ?この声って・・・」
「そんな・・・まさかな」
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