喧嘩


 私は今すごく怒っていた。

 え?誰に怒っているかって?

 それは『親友の幸子』に、だ。

 あれは昨日の夕方。料理部の体験入部した後、家に帰った後の事だった。

 

 

「ただいまー」

 そう言っていつも通りに家の玄関のドアを開けた。

 すると、玄関では和哉が待ち構えるように立っていたのだ。

「あれ?何してるの、和哉?」

 和哉は何やら怒っているような顔をして私を見ていた。

「おかえり、姉ちゃん」

 喋り方もいつもと違った。どこか怒りを堪えているような感じの口調。

 これは間違いなく怒っている。そう感じた。

 でも私、何か和哉を怒らせるような事したっけ?

 最近だと、和哉のプリンを勝手に食べた時の事はもう怒られたし、弁当用に買ってあっ

た冷凍食品を夜食で食べたのもすでに怒られ済み。

 他には洗濯物をたたんであった上にジュースをこぼした事もあったけど、それは即見

つかって怒られた。

 うーん。他には・・・あっ!そうだ。まだ怒られてないことが1つあった。

「えーっと、ごめんね!あれは偶然だったんだよ。ちょっと服を借りようとして部屋に入っ

たんだけど、机の上に可愛い絵柄の手紙が置いてあったもんで、ついつい魔が差して・

・・。いや、ホント見るつもりはなかったんだよ?」

 私が和哉の机の上で見た手紙はラブレターだった。

 相手は同じクラスの女の子らしく、その手紙には和哉に対する思いのたけが綴られて

いた。

 和哉が学校で人気があるってのは前々から知っていたが、こうして実際にラブレターを

もらっているのを見ると、改めて和哉は女子に人気があるのだと再確認させられた。

 でもあの時は「これはマズイ。見たのがバレたらすごく怒られる」って思って、ちゃんと

元通りに手紙は机の上に置いといたはずだからバレるわけないと思ったのに。

 一体何がいけなかったんだろう?

 とにかくバレたのなら仕方ないと素直に白状すると、

「へぇ〜。そうなんだ〜。部屋に勝手に入って手紙読んだんだ〜。知らなかったな〜」

 和哉はこめかみに青筋を立てながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 それはどこかドスの聞いた声であり、いつもの比ではない怒りようである。

 どうやらさらに怒らせてしまったらしい。

「あ、あれ?この事で怒ってたんじゃないの・・・かな?」

 和哉の怒りようがすごくて、私の言葉には力がなく弱弱しい声しか出なくなっていた。

 すでにいつもとは完全に立場が逆になっている。

 いつもなら怒られても、こっちの言い分を無理矢理通せていたのだが、今の和哉には

全く反論する事の出来ないオーラが出ていた。

「俺が怒ってたのは別の事だったんだけど、もうそっちはいいや。それよりも他に怒る事

出来たしな」

 そして怖い顔で和哉が近づいてくる。

「あぅあぅ(泣)」

 逃げ場の無い私はその夜、和哉の説教で3時間も正座させられた上に、晩御飯抜き

の罰を受けたのだった。

 

 

 そして今日の朝、京君が迎えに来る前にまだ少し怒っている和哉に、恐る恐る昨日始

めに怒ってた理由を聞いてみると、

「幸子さんに聞いたけど、昨日姉ちゃん料理部ですごい事やったみたいじゃん。それを

聞いたとき、あまりにも情けなくて涙が出てきたよ。だから・・・あー、これ以上昨日のこ

とは思い出したくないや!とにかく、今日の夜からは晩御飯を一緒に作って色々覚えて

もらうからな!」

 いつもなら「料理メンドイから嫌!」って言うのだが、昨日の事もあり、

「はい。分かりましたです・・・」

 私は大人しく受け入れるしかなかった。

 

 

 つまり結局は幸子が料理部の事を和哉にバラさなければ、こんな事態にはならなかっ

たのだ。

 そんなわけで、私は幸子に文句を言うために幸子いる教室へ向かっていた。

 

 

「幸子!ちょっとこっちに来て!」

 教室で幸子の姿を確認すると、すぐに廊下に呼び出し、そして屋上へ向かった。

「あっちゃん、どうしたんです?いきなり大声で私を呼んで」

 屋上への階段を上がりながら、不思議そうに幸子は聞いてきた。

「それは屋上で」

 端的に言葉を返すと、幸子は素直に従って私の後を着いてくる。

 いつもと私の感じが違うのか、珍しく戸惑っているようだった。

 

 

 屋上に着くと、事のあらましをすべて幸子に話した。

「―――ってことがあったの!もう、幸子のせいだからね!幸子が和哉に告げ口しなけ

れば和哉にこっぴどく怒られなかったのに!」
 
「あっちゃん。それは筋違いですわ。確かに和哉君に言ったのは私が悪いですけど、和

哉君が怒ったのは、その手紙をあっちゃんが見たためでしょう?それは100%、あっち

ゃんが悪いのでは?」

 幸子が珍しく全面否定をしてきた。

 確かに言い分は分からなくもないが、

「それは・・・確かにそうだよ。でも!幸子が昨日の事を言わなければ手紙の事もバレな

かったんだよ!だからやっぱり元を辿れば幸子が悪いんだよ!」

「いえ。いくらあっちゃん相手でも、そこでの非は認めませんわ。その手紙の件が無けれ

ば、ここまであっちゃんは私に対して怒る事は無いのでは?」

「そうだと思うけど―――」

「だから私のせいではないでしょう?」

 私の言葉を遮り、幸子はキッパリと言う。

 それでも私は反論するが、

「違うよ!幸子が和哉に言わなければ隠し通せた事だったんだから―――」

「どうやら話は平行線ですわね。月詠!」

パシュ!

 幸子が月詠さんの名前を呼んだ瞬間、私の首筋にチクリと痛みが走り、

「あれれ?うまく立ってられないよー(@o@)」

ドサッ

 次の瞬間、急に頭の中がボーっとし始め、平衡感覚を失い、その場に尻餅をついてし

まった。

 一体何が起きたのか理解が出来ない。

「ごめんなさいね。あっちゃんとは喧嘩したくないので、あっちゃんと和哉君の少し記憶を

消させてもらいますわ」

「え・・・?」

 頭がボーっとしているためだろうか。すぐ近くで話しているはずの幸子の声が遠くで聞

こえた。

「明日香様。この振り子をよく見てください」

 そう思ったら今度はしっかりとした声が聞こえる。

 これは月詠さんの声だ。

 私の目の前で月詠さんが振り子を左右に揺らしていた。

 何も考えられないために、素直にその振り子の揺れを見る。
 
 振り子の錘(おもり)を目で追っていると、月詠さんが何かを言っている。

 その言葉がうまく聞き取れないために、何とか聞き取ろうとしたのだが、次第に頭の中

が真っ白になっていくのを感じた。

 

 

「あれ?私ここで何してたんだっけ?」

 気付くと私の視界には綺麗な朝の青空が広がっていた。

 どうやら学校の屋上のベンチで横になっているようだった。

 しかし何でここで横になっているのだろう?

 思い出そうとするのだが、頭の中で深い靄(もや)がかかったようなっており、どうして

も思い出すことが出来ない
 
「昼寝―――もとい、朝寝してたんではないんですか?」

 ベンチの横ではフェンス越しにグランドを見ている幸子の姿があった。

「あっ、おはよー」

「おはようございます」  

「何でここにいるの?」

 朝に屋上にいる幸子が珍しいので聞いてみると、

「何となく屋上に来てみたくなったので来てみたんですが、そうしたらあっちゃんがここで

寝てたんですよ。もし予鈴が鳴っても起きなかったら遅刻扱いにされる危険があったの

で、このまま放っておくわけにもいかず、予鈴が鳴るまで待っていたんですよ」
 
「あ、そうなんだ。ありがとね、幸子。やっぱり幸子はいい親友だよー」

「いえいえ。そんな事言われると恥ずかしいですわ。おほほ」

 私が2人の友情を確かめ合ってる中、そんな私たちを屋上への入り口から見ている影

があった。

 

 

「あらら。またアレやっちゃったのか〜。明日香は時々自分の非を認めないことがあるけ

ど、それで毎回記憶を飛ばすのはどうかと思うけど・・・。これについて月詠さんはどう思

ってるんでしょうか?」

 誰もいない空間に向かって言葉を投げかけると、

「私たちメイドは幸子様の命令に絶対です。例え黒な事だとしても、幸子様が白だと言え

ばそれは白なんです」

 すばやく月詠さんは現れてくれ、質問に答えてくれた。

 自分の主人でもない人の質問に律儀に姿を現し、そして答えを返してくれるのは好感

が持てる。

 普段はキリっとしていて近寄り難い感じを醸し出しているのだが、やっぱり中身はいい

人なのだ。

「えーっと、つまりは月詠さんもアレはマズい事だとは思ってるんですよね?」

「それはノーコメントです。幸子様の親友である燐華様からの質問だとしても、お答えは

出来ません」

「それは自分の主人の悪口は言えないって事ですか?」

「ノーコメントです」

「そうですか」

 これ以上聞いても仕方ないと感じたので私は諦め、屋上にいる2人を見て、そして思っ

た事をポツリと呟いた。

 

 

「何かアレを見てると親友って言葉が安っぽい言葉に感じるのは気のせい?」 

 その問いかけに答えてくれる人は誰もいなかった。
 

 

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