朝の訪問者

 
ピンポ〜ン

 休日の朝。昼まで惰眠をむさぼろうとしていた俺の耳元に、玄関のベルの音が聞こえ

ていた。

 一体誰だろう。こんな朝早くから俺の部屋に来るなんて。

 大方どっかのセールスか何かだろう。俺は今、猛烈に眠いんだ。それに寒いので布団

から出るのはまっぴらご免。

 はいはい。残念ながら現在俺は居留守中です。だから、さっさとお引取りください。そし

て、おやすみ。ぐぅぐぅ。

 再び惰眠をむさぼるために、掛け布団を頭から被ってすべての音をシャットアウトしよう

とするが、玄関のベルは一向に鳴り止む気配はない。ひたすら一定の間隔を置いて鳴り

続けている。

 うるさい。はっきり言ってうるさい。これじゃあベルの音が気になって寝れない。

 それでもこのまま出なければ留守だと思って、相手も帰るだろうと思い、何とか堪えて

我慢してみる。

ピンポ〜ン   ピンポ〜ン  ピンポ〜ン ピンポ〜ン

 最初は我慢していたものの、ベルの鳴る間隔が徐々に早くなってきた。もうダメだ。我

慢出来ん。

 人の心地よい眠りの時間を妨げ続けた相手に文句を言おうと思い、俺は布団を跳ね

除けて起き上がり玄関へ向かった。

 全く誰だよ。こんな朝から迷惑極まりないくらいにベルを連打しやがって。大体、ベル

押すだけ押しておいて、「すいませーん」とか「ごめんくださーい」とかの掛け声が聞こえ

やしない。これでは一体誰なのか全然見当も付けられない。

 悲しいことに俺には彼女というすばらしい相手はいないので、その可能性は全くもって

皆無である。セールスや押し売りなら、挨拶の声くらいかけてきてもよさそうである。そう

なると会社の同僚や、俺の友達関係かと予想できる。しかし、会社の同僚にはこのアパ

ートの住所は教えていないし、友達ならまずは電話かメールで連絡を入れてくるだろう。

いきなり連絡も無しに訪問していても、「動くのがダルくて面倒」ということで居留守を使う

ときが多々あるのだ。ちょうどさっきの状態である。

 玄関へ足を運び、玄関のドアに付いている小さいレンズ越しに相手を見てみる。

 しかし、そのレンズから見える視界の中には誰も映っていない。

 どうやらドアから少し離れた場所にいるらしい。そう思うのは、ベルは相変わらず鳴り続

けているからである。何でわざわざ視界から外れたところに立っているのかは分からな

いが、とりあえずうるさいくらい部屋中を鳴り響くベルを止めさせるためにも俺は玄関のド

アを開けた。

「……は?」

 玄関の外に立っていた人物を見て放った第一声はこれだった。出そうと思って出た言

葉ではなく、思わずこぼれ出た言葉。

 一瞬何が起きたのか理解出来なかった。例え、寝ぼけていなくても理解出来る事では

ないだろう。

 腰まであろうかと思われる長い黒髪、白磁のような肌をした綺麗な顔。その顔には愛ら

しい目に、艶やかな唇。

 そんな可愛らしく綺麗な女性が俺に用があって来たというのにも驚きだが、それより何

より一番驚いたのはその女性の服装である。

 黒の丈長ワンピースに、白のヘッドドレスとエプロン。

 俺の記憶が正しければ、それは今流行の……メイド。そう、間違いなくメイドさんがいた

のだ。俺の玄関の前に。

「やっと起きてきましたね、ご主人様ぁ。なかなか起きてこないので、もういないのかと思

いましたよ」

 突然の事にしばし硬直してしまう。何が起きたのか本当に理解不能だ。こんなメイドさ

んが一体俺に何の用なんだ? しかも「ご主人様」だと?

 まだ混乱している頭をフルに回転させて考えてみる。

 デリヘルなんて頼んでなかったし、出張メイド喫茶……なんてのも聞いたことがない。友

達のイタズラだろうか?

 それが一番可能性が高いかもしれない。だが、こんな事をしそうな友達は俺にはいな

いはず。周りの友達はみんな「彼女紹介してくれよぉ〜」って言い合ってる間柄だしな。そ

んなやつらがこんな上質の女と知り合いなわけがない。いたら確実に自慢してるに違い

ない。

「では失礼しますね、ご主人様」

 メイドさんはニコッと笑いながら言うと、玄関先で硬直している俺の横を通り抜けて部屋

の中へと入っていく。

「ちょ……ちょっと待った!」

「はい? どうかなさいましたか、ご主人様?」

 クルリを俺に振り返るメイドさん。

「えっと……君は何しに来たの?」

 色々聞きたいことがあるが、まずは一番の質問を聞いてみる。

「君なんて他人行儀です。私の事は『双葉』とお呼び下さい」

 「いや、「他人行儀」で合ってるだろう」と言おうかと思った。だって今日初めて会ったわ

けで、全然親しい間柄じゃあない。だが、あえて言わない事にした。そんな事、今この時

はどうでもいい。

「ああ、うん。じゃあ聞き直すけど、双葉さん――」

「『双葉』と呼んで下さい、ご主人様」

「じゃあ……双葉」

「はい」

「双葉は何しにうちへ来たの?」

 すると双葉は満面の笑みを浮かべ、

「私はご主人様のメイドです。だからご主人様にご奉仕するために来たのです」

 そして俺のさっきまで寝ていた部屋へ視線を移す。そこは見るも無残な光景だった。小

型ゴミ屋敷みたいである。

 ほら、やっぱり男一人の生活じゃん。さらには俺は不精な性格。その結果が部屋中一

面に表現されているのだ。

 コンビニ弁当の食べ残しやそのゴミ、お菓子のゴミ袋もゴミ箱に捨てずにそのままだ。

というか、そもそもこの部屋にゴミ箱なんぞ存在していない。ある程度汚くなったら、ゴミ

捨て場に持っていくあの大きいゴミ袋へ直接ゴミを詰め込むのだ。だから、ゴミ箱の無い

この部屋に、ゴミが散乱しているのは仕方が無い。まあ他の人が見たなら「仕方が無くな

い!」って言うんだろうけどな。

 さらには読んだ雑誌なども、本棚があるにも関わらず戻すのがメンドクサイために床に

散乱している。それに自分で脱いだ服も、あちらこちらに置かれていたり、他のゴミの下

に埋もれていたり……。足の踏み場がないほど物が散乱した部屋である。

 あまり衛生上に良くない部屋と言えば……そうである。しかし『G』――黒くカサカサ動く

物体の略称――にとってはいい環境なんだろう。たまに見つけては退治している。

「これは……すごい芸術的なお部屋ですね。さすがご主人様です。それではまず、お部

屋のお掃除からやらせて頂きますね」

 サラッと遠回しに酷い事を双葉は言うと、その悪魔の領域へ足元に気をつけながら踏

み入った。そして座り込み、テキパキと片付けを始めていく。

 さすがメイドさん(?)というところだろう。どうすれば効率よく片付けられるかを理解して

いる。俺なんかよりも数倍早い速度で作業をこなしていた。

 こんな汚い場所を掃除しているというのに、嫌な顔一つもせず――むしろ嬉々とした笑

顔でやっているのは一体何故だろう? メイドさん、だから?

 どれがいるのかを度々聞いてくるので、それをただ単に「いる」「いらない」で答えていた

のだが、ふと猛烈にヤバい事に気が付いた。多分、いきなりの展開に思考が追いついて

なかったんだろうな。それがやっと今、追いついてくれたのだ。非常にマズい事実を引き

連れて……。

 このまま片付けられると見つかってしまうのだ! 「アレ」が! 男なら誰でも持っている

だろう「アレ」だ。

 今はゴミなどの下に埋もれ、その姿を潜めているが――って、もう見つかったぁ! 見

つけるの早すぎ! 俺に考える時間を欲しかった……。

 「アレ」を見つけた双葉は一瞬、流れるようだった華麗な動きがピタッと止まった。ちょう

ど後ろ姿のために、どんな顔をしているのかは窺えない。

 ヤバイ。何だかよく分からないが焦る。いや、女性に見つかればそりゃ焦るだろうさ。

 なんたって『Hなビデオや本』が見つかったんだから。あはは……あはは……。

 さて何て言い訳しようかと、混乱している頭を使って考えようとする。しかし双葉は何事

もなかったかのように、再び片付けを始めた。そう何事もなく「アレ」を手に取って移動を

させたのだ。

 しかしやっぱり意識はしてしまったらしい。時折振り向くその顔は、さっきと比べてほん

のりと赤く染まっていたのだった。

 はぁ、実にマズイものを見られちまったな。なんか気まずいぞ。

 

 

 さっきの出来事からそれほど時間を置かないうちに、再びピンチが訪れる。今度は双

葉が押し入れを開けようとしたからだ。

 この中には床に落ちていた「アレ」の数とは比較にならない程の数が隠されている。と

いうか、普通に開ければすぐに目に入る。何せよく使うものだから取り出しやすいところ

にあるのは当たり前――じゃなくて、このまま開けられたらやっぱりマズイって!

 さっきは数えるほどしかなかったから気にしてないような素振りをしてくれたが、この押

し入れの中は猥褻な世界が広がっているのだ。マジでシャレにならん。

「そこはいいよ! 全然汚くないからさ!」

 必死に猥褻な世界への扉を開く事を阻止しようと、押し入れの前に立ち塞がる俺。

「ご主人様がそうおっしゃるならそうしたいのは山々なのですが、とりあえず押し入れの

中を把握して、まだ余裕があるなら使わない物をしまいませんと。今は冬なのですから扇

風機は必要ないと思いますし、出来るだけ広く部屋を使ってもらいたいのです」

 それでも押し入れを開けようとする双葉。

「いや、だからさ、ここは本当にいいんだって――」

「ですから少し拝見させて頂き、扇風機だけでもしまえればそれだけ部屋も広くなります

し――」

「本当にここは――」

「ですから少し拝見を――」

 俺は必死に双葉と戦った。しかし双葉の言う事はもっともである。

 ある程度ゴミはゴミ袋へまとめられたものの、季節外れの扇風機や、今はもう使わない

辞書や読まない雑誌。それらが部屋の片隅を占拠している。これが無くなればかなり部

屋での生活は快適になりそうだ。

 だから、押し入れの中身が普通なら喜んで開けさせただろう。だが現実は違う。この中

は混沌に満ちた悪夢の世界なのだ。それを双葉に知られるわけにもいかない。しいては

俺の本性を知られないためにも。

 しかし、奮戦空しく、結局は負けてしまった。一瞬の隙を付かれてしまい、うまい具合に

俺を押し退ける事なく押し入れの扉を開けてしまったのだ。

 中を見た双葉は再び動きが停止。凍りついたように固まってしまった。

 無理もないよなぁ。男だから多少は持ってそうだと分かっていても、ダンボール箱にギッ

シリ入ってるなんて普通はありえないだろうし。

 でもあえてここで言い訳をしておくと、ビデオは友達が置いていったり譲ってくれたもの

で、雑誌系は地区の古紙回収で一斉収集の時に拾ってきたものであり、自分で買ったも

のはないのだ。そうなのだ。決して自分で買ったものというのは1つもないのだ。だから決

して俺は――って、結局持ってる事に変わりはないよなぁ。

「あのさ……これは――」

 何かしらの言い訳をしようととりあえず声を出してみた俺。しかし突然動き出した双葉は

俺の方を向き返ると、

「ご主人様ぁ〜。何を必死になってるかと思えば、こんな物を沢山隠してたんですね。もう

……ご主人様のエッチ!」

 恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にしながら、やや拗ねたような口調で言った。しかし拗

ねているものの、嫌悪感は抱いていないようだ。

 拗ねて怒っているのだろうが、目線はやや上目使いになっているために、なんだか俺

はそんな双葉が無性に可愛く見えた。

 しばらくお互い無言のまま見つめ合っていると、双葉が再びクルリと反転し俺に背を向

けた。つまりは押し入れの中へ視線を戻したのだ。そしてペタリと座り込み、ダンボール

箱の中に入っているものを手に取り物色し始めた。

「あ、あのさ、何してるのかな?」

「勉強です」

 双葉が理解不能な行動に出たために困惑したが、マジマジとダンボール箱から出して

見られるのは当たり前のように恥ずかしい。俺は双葉の手にあったものを奪うと、双葉

の腕を掴んで引きずるように押し入れから遠ざけた。

「あっ……」

 そしてすぐさまダンボール箱の外に出されたものを入れ直し、押し入れの扉を勢いよく

閉めた。これで何とか安心(?)だ。

 軽くため息をつきながら、双葉の方に振り返る。

「なっ……!」

 俺は双葉の姿を見て衝撃を受けた。一安心して心のガード(というのだろうか)が緩ん

でいた時の衝撃のために、かなり心臓がドキッ! としてしまった。

 だって双葉の今の格好は……その……まあ早い話、パンツ丸見え状態なのだ。いや、

少し語彙があるな。正確には『パンツ丸見せ状態』なのだ。

 いつの間にか立っていた双葉は、羞恥のためなのか顔をさらに真っ赤にしながらも、自

分の手でスカートの裾を持ち上げていた。そのために純白のパンツがバッチシ見えてい

る。

  「見ないように見ないように」と頭では思っていても、本能の方が圧倒的に勝ってしま

い、結局は純白のパンツや白磁のごとき太股に目は釘付けだ。離れない。

 あまりの事に絶句して二の句も出ない俺に、双葉は身体をモジモジさせながら呟くよう

な声で、理性が飛ぶような事を言ったのだ。

 

 

「……ご主人様ならいいよ……しても……。でも、優しくしてくださいね……」
 

 

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あとがき

今回はちょっぴりエッチな話です。
とあるゲーム会社の人の10行妄想ネタを元に作ったのさ……。
でもかなりそのネタが共感出来る妄想だったので、
元が10行でも原稿用紙13枚相当にまで話が広がりました(笑)

でもいいところで寸止め、終了です。
10行ネタがここまでだったのもありますが、この先はさすがに書けないですよ〜(汗)
この先に起こるであろう展開の文章は、今まで一度も書いたことないですし……。
そ・れ・に、あくまでうちのサイトは18禁書きませんから!(笑)
書くならこことは別のサイト作って書きますよ(ぉ?