十二月二十四日。それは世間ではクリスマス・イブと呼ばれる日。
子供たちはサンタクロースからのプレゼントに夢を馳せ、恋人たちはとても幸せそうに
手を繋いで街を歩く、一年で最後の大イベントである。
そんなイブの夜。
とある駅前の広場で、一時間もひたすら同じ場所に立っている男がいた。
男の名前は神谷 享(かみや とおる)。中小企業で働く社会人三年目のサラリーマンで
ある。
享は半年前に、同じ職場で働いていた女に告白した。
その相手も享の事は嫌いではなかったために、享の告白を受けて付き合い始める事
になった。
始めはお互いに愛し愛されていた状態だったのだが、二ヶ月前くらいからその関係が
微妙になり始めていた。
それは相手が浮気を始めたため。
浮気相手は同じ会社の後輩。直属の後輩ではないものの、享もよく知っている男だっ
た。
それを知ったのが一ヶ月前。
偶然、ホテルから仲良さげに出てくる二人を発見してしまったのだ。
しかし浮気をしている事は分かっていても、それを相手に問いただす事は怖くて享は出
来なかった。
面と向かって別れ話を言われるのが怖かったのだ。
そうして何も言えないまま月日は流れ、クリスマスも間近になった頃、ついに恐れてい
た事態が起きた。
相手がついに「他の人に告白されたの。だから別れよう」と、別れ話を切り出してきた
のだ。
享はそれを拒もうとした。でも拒めなかった。
すでに享は感じていたのだ。
相手が自分の事をもう愛していないのだという事を。だから今更何を言ったって無駄な
のだという事を。
それでも享は最後の望みをかけて言った。
「クリスマス・イブの日。いつもの駅前、いつもの時間に待ってる。待ってるから!」
これで来なければ諦める。享はそう決めたのだった。
しかし約束の時間を一時間過ぎても相手は来なかった。
きっと今頃は新しい相手と楽しい時間を過ごしているんだろう。
享は切ない気持ちになってきた。
それと同時に享は完全に理解した。やっぱり自分はフラれたんだ、と。
「「はぁ〜。やっぱりフラれちゃったのかぁ」」
思わず思った事が口に出る。
「「え?」」
が、その声はなぜかハモっていた。
享は不思議に思い、声が聞こえた方を振り向く。
するとそこには享よりもやや年下に見える一人の綺麗な女性がおり、その女性も享の
事を見ていた。
享はその女性の美しさに見惚れ、すぐには言葉が出なかった。
その代わりに女性が笑いながら話しかけてきた。
「あはは。今、言葉がハモっちゃいましたね」
「ああ。うん」
「何て言いますか、お互い恥ずかしい独り言を聞かれちゃいましたね」
「そう…だな…。口に出したつもりは無かったんだけど……」
「私もですよ。でも気付いたら口に出ちゃってました。あはは」
女性がまた笑うと、それにつられて享も自然と笑う。
そしてしばらくお互いに笑い合った後に、
「こうして出会ったのも何かの縁ですし、これから一緒にお食事でもどうですか? いちお
予約してるところがあるんですが」
と、享に提案してきた。
それに断る理由も無かった享は快く承諾して、二人は夜の街へと姿を消していった。
「浮気されたんですね、可哀相に。かくいう私も実はそうなんですよ」
享の出会った女性―――榊 栞(さかき しおり)に連れられてきたのは、少し高級感の
あるレストランだった。
とは言っても、別にスーツでないと入れないような上流階級の人専用のレストランって
わけではない。
あくまでも、高級感溢れる普通のレストランである。
そんなレストランの一角で二人はお互いの境遇を語り合っていた。
どうやら栞も、享と似たような状況で待っていたらしい。
そのためなのかお互いに親近感が沸いたらしく、次第に他の事についても語り合って
いた。
趣味についてや、仕事についての事。他にも将来の夢についてまで。
とにかく二人の話は尽きる事が無い。それこそ永遠と話し続けるのではないかと思うほ
どだった。
しかしいつかは終わりがやってくるものである。
二人はレストランを出て、夜の街並みを再び駅前に向かって歩いていた。
アルコールが入ったためか、さっきよりも二人の歩く速度は幾分か遅い。
「こうして話してると、何で栞さんみたいな人をフッたのか理解出来ないな。すごく話して
いて楽しいのにさ」
「私の方こそ、何で享さんがフラれたのか理解出来ませんよ。こんな優しい方だというの
に」
「お互いに異性を見る目が無かったのかな?」
「そうだったのかもしれませんね」
「……」
「……」
そこで突然会話が途切れた。
しかし何も言う事が無くなったわけではない。何かを言いあぐねているようだった。
少し無言のまま歩いていたが、
「「でも今は」」
何かを言う決心をして声を出した二人。その瞬間が同じだったためにまたハモる。
「享さんからどうぞ」
「栞さんからで」
「いえ、享さんからでいいですよ」
「栞さんからでいいですよ」
互いに互いを譲るために話が前に進まない。
どちらかが折れなければ堂々巡りだろう。
すると栞がまた提案した。
「では二人一緒に言ってみましょうか。多分同じ事考えていると思いますし」
「そうだな。俺もそんな感じがする」
そして二人は一斉に声を出した。
「「でも今は異性を見る目がないなんて思いたくない(です)」」
二人の予想通りに再び言葉がハモった。
「あはは。やっぱり同じ事考えていたんですね」
「ああ、そうだったな」
お互い笑いながら言葉を交わす。
そして栞は享の腕に自分の腕を絡ませ、可愛らしい声で言った。
「あんな告白の仕方は生まれて初めてです」
「俺だってそうだよ」
「きっと今日私たちが出会ったのは、偶然という名の必然―――運命だったんですね」
「俺もそう感じる。もしかしたら、サンタクロースからの少し早いクリスマスプレゼントだっ
たのかもしれないな」
そして二人は見つめ合い、そしてどちらともなく顔を近づけていく。
「好きです、享」
「好きだよ、栞」
そして二人は人目をはばからず、寒い冬空の下、熱い熱いキスを交わしたのだった。
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