繰り返される時

 
 高校の体育館裏。

 そこに一人の青年が仰向けに倒れていた。意識を失っているようだ。

 制服には土の上を転がったであろう汚れが目立ち、はだけた背中の素肌には殴られた

ような痛々しい跡が見える。

 体育館裏。倒れる青年。殴られたような跡。

 どうやらここでリンチにあっていたと、容易に推測できる。

 しばらくすると青年は意識を取り戻した。

 そしてただ呆然と、視界全体に広がる夕暮れに染まった空を眺める。すぐには体が動

いてくれないらしい。

 だがやっとの事で立ち上がると、おぼつかない足取りでその場を後にした。

 

 

 学校を出て、帰途へ着くため歩いている青年。

 本人はしっかり歩こうとしているようだが、他人から見れば明らかにフラフラとしている。

 そのために低い階段から転落。その拍子に歯の一本が欠け落ちてしまった。

 青年は起き上がると、地面に落ちた歯を感慨も無く見つめる。その顔には一切の表情

が無い。

 しかし次の瞬間、青年は目を見開く事になる。

 抜け落ちた歯から突如煙が巻き上がったのだ。

 何が起きたんだ、という表情で青年は煙を見つめていると、その中から銀髪に金色の

瞳をした何かが現れた。

 容姿的には人間と変わりない。だが『人間ではない別の存在』だと直感的に理解でき

た。

「やっと忌々しい封印から解き放たれた。感謝するぞ、人間」

 それは俗にいう『悪魔』。

 何らかの理由により、今の今まで青年の歯の中に封印されていたのだ。

 悪魔が言った。

「我――カオスレシピアの封印を解いた礼として、願い事を一つ叶えてやろう」

 すると青年はこの状況に戸惑う事無く、すぐに自分の願いを願った。

「過去をやり直したい。自分の満足できるような時間を生きたい」

 毎日誰かに虐められる生活なんてもう懲り懲り。もっと穏やかな日々で暮らしたい。普

通に暮らして彼女だって作りたい。

 でも今のままではそんな思いは叶う事がない。

 そんな思いを胸に抱き、切なる願いを力を込めて叫んだ。

「だから時を遡る力が欲しい!」

 こうして青年は時を遡る力を得た。

 

 

 青年は得た力を使い、再び少年時代をやり直し始めた。

 前の人生のようには絶対にならない、という強い意志を持って。

 そう。青年は記憶と知識をそのまま維持して過去に遡っていた。記憶が無ければ同じ

人生を歩む事にあると予想したからだ。

 何はともあれ、二度目の人生は昔とは全く違ったものになった。

 それこそ本人すらも予測できなかった『神童』としての人生。

 知識をそのままに少年になったため、周りから見れば三平方の定理などを解ける小学

生はまさに神童だっただろう。

 とにかく持て囃され、大切に育てられた。

 それがとても心地よく感じ、自分が望んだ人生では無かったが「それでもいいか」と思

い、そのまま歳月は過ぎ去っていった。

 

 

 自分の持つ知識は高校までという事実。それは人生を変えようとも思っても簡単に変え

れるものではない。

 現に、高校に入った時にはもう『神童』などではなく、どこにでもいる『凡人』になってい

た。

 周りで持て囃すような人間はすでに存在しない。それはすでに過去の話である。

 その人生に悔しさと切なさを感じ、青年は再び人生をやり直すべく時を遡った。

 

 

 三度目の人生。

 今度は普通の人生を生きるべく、無駄に知識をひけらかす事はしなかった。

 そして本来望んだような生活をするべく、喧嘩に負ける事のないように空手を習いなが

ら時は流れていった。

 前の人生と違い、中学生で恋をした。そして付き合った。

 結局お互いの価値観の違いで別れる事になったが、それはそれでいいと思っていた。

 前の人生とは違うんだ。一人や二人と別れても問題無いさ。

 すでに時を遡る力を懇願していた青年とは、性格が大いに変わっている。これが彼の

望んだような姿だったのだろう。

 これで万事解決と思いきや、青年は再び異能の力を使う事になる。

 中学で別れた時の相手が芸能界デビューをし、今や国民的アイドルとなったからだ。

 あの時別れてなかったら人気アイドルと付き合えていたはずなのに。

 その想いが再び青年に力を使わせたのだった。

 

 

 四度目の人生が始まる。

 今度は彼女好みの男になるため頑張り、前回の別れの場面は回避する事が出来た。

 しかし過去を変えたせいだろう。彼女がアイドルになる事は無かった。

 アイドルになるどころか、どこをどう間違ったかブスになってしまう始末。

 青年は再び人生のリセットをかけた。

 

 

 そんな繰り返しで、幾度過去を体験しただろうか。

 また何度目かの力の行使をしようとしたところで、青年の体が突如力なく崩れ落ちた。

 何かの病気で倒れたのではない。

 青年の命の炎が燃え尽きた――寿命である。 

 そう。時を遡る際に例外として残るものは記憶と知識だけではなかった。

 実は青年も知らない事だったのだが、寿命もリセットされていなかったのだ。

 そうとも知らない青年は不用意に何度も過去を繰り返し続け、その結果、大人になる事

無く"長く短い人生"にピリオドを打ってしまったのだった。

 

 

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あとがき

第3回電撃掌編王に応募した作品です。
テーマは「メルヘン」
使うキーワードは「制服」と「レシピ」

結構真剣に書いたんですけどね〜。
規定字数オーバーという大ポカをやらかしてしまいましたよ。
非常に心残りな作品になってしまいました……。

でもせっかく書いたので上げちゃいました。