狂った歯車

 
  壁によりかかって座り、視界に映る真っ赤なカーペットを見つめながら、私はさっきま

で彼氏だった凍矢の事を考えていた。

 

 

 凍矢と私の出逢いはほんの些細な事だった。

 たまたま私が見に行った映画館で、座った席が同じだっただけ。

 映画が見終わった後、興奮のあまり、隣にいた彼に私が「今の映画良かったですよね」

と言っただけ。

 そんな小さな出来事から、私と凍矢の関係は始まった。

 お互い映画好きという趣味を持っていたために、月に何度か一緒に映画を見に行くよう

になった。

 映画を見に行くだけの関係だったけど、次第に私は凍矢に惹かれていった。

 うまく説明できない。人が誰かを好きになるのに理由なんていらないと思うから。

 でも、凍矢と一緒にいるとすごく楽しくて、いないとすごく孤独な気持ちになってしまう。

 これはきっと私が凍矢に惹かれている証拠だと思った。恋をしたのだと思った。

 だから私は思い切って告白した。

 突然の告白に彼は少し驚いた様子だったが、すぐに快く私の気持ちを受け取ってくれ

た。

 あの時は天にも昇る気持ちだった事を、私は今でも覚えている。

 その日から私は凍矢の彼女となった。

 

 

 付き合い始め、彼と一緒にいる時間が長くなった。私が彼の家に転がり込んでしまった

のだ。

 同棲生活は幸せだった。

 一日の始まりはおはようのキスから始まり、一日の終わりはおやすみのキスで終わ

る。

 今まで何回それを繰り返しただろうか。

 数え切れぬほどのキスを繰り返してきた私だったが、何度してもその度に胸が急激に

高鳴ってしまう。

 朝のキスはそのためにすぐに目が覚めるのだが、夜のキスでは胸がドキドキしてすぐに

はどうしても寝付けない。

 最初の頃はおやすみのキスをしたにも関わらず、全く寝れずにおはようのキスをした事

もあった。

 その時は目に隈を作った私を見て、彼は大笑い。

 それが恥ずかしくて堪らなかったのを、私は一生忘れないだろう。そして、その後に彼

が言ってくれた言葉と行動も。

「キスに慣れないと眠れないようなら、今日は一日中キスしていようか?」

 と、冗談っぽくも、そう言ったのだ。

 突然の爆弾発言に私は赤面。想像しただけで顔から火が出そうだった。

 でも、冗談っぽく言ったくせに、僅か数秒後には私の唇に彼の唇が触れていた。

 突然のことで心臓が止まるかと思ったけど、幸い止まることは無く、その日は一日中、

暇さえあれば鳥のようについばみ合っていた。

 

 

 とにかく幸せな日々が続いた。そしてそれは、ずっと続くものだと思っていた。

 それなのに……なのに……

 

 

 幸せの歯車が狂い始めたのは、今からおよそ一年前。

 二人で東京へ遊びに行ったのが、そもそもの間違いの始まりだったと思う。

 

 

 最近の秋葉原には、アキバ系と呼ばれる人種が生息しているとテレビや雑誌で取り上

げられていた。

 それに興味を引かれた私は、ちょっとした観光気分で、凍矢を連れてその街を歩いてみ

たのだ。

 そこにはアニメやゲーム、フィギュアを扱う店がたくさんあった。それこそ怖いくらいに。

「凍矢はこんなの興味ないよね?」

 私は凍矢に肯定の答えを期待しながら聞いてみる。

 すると凍矢は、私の望んだ通りの答えを返してくれた。

「大丈夫。僕は二次元の女には興味無いからさ。大体、美沙っていう立派な三次元の彼

女がいるんだから、二次元の女に本気で惚れたりしないって」

 

 

 ……そうだよね。あの時、そう言ってくれたんだよね?

 それでもちょっと不安だったから、

「じゃあさ、もし二次元の女を愛したら包丁でグサッと刺すからね?」

 こんな自分でもおかしな提案をした時、苦笑しながらも確かに了承してくれたよね? 

そうだよね?

 だから……だから……

 

 

 そこまで凍矢との思い出を振り返り、ふと、私は自分の両手を見る。

 真っ赤に染まっていた。

 赤い血がべっとりと、手に鮮やかな色をつけている。

 視線を真っ赤なカーペットから少し上げると、その先には凍矢が――さっきまで凍矢

だったものが倒れていた。

 その背中には包丁が刺さっている。

 そう。私が刺した包丁が。

 視線をもう少し先、凍矢の部屋へ移す。

 そこにはアニメのフィギュアや、ゲームの数々が所狭しと並べられていた。 

 

 

 凍矢の馬鹿。嘘つき。

 何で私よりも、ゲームのキャラクターの方がいいなんて言ったのさ。

 どうして別れようなんて言ったのさ。

 私は三次元の人間だよ? 二次元の女とは結婚も出来なければ、キスも出来ない。手

も握る事だって出来ないんだよ?

 それなのに……何で? 何でなのかな……?

 

 

 もう一度、赤く染まった左手を私は見る。

「はぁ。何でこんな風になっちゃったんだろ。幸せの歯車が狂わなければ、今頃はこの薬

指に指輪があるはずだったんだけどな……」

 

 

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あとがき

第四回電撃掌編王投稿作品。
テーマは「約束」
使用するキーワードは「アキバ系」「指輪」

普通じゃつまらんので、少し変わった流れでテーマに合わせてみました。
これもまた「約束」なのではないかな、と思います。
てか、アキバ系と絡めるストーリーは大変だったぞ!
ヲタクで恋人持ちの人は、これを教訓として、こうならないように気をつけましょうね(笑)