一ヵ月半もあった夏休みも、今日で終わりを告げようとしていた。
毎年の事ながら、休み前に出された宿題は終わっていない。遊んで過ごしていたら、
あっという間に最終日になってしまったのだ。
そんなわけで今日は必死に部屋に篭って朝から宿題を片付けているわけなのだが、ど
うにも集中出来なかった。
出されているプリント自体は難しいわけではない。一日もかからずに終わらせる事が出
来る量だろう。
俺の集中を乱すものは他に存在する。それは音。
窓の外からは五月蝿いくらいに聴こえる蝉の鳴き声がするのだが、それは窓を閉めて
しまえば解決する。
それ以上に気になる音が背後からするのだ。
カチカチカチカチ……
「お前さ、何しに俺の家へ来たわけ?」
我慢出来ず、背後にいる幼馴染の遊奈に声をかける。
遊奈は「宿題終わらせに来た」と答えるが、どう見てもやっているのはテレビゲーム
だった。
「嘘言うな。思いっきり遊んでんじゃん!」
「甘いね。『ゲーム=遊び』って簡単にくくるのは良くないよ」
何やら自信満々にそう切り出した遊奈は、恐ろしくぶっ飛んだ事を言い始めた。
「私がやっているのは確かにゲームなのは認めるよ。でもね、傍目からは遊んでいるよう
にしか見えないけど、実はこれも宿題の一環なんだよ」
「……はい?」
何を突然言い出すんだ、この女は。
……ああ、そうか。今年の夏は特に暑かったもんな。夏の陽気にやられたのか、可哀
相に。
遊奈を同情の目で見つめてやるが、それに気付かずさらに言葉は続く。
「学校から出された宿題プリントの他に、自主的にやる自由研究があったでしょ? やれ
ば特別点が付くやつ」
言われて見ればそんなのもあった。
しっかりやれば内申点に加算されるらしいのだが、夏休みを自分から潰すような真似を
する気は全くなかったために、記憶の中から綺麗さっぱり忘れ去れていた。
あれ? ちょっと待てよ。まさかこの馬鹿――
「だから私は自由研究でゲームをやっているわけだよ。分かった?」
「全然分かんねーよ。何でゲームが自由研究の題材になるんだよ」
まさか本当に暑さで頭がイカれたのだろうか。心配になってきた。
そんな心配をよそに、遊奈はゲームをしながら説明を始める。
「このゲーム知ってるでしょ?」
「ああ」
それは大人でも知っている有名なロープレだった。
「これに出てくる敵ってさ、主人公たちのレベルで強さが決まるから、主人公たちのレベ
ルを上げなければ弱いままなんだよね」
「ああ、そうらしいな」
「だから私は思ったわけだよ。夏休み全てを使って、このゲームをいかに低レベルでクリ
ア出来るのかを自由研究にしようと!」
「……あ、そう」
昔からどこかズレたやつだとは思っていたが、夏休み中ずっとゲームをしていたとは
呆れてものも言えない。
道理で夏を過ごしていたはずなのに、全く日焼けをしていないわけである。
「つーかさ、百歩譲って自由研究はそれでもいいとして、肝心のプリントはやったわけ?」
「ううん。やってない」
即答だった。
「さっき言ったでしょ? 夏休み全てを使って、私は自由研究に没頭していたって」
さも当然のように遊奈は答えるのだが、そこは当然のように言う場面ではないと思う。
「じゃあ、プリントはどうするつもりだよ?」
「……ん。それはちゃんと考えてあるよ。大丈夫。今日中には終わる予定だから」
遊奈は軽くそう言うが、すでに時間は午後の三時を回っている。
徹夜すればギリギリで終わらせられるかもしれないが、遊奈は子供のように寝る時間
が早いため、まず徹夜が出来るような人間ではない。
それならばどうするつもりなんだろうか。
俺が口を開こうとする寸前、遊奈が突然叫んだ。
「あ〜、もう! この隠しボス強過ぎー! トライアングルアタックなんて反則だよ〜。一気
に瀕死になっちゃうじゃん!」
テレビ画面では、隠しボスの三位一体攻撃によってキャラクターが全滅しているのが見
えた。
「悔しいな〜。めげずにもう一度チャレンジだ!」
馬鹿は放って置き、息抜きに飲み物を取りに行く事にした。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、遊奈の分も一緒にグラスへ注ぐ。
部屋に戻ると遊奈がテレビの前から移動していた。テレビ画面を見れば、またもやキャ
ラクターが全滅していた。
「ん? 何してんだ?」
俺が何気なしに声をかけると、俺の机にいた遊奈の肩がビクッと震えた。
「何でもないよ」
そう言ってすぐに机から離れる。俺のプリントを持って。
「おいおい。それは貸さないからな」
そうか。俺がやったのを写そうという魂胆だったのか。
すぐに遊奈からプリントを取り返そうとするのだが、遊奈はそれを拒んだ。
「これは私のだよ」
「は?」
「ここ見て、ここを」
遊奈が指した場所を見ると、恐るべき事に、名前記入欄には俺の名前ではなく、
「貴様、何してんじゃ――っ!」
なんと『遊奈』の名前が書かれていたのだった。
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