第21話 昔の想い

 


 唯に渡されたシャベルで根っこのあたりを掘り進めて行くと、数分もしないうちにカツ

ンと金属のぶつかる音がした。これがタイムカプセルだと理解し、取り出すために周り

の土を掘って金属製の小さな入れ物を取り出す。酸化しているのか表面は錆だらけ。

何かのキャラクターが描かれたような名残が僅かにあるだけで、それが何だったのか

判断出来ないほどに茶色になっていた。当然、それを持ち上げた手にも錆がついて汚

れるが、すでに土で汚れ済みなのでこの際気にしない。

「これだよな?」

 反対側の場所を掘っていた唯に見せると、即座に表情が華やかになっていく。

「うん! これだよ! 良かった。ちゃんと埋まっていてくれたんだ」

 俺から受け取ると愛おしそうに頬ずりをする唯。頬がすぐに茶色に染まり、可愛い顔

が台無しになっていく。だが子供っぽさの残る唯なら、それもまた似合っているかもし

れないと思ったりもした。

「中開けてみないか?」

 未だ記憶が戻らないため、タイプカプセルの中身が気になった。一体何が入っている

のだろう。中身を見れば俺の記憶も戻ってくるのだろうか。

 俺の言葉で頬ずりを止め、「そうだね。中を開けてみよっか」と言い唯は蓋を回す。

 いや、回そうとするが全然回っていなかった。顔を真っ赤にして全力を出しているよう

だが、力が足りないのか僅かにも回らない。仕方なく代わりに俺が回すことにする。

「ほら、貸してみろ。俺が開けてやるよ」

「うん……お願い」

 受け取り両手でがっちりと掴むと、俺は蓋を思いっきり回した。しかし、

「なっ――これ固すぎる」

 どうやら力がない以前に、錆びついて動かなくなっている。表面がここまで錆びてい

るのだからありえないことではない。それでも必死に回し、どうにか二十分以上の時間

がかかりながらもゆっくりと回し続けて開けることに成功した。

 中身を見ようと視線を入れ物の中に向けるが、寸前で唯に奪われてしまった。

「ありがと、智幸。これで目的が果たせるよ」

「そっか」

 俺は腕や手の平を揉みながら唯の嬉しそうな顔を眺める。しかし長時間力を入れ続

けたために腕が痛く重く、しばらくはまともに物が持てないかもしれない。

 唯は入れ物の中に手を入れると、そこから昔に流行った人形を取り出した。

「懐かしいなぁ。これで昔は色々着せ替えやってたんだよ」

 そして更に人形用の衣装を何着も取り出していく。

「へぇ〜」

 昔は人形で、今は自分が着せ替えってわけか。

「これは智幸のだよね?」

「あっ! それは――!」

 そう言って唯が取り出したのは、俺が一番好きだったヒーロー物のフィギュアだった。

 ガチャポンの景品なので安物ではあるが、なかなか出ないレアだったものだ。これを

出すためにいくら投資したのか分からないほど散財した記憶がありありと蘇ってきた。

 一年前に大掃除をした時、これだけがどこにもないのでなくしたのかと残念に思って

いたが、まさかこんなところに眠っていたとは。お帰り、マイヒーロー。

「――そうか――」

 次の瞬間、俺は全てを思い出した。唯と遊んだ記憶も、ここでこれを埋めた時の記憶

も。

 そうだった。唯は――俺の初恋の少女だったのだ。

 昔はこの辺りにおじいちゃんやおばあさんが住んでいて、夏は毎年ここに遊びに来て

いた。数日間の年もあれば、ほとんどこっちで過ごしていた年もあった。小学校の高学

年になったくらいに二人とも死んでしまったためにすっかり忘れていたが、確かにこの

辺りだったはずだ。

 そして唯と出会ったのは、ちょうど夏をほとんどこっちで過ごしていた年。

 あの頃は名前なんてあまり意味がなかった。だってあの少女が『唯』なんて名前知ら

なかったのだ。『みーちゃん』と俺はあの時呼んでいた。なぜか『美坂』のほうから呼び

方を取っていたのだ。

 道理で記憶が結びつかないわけだ。せめて『ゆい』と昔も呼んでいたのなら、もっと早

くこの事実に気付けたかもしれないのに。

 どうやって出会ったかまでは思い出せないが、毎日のように遊んでいた気がする。と

にかく一緒にいると楽しかった。ずっと離れたくないと思ったのだが、俺がここにいられ

るのは夏の間だけ。楽しい時間はあっという間に過ぎ、別れはすぐにやってきた。

 だから俺たちは再会を約束してタイムカプセルを埋めたわけだが、その年の冬におじ

いちゃんもおばあちゃんもほとんど間を空けずに死んでしまい、次の夏からはこっちに

来ることはなかった。そしていつしかその出来事は忘れ去っていた。

 しかし唯の転校で俺たちは偶然の再会を果たし、今ここで昔の約束を果たすことが

出来た。数年越しの約束を果たせたことに、今まで忘れていたのだが妙な感動を隠せ

なかった。

「確か他にも手紙を入れてなかったか?」

 再会した時に読もうと言われて何かを書いた覚えがある。ただどうしても中身は思い

出せず、昔にどんなことを書いたのか気になるところだ。

「うんうん。これだね」

 取り出したのは青とピンクの封筒。青い封筒の表には汚くて解読が難しい字で『みー

ちゃんへ』と書かれており、ピンクの封筒にはお世辞にも上手いと言えないが簡単に読

めるような字で『ともくんへ』と書かれている。俺が書いた手紙は青い封筒のようだ。

「まずは私のほうから開けるね」

 早々に唯は自分の書いたピンクの封筒の封を切って中身を取り出す。一通り黙読し

たかと思うと、ぽっと顔が赤くなった。

「これは恥ずかしいなぁ。子供のくせにこんなこと書いてたなんて」

「何て書いてあったんだ?」

 気になって唯の手紙を取ろうとすると、「これは駄目! 恥ずかしいよ〜」と言い胸に

抱いて渡そうとしなかった。

「そうは言ってもそれは俺宛の手紙だろ?」

 すると唯は難しい顔を作ったが、おずおずと手紙を俺に差し出した。

 そこに書かれていた内容は、

『ともくんがすき。おおきくなったらおよめさんにしてください』

 これは……まあ……何とコメントすればいいのやら。

 子供はストレートに書くんだな。今の唯は『付き合ってくれ』しか言わないのに。

 ふと視線を感じ唯を見てみれば、期待と不安に満ちた視線でこちらを静かに見守って

いる。俺の言葉を待っているんだろう。

 だがそれに気付きながらも気付かないフリをして、自分の書いた手紙を今度は開け

た。

 中身を取り出し、解読不能ギリギリの文字を解読して読み――すぐに手紙を潰した。

そして丸くさせる。

「あっ!」

 唯は即座に大声を上げると、

「何で丸めちゃうの? 私にも読ませてよ!」

 突然の暴挙に怒りながら俺に詰め寄る。

「駄目だ! これはお前以上に危険なことが書かれている! これを見せるわけには

――ぐふっ」

 腹に痛みが走り、体がくの字に曲がる。信じられないが唯は俺に腹パンしてきやがっ

た。

「過去の想いをぞんざいに扱っちゃ駄目だよ」

 そして俺から丸まった手紙を奪うと、素早く開いて中身を呼んだ。

「え……嬉しい!」

 数秒後、唯は顔を歓喜で真っ赤にしながら俺の唇を奪ってきた。

「約束はしっかり守ってね! 幸せにしてね! ううん。幸せにしていこうね!」

 そしてきつく抱きつく唯に、俺はもう何も言うことがない。昔の俺が今思っている以上の

想いを伝えてしまったから。

 昔の手紙に書かれていた内容とは、

『おおきくなってもみーちゃんがぼくをすきでいてくれたらけっこんしよう。ぜったいにしあ

わせにするから』

 であり、更に怖い話で拇印(ぼいん)まで押されていたのだった。
 

 

 

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あとがき

子供のストレートさが欲しいと思いますね。
ここまで純粋でいられると悔しいです(笑)

そろそろエンディングなのか一部完なのか未定ですが、
一旦終わりの方向で話は進んでいきます。
もう少しお付き合いくださいませ。

次回更新は……やはり未定です。