第1話 旅の始まり

 
「ふー。全くしつこいな〜」

「待ちやがれー」

 私は逃げていた。しかし別に鬼ごっこをしているわけではない。

 ではなぜ今追われているかというと、私は世界中を旅している身なので当たり前のよう

に定職についていない。それなので旅するお金を稼ぐために寄った街々で仕事をして稼

がなければいけないのだ。

 そして今回寄った街で受けた仕事が、『山賊に奪われたいくつかの物の中の《あるも

の》だけでいいので、どうしても取り返して欲しい』ということだったので取り返しにきた

のだが・・・。

 まあ依頼の物だけこっそり取り戻せば良かったのだが、ちょっと親切心で他の物も取

り返してあげようとしたら・・・ドジして見つかってしまったのだ。

 何とか撒こうとこの木が茂る森の中では逃げ回っているのだが、これがどうもなかなか

走りにくく、徐々に山賊の声が近くなってるような気がする。

 うーん。やっぱり森だと木が邪魔で走りにくい。しかも逃げるときに着ているローブが枝

に引っかかって所々破れていく。

 はぁ。このローブそこそこ気にいってたのに・・・。

 そんな事を考えてると私の少し前方の、そこだけ木がなく少し広い空間になっていると

ころに、先回りをされたのか山賊の1人が立ち塞がっていた。

 あっちゃ〜。地の利はあっちの方にあるから先回りされたか。

 私は行く手を塞がれたために走るのを止めてその場に止まった。

 このまま方向を変えて近くの草むらに逃げ込もうとしたのだが、ここで待っていたという

ことは恐らくこの近くには他に何人か待ち伏せているのだろうと思い、無闇に草むらへは

飛び込めなかった。

 現れた男は頭の上がとても寂しく、カッコつけてるつもりなのかアイパッチなんてをして

いて、上半身裸にバトルアックスを持っていた。

 見た目や雰囲気からして、こいつがおそらく頭領なんだろう。

「やっと追いついたぜ。嬢ちゃん」

 そう言いながら男は私の方へゆっくりと近づいてくる。

「さっきは派手にやってくれたもんだな。俺たちが久々の大仕事を成功させて宴をやっ

てるところに火炎球(ファイヤーボール)を打ち込むなんて酷いことしてくれたもんだ。お

かげで仲間が何人か大やけど負っちまったじゃねえか。この落とし前はきっちりつけさ

せてもらうぜ」

 近づいてくる男の顔を見るとうっすらと青筋がたっている。。

「そんなの私の知ったことじゃないよ。私はただ依頼を受けてあんたたちの言う『大仕

事を成功させて』奪ったものを取り返しにきただけ。それで、その奪ったものを探してた

らあんたらの仲間に見つかったから仕方なしに燃やしたってわけ。私を見つけさえしな

かったら何もしなかったよ。まあ見つけっちゃったのは運が悪かったんだろうね」

 からかい半分にそう言うと、私の軽い挑発にのって男は顔を真っ赤にした。

 それに気付いていたけど 構わずさらに私は言った。

「それにあんたら山賊なんだろ。人の物を奪うとか人を殺すとか色々悪いことしてるん

だし、殺されても文句言えないでしょ?これでも死なない程度で済ませたんだからあり

がたいと思って欲しいよ」

 私の言葉に男は切れ、

「なっ!何言いやがる!くそっ!野郎共出て来い!」

 そう言うと周りの草陰などからぞろぞろと男が出てきた。

 数は全部で18人。

 思ったより多いな。っていうか多すぎなんですが・・・。

 出てきた男たちの手にはこん棒・槍・弓・斧などそれぞれ違う獲物を持っていた。

 私は思ったよりも多く山賊が出てきたため、無意識のうちに少し後ろへ後ずさってい

た。

 その様子を見て男は笑いながら言ってきた。

「へへへ。どうした、嬢ちゃん。怖くて声も出ないのか?さっきの威勢はどうした?」

「やっぱり女だな。怖くて何も言えないでいるぜ」

「少し幼い感じだが良く見るとそこそこいい線いってるんじゃないか?これは生け捕りだ

な」

 他の男たちも色々と言ってくる。

 しかしちょっと油断した。まさかこんなに人数がいるとは。

 山賊たちが宴をやってたときに数を数えたときは全部で8人だったし、依頼の品を探

してて見つかったときに少なくとも4人は焼いたから、見張りであそこにいなかったやつ

がいたとしても何とかなると思ったのに。

  まさかこんなに仲間がいるとは・・・もしかしてこれってピンチ!?

 男たちは私が逃げれないようにすばやく私の周りを囲んで逃げ場をなくした。
 
 あぅぅ。どうしよう。18人はさすがに相手出来そうにないし。とはいえ囲まれちゃったか

ら逃げれそうにないし・・・。

 やばい!すごくやばい!このままじゃこいつらに捕まってヒドイ目にあわされるの確実

だよ!

 捕まったらきっと『あんなこと』や『こんなこと』されるに決まってる!(断言)

 何とかしないといけないけどいい考えが浮かばないぞ(汗)

「こんな大人数で1人の女を襲うのは趣味じゃないが俺たちを怒らせたんだ。仕方ねえ

よな」

 山賊たちは徐々に近づいてきて徐々に私を囲む輪が狭くなってくる。

「いくぜ!」

 そして私に向かって一斉に襲いかかってきた。

「・・・っ」

 もうダメかと目を瞑って私を襲うであろう痛みを耐えようとしたが、痛みは私の体を襲

うことはなく変わりに山賊たちの悲鳴が聞こえてきた。

「ぐぁぁぁぁ」

「ぎゃぁぁぁ」

「ぐふっ」

 目を開けて周りを見ると、さっきまで私に襲いかかろうとしていた山賊たちが18人全

員地面に倒れて気を失っていた。

 えっ?今何があったの?
 
 私がわけも分からず呆然としてると後ろから呆れてるような感じの声がした。

「やれやれ。家出娘を追ってきてみればこんなところで山賊なんかに襲われてたよ」

 声のした方を向くとそこには剣を鞘に収めている銀の甲冑を着た1人の青年が立っ

ていた。

 赤い髪に緑の瞳、顔はまだどこか幼さが残っている感じの可愛い顔。見た目からす

れば私と同じ15歳くらいに見えるだろうが、年は少なくとも私より上の18歳以上であ

ることは間違いない。

 なぜかと言うと、この青年の着ている銀の甲冑の左胸には竜の紋章が描かれてい

る。

 この竜の紋章はこの世界にある五大王国の1つ、イース王国の誇る最強の騎士団と

言われる聖騎士団の証である。

 そして、この聖騎士団に入団出来るのは18歳からなのである。

 しかしなぜその聖騎士が私を追ってきたのかと言うと、実は私の正体は何を隠そうイ

ース王国の第3王女だったりするのです!(エッヘン

 まあ今はただの1人の旅人なんだけど。

 聖騎士の青年は私に近づいてきてひざまずき言った。

「リン王女、王様が心配しています。今すぐ王宮にお戻りください」

「イヤ!」

 即答で返してやった。

 私は城の外へほとんど出れずに暮らす王宮生活がイヤになって飛び出したのだ。そ

れに色々と習いたくない習い事も習わされていたのにも我慢の限界がきていた。

 たった1度の人生なんだし楽しまなきゃもったいないじゃない。世界は広いんだしあち

こち旅して城の中では味わえないような色々なことを経験してみたい。だから絶対に王

宮へは戻りたくないのだ。

 聖騎士の青年は少し考えた後、

「どうしても戻る気はないんですか?」

「絶対に戻らない!あんなとこに閉じ込められるなんてイヤ。たった1度の人生だもん。

自分の好きなようにやりたい。それに私がいなくても姉様たちがいるし何とかなるでし

ょ?」

「確かにこう言っては失礼ですが第3王女であるリン王女がいなくても今のところは問

題ありません。しかし、いづれはいないと困ることになるかもしれません」

「そのときはそのときで考えればいいでしょ!とにかく今は私がいなくても問題ないんだ

からほっといて!」

 私は青年に向かって怒鳴った。

 そして少しの沈黙の後、倒れてる山賊たちを見て青年はぽつりと言った。

「数が多かったとはいえ、こんな輩に襲われて返り討ちに出来ないような人をほっとけ

るわけないでしょう」

 うっ!痛いとこをつかれた。

 で、でも私だって6人くらいが相手なら城にいるときに覚えた剣術や体術とか魔法で

倒せるんだから。まあ剣術が使えても、寿命なのか知らないがこれまで使っていた剣

はこの前折れたために今は持っていないのだが。

 それに今日のはちょっとした手違いだったんだよ。

 うん、そうだよ。今日はたまたま運が悪かっただけなんだから大丈夫・・・ってわけに

はいかないんだろうな。

 うぅぅ。これじゃあ城に強制送還されてしまう。こんな失態を見られるとは・・・。

 今日はツイていない日かも。

 とにかく、何とか言い訳を考えなくてはいけないぞ。

 私が何とかそれらしい言い訳を考えていると、私の予想にもしなかった言葉を聖騎士

の青年は言った。

「うーん。まあ城に戻りたくないってその気持ちは分からなくもないし、戻らなくてもいい

んじゃないかな」

「本当に!?」

 私はすかさず聞いた。

 それはホントに意外な言葉だった。

 本来聖騎士団は国王直属の騎士団の為に国王の命令は絶対であり、国王以外の命

令は一切聞かない。

例えそれが国王の妻であるお后でもだ。

 おそらく『リンを連れ戻せ』と命令を受けているはずの聖騎士が私の言うことを聞いて

くれたのだ。はっきり言って奇跡である。

「ただし、1つだけ条件がある」

「条件?」

「そう条件」

 一体なんだろ。期間限定での自由とかかな?

 うーん。それっぽいけど何か違う気もする。

・・・・・・
 
・・・・・・

 あっ!もしかして

「その条件って、あんたも私と一緒に旅するって事?」

 私が考えた中で1番ありえそうな条件だった。

 こんなやつらに勝てないのを分かっていて旅をさせてくれるのだ。悔しいが旅をこれ

からも続けるには誰かに護衛してもらうしかないだろう。

「そう。正解。俺も王女様と一緒に旅をさせてくれるなら、王様にはうまい事言って許可

をもらってもいい」

 要するにこいつが私のボディーガード役をするというのか。聖騎士が護衛をしてくれる

なら確かにありがたい。

 しかし変わった聖騎士だ。『王様に許可を取る』って言ってるけど、こいつにそんな力

があるのだろうか。それは王の命令に逆らうことになるのに。

 かなりの疑問なので私は聞いてみることにした。

「1つ聞きたいんだけど、おまえは王から『リンを連れ戻せ』と命令を受けてるんでし

ょ?」

「ああ、そう言われてここまで王女様を追ってきた」

 青年はやはりそう命令を受けていた。

「それなら何で王の命令を無視して、私の旅を許すみたいな事するのさ?」

「ん?旅したくないのか?」

「それは旅したいよ。でも聖騎士は王直属のはず。このまま旅を許すと王に逆らうこと

になるじゃない?」

 私の問いに青年は少し考えた後、

「あれだな、あれ。王女様を追ってきたら、あまりにその王女様が可愛くて一目惚れし

てしまい、王の命令を無視する形になったわけだ」

「えっ!?」

 その言葉に私はかなり驚いた。そして一瞬で顔が真っ赤になった。

 それは私が生まれて初めてされた告白だったのだ。

 私が可愛い? だから一目惚れ?

 信じられない話で、私はある種のショックを受けて放心状態になりそうだった。

 だが、そこを何とか堪え言葉の真意を確かめるために聞いてみようとした。

「今のって・・・その・・・ホントな―――」

「うん。これが一番それっぽい話だな」

 青年が私の声を遮って言った言葉。それは私の淡い期待を粉々に砕く言葉だった。

 さっきの話が嘘だったショック。そしてそんな嘘だったことで喜んでしまった自分に対し

ての恥ずかしさ。乙女心を弄ばれた悲しさ。

 それらが私の心の中で溶け合い・・・青年に対する激しい怒りへと変化した。

「この、この!馬鹿騎士ー!!!」

 私の怒りを込めたビンタが青年の頬を襲う。

パシーン


「うわっ!」

 余程私の怒りのビンタは強烈だったのだろうか。

 青年は叩かれた勢いで後ろへ少し飛んで倒れた。

「うぉー、いってぇ!」

 そう言って叩かれた頬を擦りながら起き上がる。

 私の怒りはまだ収まっていなかったが、青年があの後土下座までして謝ってきたから

仕方なしに許してやった。

 


 結局何で私の旅を許したのかは分からずじまいのうちにこいつと旅をすることになっ

た。

 今日みたいなことになったら困るもんでね。

 まあこいつが王から許しをもらえなかったら他の聖騎士とかが私を連れ戻しに来るだ

ろう。

 そういえば私としたことがこれから一緒に旅するのにこいつの名前まだ知らないや。

「そうだ。これから一緒に旅をするのに私はおまえの名前を知らないぞ。名は何と言う

んだ?」

「俺の名はアス。アス=リジェルド」

 


 こうして私とアスの旅は始まった。
 

 


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