学校の帰り道。和人は、付き合ってる彼女――麗華に聞いた。
「明日は何の日か知ってる?」
「知らない。何の日?」
隣で聞かれた麗華は、考えるような素振りや間もなく、即答で答える。
和人はそんな麗華を見て軽くため息をつき、
「ほら、明日は2月14日――『バレンタインデー』の日だよ」
「ふーん。それで?」
「いや……『それで?』じゃなくてさ、ちゃんとチョコくれるんだよね?」
「はぁ〜? 何を馬鹿な事言ってくれちゃってるわけ?」
彰の言う事に、麗華はいかにも不満そうな顔をして言った。
それを聞いた和人は不満そうに、
「え? だって、いちお僕は彼氏でしょ? だからチョコくれるんだよね?」
「なんであんたのためにやらなきゃならないの? あれってキリスト教の行事でしょ? だ
から、キリスト教徒ではない私には関係ない」
さらに麗華は言葉を続ける。
「チョコレートを送る習慣だって、イギリスのどこぞのチョコレート会社の戦略から始まった
のが元でしょ? 本来の意味は、『カードや花束を互いに贈り合う行事――しいては、愛
の告白や、贈り物をする日』なのよ。分かる? 告白はすでにする必要がないとして、贈
り物の話で考えれば、あんたが私のためにプレゼントを贈るのが筋ってものでしょ?
アー・ユー・オッケー?」
麗華はいつものように自分勝手な解釈をする。
でも、その勝手な解釈の中に、うまい具合に使えるフレーズがある事に気付いた和人。
「……それでも、麗華だって僕に何かくれるんでしょ? 『贈り合う』だもんね?」
「だから何で私があんたなんかに物をやらなければいけないわけ? 今の話ちゃんと聞
いてた? ここは今お留守ですか〜?」
眉をひそめて麗華は不機嫌そうな顔になり、コツコツと和人の頭を小突き始める。
「いたいいたい。ごめんってば」
和哉が謝ると小突くのを止め、はっきりと言い放った。
「キリスト教徒でもない私には、『バレンタインデー』なんて関係ないの。だから勿論何もあ
げない。そもそも何で私があんたのために物をあげなければいけないわけ?」
「それは彼氏だから……」
「だから何? この私と付き合えてるだけでもありがたい事なんだから、それ以上を望む
なんて事は愚考」
かなり自分勝手な意見である。
彼氏である和人の意見には一切聞く耳を持っていない。
しかし『私と付き合えてるだけでもありがたい事』というのは、決して彼女の自信過剰か
ら出た言葉ではない。
麗華は誰もが羨むような成績優秀・容姿端麗であり、そこいらのアイドルやモデルなん
かよりも断然魅力があるのだ。
ただ外見は付き合いたいほどにいい女なのだが、中身が非常に問題を持っているだけ
なのである。というか、それが大きな問題なわけなのだが。
和人はその意見にいかにも不服そうな顔をしていたが、何かをふと思い出したらしく、
それを口に出した。
「でもさ、考えてもみてよ。去年のクリスマスに街を歩いてた時に、『私にプレゼント――
じゃなくて、貢げ。彼氏なんだから、彼女である私に貢ぐのは当然だろう』って言って、少
し高価な指輪買ってあげたよね?」
「これだね。それがどうした?」
右手の薬指にはめられた銀製の指輪を和人に見せる。
「クリスマスだってキリスト教の行事じゃん。ましてや、キリストの生誕を祝う日だよ? そ
の日に僕は、キリスト教徒でもないのにプレゼントしたんだから、麗華だってキリスト教徒
でなくても明日はプレゼントするのは道理でしょ?」
これならどうだ、とばかりに和人は事実を言ったのだが、
「何寝ぼけた事を言い出すの? 私はその時に、一度たりとも、『クリスマス』なんて事を
言った覚えがないし、言ったはずがない。ただ単に、久しぶりのデートだったから『貢げ』
と言っただけ。勝手に記憶の捏造をするな」
麗華はキッパリとそう言い切った。
「……でも……」
和人はゆっくりとクリスマスイブの日――プレゼントを買った時の記憶を辿ってみた。
12月24日。それは久しぶりの街中デートの日だった。
クリスマスムード一色で飾られた街の大通りを並んで歩いている和人と麗華。
ケンタッキーのおじさんはサンタの赤い衣装を着せられ、あちこちでクリスマスセールや
ケーキの売り出しする姿が見受けられ、どこからかジングルベルの歌が流れて聞こえて
くる。
「クリスマスだとやっぱり、いつもの街と違う気がするよね」
街の光景を見た感想を何となく口に出すと、麗華は冷めたような言葉を返してきた。
「別に地形が変わってるわけでもないし、違うわけないでしょ?」
「いつも以上に、街に活気が溢れてる、って意味だよ」
「うるさい。いちいち言わなくても分かってる」
すると麗華は少しムッとしたように、歩く速度を速めて先に行ってしまった。
それを追うように和人は足を速め、再び横に並ぶ2人。
しばらくそのまま歩いていると、麗華は道の端っこで銀アクセを並べていた露天商を見
つけ、そっちへ向かって歩き出した。
「どれもいいものばかりで、これは悩む」
露天商の並べた銀製のリングやブレスレット、チョーカーなどを見て唸る麗華。
精巧に作られているだけあって、どれも値段は割高だった。
「何か買うの?」
それを見て何気なく和人が声をかけると、麗華はさも当然のように言い放った。
「あんたが買うのよ、この私に」
「マジで?」
「久しぶりのデートなんだから貢げ。彼女が欲しいと言ってるんだから、彼氏であるあんた
は当然の如く文句を言わずに買いなさい!」
確かに「クリスマス」と麗華は一切言っていない。クリスマスと言っていたのは和人の方
だった。
プレゼントを買った時の事を思い出してみても、麗華の言うように、「久しぶりのデート
だから」と言っていた。
しかし、彼氏相手に「貢げ」という言葉を使うのはどうものだろうか。
それでも麗華の言い分は正しい。和人は記憶の捏造をしていたのだから。
だが和人は反論しようと思った。
「あれはクリスマスだったから買ったわけで、そうじゃあなければあんな高価な物は買
わなかった」と。
でも言わなかった。言っても無駄だろう。麗華の性格を考えれば予想出来る。
そして和人は頭をうな垂れさせ、落胆の息をついた。
「何か他に言いたい事はある?」
麗華は勝ち誇ったような笑みを浮かべて聞いた。
「……もう無い」
すると今度は至極満足そうな笑みを浮かべると、
「そんなわけだから、キリスト教徒でないあんたは絶対に、明日は、他の女から、チョコと
かを、何も、貰わない、ように。いいね?」
いちいち言葉を区切って、強調しながら酷い事を言った。
彼女に本命チョコを貰えないどころか、学校の女子からの義理チョコすらも貰うなと約
束させられるなんて……かなり酷い話だ。
勿論、さすがに和人もそれは酷いと思い抗議をしようとするが、麗華のその表情を見た
瞬間、その抗議の言葉は喉の奥底、さらには胃よりももっと下の小腸辺りまで引っ込ん
でしまった。
「もし約束破ったら……覚悟はいいね? 今度は腕だけじゃあ済まさないから」
顔は笑っているが、その目は全然笑っていない。その瞳には感情の篭っていない冷酷
な意思だけが窺える。
そして、その瞳を見てしまった和人は身体中が萎縮してしまい、全く声が出せなくなっ
てしまった。完全な恐怖ゆえだ。
前にもこんな表情を見たことがあった。
あれは浮気――と間違えられた時である。
最悪な事に、他の子から告白されたところを麗華に見られてしまった事が前にあった。
それを麗華は、俺から告白したと勘違いしてしまったわけで……その結果、麗華の嫉
妬に狂った行動により右腕の骨を折られてしまった。
今の麗華の表情はまさにその時の表情。思い出しただけでも恐ろしい。
これ以上の仕打ちをさせるとなれば、アバラや足も今度は折られるかもしれない。
……さすがに殺されは……しないはずだ……。
完全に磔台に固定されてしまったかのように動けない和人を尻目に、麗華はいつもの
普通の笑みに戻って「じゃあ、また明日」と手を振りながら、その場を去っていった。
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