2月14日は何の日?(後編)

 
  次の日――つまり、バレンタインデー当日。

 和人が登校して教室に入ると、クラスメイトであり、気の合う友達である礼二がニヤニヤ

した表情で近づいてきた。

「これ見ろよ。朝来て机の中を見てみたら入ってたぜ」

 礼二は和人のところへやってくると、手に持っていた物を見せた。

 その手には可愛い包装紙に包まれた1つの小さい箱。間違いなく、バレンタインデーの

チョコレートだろう。

「良かったじゃん。とりあえず1つ貰えたね」

 そう言いながら、頭の中で昨日の麗華の言葉が再生される。

『絶対に、明日は、他の女から、チョコとかを、何も、貰わない、ように』

『約束破ったら……今度は腕だけじゃあ済まさないから』

 その言葉を思い出した和人は、今日は誰からもチョコを貰わないように、と密かに決意

を固めた。

 しかし、礼二は和人の言葉に苦笑いを浮かべ、右手で和人の机を指差しながら、

「違う違う。これはお前の机の中にあったやつ。俺の机には残念ながら無かったぜ」と

言った。

 そして、もう片方の手に持っていた小箱を和人に渡そうとする。 

 だが、和人はそれを受け取れなかった。

 これを受け取ったら……麗華にこの事がバレたら……確実に和人は病院行きにされて

しまうだろう。

 なかなか受け取らない和人に疑問を持った礼二は「どうかしたのか?」と聞いてきた。

「うん。それがさ――」

 

 

 和人は昨日あった事を話す事にした。

 幸い麗華とは学校が違うために、ここでの会話を知られる事はない。

 麗華は少し離れた――といっても、さほど離れていなく、目と鼻の先ともいえる距離に

ある女子高に通っているのだ。

 朝は麗華が弱いために時間が合えば一緒に行く程度であり、帰りは大抵向こうの終わ

る時間の方が早いために、和人の学校の前で待ち合わせをして帰っている。

「それは災難だな。あんなに綺麗な子なのに……。『綺麗な薔薇には棘がある』ってやつ

だな」

「うん。その棘には遅効性の毒が塗られていて、ジワリジワリと痛みが来るんだよね」

「あはは……。あまりに可哀相過ぎてかける言葉もねぇや」

 気まずい話の内容のために言葉が無くなる。

 しばしの沈黙。

 すると意を決したように礼二は、

「ともかく、これは誰かがお前に渡そうとしたものなんだ。しっかり貰ってやらないと相手

が可哀相だろう」

 無理矢理和人の手を取り、チョコの入った箱を掴ませた。

「でも、こんなの持ってるのバレたら俺は半殺しにされちゃうよ!」

 その礼二の行動に、切羽詰ったような声を出して狼狽する和人。

「大丈夫だって。学校内にいるうちは分かるはずないんだから、校舎を出る前に食べちゃ

えばいいんだ。それこそ、この場で食べればいいだろ?」

「それはそうだけど……」

 間違った事は言っていない。だが和人には、そんな簡単な誤魔化しくらいで麗華に隠し

通せるとはどうしても思えなかった。

 甘いものには目がない麗華の事だ。口臭からバレる事もありえなくない。

 いまいち踏ん切りがつけれずに悩んでいると、礼二は不思議そうに聞いてきた。

「なぁ。何でお前は彼女と付き合ってるんだ?」

「何で、って……それは彼女が『付き合え』って言ったから……」

 

 

 あれは今から4ヶ月前――

 ブラブラと目的もなく街中を歩いていた和人に、1人の女性が声をかけたのが始まり

だった。

「おい、そこの頭悪そうな男。おまえだ、おまえ」

 呼ばれて声のした方を見た時、今の言葉がこの目の前にいる美少女のものとは理解

出来ず、誰か別の女性が言ったのだろうと思った。

 こんなモデルみたいな美しい女性があんな口の悪いわけがない。そう思ったためだ。

 しかし当然の如く、それは和人の勝手な想像であり、さっきの声の主は間違いなく目の

前の美少女――麗華のものだった。

「やっとこっちを向いたか。私が呼んでいるのだから1回でこっちを向け、馬鹿」

 和人は呆気に取られる。いきなり初対面の、それも究極的な美少女にそんな事を言わ

れたのだから。

「名前は何?」

「は?」

「耳が悪いのか? 私は名前を聞いてるんだけど」

 すぐに答えない和人に対し、苛立ちを隠せない麗華。

「……和人」

「そう、『和人』。そんな陳腐な名前なら、わざわざ名前で呼ぶ必要もない。『あんた』で十

分ね」

 初対面の相手に向かって随分失礼な美少女である。

 まるで内面の美しさがすべて外見にいってしまったために、ここまで容姿が綺麗なので

はないのかと思ってしまう。

 和人が何が起こったのか分からずに困惑していると、麗華はハッキリと言った。

「私の名前は『麗華』。今からあんたは私の彼氏よ。文句は言わせない」

 こうして半ば無理矢理、出会って5分足らずで和人は麗華と付き合う事になったのだっ

た。

 

 

 よく考えてみれば不思議な話だ。何で麗華は和人と付き合う事にしたのだろうか。それ

も、初対面の相手に、だ。

 幾度となく和人はその事を聞いてみたのだが、決して麗華は教えてくれなかった。

「そういう事じゃなくて、何で今でもまだ付き合ってるか、って事を聞きたいんだよ」

 求めていた答えとは違う事を言われたために、もどかしそうに礼二は言った。そして真

剣な表情を作り、

「別れようとは思わないのか? 彼女はすごくお前を縛りつけてるだろ? 大体付き合う

きっかけだって意味不明だ。本当に彼女はお前を好きなのか? ただのイジメ甲斐があ

る玩具としか思われてないんじゃないのか? それなのに何でお前はまだ付き合ってる

んだよ?」

 これまで4ヶ月間、和人と彼女の話を聞かされて胸の内に秘めていた思いを、一気に口

に出して和人にぶつけた。

「そ……それは……」

 和人は言葉に詰まる。

 今まで色々理不尽な事があったのは確かだし、それでムッとした事も何度もあった。

 それでも和人は決して思う事が無かったのだ。

 『麗華と別れよう』とは。

 最初から主導権を握られた関係であり、色々命令されるような立場で酷い事をされる事

は数知れないが、それでも和人は彼女の愛を感じる事が時々あるのだ。

 クリスマスに買った指輪でいうなら、毎日付けているだけでなく、毎日のように洗浄器に

かけて綺麗にしている事を知っている。

 普段だって時々「手を繋げ」「腕を組め」という甘えたいがための可愛い命令をしてきた

り、和人の寝癖を見つければ「頭をこっちに向けろ」と言って寝癖を直そうとする。

 そんな一面を知っている和人には、いくらギチギチに縛られた状態であろうとも、麗華を

嫌いにはなれなかったのだ。

 それどころか、嫌いというよりは好きだと思っていた。

 それを礼二に伝えると、信じられないといった驚きの表情を浮かべ、 

「……マジかよ……?」

「うん。僕は彼女が――麗華の事が好きなんだ。だから振るなんて事は出来ないよ」

「……そっか……ならもういいや」

 和人がキッパリとそう断言すると、礼二はもう諦めたかのようにその場から去り、自分

の席に座ってしまった。

 

 

 和人は非常に困っていた。

 時刻は現在16時半。すでに授業も終わり、生徒の下校時刻になっている。

 普段ならいくら遅くても校門で麗華に会わないといけない時刻なのだが、和人は教室

の自分の席に座って1人で頭を抱えていた。

 机の上には可愛い包装紙の箱やビニール袋が5つほど置かれている。勿論その中の

1つは、朝に貰ったあの小箱である。

 麗華の言いつけを破って貰う事はマズイとは分かっていた。しかし、好意を持って渡し

てくれた物を無下に断る事は、和人にはどうしても出来なかった。それではくれる女子に

可哀相だと思ってしまったのだ。

 それにチョコを麗華から貰えない寂しさもあったために、最初の1個――朝のチョコ――

を貰ってしまった時点で断る意思も格段に弱くなっていた。

 そんなわけで結局和人は女子のプレゼントを断る事が出来ず全部貰ってしまい、結果

として今現在、このチョコをどうするべきか悩んでいるのだ。

「これ……どうしよっかな〜」

「へぇ〜。チョコ5つも貰ったんだ。これは彼女に知られたら大変だ〜」

 和人がポツリと呟いた言葉に、ちょうど後ろのドアから入ってきたらしい女子が哀れみ

に似た声で返してきた。

「うん。そうだね。これがバレでもしたら半殺しにあっちゃうよ。ねぇ? 何かバレない方法

ないか――なっ……!」

 てっきりクラスの女子が忘れ物か何かで戻ってきたんだろうと思っていた。だから普通

に本音を言ったのに……。

 後ろを振り向いた先にいた女子の姿は――

「れ、麗華っ! ……何でここに……?」

 振り向いた先にいたのはクラスの女子なんかではなく、今一番会ってはいけなかった

人物――麗華だった。

 あの目だけが笑っていない冷酷な笑みで和人を見ている。

 身の危険を感じた和人は、何とかこの場を切り抜けようと言い訳を始めてみる。

「あ、あのですね……これは……別に麗華の約束を破ろうとしたつもりではなく――」

「それならどういうつもり?」

 冷ややかな声で聞きながら、麗華はその地を踏みしめるように、一歩一歩ゆっくりと和

人の下へと歩み寄る。

 それと同時に和人は席を立ち上がり、麗華から逃げるように教室の前へと後ずさりを始

める。

 麗華が一歩前へ進めば和人は一歩後ろへ後ずさり、決して距離が縮まらないようにし

ていた。

 しかし教室なんてものは狭い空間である。

 すぐに和人は黒板まで下がってしまい、後は麗華が距離を縮めてくるだけの状態に

陥ってしまった。

「ゆっくり話合おう。話せば分かるはずだから!」

「何で他の子からチョコ貰ったのかな? 私キツく言ったよね? 他の子からチョコを貰っ

てはいけない、って」

「それは確かに聞いたんだけど――」

「それなら、何で貰ってるのかな?」

 さらにゆっくりと距離を縮めてくる麗華。

 必死に都合のいい言い訳を考えようとしていた和人だが、麗華の恐怖ゆえに本音が口

から流れ出てしまった。

「それはですね、やっぱり男としては、今日この日にチョコレートを貰えるのは嬉しい事な

わけで……。でも、ほら……昨日聞いても「くれない」って言ってたでしょ? そうすると少

し寂しい気持ちになっちゃって……他の子がくれるっていうのを無理に断れなくなって。

それに好意を断るのも可哀相だと思ったわけで――」

「言い訳は聞きたくない」

 自分で理由を聞いておいて、聞きたくないと理不尽な事言う麗華。

 これでは和人の弁解の余地がない。

 すでに2人の距離は1メートルもないほど縮まっていた。手を伸ばせば届く距離である。

 麗華はゆっくり手を前へと伸ばして、和人に触ろうとする。

 その動きは緩慢なために、避けようと思えば避ける事は容易かった。

 しかし和人は避けない――いや、恐怖のために足が竦んで避けれなかった。

 あの冷酷な瞳を見たために身体が萎縮してしまい、『蛇に睨まれた蛙』状態になってし

まったのだ。

 2人の距離はもう目と鼻の先。もうどう足掻いても逃げられない。

 これから起こる事に覚悟を決めた和人は目をギュッと瞑り、どんな仕打ちが――痛み

がくるのか歯を食いしばって待っていた。

 だが一向に激しい痛みは襲ってくる気配が無い。

 どうしたものかとゆっくり目を開けてみる――直後、額に強烈な痛みが走った。

「――っ!」 

 どうやらデコピンをされたらしい。

 額を押さえながら麗華の方を見ると、さっきまでの怖い笑顔ではなく、いつも通りの不満

そうな顔に変わっていた。

「あんたはそういう性格だもの。絶対にチョコをくれる女子には断れない。それくらいは分

かっていた。でも……ああやって脅しておけば、貰わないかもしれない、って考えたんだ

けど……結局はダメだったか……」

 今度は不満そうな顔から、悲しそうな表情に変わった。

 それは麗華が勝手に信じていた事なのだが、それでもその期待に裏切られたのが悲し

かったのだろう。

「このお人好し」

 皮肉交じりにそう呟いた。

「ごめん」

「今更謝られたって遅い。最初から貰わなければ良かったんだから!」

 そう言いながら何かで和人の頭をパコンと叩いた。

「痛っ! 何で叩いたの? 角らしいところが当たったんだけど」

 麗華の手には、何の飾りっ気のないピンク一色の包装紙で包まれた小さい箱を持って

いた。これの角で和人の頭を叩いたらしい。

 和人は麗華の手にあるものを見て、信じられないといった驚きの声を上げる。

「えっ、もしかしてそれって……チョコ?」

 すると麗華は顔を真っ赤にしながら、

「べ、別にあんたのためにあげようと思ったわけではないんだから! ただ単に私が何と

なく昨日チョコを作りたくなって、偶然材料が余ったからこのまま捨てるのが勿体無いと

思っただけで――これはただの余りものなんだから! 決してあんたのために作ったわ

けではないんだから!」

 最後に「絶対に誤解しないでよ!」と言って、和人の胸へその箱を投げつけた。

 そんな麗華の慌てようを見て和人は内心微笑む。

 適当な理由をつけているものの、それは単なる照れ隠しだと分かっているからだ。

 だが表情には出さなかった。出せばまた何か言われてしまうだろう。

 結局は捻くれた麗華の性格からして、『和人のために』何かをしたと思われるのは恥ず

かしくて嫌なのだろう。

 結果的にそうなるとしても、あくまでも『自分の考えで』何かをしたと思わせたいらしい。

「ありがとう。余りものでも嬉しいよ。麗華の手作りだしね」

 包装紙をゆっくりと剥がしていき、中に入っていたチョコを見ようとした。

 しかし麗華は慌ててその手を止める。

「ここで開けるのはダメ! 家に帰ってから開けて!」

「何で?」

「何でもいいからここではダメ!」

 さっきよりも顔を赤面させながら必死になって言った。

 その行動をやや不審に思いながらも、麗華がそういうなら仕方ない、と思い、ひとまずこ

の場で開ける事を諦めてチョコを自分の鞄の中にしまい込む。

「随分遅くなってる」

 麗華が窓から外の景色を見て呟いた。

「うん。そうだね。完全に暗くなる前に早く帰ろうか」

 そして2人は急ぐようにして家へと帰っていった。

 

 

 和人は家に戻ってくると、部屋でさっそく麗華から貰ったチョコを拝見する事にした。

 剥がれかけた包装紙をすべて剥がし、中から出てきた茶色い箱の蓋を開けてみる。

 一瞬、和人は自分の目を疑った。

 手作りだと話の中で聞いていたが、まさか『余りもの』のはずのチョコがハートに型抜き

されていようとは思いもしなかったからだ。

 麗華の性格からして、手作りである事自体恥ずかしかっただろうに、さらにはハート型

のチョコである。道理でさっきは開けるのを拒んだはずだ。

 このチョコから、和人に対する麗華の気持ちが十分に伝わってくる。

 それを確実に感じた和人は頬の肉が緩んでニヤけてしまったのだが、チョコの上に書

かれてあった文字を読んで思わず表情が苦笑に変わった。

 なぜならば、このチョコで気持ちを十分に伝えておきながらも、そのメッセージには、

『I Love anta』

 名前が書いてなかったのだから。

 

 

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あとがき

はい。完成しました。バレンタインデー用の小説。
前後編の区切りを前日と当日で分けたために、後半は前半の倍くらいの長さになってしまいましたね。

今回は私が想像するツンデレ少女を使い、頑張って書いてみました。
『私が想像するツンデレ』なために、個人的にはGOODだと思っています。

でも読んでる人は楽しめたんでしょうか?

楽しんでもらえたなら嬉しいです。