マナカナ冒険録

 
 今日のアデンもまさに雲ひとつ無い晴天。洗濯日和ともいえる暖かさだった。

 風もそよそよと心地よく頬を掠めている。心地よい風だ。

 そんな清々しい天気の中、私の心は空模様とは裏腹に暗く澱んでいた。

 理由は至って簡単。

 暇なのだ。

 こんな青空の下で昼寝をするのは、日の光をさんさんと浴びてとても気持ち良いのだ

ろう。

 しかしすでに寝過ぎたと思えるほど昼寝してしまった後だったりする私には、もうこれ以

上寝る事が出ない。

 普通の冒険者ならば、暇があるなら旅の資金稼ぎにと積極的にモンスター狩りでもす

るのだろう。

 だが私の場合は同じ冒険者でも、そんな事をいちいち気にしなくても問題が無かったり

する。

 職業柄、奴隷が代わりに馬車馬の如く働いてくれるので、その奴隷に任しておけば当

面の資金の問題は起きないのだ。

 だからこそ私は特にする事が無く、ひたすら暇を持て余していた。

 あまりに暇なので私は湖のほとりに腰掛け、暇潰しに釣り竿を持ちながらボーっと水面

を眺めて始める。

「…………」

 時折流れる風に水面がゆらゆらと揺れるくらいで、本当に静かなものだ。

「……暇だなぁ」

 あまりに暇過ぎてついには口から零れ出てしまった。

 気を紛らわそうと思って始めた釣りも、一向に魚がかからない。

 別に本気で釣ろうとは思っていないのだが、それでも何かヒットくらいしてくれないと

暇潰しに全くならない。場所が悪いのだろうか。

「……はぁ、暇だなぁ〜」

 また口から零れ出る。

 これでは他の事で暇潰しをした方がいいのかもしれない。

 ルアーを引き戻して釣りを止めようと思っていると、突然背後に足音。何かの気配がし

た。敵だろうか。

 すぐに体を臨戦態勢にし、横に突き刺してある武器を取ろうとした。

 と同時に私の横に何かがドサリと投げつけられる。

 背後への警戒は解かずに素早く首を横に動かし、たった今投げつけられた物を見てみ

た。なめし皮やモンスターの牙・爪などがそこにはあった。

 それを見て私は張り詰めていた緊張を一気に解く。そして背後から声が聞こえた。

「お嬢、戦利品である」

 背後にいるのは敵ではなく、私の従順な奴隷だった。狩りを終えて戻ってきたらしい。

「おかえりポチ。ご苦労様〜」

 釣り竿を地面に突き刺すと、私は後ろを振り返る。

 そこには少し汚れて破れた礼装のような服を着た、1メートルほどした人型の猫が立っ

ていた。

 空いた右手は頬杖をついて垂直にし、左手は水平にして垂直に立てられた右肘を支え

ている。この姿勢がポチの癖らしい。大抵この姿勢だ。

 これが私の奴隷――ポチである。

「お嬢よ。暇とは言うが、我輩1人に狩りをさせておきながらそう言うのはどうかと思うぞ」

 生意気にも奴隷のくせして、主人である私に文句を言う。

「何言ってんのさ。あんたは私に召喚された身なんだから、大人しく主である私の命令を

聞いてればいいの。余計な口答えはしない!」

「はぁ、猫使いの荒いお人だ。我輩たちがいなければロクに戦えぬというのに……」

「うるさいだまれ」

「……はぁ、承知した」

 召喚契約をされているために、それ以上の口ごたえはせずに渋々従うポチ。

 そう。私の職業は魔法使いの中でもレアな「召喚士」だ。もっと正確に言えば、数ある

召喚獣の中でも猫を召喚する召喚士『ウォーロック』である。

 猫を一定時間召喚使役し、一緒に剣技や魔法でモンスターを倒すのがセオリーな私の

戦い方。

 しかし召喚に特化した職種なために私自身の剣技・魔法修練はほとんど出来ていな

いために、本職の魔法使いには魔力で劣り、生半可な戦士と比べても力や技術で劣っ

てしまう。

 言うなれば、個人能力だけで見ればとても戦いなどには向かないのである。

 そんな召喚士が強くなるためにする事といえば、自身の強化よりも召喚獣と心を通わ

せて信頼の絆を作る事である。召喚士と召喚獣の信頼が厚ければ、それだけ召喚獣の

能力は引き出されるのだ。それと同時に召喚獣にかける私自身の魔法の効果も増大す

る。

 通常、召喚獣の強さは召喚士の軽く2倍〜3倍であるが、聞いた話では召喚獣との信

頼が厚い人が召喚した場合は桁違いの能力を発揮する召喚獣を召喚出来るらしい。

 まさに猫様様な職業である。

 だが頭では召喚士にとって召喚獣が神様と言っても過言ではないと認めているのだ

が、心ではそんな事を認められようも無かった。

 いくら強かろうと、結局は使役する方と使役される側だ。当然使役する方が力関係は上

である。

 それを象徴するように召喚獣は、戦いに関しての召喚士の命令には絶対服従だった。

いくら無理な事を言おうとも従ってくれるのだ。

 例えばさっきのように、私は何もせずとも勝手にモンスターと戦って戦利品を貢いでくれ

たりもする。

 それでは召喚獣との絆なんてものは遥か夢のまた夢であると分かっていても、私の性

格上どうしても変える事が出来ないでいた。

「じゃあヒールしてあげるからもう一働きヨロシク」

 私はあちこち傷ついているポチに癒しの魔法をかける。

 不思議な事に私の使う召喚獣用の癒しの魔法だが、傷を癒すのと同時に着ている服

の修復までしてくれる優れもの。これには結構助かる。

 最初は再召喚すれば服の綻びなどは元通りになると思って、全然意味の無いおまけ

効果だと思っていたのだが、最近私が新しく覚えた召喚猫には絶対必需な効果なのだ。

 その猫はどうにも自分の美しさにこだわり、少しでも体や服が汚れればギャーギャー五

月蝿いのである。そして自分が汚れることを嫌って戦闘には直接参加しない。訳あって、

その猫に関しては絶対服従の命令の効果が薄いのだ。

 もし汚れた場合には五月蝿いのでその度に癒しの魔法をかけるため、私の魔力の減り

が究極的に激しく滅多に召喚する事はない。もし召喚するとすれば冒険者たちが集って

パーティーを作って狩りに行く時くらいだろう。

 他の職業の中には「リチャージ」という魔法が使える人がいる。自分の魔力を相手に分

け与える魔力転移の魔法だ。

 あの魔法をかけて私に魔力補給をしてくれる人がいない限り、私はあのタカビーな猫は

召喚しない。

「まだ我輩をこき使う気か? そろそろ一緒に戦ってくれても――」

 癒しの魔法で体の傷も服の綻びも元に戻ったポチは恨めしそうな目で私を見る。

「……黙りなさい。あんたは私の言う事を聞いてればいいの! そう、それはまさしく馬車

馬のように!」

 まあたまには体を動かさないと体が鈍るので少しくらいはいいかな、とも一瞬思った

が、あまりに暇過ぎて堕落しきった今の私は、動くのも億劫に成り果てていた。

「全く。いつもいつも猫使いの荒い。そろそろ召喚されるのをボイコットしたいのである」

 私の命令に愚痴を漏らすポチ。しかし召喚契約によって、召喚を拒否出来ない事はポ

チ自身がよく知っていた。

「いいから大人しく契約時間が切れる寸前まで戦ってこい!」

 これ以上毎度毎度同じ愚痴を聞かされるのに飽き飽きしていたために、私は他にも召

喚獣用肉体強化補助魔法をかけ終わると、ポチの背中を思いっきり蹴って再び狩場へと

ポチを向かわせた。

 

 

 再び湖に向かってボーっと微かに風で揺れる水面を眺めていると、さっき地面に突き刺

した釣り竿に変化が起きた。ついにヒットしたらしい。

 そのまま持っていかれないように素早く釣り竿を引き抜き構える。強い引きだ。

 水面下のルアーは、右へ左へ、前へ後ろへと、縦横無尽に動き回る。

 これはなかなかの大物がかかったらしい。かなり力を入れて踏ん張らないと湖の中へ

と引きずり込まれそうだ。

「うがあー! ここで逃してたまるかー!」

 必死に私は獲物を逃すまいとその場で踏ん張る。だが予想以上に引きが強い。このま

までは私の体ごと湖に引き込まれてしまう。

 せめて装着している防具が重装備だったらまだ救われたのだが、残念ながら私の防具

は移動性に優れた軽装備なのだ。大した錘(おもり)にはなってくれていない。

 踏ん張った両足がずるずるとゆっくり、しかし確実に地面を擦って跡を残しながら湖へと

引き寄せられていく。

 せめて武器を背中に背負ってれば力負けする事は無かったのだが……。

 半ば諦めて釣り竿を手放そうと思ったが「ここで離したら私の負けだ」と考え直し、最後

の悪あがきを試みる。

「黒き力よ、我が手に集いて我が魔力を糧とし、彼(か)の身を犯す毒となれ!」

 私が素早く呪文を唱えると、釣り竿を伝って黒と緑の混ざった色の煙が湖の中へと流

れ込む。そして湖の一部が腐食したように黒く染まっていく。

 しばらくそのまま踏ん張って粘っていると、突如釣り竿を引っ張っていた強い力が無く

なった。

「今だ!」

 向こうの動きが止まった瞬間を見逃さず、私は一気に釣り竿を振り上げる。

 さっきまでの攻防戦が嘘のように、呆気なくルアーに食いついた大物が水面上に姿を

現した。

「やった! ――って、げげげ!」

 陸へ釣り上げたその大物の姿を見て、私は顔が青ざめてしまった。

 水面上に姿を現したのは確かに大物だった。大物には違いなかったが――魚ではな

かった。

「最悪ー! 何でモンスターが釣れちゃうのさ!」

 私がたった今釣り上げたのは、体長2メートルを超える魚のモンスターだったのだ。

 ベースは普通の魚であり、それに人間にした筋骨隆々な大きな腕や足が生えたような

姿をしている。

 容姿的には決して良いとは言えない。表面は油でテカテカしており、触るのも絶対に嫌

だった。てか、普通にキショイ。

 まるで汚いものを見るかのようで――というか、その通りなのだが――魚人を見ている

と、左右にあった目玉がギョロっと私を捉える。

 ただ見られるだけでも、この身を汚された気分にさせられてすごく不愉快な気持ちにさ

せられる。視姦されているようだ。

「キサマカ。コノオレニ勝負ヲイドムノハ」

 声帯が退化したのか、人間とは別の発声器官をしているのかは知らないが、少し聞き

辛い声で魚人は喋る。

「ン? キサマ女カ。丁度イイ。オレガ勝ッタラオレノ子ヲ孕メ」

 さっきの訂正。現実に視姦されてましたよ。

 一瞬立ち眩みのような眩暈がした。信じられない事を言われたな、今。

「誰があんたなんかの子を孕むかー! 私にそんな事を言う前に、自分の顔をその湖に

写して見てみろ!」

 裸にも関わらずそれらしき部位は見えないのだが、どうやらこの魚人はオスらしい。

 魚人は私に言われたように後ろへ向きかえると、濁った湖に写った自分の姿をジッと見

下ろす。

 なんつーか、その姿を見ているとあのまま後ろから蹴って湖に沈めたい。そしてもう二

度と陸に上がって来て欲しくない。てか、上がってくるな。

 そんな事を胸の内で考え、実行しようとしたのだが、まことに残念な事に実行前に魚人

が再び振り返ってしまった。

 そして惚れ惚れしているような口調でこう言った。

「イツ見テモ俺ハイケテルナ」

 頭を鈍器で思いっきり殴られたような気分がした。

 マジですか。どう見ても私には気色悪くしか見えないんですが……。あれをどう見たら

イケてるんだよ。キショイだけじゃんか。

 もうアレだな。究極的に人間とは美的感覚が違いすぎるようだ。

「コンナオレノ子ヲ孕メルンダ。素直ニドウダ?」

 湖で自分の顔を見て変な自信をつけてしまっただろう。すごい自信満々な口調で言っ

てきた。

「馬鹿言うなー! 誰が気色悪いモンスターなんかの子を産むもんか!」

 そんな事態になったらもうお嫁にもいけないし、それこそ生きていけない。

 それに私には「白馬に乗った王子様と甘く切ないロマンスの末に結婚して幸せになる」

という壮大な人生計画があるのだ。

 こんなところで早くも挫折してたまるか。

 だから私は120パーセントの力を込めて拒否した。

「ソウカ。ナラバ実力行使ダ」

 魚人の腕が振りあがったと思うと、次の瞬間、私の頭上目掛けて勢いよくその腕が振

り落ろされる。

「うわっ、早っ!」

 何とか反射的に素早く避けると、側に突き刺してあった私の背丈くらいある大剣武器グ

レートソードを引き抜く。そして正眼の構えを作り戦闘態勢に入った。

 見ると、さっきまで私がいたところは軽く地面が凹んでいた。避けなければ骨が砕けて

死んでいたかもしれない。

 子を産ませるつもりじゃなかったのかよ。全然手加減無いじゃないか。

 心の中でいきづく。

 まあ所詮は魚のモンスターだ。脳が足りなくてさっき自分が言ったことを忘れてもおかし

くない。深く考えない事にしよう。

 冷静に状況判断し、気持ちを整理していると、早くも2撃目が襲い来る。今度は正拳突

きだ。

 それをうまく横に避けて凌ぐ。

 速いには違いないが、まだ私でも目で追え体で反応出来る範疇だった。

 これなら何とか1人でもいけるかもしれない。

 だが、その考えは甘かった。

「え――?」

 直線に進んで過ぎ去ったはずの正拳突きだったが、突如裏拳となって再び私に襲い掛

かってきたのだ。

 避けるのはもう間に合わないと判断し、すぐにグレソの剣背で受け止めようと盾にする

ように構える。だが攻撃を受け止めきれず、グレソと一緒に私は後方へと勢いよく吹き飛

ばされてしまう。

 グレソ自体かなりの重量を誇っているのに、それをものともせずに吹き飛ばされるとは

予想もしていなかった。

 一瞬驚いたものの、すかさず空中で体勢を立て直し着地しようとする。だがグレソの重

みで体勢を立て直しきれなかった。

「きゃん!」

 私は勢いよく尻餅をついてしまった。結構痛く、青あざになったかもしれない。

「いてて〜」

 尻餅をついた状態のまま痛むお尻を擦っていると、突然明るかった視界に影が差した。

 しまった。戦闘中に隙を見せてしまった。

「オレノ勝チダ」

 前を見上げると、両腕を振り上げ、左右の指を絡めて合わせた――神に祈る時のよう

な握り方――状態で勝ち誇っている魚人の姿。

 魚の表情など分からないが、不気味に長い口元が釣り上がっているように見える。

 至近距離で見たくない顔だ。長時間見てたら吐けそう。

「サラバ人間」

 その言葉と共に、頭上目がけて魚人の魔の鉄槌が振り下ろされる。

「くっ!」

 反射的に逃げようとは試みたが、座った状態から逃げるのには時間が圧倒的に足りな

い。

 それでもグレソを盾にして身を守ろうとするが、それも間に合いそうになかった。

 あと刹那で私に死が訪れると覚悟した時、後方から何かが私の横を一瞬で駆け抜けて

いった。

「グオッ――!」

 それは魚人の体へ衝突し、巨大な質量を持つはずの魚人の体はいとも容易く大きく後

方へ吹き飛ばされていった。

 一瞬何が起きたか理解出来なかった。唯一理解出来たのは、魚人が吹っ飛び自分が

助かったという事だけ。

 呆然と座り込む私に対して聞きなれた声が聞こえた。

「これは大きな貸しであるかな? お嬢」

「ポチ?!」

 振り向けば後ろにはポチがいつものあの格好で立っていた。

 いつも見るその格好だが、今はすごく凛々しく見える。

「今の……ポチが助けてくれた?」

「うむ。主の危機であるからな。当然の事である」

 魚人を吹き飛ばしたのはどうやらポチの攻撃魔法らしい。

 さすが私の奴隷だ。頼りになる。

 しかしだ、

「ちょっと! 一体どこに行ってたのよ! もう少しで私死ぬ事だったじゃない! あんた

は私を守るのが仕事なんだからしっかり働きなさいよ!」

 いくらポチが凛々しく見えようとも、命を助けられようとも、そんなのは関係無い。

 こんなギリギリまで私の危機に姿を現さないのは許せない事だった。

 いくら遠くにいようとも、召喚獣には召喚士が危険に晒された時は盾になって守らなけ

ればいけないのだ。そのために主の危機を即座に察する能力も持っている。

 こっちの危機を察していながらもすぐに戻ってこなかったポチに私は思いっきり当り散ら

す。

「また理不尽な事を申すな、お嬢は。狩りに我輩を行かせてたというのに……。しかも感

謝の礼の一言も無いとは……」

 私はいくつかの猫を召喚出来るが、一度に召喚出来るのは一体だけ。つまりポチを召

喚している間は、他の猫を召喚出来ないのだ。

 猫のいない中での戦闘は、今みたいにまさに死と非常に隣り合わせなのである。

 だからこそ、主の危機を察する能力が備えられているというのに……。

「うるさいだまれ。主に口ごたえをするな。大体さ……」

「……はぁ、もうくどくど言う気も失せたである。それにここで口論する事よりも、今はあや

つを倒す事が最重要事項であるな」

 私の理不尽な怒りにウンザリな顔をするポチ。しかしすぐに真顔に戻り魚人の吹き飛ん

だ方を見据える。

 これから腹に溜まった鬱憤をポチに対して撒き散らそうと思っていたのだが、確かにポ

チの言う事も一理ある。

 仕方ない。この鬱憤を撒き散らすのは今度にしておこう。

 そして気を取り直してポチ同様に魚人へ視線を向ける。するとのそのそと起き上がり始

めた。

 やはりさっきの魔法の一撃くらいでは倒れてくれないらしい。それに大したダメージを

追っていないように見える。

 ただ単に慣性に従って勢いで吹き飛んだくらいかもしれない。

 倒すにはもっと確実なダメージを与えなくはいけないようだ。

「今ノハ驚イタガ、大シタ事無イナ」

 魚人が魔法を喰らった部分を軽くトンと叩く。効いていないというアピールだろう。

 そんな姿を見てもポチは平気な顔をしている。

「とっさの攻撃であったからな。速度を生かして威力は大分殺していた。本来はもっと痛

いぞ?」

 ポチの右手に魔力の渦が巻き始める。それは次第に大きくなり、私の頭くらいの大きさ

に膨れ上がる。

「喰らってみるがいい」

 そしてポチの手から魔力の球が飛び出し、魚人へ一直線に勢いよく襲い掛かる。

「ヌッ」

 その魔法を避けようと動くものの、ポチの魔法は追尾能力が備わっているため、結局

避けきれずに魚人は攻撃をまともに喰らう。

 だが軽くよろめいたものの今度は倒れない。ポチの魔法攻撃を耐え切ってしまったよう

だ。魚のくせして硬い体をしている。

 それでもさっきと違ってそれなりのダメージはあったようだ。ダメージを受けた場所に血

が滲んで流れている。

「サッキヨリハ痛カッタガ、ヤハリ大シタ事ナイナ。今度ハ俺ノ番ダ」

 強靭な足の賜物だろう。随分間合いがあったはずのポチとの距離が一気に狭まった。

さっき私と戦っていた時よりも数段速い。

「喰ラエ」

 射程内に入ったところで魚人は正拳突きを繰り出す。だがポチはなぜか一歩も動かな

い。私は焦る。

 まさか動きが見えてない?!

 そのまま魚人の拳はポチへと吸い込まれるかのように向かっていく。

 まだポチは動かない。

 そして攻撃が当たる瞬間、ついにポチが動いた。それは避けるのではなく、手を前にか

ざしただけ。

 だがそれだけで、強靭な腕から繰り出された魚人の正拳突きをいとも簡単に呆気なく

止めてしまった。

「なっ――?!」

「ナンダトッ?!」

 それには私も魚人同様驚きを隠せなかった。

 体格も重量も格段に違うのに、ポチは後ろへたじろぐ事もせずに止めてしまったのだ。

 今まで幾度となく召喚し続けてきたが、こんなにポチが強かったなんて知らなかった。こ

れがポチの実力なのか。

「我輩の攻撃を大した事ないと言うのだからどのくらいやるのかと思ったが、そっちこそ大

した事はないのではないか?」

 少し冷ややかな静かな声でポチは魚人に問いかける。

「ウガ……ガ……」

 魚人は怯えていた。さっきの攻撃でポチとの力の差を、身の程を理解出来たのだろう。

 怯え震えながらも視線はポチに置き、体は徐々に後退りを始める。このまま湖に逃げよ

うと思っているらしい。

 しかしポチはそれを許さなかった。一瞬でその場から姿を消す。

「――ドコニ消エタ?!」

「ここである」

 ポチを見失い慌てて辺りを見回す魚人の真後ろにポチは現れた。

 その声に反応して振り向く間も許さず、ポチは魚人の背中に拳を打ち込む。いや、背中

をつき抜く。

「グオァァァァア!」

 魚人は絶叫を上げる。

 背中を打ち付けられたならともかく、背中を突き抜かれたその痛みは計り知れない。想

像を絶する苦痛が襲い掛かっているんだろう。

 痛みのあまりに我を忘れ、魚人はその場を暴れ回る。そして背中にいるポチを振り落と

そうとする。

 しかしそんな揺れを気に止めず、ポチは冷静に一言。

「これで終わりである」

 そう言うや否、素早く自分の腕を引き抜き、暴れ回る魚人の背中を蹴って離れる。

 と同時に、魚人の背中が光ったと思うと一気に体が膨れ上がる。まるで風船に空気を

入れたように、だ。

「ウゴアラバブゴ……」

 魚人は意味不明な言葉を口に出しながら苦しんでいる。

 その膨らみは止まる事を知らず、そのまま臨界点を超えて魚人の体はボンッという音と

共に木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 盛大に空中に撒き散らされた魚人の骨や肉片や血の雨。

 それらはしばらく凄惨に湖の畔に降り続いている。

 私はその光景を直視出来なかった。思わず目を逸らす。

 これは……結構すごい地獄絵図である。

 狩りに慣れている私でも、これを見ちゃうとしばらくの間は肉が喉を通らないかも……。

 しかし目を逸らしても鼻から酷く臭い血の匂いなどが漂ってくる。

 ポチ。お前最悪だよ……。

 だがその光景を見て当の本人は満足げに、

「ふふん。我輩の憂さを晴らすにはこうするのがやはり一番だな」

 と言い放った。

 こんなサディスティックな憂さ晴らしは遠慮したいよ、私は。原因が例え私にあったとし

てもさ。

 この時、私は初めてポチが怖いと感じたのだった。

 

 

 さっきまでいた場所は軽い地獄絵図になり果てたために、気分転換に散歩をする事に

した。

 今は1人で草原を散歩中である。ポチは少し前に召喚契約時間切れで、本来住む世界

へと戻ってしまったのだ。

 やっぱり澄んだ空気はおいしいな。さっきの空気は最悪に吐き気を催すところだ。

 あてもなくブラブラと歩いていると、草原を2つに分けるように存在する街道を歩く1つの

人影を発見。

 あの長い銀髪が特徴な後ろ姿と、手に持つ二刀武器には見覚えがあった。

 私の所属するエターナル血盟メンバーのミリーだ。

 ちなみに血盟とは、簡単に言えば旅の仲間同士で集ったグループみたいなものだ。

 同じ志しを持った者同士が集まり、定期的に集っては情報交換や一緒に狩りをしてレ

ベル上げをするのである。

 私はつい最近入ったのだが、入るきっかけになったのがこのミリーなのである。

「おーい。ミリー!」

 大声で呼びかけながら、手を振って駆け出す私。

 その声に気付いたミリーも私に手を振り返してくれた。そして歩みを止めて私が来るの

を待ってくれる。

「久しぶりだね〜。元気にしてた?」

 やっとの事で追いつくと私はミリーに最近の様子を聞いた。

「うん。癒し手としては、健康には十二分に気を使わないといけないからね」

 このミリーの職業は『シリエンエルダー』であり、癒しの魔法や肉体強化の補助魔法な

どを使えることが出来る。

 特に魔法力上昇や魔力転移の魔法を使えるために、冒険者仲間からは重宝される職

業である。

 私も癒しの魔法や補助魔法を使えるのだが、そのレベルは桁違いに違いすぎて全然

太刀打ち出来ない。

 でもそこで張り合う気はさらさらない。餅は餅屋である。

 彼女の特徴としては、長い銀髪もそうだが肌の色も特徴的だ。浅黒い灰色の肌をして

いる。

 これは彼女が人間ではなく、ダークエルフ種族であるがための共通の特徴。すべての

ダークエルフは浅黒い肌に銀髪なのだ。

 そしてもう一つの特徴としてあるのだが、これは私が非常に納得のいかない事だ。

 それは――ダークエルフの女性はみんな胸が大きい事だ。成人女性なら小さくても最

低でDはあるのだ。

 これには納得いかない。いくわけにはいかなかった。……だって悔しいもん。

 首を下げて自分の胸を見る。

「……はぁ」

 思わずため息。見なければ良かった。

 いくら軽装備を胸につけているといっても、さほど変わらないのが私の胸。

 子供の頃から牛乳は極力毎日飲んでいたのだが、悲しいことにその効果はさっぱり

だった。

 次にミリーを見る。正確にはミリーの胸だ。

 ミリーの装備は私の軽装備とは違い、ローブに身を包んでいる。それもかなりの露出度

が高く薄い生地の服である。

 だからほとんどそのままの形で、ミリーの胸は私の視界に入っていた。

 おっきい。Eはありそうだ。すごく羨ましい。

 少しくらいお裾分けしてもいいくらいの大きさだ。

 試しにローブの上から触診してみる。

「ちょ、ちょっとマナッ?! いきなり何するの〜? ちょっと痛いんだけど〜」

 私の力具合によって自由に形を変えているミリーの胸。手の平一杯で掴むと指の隙間

から形を変えてはみ出していた。

「また胸大きくなったんじゃない?」

 胸にまだ手を添えたまま、悔しさに口を尖らせながら聞いてみる。

 この揉んだ時はもう少し小振りだったはずだ。

 すると申し訳無さそうにミリーは、

「あはは。やっぱり分かっちゃったかな? 実はまた3センチほど成長しちゃった……」

「くっやしー! 何でダークエルフの女はそんなに胸が成長するのさ〜。私なんてBも

無いっていうのに〜。贔屓だ、贔屓〜」

 悔しさ紛れに思う存分ミリーの胸を蹂躙しまくる私。

 くっそーくっそー。この生意気な胸めー。

「マナ、ダメ、止めて……!」

 苦しそうにミリーは言葉を紡ぎながらも、必死で私を両手で引き離す。私の手の平から

ミリーの胸が離れた。

「う〜〜〜」

 恨めしそうにミリーの胸を見続ける私。

「あはは……ははは……」

 ミリーはとっさに両手で胸を隠した。しかしその大きい胸はすべて隠れない。形を変え

ながら腕からはみ出ている。

 見れば見るほど羨ましくて悔しい。

「ダークエルフ種族って羨ましいな〜。みんな胸がおっきんだもん」

「大きくて困ることもあるよ。肩とか凝るしさ。マナみたいに小振りの方が楽でいいと私は

思うけど……」

 相変わらず胸を両手で隠したまま言うミリー。

 しかし私は知っていた。

「そう言いながらも私の胸よりはもう少しボリューム欲しいと思ってるんでしょ?」

「…………そんな事ないよ。あはは」

 ミリーの望むカップはBかCだと言う事を。前に他の血盟員と話しているのを偶然聞いて

いたのだ。

「嘘ばっか。いいもーん。どうせ私はちっさいですよーだ!」

「もう、そんな事でいじけないでよー」

 地面にしゃがみ込んでのの字を書き始めた私をミリーが抱き起こす。そして、

「ほら、よく言うじゃない。胸を揉んで血行良くすれば大きくなるって」

 ミリーはそう助言してくれた。

 でもそれが嘘なのは私がよく知っている。それはすでにもう試し済みなのだ。

 確かに一時期大きくなって喜んだものだが、それは単なる揉み過ぎて腫れただけ。

 水に浸かって腫れが引くと、当然の如く元のサイズに戻ってしまったのだ。

 無駄に腱鞘炎(けんしょうえん)になった自分が馬鹿だと呆れた記憶がありありと脳裏

に浮かぶ。

「……嘘ばっか」

 私の一言に驚くミリーだったが、すぐにフォローの言葉を入れる。

「嘘じゃないと思うよ。やってみないと――」

「もうやったもん。腱鞘炎になるまで」

「――う……」

 ミリーは二の句も出なくなってしまった。それでも何かを考えようとする。

 悩んだ末にミリー的な最終的な結論が出た。

「やっぱり遺伝とかあると思うんだよ。それに種族でも姿が違うように、胸の育ち方も違う

と思うよ。だからもうそれは仕方ない事だと思って割り切るしか……」

 割り切れたらここまで悩みはしないさ。胸の大きな人には分からんのですよ、この気持

ち。

 こうなったらもうヤケだ。

「ひゃあ!」

 私はミリーの背後に回って後ろから再び胸を揉み始める。

「ちょ、ちょっとマナ〜。だから胸揉まないでってば〜。しかも今度は何か揉み方がイヤら

しいよ〜?」 

「黙って私に胸を揉まれてなさい! もうこの気持ちを治めるにはミリーの胸を腱鞘炎に

なるまで揉み続けるしかないのよ!」

 そう言い放つ私にミリーは涙目になりながらもジタバタ暴れる。

「ふええ〜ん。全然訳分からないよ〜。何でそうなるのさ〜?」

「いいから暴れずに大人しく私にその身を預けなさい! 女同士なんだから別にいいで

しょ、減るもんでもないんだし」

「あんまり女だからってのは関係ないから〜。お願い、止めて〜」

 なかなか往生際の悪いミリーに私はムッときて、一度ミリーから体を離す。そして素早く

魔法をかけて大人しくさせる事にした。

「黒き力よ、我が手に集いて我が魔力を糧とし、彼(か)の身を犯す毒となれ!」

 さっきの湖で使った時よりも格段に効果が薄い微毒をミリーに吸わせる。

「はう。体から力が抜けてく〜」

 効果が薄くても体の自由くらいは奪える効果は残してある。

 そしてさっきまでの抵抗が嘘のようにミリーは大人しくなった。これでよし。

 足に力を入れられなくなりその場に座り込んだミリーの背後に再び回り、私は作業を再

開した。

「じゃあ改めて――」

「いや、いやっ! 誰か助けて〜! 誰か、誰かヘルプミ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 周りに誰もいない静かな青空の下。

 広い広い草原にミリーの叫声がどこまでもどこまでも遠く響き渡ったのだった。

   

 

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あとがき

加筆修正前の作品は読んでて無性に恥ずかしい。
だから急いで修正しましたー。
そして修正したことにより、さらにリネUの設定無視です (・ω・;)
そうそう。字数が倍になっています。これは自分でも驚き。ここまで長くなるとは思ってませんでした。
しかし文章量増えただけで、内容はほとんど変わってません。

今回は修正という事で現状本気の描写を入れて書いてみました。
これでもまだ自分的には納得出来る描写力でありませんが、
まあこれが現状の私の限界ですね。

戦闘に関しては書き直しいれても割と簡潔に書いちゃいました。
召喚士は少しは戦えるけどやっぱり弱く、召喚獣は召喚士よりも圧倒的に強い。
それが分かるように書いてみたんですが、もう完全にリネUの設定無視です。
あそこまで猫は強くないです。
モンスターを一撃で倒せたら召喚士最強ですし(笑)


あとは最後のダークエルフとのシーンですが、
ちょっとエッチだったかな、変えた方がいいかな、と思考の末、結局こうですわ (´ー`)y-~~~
すいません。ダークエルフのお姉さんは露出多すぎてエッチなネタにしか思いつきません。
ちなみにもしダークエルフではないキャラと出会っていた場合ですが、
エルフなら貧乳ネタ、ドワならロリネタ、オークならマッチョネタ、ヒューマンなら美貌争いネタでした。
ぶっちゃけ5種族どれもネタがあるので、どの種族を出しても良かったんですが、
リネUではどうもダークエルフの知り合いが多いのでダークエルフのキャラにしちゃいました。

おまけ:加筆修正前はコチラから見れます。