第12話 甘い花火大会(夏祭り後編)

 


「遅いな。何してるんだ?」

 境内の入り口。

 そこで俺は唯が戻ってくるのを待っていた。

 射的ゲームが終わった頃、花火が打ち上がり始めたので、俺たちは河川敷の方へ移

動する事にした。

 その途中――境内の入り口で唯が突然、

「ここでちょっと待ってて」

 そう言い残してどこかへ走り去ってしまったのだ。

 何もせずに立ちつくしているのも暇だ。

 首を少し傾け上げると、漆黒の闇に空高く綺麗な大輪の花が視界いっぱいに咲く。

 直後に大地を揺るがすようなすさまじい轟音。

 ビリビリと周囲の空間を揺るがし、俺の体をも盛大に震わす。

「今のはかなり大きかったな〜」

 恐らく花火玉の中でも今のは一番大きいやつだったのだろう。

 今の花火が上がったのを知らずに、不意に今の轟音を聞いていたら心臓が止まってい

たかもしれない。

 それくらいすごい轟音と振動だった。

 ふと視線を前に戻すと、俺の前を通りかかった若い男が胸を抑えて歩いていた。

 多分、さっきの轟音を不意打ちのように聞いてしまい、それで驚いて心臓をバクバクさ

せているんだろう。

 再び空を見上げると、連発して小さい花火が黒い夜空を色とりどりに飾り始めている。

 あれは確かスターマインだったかな。

「お待たせ、智幸」

 それを何気なく見ていると、突然横から唯の声がした。

「どこ行ってたんだ? お――?」

「どう? これ似合うかな……かな?」

 振り向くとそこに唯が立っていたのだが、その姿はさっきまでのミニな巫女姿ではな

かった。

 ごく普通の浴衣姿で、唯は俺の前に姿を現したのだ。

 唯はくるりと回りながら浴衣姿を俺にお披露目する。

 白い浴衣服にはいくつもの蝶々がプリントされており、帯は黒いレースで出来ていた。

 よく見れば、袖や襟の部分も透けるレースであしらわれている。

 なんだろう。くるくる回るその姿は妖精の舞いのように見えた。

「智幸? ボーッとしてどうしたの?」

 危ない危ない。あまりの可愛さに不覚にも一瞬惚けてしまった。

 気を取り直してその浴衣姿を見てみると、俺は少し気になる事に気付いた。

 パッと見では少しオシャレな浴衣に見える衣装なのだが、

「もしかしてゴスロリ浴衣――だったりするか?」

 黒と白の衣装。

 黒地に白と、白地に黒の違いはあるものの、唯の普段着のゴスロリ服と彩色が同じ

だったのだ。

 だから聞いてみた。

 すると唯は過剰なまでの反応を返してきた。

「え――?! 何で? ……何で分かったの?! 愛? やっぱりこれは愛の力なのか

な……かな! うん。きっとそうだよね! でなきゃ、分かるはずないよね! 嬉しい!」

 喜びの表現として、ガバッと胸に飛び込み抱きついてくる唯。

 一瞬胸がドキッとしてしまった。

「ちょ、ちょっと。おい! こんなとこで抱きつくなよ! 周りで人が見てるだろ」

 人がこんな多い公共の場で抱きつかれるのは勘弁してほしい。

 いや、この前の遊園地でならまだそうそう知ってる顔はいないからいいものの、ここは

知り合いや近所の人たちも来ているであろう場所だ。

 この現場をもし見られでもしたら恥ずかしくて堪らない。

 すかさず俺は唯の肩を持って引き離そうとした。

 が、俺の背中に回した唯の手はがっちりと輪を作っており、簡単には離れてくれそうに

なかった。

「こんな事で抱きつかれると恥ずかしいから離れろ」

「もう少しだけ……ね?」

 俺の胸にうずめていた顔を上げて俺を見上げる唯。

「う……」

 上目使いの視線に俺はたじろいでしまった。

 この視線にはどうも弱い。

 そんな目で見られたら無理に引き離せなくなってしまうじゃないか。

 しかし、ここでいつまでもくっ付いていたら誰かに見られる可能性が十分にあるわけで、

「……だ、ダメだ、ダメ!」

 俺は無理矢理唯を引き離した。

「それよりも、何でいきなり着替えてきたんだよ」

「ん? だってさっき「こういう場には浴衣で来るのが普通じゃないのか?」って言ってた

でしょ? だからリクエストに答えたんだよ」

「あ……」

 確かに神社から花火会場に向かう事になった時、俺はそんな事を言ったような気がす

る。

 神社なら巫女装束でも衣装は合っているが、花火会場で巫女装束は大いに浮くと安易

に想像出来た。

 だから軽いぼやきで言ったつもりだったのだが、それを俺からのリクエストと思い、唯は

実行してくれたらしい。

 内心、巫女さんと一緒に花火会場で花火を見るのは気が引けていた事もないのだが、

これで一抹の不安が取り除かれた。

 もしかしてわざわざ俺の意を酌んでくれたのだろうか。

 

 

 会場である河川敷に着くと、そこにはかなりの人の海になっていた。

 毎年思うが、よくもまあこんなに人が集まってくるもんだ。

 俺たちも河川敷に降りて人の海の一部になりつつ、少しでもいい場所に座ろうと場所探

しをする事にした。

 その途中、俺はふと思った。

「お前の家ってこの近くなのか?」

「ううん。違うよ。何で?」

「ほら。さっきまでと全く違う服に着替えてきたからさ、この近くに住んでるのかと思った」

 よく考えてみればおかしい話だった。

 学校にいる時なら早着替えなどはある程度違和感を感じずにいたが、ここは学校の外

だ。

 いくら早着替えのスキルを持っていたとしても、肝心の衣装や着替えの場所などが普

通あるはずがない。

 自分の家が近くに無いなら尚更だ。

 その辺どうなっているのか、気付いてしまうとすごく気になる。

「じゃあどうやってさっきは着替えてきたんだ?」

「あ、知りたい?」

 少し嬉しそうな声で唯は反応してきた。

「まあ……少し気になるな」

「それなら特別に教えてあげるよ。でも……」

 口元に人差し指を当てながら唯は言った。

「今から言う事は誰にも内緒だよ?」

「ああ。分かった」

 承諾の返事を聞いた唯は、胸の中に手を入れる。

 そして密かに首にかかっていたペンダントを取り出した。

「実はこれが早着替えのキーアイテムだったりするんだよ」

「はい?」

 それは蒼い宝石を、交差する銀の輪と鎖で飾ったペンダントだった。

 しかし、どう見てもただのペンダント。

 これが早着替えのキーアイテムと言われてもさっぱり理解出来ない。

 ………………。

 …………。

 ……あ、もしかして。

「実はコレ、空〇元素〇定装置って言い出すんじゃないだろうな?」

「え――すごい! 何で分かったの?!」

 どうやら図星だったようだ。

 唯は目を見開いて驚きの表情をした。

 しかし次の瞬間、

「智幸、今日は何かおかしいよ? 浴衣の事もすぐに理解しちゃうし、ペンダントも分かっ

ちゃうなんて。道端に落ちていた物でも拾って食べた?」

 やけに心配そうな顔をして俺の顔を覗き込む。

 てか、俺は犬かよ。誰が道路に落ちてるもんを拾って食うかってんだ。

「何となくイメージが沸いただけ。空中〇素固定〇置だって有名なアニメなわけだし、そ

れほど驚くことじゃないだろ?」

「ううん。そんな事ないよ。だって本当のはチョーカーだよ? ペンダントだけで分かるな

んておかしいよ」

「いや、おかしいと言われてもな……」

 分かってしまったものは仕方が無い。

 俺が答えに困っていると、

「熱とかないよね?」

「な――?!」

 いきなり唯が背伸びをしながら、俺の顔に向かって自分の顔を近づけてきた。

 俺の心拍数が一気に急上昇する。

 こんなところでキスするつもりなのか?!

 突然の行動に対して頭が対処しきれず、俺の体は全く動けない。

 が、俺の期待(?)も空しく、俺の唇に何かが触れる事はなかった。

 代わりに俺の額に何かがコツンと当てられた。

 唯の額だ。

 どうやら額同士を当てて、俺の熱の有無を確かめようとしたらしい。

 ……何だか肩透かしを食らった気分だ。

「うーん。特に熱はないみたいだね」

 しかし肩透かしを食らった気分になっても、俺の心拍数は未だ戻らなかった。

 額と額が当たっている――つまりは顔と顔が、文字通りに目と鼻の先の距離にあると

いう事。

 その気になればキスなんて容易に出来てしまう距離なのだ。

 ましてや視界にいっぱいの唯の顔。特に、真っ直ぐ見つめる瞳。その瞳には自分の姿

が映されている。

 本当に、本当に近い距離に唯の顔があった。

 何が無くとも、この状況だけで俺の心拍数は急激な鼓動を繰り返すに値する。

 ……この状況が続いたら心臓が破裂するかも。

 とりあえず後ろへ下がって離れようと考えた。

 が、しかし。

「……智幸」

 行動する前に唯が超近距離で俺の名前を呼ぶ。

 いつもよりも唯の声がしっかり聞こえてくる。

「気付いたら……顔がすごく近いね」

 さっきは熱を測るためだけに何気なく額同士をくっつけたようだが、やっと唯も今の

状況に気付いたらしい。

 頬がほんのりと赤く染まっていた。

「……ああ……そうだな……」

 俺はやっとの事で声を絞り出して答える。

「智幸」

「…………」

「今、何考えてる?」

「……え?」

「私……このまま……キス……したい……いいかな?」

 心臓が飛び出るかと思えるくらい胸が高鳴った。

 互いの視線が絡み合う中でのこのセリフはかなりの破壊力を持っていた。

 俺の理性を核爆弾の如く一瞬で崩壊させ、残ったのは僅かな欠片となった理性と剥き

出しにされた本能。

 すでに俺の頭の中では、後ろへ下がるという選択肢は頭の中からは消去され、キスを

拒むという意思も存在していなかった。

 俺が何も言わなく、拒むような仕草をしないのを了承と捉えたようだ。

 くっついている額を支点に、唯はゆっくりと顔を下――俺の方に向かって傾けてきた。

 鼻の頭同士が当たると、今度は鼻の部分を支点に切り変える。そしてさらに顔を下へ

傾けていく。

 それはとてもゆっくりな動作。寝ているのではないのかと思えるくらいだ。

 しかし目線は決して俺から離していない。

 まるで俺の気持ちを確かめているような、そんな感じがする。

 俺と唯の顔が丁度正面を向いた時、唯の動きが一度止まる。

 だが唯は微かに微笑み瞳を閉じると、再び鼻の頭を支点にして、俺の唇に向けて自分

の唇を傾き近づけていく。

 そして俺は最初から最後まで一切拒むことも無く、大輪咲き乱れる夜空をバックに、

唯と甘いキスを交わしたのだった。

 

 

 しばらくして正気に戻った俺は密かにさっきの事を後悔していた。

 キスをした事に自体ついては別にいい。後悔なんてしない。

 だがキスした場所が問題だった。

 冷静になって考えてみれば人が周りにウジャウジャといる場所でしてしまったのだ。

 あの現場を知り合いに見られていたらと考えると……どうにも気が重くなる。

 そんなどんよりとした気分で花火を眺めていると、俺と腕を絡めて横で歩いていた唯が

突然嬉しそうな声を出した。

「思いついた!」

「何が?」

「約束のお願い事、だよ」

 そういえばまだ聞いてなかったな。すっかり忘れてた。

 唯は一体何の願いを思いついたのだろうか。少し聞くのが怖い。

「で、何をお願いするつもり? 俺に出来る範囲内でなら可能な限り叶えるけど」

「それは大丈夫。別に何かを買ってもらうとかそんなお願いじゃないからさ」

 そして唯は願いを言った。小悪魔のようなイタズラっぽい笑みを浮かべながら。

 

 

「今度私の家に遊びに来て」
  

 

 

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あとがき

夏祭り編の後編も無事書き終わりました〜。
結構時間が空いたような気がしますが、その分魂を込めて書いてみたつもりです。
ただ書き方がどうもまた若干変わったような気がします。
色々な小説読みすぎてスタイルが変化しちゃったのかな、と読んでてふと思いました。

花火大会っていい場面じゃないですか。
だから今回は書くの苦労しました。
誰もいない場所で2人きりになって花火を見るのもいいかなぁ〜、と思ったんですが、
それだと何だかありきたりだと考え、あえて普通に会場へ行かせちゃいました。
で、そこでうまい事ラブラブしてもらっちゃったわけです。
普通が故に、今回描写にこだわってみました。
というか、今回の話は限界まで全身全霊込めて書いてみましたね。

少し分かりづらい描写かもしれませんが、楽しんで読んでくれたら嬉しいです。