第15話 あぁ、見られてたのか……(お家ネタ中編1)

 


 愛さんの自己紹介の後、唯が佐祐理さんを追いかけてどこかへ行ってしまった事を説

明した。

 事細かく正直に全部伝えても良かったのだが、さすがに追いかけるに至った理由まで

は話さなかった。

 しかしさすがは母親である。わざわざ言わずとも分かったようだ。

「ごめんなさいね。あの子――佐祐理の事だから草薙君に手を出そうとしたんでしょう?」

「あ……」

「あの子の悪い癖なのよ。『隣の花は赤く見える』って諺あるでしょう? 昔から人の

持っているものばかり欲しがる悪い癖があるのよねぇ」

 聞きなれない諺を言われて一瞬どんな諺だろうと考えるが、すぐに似たような言葉の

諺を思い出した。

「それって『隣の芝は青く見える』じゃないんですか?」

「ええ、そうとも言うわね。でもどちらも同じ意味なのよ」

 そうなのか。それは初めて知った。

「でも安心していいわ。あの子は人のものを欲しがる悪い癖はあるけど、本気で奪うよう

な事はしない子だから。ましてや、あの子の大好きな唯ちゃんが好きになった恋人に

手を出すなんて事は絶対にありえませんわ」

 佐祐理さんに次いで、愛さんにまで付き合っていると思われているようだ。

「いやあ、あのですね、別に僕は恋人というわけでは……」

「あら、そうなの? でもこの前の花火の時に――」

「――えっ?!」

 『花火大会』という言葉を聞いて俺は胸が締め付けられた。血の気もサーっと引いて

いく。

 まさかあの場面をこの人に見られていたのか?

 まさか……そんなはずないよな……。

 体が緊張で強張る。

「――唯ちゃんと2人で一緒に見ていたと聞きましたけれど?」

 その言葉を聞き、一瞬で体の力が抜けた。安堵の息が口から漏れる。

 なんだ。やっぱりキスの事じゃなかったのか。

 そうだよな。あんなに人が一杯いたんだし、そうそう見られるわけないもんな。

 

 

 このまま唯が戻ってくるまで玄関で待っているもの可哀相という事で、俺は愛さんに

連れられて唯の部屋に案内される事になった。

 さっき愛さんが降りてきた階段を通って2階へ上がり、ロビーと同じような赤い絨毯カー

ペットの廊下を歩く。

 横を振り向けば吹き抜けになっているために、さっき俺たちのいたロビーが眼下に

広がっていた。

「ここが唯ちゃんのお部屋ですわ」

 いくつかの部屋を通り過ぎ、一番奥にあるドアの前で愛さんは止まった。

「唯ちゃんが戻ってくるまで中でお待ちください。唯ちゃんを見つけたら部屋に通したと

伝えておきますので」

 そう言い残すと、愛さんはそそくさと今来た道を戻って行ってしまった。

 そしてまた一人、ぽつんと残される俺。

 ここで立ち尽くしているのもなんなので、言われた通りに部屋の中に入ろうとドアノブに

手をかける。

 しかしノブに手をかけたのはいいが、俺はドアノブを回す事に躊躇してしまう。

 いくら母親の承諾を得たとは言え、勝手に女の子の部屋に入るのは流石にマズいので

はないのだろうか、という考えが頭に浮かんだからだ。

 乙女の秘密とかが隠されているのかもしれないわけだしな。それに勝手に入って、もし

嫌われるような事になったりしたらマズイ話だ。

 仕方なく俺はドアノブから手を離し、ドアにもたれかかり座って待つ事する。

 

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 ふと何かの視線を感じて俺は目を覚ました。

 いかんいかん。どうやら少し寝てしまっていたらしい。

 まだ目がうまく開かず、焦点がうまく合わない目で周りを見てみると、俺から少し離れ

た場所にぼんやりと人影。誰かが立っていた。

「……誰?」

「…………」

 声を出して聞いてみるが返事は返ってこない。

 しばらくして目がしっかりと開くようになり、視界が一気にクリアな状態になると、その

人影が誰なのかやっと分かった。

 それは返事がなくても当然と思えるような人物。

 真っ白なワイシャツに黒いスカート姿の怜奈だった。

 どうやらその姿からするに、怜奈はまだ中学生だったらしい。

 夏休みに学校の制服を着ているという事は、部活の帰りかなにかだろうか。

 怜奈は表情無く、ジーッとこっちを見つめている。俺と目が合っても目線を外そうとはし

ない。

 その無言でひたすら見つめる瞳が少し怖く感じ、俺の方から怜奈との視線を外した。

「…………」

「…………」

 怜奈は次の行動を起こさないために、ずっとそこに立っているだけ。無言の威圧感に

似たようなものがあり、どうにもこの場所に居辛い。

 仕方なく、こっちから行動を起こすことにした。

「こんにちは」

「…………」

「会うのはこの前のお祭り以来だね」

「…………」

 だがこちらから話しかけても怜奈は何も言わない。無反応だった。

 それでもコミュニケーションを図ろうと色々話しかけてみるのだが、怜奈は一向に口を

開いてくれる気配が無い。途方に暮れてしまう。

 そこで俺は1つの仮定に思い当たった。

 もしかして――

「えーっと……俺の事覚えてるかな?」

 怜奈とは一度会っただけなので忘れられているのではないだろうか。

 だが俺の不安とは裏腹に、怜奈はその言葉にこくりと首を縦に振ってくれた。

 どうやら俺が誰なのか分からないために何も喋らないわけでは無さそうだ。

 それならばなぜこんなにも反応が無いのだろうか。

 彰から聞いた話では、「自分からはほとんど話さないが、こっちから聞けばそれなりの

言葉が返ってくる」はずだったのだが……。

 本人に直接聞いてみたいが、多分答えは返ってこないだろう。それに聞き辛かったりも

する。

 だが、さっきまで無反応だった怜奈が言葉で返さずとも行動で返事を返してくれた。こ

れはある意味大きな成果だと思う。

 それならば、首を振る動作で答えれる質問をしてみる事にした。

「そういえばさ、唯がどこにいるか知ってる?」

 すると今度は首を横に振った。

 やっぱり「はい」か「いいえ」の2択で答えられるような質問なら怜奈は返してくれるら

しい。

「そっか。知らないのか。はぁ〜、どこに消えちゃったんだろうな〜」

 ため息をつきながら思わず俺は愚痴を溢す。

 さっきからここで座って待っているもの非常に暇なのだ。こうなると唯が早く戻ってくるの

を待ち遠しく思ってしまう。

「……す……あじ……る?」

「へ?」

 突然怜奈が今まで固く閉ざしていた重い口を開けた。だが声が小さかったためによく

聞こえない。

「今、何か言った?」

 怜奈は首を縦に振る。

「ごめん。聞こえなかった。もう1回言って」

 今度は注意深く耳を澄まして怜奈の声を聞き取る。

「なっ――?!」

 その言葉を聞いて俺は大声を出してしまった。予想にもしないセリフを怜奈は言ったの

だ。

 しかし急に大声を上げた自分に恥ずかしくなり、一瞬慌てた俺だったがすぐに落ち着く

事が出来た。

「なななな、何で急にそんな事を……?」

 怜奈が言ったセリフ。

 それは「……キスするとどんな味する?」だった。

 さすがに驚くだろう。いきなりそんな事を聞かれでもすれば。心当たりがある分さらに。

「……この前」

「え?」

「……この前、お姉ちゃんとしてた。すごくおいしそうな顔をしてた」

「うっ……!」

 絶句してしまった。どうやらこの前のキスを怜奈に見られていたらしい。

 しかも「おいしそうな顔をしていた」とまで言われてしまった。

 俺はそんなにおいしそうに唯とキスをしていたのだろうか。記憶を辿ってみるが、あの

時は唯に流されていたために鮮明に思い出すことが出来ない。

 それにもし思い出せたとしても、自分の顔を見る事は出来ないのだから思い出すだけ

無駄なのかもしれない。

「……この前って……やっぱりお祭りの日?」

 こくりと首を縦に振る。

「じゃあもしかして彰も一緒に見てた?」

 再びこくりと頷く怜奈。

「うわあ〜」

 心臓を掴まれたような気持ちになった。

 まさか彰にもあの場面を見られていたとは……。

 そういえばあの祭りの帰り道で彰が妙にニヤニヤしていたな。 

 てっきり怜奈と何かがあったから喜んでいるのだと思っていたのだが、まさかあの笑い

が意味していたのは唯とのキスの事だったのか。

 見られる可能性が無かったわけではないが、あまり見られたくない人物に見られてし

まったな。

 彰が見ていたという事は、他にも誰か知り合いにあの場面を見られていたりするのだろ

うか。

 あの時同様、気分が一気に重くなった。休み明けに学校へ行くのが怖い。

「……どんな味がする?」

 軽く鬱状態に陥っている俺に、怜奈は追い討ちをかけてくる。

 うわあ、なんて答えればいいんだろ。困った。

「…………」

「…………」

 こうやって黙っていると無言の威圧感を感じる。

「えーっと……」

「あー! 智幸発見!」

 ナイスタイミング。

 階段を上がり、こっちに向かって唯がやってくる。このまま誤魔化してしまおう。

「やっと来た。お客を待たせてどこへ行ってたんだよ」

「にゃはは。ごめんね。追いかけるのに夢中になってて時間が経つのを忘れちゃった。

母様に言われなければまだ追いかけ続けてるとこだったよ」

 唯は切らした息を整えながらそう言った。

「マジかよ……」

 信じられない。

 唯が俺から離れて随分時間が経っていたのに、まだ追いかけ続けていたとは底無しの

体力だな。

「怜と一緒だったんだね。何の話してたの?」

「……大した話じゃない。なあ?」

 同意を求めるように話を振ると、怜奈は素直にこくりと頷いてくれた。

「そうなの? でも気になるな〜。教えて」

「気にするなって。本当に大した話じゃないんだから」

 冗談じゃない。誤魔化そうと思っている話題を蒸し返してたまるもんか。

 俺は半ば無理矢理拒否した。すると唯も渋々諦めてくれたようだった。

 

 

「てっきり部屋の中で待っていると思ったけど、何でドアの外にいたの?」

「勝手に入っちゃマズイだろ?」

「別に良かったのに。見られてマズイものがあるわけじゃないもん」

 怜奈に別れを告げて俺は唯の部屋へ招き入れられた。

 唯の性格や趣味からして、かなりのマニアックな様相の部屋かと予想していた。だが

至って普通の部屋だった。その広さを抜けば。

 俺の部屋が8個くらい入りそうな広い空間に、ガラスの四角いテーブルやピンクの布団

が敷かれているベット。他にも雑誌などが並べられている本棚などの、一般的な家具が

申し訳無さそうに置かれていた。他の空いた空間には女の子らしいヌイグルミがいくつも

置かれている。

 しかしそれでもまだかなりの空間を持て余している部屋だ。

 ただ唯一、部屋の中を見回していて不思議に思った。

 この部屋には服をしまっておくための場所がないのだ。

 俺の知っている唯にとっては、衣装を入れるためのタンスやクローゼットは絶対に無く

てはならないもののはず。

 それがこの部屋には無いのだ。

「この部屋にタンスとかクローゼットは無いのか?」

「え? あるよ、クローゼットなら」

「どこに?」

 すると唯は部屋の壁に向かって指差した。

「向こうに、だよ」

「なるほど」

 確かに指差された先には、さっき入って来たのとは違う引き戸のドアがあった。あの中

に唯の衣装があるらしい。

 ということは、唯の部屋はもう少し広い事になるのか。やっぱり唯はお嬢様だな。

 そう考えると、今までとは唯がどこか違って見えてくる。後ろに後光でもさして見えてき

そうだ。

 

 

「ここには召使いとかっているのか?」

「召使い?」

 俺の言葉に唯は首をかしげた。

「執事とかメイドっていないのか? この家の雰囲気ならいてもおかしくなさそうだけど」

 漫画とかでは洋館には大抵、執事もしくはメイドがいるものだ。

 それならこの家にもセバスチャンとかいてもおかしくなさそうと思い聞いてみた。

「メイドに会いたいの?」

「やっぱりいるのか?」

 彰が聞いたら泣いて喜びそうな話だな。

 すると唯は立ち上がり、「ちょっと待っててね」と言ってそそくさと部屋から出て行ってし

まった。

 おそらくメイドを呼びに行ったんだろう。

 俺は一言も「会いたい」とは行ってなかったんだけどな。

 そう思いながら、唯の出て行ったドアを何となく眺めていた。

「……あっ」

 急に気付いてしまった。そしてとてつもなく嫌な予感がする。

 唯の出て行ったドアは、俺が部屋に入ってきたときのドアではないのだ。

 俺が今見ているドアは、さっき唯がクローゼットがあると言ったときに指差した引き戸の

ドアだった。

 つまり唯は部屋の外には出ていない事になる。

 クローゼットの中に余裕で入れるんだな。どんなに広いクローゼットだ。

 そんな突っ込みはともかくとして、俺にはもしかしなくてもこの後の展開が予想出来てし

まった。

 きっと唯は――

 そして案の定、再び引き戸が開いたその先にいたのは――

「お待たせしましたですぅ、ご主人様ぁ。私がこの家の――いいえ、ご主人様のメイドで

すぅ〜♪」

 俺の予想を裏切る事なく、黒の丈長ワンピースに白いヘッドドレス、そしてエプロンを付

けたメイド唯だった。
 

 

 

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あとがき

今回は少し変わった書き方をしたために、ちょっと違和感を感じる書き方でした。

例えば全体の話を5つに分けて順番に1〜5の番号を振ったとして、
1>3>5>2>4の順番で書きました。
というか、まんま5つに分かれてますが(笑)

今まで流れを守って順番にやっていた時よりも格段に作業効率は向上しましたね。
でもうまい具合にバラバラの部分をくっつけるのが難しい。
接着剤のような繋ぎの文章を入れるのが一苦労です。
でも無理に入れる必要も無いかなと思い、今回は繋ぎの文は無しにしちゃいました。

しかし何故でしょうね。智幸と怜奈を絡めると書くのが非常に難しい。
彰とならスムーズに書けるんですが、智幸とは怜奈の相性が悪いのでしょうかね(汗)