唯の馬鹿な提案を何とか押し止めて、俺たちは再び唯の部屋に戻った。
俺にとっては魅力的なコスチュームに変わりはないが、あの格好で学校の中を歩き回
られ――俺の側をウロチョロされたらさすがに恥ずかしい。
唯の事だ。きっと俺が選んだ服だとか言うに決まっている。
そんな事になれば俺の気が狂(ふ)れたと周りから思われてしまうだろう。さすがにそ
れは勘弁だ。
だから――というか、当然のように――俺が断ると、言葉には出さなかったが「気に
入ったんでしょ? 何で断るの?」みたいな不思議そうな顔で唯は俺を見た。
ここで正直に「俺は特撮物には目が無いんだ」と言ってやりたかったが、そんな事を
言おうものならきっとこれからの衣装はそっち系に統一されてしまうだろう。弱みを握られ
るの嫌なので、それはあえて隠し通すことにした。
しかし無言でいると実際に言葉に出して突っ込まれそうだったので、俺は先手を打つ
事にした。
俺が決めた衣装で来学期の服装が決まるなら、無難な衣装を口に出した方が良いだ
ろう。
「怜奈みたいなセーラー服姿も似合うんじゃないか? いかにも学生っぽくていいと思うけ
ど」
「セーラー服にゃ?」
これならコスプレだったとしても、他人からは普通に見えるはず。
俺はそう考えたのだが、言った後で少し心に引っかかるものがあった。何かが腑に落
ちない。だがそれが何かは分からない。
心がもやもやしているのは確かなのだが……一体何が引っかかっているだろうか。
しかしそのわだかまりはすぐに吹っ切った。どうせ大したことではないと思ったから。
唯は俺の手を引くとさっきの入り口付近に並べられていたセーラー服の前に連れて
来る。そして並べられているセーラー服の中から選んでくれと言ってきた。
「どれでもいいんじゃないか?」
目の前に並べられているセーラー服衣装だが、多少デザインや色が違うだけで際立っ
て特徴があるようには見えない。違いといえば、襟やスカーフの色くらいだろう。無理にこ
れと決めなくてもいいと思う。
だが唯はやっぱり俺に決めて欲しいんだろう。首を傾げながら俺の答えを待っていた。
仕方ない。どれでもいいから適当に決めちゃうか。
「じゃあ――」
人差し指を立てて選んだセーラー服を差そうとするが、その指が当てもなくくるくると宙
で円を描き始める。
困った。どれにしよう。
どれも似たようなものだしどれでもいいと高を括っていたが、いざその中から1つを決め
るとなると悩んでしまう。
一般的な黒襟に赤スカーフもいいが、涼しげで明るい水色襟に赤スカーフなどもいいか
もしれない、などと無駄に考えてしまうのだ。
唸りながらあれこれ悩む俺は結構な優柔不断である。
「一通り着替えるかにゃ?」
唯がそう提案してくる。その提案に俺は賛成した。
頭で考えるのは面倒だから、この際見た目で決めようと考えたのだ。
すると唯はさっそく着ている猫耳メイド衣装を脱ぎ始める。
頭の猫耳カチューシャを外し、尻尾も外す。チリンと澄んだ音色を奏でる首輪も外して
普通のメイドに戻ると、さらにそこからエプロンを外し、ワンピースを脱ぎは――
「――って、ちょっと待て!」
「ん? どうかしたの?」
ワンピースを脱ごうとする手を止め、唯は首を傾げて俺を見る。その目は綺麗に澄ん
だ瞳をしていた。
きっと俺が止めた意味を理解していないんだろう。妙に天然だからな、唯は。
「俺のいる前で着替えて恥ずかしくないのかよ……」
「え?」
きょとんとした目を何度か瞬きさせる。そして軽く首を傾げてこう言った。
「前に言わなかったかな? 智幸になら見られてもいいって」
「…………あ……」
「思い出した?」
思い出した。確か人魚騒動の時に似たような事を口走ってたな。あれはもう少しすごい
事だったが……。
まさかあれは本気だったとは……てか、あの時もかなり本気だったな。疑う余地は
無いか。
しかしもっと羞恥心を持っててくれた方が俺はありがたいな。そっちが平気でもこっちは
恥ずかしくて見れたもんじゃない。
とか考えているうちに唯は再びワンピースを脱ぎ始めていた。
「――俺、隣の部屋で待ってるから!」
ここにはいられないと思い、すぐさま俺は隣にある唯の部屋へと逃げ込んだ。
「どれが一番似合ってたかな?」
唯は持っているすべてのセーラー服を着終わると、さっそく俺に結果を求めてきた。
最後の服を見せてすぐ聞いてきたので、唯の姿はメイド服ではなく、セーラー服だ。
「どれと言われてもな〜」
同じセーラー服でもそれぞれに違う魅力がある事に気付き、俺はさらに悩む。
――突然部屋のドアがノックされた。
「唯ちゃんいる?」
どうやら佐祐理さんが唯に用があったらしくやってきたようだ。
唯が返事をするとドアを開けて顔を覗かせてくる。
目で捜し唯の姿を見つけると、佐祐理さんは「おお?!」と驚きの声を上げた。
そして俺を見てにやりと笑い、そして一言。
「男のロマンってやつかなぁ?」
「はい?」
また意味不明な質問を投げかけられる。
今度はその言葉の意味する事が分からない。どういう意味だろうか。
「セーラー服に着替えさせて何するつもりだったのかな〜? 智幸君もウブそうに見え
て、実は意外と結構なスキモノだねぇ。やっぱりセーラー服とナース服とスチュワーデス
服は男の憧れってやつ?」
「へ? ……いや――」
俺の否定する言葉を遮り、さらに佐祐理さん言葉を紡ぎ続ける。
「いいよいいよ、言い訳しなくても。うんうん。お姉さんはしっかりその気持ちを理解してる
から♪ ――あ、今はスチュワーデスじゃなくて、キャビンアテンダントだっけ? でも
どっちでもいいよね、中身は同じだし。でもさ、結構それって昔の男の憧れだと思うな。今
はメイドさんとかの方が憧れじゃない? ほら、最近は妙にメイド喫茶とかあるしさ。うん、
そうだよ。どうせ唯ちゃんといい事するなら、今風にメイドの方がお姉さんは萌えて燃えて
いいと思うよ? 衣装もバッチリ持ってたはずだし、そうしなよ」
「……………………」
「あ〜、信じてないでしょ〜? もう……よく考えてみて。例えばここに1人の可愛い女の
子がいます。それは滅茶苦茶可愛い女の子です。どれくらい可愛いかというと、その子を
見てるだけでご飯を10杯は軽くいけそうな子です」
どんな子だよ。てか、普通にご飯10杯も食べれない……。
佐祐理さんの話はさらにヒートアップを続ける。
「そんな子が、だよ! いかにも献身的な衣装に見えるメイド服を着て、ましてや上目遣
いのうる目で智幸君の服を裾を握ってこう言うんだよ? 「ご主人様ぁ、私はご主人様に
身も心も捧げるメイドです。だから……ご主人様の好きなように私を使ってください」っ
て。きゃー! もう考えただけで鼻血吹き出しそうじゃない? ねえ、そうでしょ? そう
思うよね? こういう場合って襲っちゃっていいのかな? どう思う? 佐祐理的には大あ
りだと思うんだけどさ!」
勝手に暴走し続け、さらに妄想で1人悶え始める佐祐理さん。
すいません。あなたの頭の中が俺には理解出来ません。そしてテンション高すぎです。
ついていけません。
俺は引き気味な視線を無言で佐祐理さんに向ける。
「あれ? メイドさんじゃ萌えない?」
その視線に気付き、佐祐理さんはまた変な方向へ話を進める。
「じゃあスク水なら萌えるでしょ? あの黒い薄皮一枚の裏には一糸纏わぬ生まれたま
まの姿が……。しかも水で濡れると体のラインがさらにくっきり見える。さらには、胸の部
分に名札が貼られていて、その名前が平仮名で書かれていた日にゃあ……思わず襲い
かかりたくなるよね! そう思うでしょ?」
「いえ、思いませんから」
何か頭が痛くなってきた。
この人の頭の中はどういう構造しているんだろうか。女の考えるような話じゃないよ
な……。口を開かなければ綺麗な人なのに勿体無い。
「えー? スク水にも興味ないのー? もしかして、智幸君って実はゲイ?」
「なっ――――?!」
さっきまでのハイテンションはどこへやら。急にローテンションになり、やる気なさげな声
でとんでもないことを言い出した。
「黒いレザースーツ着て、サングラスかけて、腰振ったりするのが趣味なの〜? うっ
そー。佐祐理驚き〜。そんなことが趣味だなんて、全然想像つかなかったよー? ……
でも安心して。唯ちゃんのためにも、佐祐理が正しい道に引き戻してあげるから」
最初の質問に答える間もなく勝手に肯定として解釈し、勝手に話を進めていく佐祐理さ
ん。
てか、そもそも俺はゲイじゃないですから……。
「ゲイって何?」
唯が不思議そうな声で聞いてくる。唯はこの言葉を知らないのか。
佐祐理さんはそんな唯に変な入れ知恵をする。
「ゲイって言うのはね、男の人なのに男の人を好きになっちゃうことなんだよ。そう、そこ
にいる智幸君みたいに!」
ビシッと俺を指差す佐祐理さん。
「え――――?! そうだったの?! ……そうなの?」
佐祐理さんの説明を聞き、驚愕の声を上げて俺を見る唯。その瞳は疑いの眼差しで
いっぱいだった。
「ちっが――う!! そんな嘘を信じるな――――!!」
うぅぅ。俺、この人嫌いだ……。
あの後、佐祐理さんを黙らせ、唯の誤解を解くのにかなりの時間と労力を要した。
俺は弁解で力を使いすぎて、ぐったりとしている。元気がほとんど残っていない。
そんな状態で、今度は唯の発言により俺はさらに疲労することになる。
「結局、智幸は私の事が好きなんだよね?」
「おおー! 唯ちゃん積極的だぁ〜」
……おいおい。何でそういう結論になるんだよ。
そんなこと一言も言ってないぞ?
もう色々な意味で面倒なので話を無理矢理変えてやった。
「そういえば、佐祐理さんは何しに来たんですか?」
「ああ、そうだった。唯ちゃんっていうか、智幸君に用があったんだけどさ、愛さんが久し
ぶりに腕を揮って料理作るって言ってるから、夕飯をうちで食べていかない?」
愛さん――ああ、母親のことか。名前で呼ばれたからすぐには誰か分からなかった。
自分の母親を名前で呼ぶなんてなんか少し変わっているな。
しかしいきなりの申し出だった。俺は戸惑う。
「良ければうちで食べていってよ。母様の料理はすごく美味しいからさ。その方が私は
嬉しいな」
唯は俺がここで一緒に夕飯を食べるのに大賛成のようだ。
「唯ちゃんもああ言ってることだし、食べていきなよ」
「そうだよ。食べてってよ」
二人は俺に詰め寄って答えを迫ってくる。
きっとこの勢いだと、断っても無駄なんだろうな。そんな雰囲気が漂っている。
「分かりました。ここで食べていきますよ」
そして俺は渋々、了承の答えを出すことにしたのだった。
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