第19話 唯のお願い

 


 唯の家へ行った日からすでに一週間が過ぎていた。

 あの日から唯には会っていない。

 元々携帯電話を持っていない俺なので、基本的な連絡手段は家の電話くらいに限ら

れる。

 その電話も鳴ることが無く、だからこそゆっくりと考えることが出来た。

 

 

 ――美坂唯について

 

 

 転校初日にいきなりコスプレをして挨拶をし、それから大した間もなく、突然俺に告白

してきた少女。しかもクラスメイトの前で、しかもメイド服なんていかにも『主従関係』を

彷彿させるような格好で告白してきた、少し――かなり変わった思考と趣味を持つ。

 正直、最初は『なんだこいつは?』と思った。

コスプレなんていかにもヲタクっぽいと感じ、かなり毛嫌いしていた気がする。

それでもそれが似合っていて――それでなくても元が可愛いために、心のどこかでは

嬉しかった。好きと言ってくれ、慕ってくれるのは。

 だけど偏見が先に出てしまうために素直になれなかった。

 コスプレ少女と付き合うということは、自分も同類と見られると思ったからだ。そう思わ

れるのはすごく嫌だった。

周囲の男からすごい人気を持つ唯の彼氏になってしまえば、周りから敵意の目で見ら

れる。それも嫌だった。

 だからわざと冷たくして引き離すようなことをしたのに、唯は全く気にもせずに接して

きた。自分の気持ちに正直に。例え自分の身を削るようなことでも、俺の望むように努

力してくれていた。

 きっと、その健気なひたむきさにやられたんだと思う。次第にコスプレすることは気に

ならなくなり、普通の少女として見ていたのだから。

 それは慣れとも言えるかもしれないが、今日はどんな衣装で現れるのかと内心期待

することもあり、やはり――気付かぬうちに唯色一色に染められてしまったんだと思う。

 その証拠に……ここ一週間はもうダメだ。

 唯のことばかり考えている俺がいる。

 今何しているんだろうか。またコスプレしてバイトでもしているんだろうか。俺と遊ぼ

うって連絡は来ないのだろうか。

 何もしていないときは、常に唯のことを考えている気がする。

 こっちから連絡しようにも、俺は唯の携帯番号を知らない。教えてくれないのだ。

 携帯を持っていると遠く離れていても、気軽にメールや電話をして友達や好きな人と

繋がっていられる。連絡を取ることが出来る。

 だから高校生にはすでに携帯は必需品とされているが、唯はそれをあまり好んでい

ない。

 友達や家族との連絡手段としては賛成するが、常に好きな人と連絡が取れるのは

嫌なのだと言う。それだと好きという想いが薄れそうな気がするらしい。

 一緒にいるときはずっと一緒にいたいと思い、離れているときは今何をしているんだ

ろうと色々思い描いているくらいのほうが、その度に『自分はこの人がやっぱり好きな

んだ』と実感出来て、想いの強さを再認識することが出来る。そうやって想いが高まっ

た後に会える喜びは何物にも変えがたいもの。だから電波での繋がりはあまり必要な

い。

 前に彰が唯の携帯番号を聞いたとき、そんな事を言っていたような気がする。

 だから唯は自分の携帯番号を教えようとはしないし、しっかりと彰にも口止めをしてい

た。

 ちなみに俺にはそこまで深い考えはなく、ただ単に親に買ってもらえないだけなのだ

が。

 

 

 突然電話の呼び出し音が家の中で鳴り響いた。

 放っておいても親が出るだろうと思って無視していたのだが、あいにく買い物にで出

かけていないらしい。絶えず家の中で鳴り響く。

 仕方なく部屋から出、少し急ぎ気味に一階に降りて受話器を取った。

「もしもし、草薙ですが――」

「私、美坂唯と申しますが、智幸君はご在宅でしょうか?」

 堅苦しそうな言葉に少し驚いたが、電話の主は唯だった。

 ついさっきまで唯のことを考えていたために、本人の声を聞いた今は心拍数がやや

上がり気味だった。少し興奮しているようだ。

「俺だよ、俺。どうしたんだ? うちに電話なんてして」

 それを悟られないように落ちついた口調で話す。

 唯が直接電話してくるなんて初めてのことだ。何の用事があるのだろうか。

「あ、智幸だったんだね。電話ごしだと声が違うから、てっきりお父さんかと思って緊張

しちゃったよ。あはは」

 なるほど。さっきのあの言い方はそんな理由があったのか。

 唯のことを知れば知るほど、俺よりも出来た人間なんだと思ってしまう。俺にはそう

やった区別が上手く出来ないしな。

 普段の子供さと、時折見え隠れする大人さ。

 それも俺が唯に惹かれた理由の一つなのかもしれない。

「たまに声が違うときあるよな。俺もたまに彰の声が違うやつの声に聞こえるときある

ぞ」

「うんうん。だから初めてかける家のときはすごく勇気がいるよ。親に取られるときを思

うと、失礼ないようにしないと、って緊張するから」

 電話越しに唯は笑いながら言う。

「ところで何か用があったのか?」

「うん。智幸は明日暇かな? もし暇なら、少し遠出になるけど一緒に行って欲しいとこ

ろがあるんだけど」

「一緒に行って欲しいところ?」

 そう言われてとっさに思い浮かんだのは『唯の実家』という言葉だった。結婚するわ

けでもないのに、『挨拶しに実家へ行く』ということを想像してしまったのだ。

 怖いお爺さんやお婆さんがいるのだろうか、うまく気に入られるのだろうか、と瞬時に

想像してしまうあたり、もう俺の心は決まっているようなものだな。

 思わず苦笑してしまう。

 しかし、当然のように俺の考えたことは大外れであり、実際に唯が行きたいと言うの

は、ここから結構長い時間電車に揺られながら行くような田舎だった。

「何でそんなところへ?」

「今は秘密。でもそこに着いたらしっかり答えるよ。……どうかな? 明日――ううん、

明日じゃなくてもいいんだけど、暇な日を一日でいいから私にくれないかな?」

 断る理由はなかった。夏休みにすることなんて、遊ぶようなことくらいしかない。

 人によってはこの期間は稼ぎ時ということでバイト三昧のやつらもいるが、俺には

せっかくの長い休みを労働で費やすなんて嫌だったし、めんどくさくてやろうとも思わな

かったのだ。

 それに何だろうか。唯の声に真剣さが混じっていたのも気になった。切羽詰った声色

ではないのだが、断って欲しくないことなんだというのが伝わってくるような声色に聞こ

える。

「ちょっと突然の気もするが、まあ明日でいいよ。唯もその方がいいんだろ?」

「う、うん! ありがと!」

 俺が了承の言葉を言うや否、電話の向こうで飛び跳ねているんだと想像できてしまう

ような喜びの声を唯は上げる。唯が喜んでくれているんだと思うと俺の頬もつい緩んで

しまう。

「何時に集合にするんだ? 何の用があるのか分からないけど、もし時間がかかるよう

なら早めに集合しないと着くのが遅くなるよな。あと、場所は駅前でいいのか?」

「うん。駅前でいいよ。それで時間の方なんだけど――」

 

 

 時刻は午前七時。約束の時間まであと三十分。

 もしかしたらと思って探してみたのだが、まだ唯は来ていないようだった。

 太陽もすでに顔を出しており、駅前はすでに明るい。

 会社へ行く人や、部活にでも行くと思われる人が次々と駅の階段を上っていく。

 ここからホームも見えるのだが、そこはすでに人の列となっていた。

 待つこと以外にすることもないためそのままホームを見ていると、電車がホームに

入ってきた。その電車の中もかなりの人数が乗っている。そこにまた人が入るために、

かなり窮屈そうに見えた。

 こうやって端から見てると思う。朝の通学ラッシュとは無縁で良かったと。

 しかし、あそこまで密着していると痴漢しやすいだろうな。

 ――って! 何を変なこと考えてるんだ、俺は。

 冷静になって考えてみろ。痴漢だって身動き取れないんだ。すぐに捕まるに決まって

る。どうせやるなら盗撮にするべきだ。

「――って! だからそうじゃなくて!」

 頭を左右に勢いよく振り、邪な考えを振り飛ばす。

「どうしたの? いきなり大きな声出して」

 背後から声がしたために、反射的に振り向く。

 だが頭をシェイクさせ過ぎたらしく、三半規管が狂ってしまい、一瞬方向感覚がなくな

る。そのために地面がどこなのか見失い、振り向いたときの遠心力に体が僅かにバラ

ンスを崩してグラっと傾いた。

「――っと、危ない危ない」

 すぐに感覚は戻り、俺はしっかりと地面に足をつけてバランスを取り直す。

「智幸、大丈夫? まだ眠かったかな?」

「大丈夫だ。心配ない」

 心配そうに聞いてくる唯に答えると、俺は唯の姿をしっかりと見た。

「今日はその服なのか」

「どう? 似合ってる?」

 唯はもっと見てとばかりに何度もその場でクルクルと回る。

「似合ってるもなにも、それってすごいミスマ……あれ?」

「どうしたの?」

「いや……何でもない」

 唯の服装を見た瞬間、何かが一瞬頭の中をよぎった。何だったのか思い出そうとす

るのだが、そのときにはすでに頭の中から消え失せてしまい、記憶の欠片も残ってい

なかった。

 もう一度唯の服装を見れば分かるかもと思ってじーっと見てみるが、残念ながらまた

さっきの何かが頭をよぎることはない。

 一体何が頭をよぎったのだろうか。忘れていた何かを思い出したような気もするのだ

が。

 今日の唯は見慣れた服装だった。

 前回同様に全体の色を白で統一した、唯の普段着の一つである白ロリ衣装に、頭に

は夏らしく麦わら帽子を被っている。

 正直、ミスマッチだ。

 麦わら帽子と合わせるなら、色は白でいいと思うのだが、普通はワンピース姿が一

般的に似合うと思う。ただでさえロリータ・ファッションで浮いているのに、さらに浮くよう

な格好をしてどうするんだと思う。

  けれども、それが唯らしいと納得してしまう俺がいた。

 この不似合いな格好で一緒に歩くのには抵抗はあるが、麦わら帽子を取りさえすれ

ば問題はないだろう。

「そんなに見つめられると恥ずかしいよ……」

 唯が顔を赤らめながら呟く。

「見てほしいんじゃなかったのかよ」

「だって、いつもならチラッとしか見てくれないのに、今日はしっかりと真正面から見てく

れてるんだもん。嬉しいけど……恥ずかしいな」

 そう言うと、被っていた麦わら帽子を顔に当てて紅潮した顔を完全に隠してしまう。

 これは乙女心というやつなのだろうか。俺にはよく理解できない。見てほしいと言って

おいて、いざ見られると恥ずかしいなんて。

 仕方なく唯から視線を外す。

 そして目に入ったのは、駅前に建てられた時計灯。指し示す時刻は約束の時間を過

ぎ、俺たちが乗ろうとしている電車がホームに入ってくる時刻に近づき始めていた。

「そろそろ電車来る時間だな。早く切符を買ってホームに移動しよう」

「うん、そうだね」

 俺が先に歩き、唯はその斜め後ろからついてくる。

 唯の性格からして横に並んで歩きたいと思っているに違いないと思ったが、このまま

同じ速度で歩いていれば自分から速度を速めてくるだろうとそのまま歩いていく。

 だが一向に横に並んでこようとしない。

 もしかしたら歩く速度が速いのかと気を使って遅めてみるが、こっちが遅くすると唯も

速度を落としてしまう。これでは並んで歩くことは絶対に出来そうにない。

 首を回して横目で見てみれば、麦わら帽子はすでに頭の上に戻っていたが、まだ顔

が恥ずかしいのか前方に大きく傾けて被っていた。あれでは下しか見えないはずだ。

 きっと俺の足を見ながら歩いているために、一定距離を保っているんだろう。

 だが、俺の真後ろをついて来るのならまだいいのだが、斜め後ろに位置するところを

歩いていると、向かい側から歩いてくる人にぶつかるんじゃないかと思う。手を繋いで

歩いたほうがいいのだろうか。しかし自分から手を差し出すのはかなりの勇気がいる。

つい躊躇ってしまう。

 そうやって逡巡している間に、唯の前方からスーツ姿のサラリーマンが近づいてき

た。急いでいるらしく、腕時計をチラチラ見ながら早足で向かってくる。

 これは避けたほうがいいと思い手を引こうとしたが、実際に俺が取った行動は声をか

けることに留まった。

「唯、前から人が来てる」

「……え……あっ!」

ドン

 俺が少し躊躇っていたのが悪かったのか、唯の反応が遅れたのが悪かったのか、

唯はサラリーマンとぶつかってしまった。尻餅をつくようなほどの勢いはなく、軽くお互

いの体が押し戻される程度の接触だった。しかし不安定に被っていた麦わら帽子は地

面に落ちてしまう。

「すいませんでした!」

 唯はすぐにサラリーマンに謝るが、向こうは一瞥するだけでそのまま改札口へと歩い

ていってしまう。

 それに少し怒りを覚える。こっちが悪かったとしても、向こうも謝るべきだと思ったから

だ。サラリーマンの後姿を少し睨んでやる。

「あはは。下ばっかり見てたからぶつかっちゃった。いけないいけない」

 唯は舌をぺろっと出し、少し苦笑しながら俺を見た。自分に非があったためか、特に

サラリーマンの態度は気にしていないようだ。

 その可愛い仕草を見ると俺の怒りは霧散してしまう。軽くため息をついた後、地面に

落ちていた麦わら帽子を拾ってやる。

「ほら、今度はしっかり前を見て歩けよ」

「うん。ありがとう」

 差し出した麦わら帽子を唯が受け取る時、指が僅かに触れ合った。唯の体の動きが

止まり固まり、見る見るうちにまた顔が紅潮していく。

 一体どうしたんだ。まさか指が触れ合ったくらいで恥ずかしくなったなんて言い出すん

じゃ――

「……前を見るよりは……智幸の横顔を見て歩きたいな……」

 突然そんなセリフをぼそっと言うと、唯は俺の腕をすっと取り、素早く自分の腕と絡め

てしまう。唯が一気に俺に近づく。ほのかに香る、唯の匂いが鼻腔をくすぐった。

「おっ、おい! いきなり何するんだよ!」

「これなら智幸と一緒だからぶつかる心配はないでしょ?」

 最近の唯はずるい。こうして上目使いに何かを言えば、大体のことを容認するのが分

かっているに違いと思う。

 いくらなんでもこれは恥ずかしい。完全にカップルの歩き方じゃないか。せめて指を絡

め合うくらいの手の繋ぎ方をしてほしい。

 しかし上目使い+恥じらいの顔でそんな積極的な行動をされては無下に出来ない。

 さらにはがっちりと腕を抱き締められているために、これを外すのはかなりの力がいり

そうだ。無理矢理外すことは出来そうだが、そんなことをしたら唯が悲しむだけ。

 仕方なく俺はそのままの状態で改札口へと歩いて行く羽目になったのだった。

 

 

 

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あとがき

久しぶりの本編更新。そして物語は一気に佳境の話です。
残りはキリが悪いですが2話の予定。
多分、それでこの話は一旦の終了を迎えます。

作中に出てきた、携帯についてのネタ。
ここでは唯の考えとしてありますが、実際は私の思想。
だから私は携帯を持たないのです。
綺麗事だと笑っても結構! 私の恋愛感はこんな感じですよ。

気付けば本編の前回更新は半年前……。
随分待たせてすいませんでした。