その日は昨日出された宿題があったのだが、すっかりやるのを忘れていたので彰に写
させてもらうために早く登校してきた。
普段の彰を見てると漫画やアニメばっか見てる印象があるのだが、実際は妙に頭が良
かったりするので、よく宿題を写させてもらっているのだ。
正門のあたりまでやってくると、なぜか正門に人が集まっていて正門を通れない状態に
なっていた。
「何だ?何があったんだ?」
このまま気にせずに裏門から校内に入ることも出来たのだが、ちょっとした興味心(野
次馬心)で何が正門にあるのかを確かめてみる事にした。
人ごみをかきわけて前に進んでみると、
「ユイチュウ☆」
本来よりも随分大きい、黄色い電気ネズミの着ぐるみを着た誰かがそこにはいた。
実際には被り物をしているので顔は分からないのだが、例の如くこんな事をするのは
1人しかいなかった。
あいつ・・・ついには着ぐるみまで着るようになったのかよ。
「ユイチュウ〜!」
俺を見つけたらしい唯は、俺の方に向かって短い足を必死に動かして近づいてくる。
それを分かっていたのだが、俺は気付かないフリをして正門をさっさとくぐっていく。
朝からこいつに構って無駄に力を使いたくない。
「ユイチュウ〜!!」
さっさと昇降口に向かう俺の背中で、必死に俺を呼ぶような鳴き声が聞こえる。
それに今日は早く来た理由があるのだ。
ここで時間を無駄に出来ないために、やっぱり気付かないフリをして歩く。
あの着ぐるみの足は短いので追いつけないだろうと思っていたのだが、短い足のわり
に予想以上に早く俺のとこへやってきた唯。
そして俺に気付いてもらうために肩を叩いてきた。
「ユイチュウ☆」
「おはよう、彰。昨日出た宿題写させてもらえないか?」
唯は無視の方向で、ちょうど昇降口にいた彰に話しかけた。
これには流石の唯も無視されている事に気付いたらしく、ちょっとしつこいくらいに肩を
叩き始めた。
「いいけど・・・何か唯ちゃんが訴えてない?」
「ん?あいつがどこにいるんだ?」
周りをキョロキョロとわざとらしく見渡す。
もちろん着ぐるみを着た唯の姿も目に入ったのだが、
「どこにもあいつの姿は見えないな。少し変わった肩叩き機ならあるけど」
と、思いっきり唯の目の前で言ってやった。
すると唯は「ユイ!ユイチュウ!!!」と怒ったっぽい泣き声を上げ、
「―――っ!?」
その瞬間、俺の体が突然電気が流れたようにビリッと痺れた。
「どうした?」
突然の声にならない声を上げた俺に彰は不思議そうに聞いてきた。
「何か、今、体が痺れた」
「静電気・・・かな?でも今は冬じゃないしね〜」
理由を考えていた彰は、ふと何かに気付いたように唯の方を見た。
「ユイチュウ?」
その視線に対して首を傾げる唯。
何で自分を見られているか分からないような感じの声だ。
しかし何やら彰は納得したようで、「ああ。そうか。なるほどね」と言った。
何が「なるほど」なのか聞いてみると、
「何で今日は珍しく着ぐるみだったのか、って事が分かったんだよ」
「それはどうでもいいから教室行って宿題写させてくれ。―――っ!」
また体に電気が走ったように痺れた。
今のは後ろから電気が流れたような感じだった。
後ろを向くと、そこには唯がただ1人。
少し考えたら、痺れる理由が何となく理解出来た。
「そうか。さっきから痺れているのはお前が原因なのか」
「ユイチュウ☆」
やっと気付いてもらえた事に喜びの声を上げる唯。
「ユイチュウじゃなくてさ、今のはお前がやったのか、って聞いてるだろ?」
「ユイ〜、ユイチュウ」
唯は首を横に振って、あくまでシラをきるつもりらしい。
しかし今の唯の姿は『電気』ネズミなのだ。
少し考えれば、唯が何かをして痺れさせている事に気付ける。
「嘘言うな!その姿で違うって言っても信じれるか!とりあえずその着ぐるみはさっさと脱
げ!」
俺は頭(マスク)の部分を持って、無理矢理取り外そうとする。
しかしそれに激しく抵抗。
着ぐるみの手が俺に触れたその瞬間、再び俺の体に電気が走ってその場に倒れる。
「さっきより痺れが大きい・・・」
「ユイ!ユイチュウ!!」
俺が倒れた後、半分取れかけていた頭の部分を再びしっかりと装着する。
「あ〜。ダメだよ、智幸。唯ちゃんは智幸にきっと抱きしめられたいからその姿をしてるん
だし」
俺たちのやり取りを傍観していた彰がやっと口を挟んできた。
「抱きしめられたい?何でこんな格好してて?」
「だってこの前、このアニメについて話してる時に言ってたよ?毛並みが良さそうだし、ベ
ットに入れて抱き枕にでもしたいくらいだって」
ああ〜。確かにこの前、そんな話をしたような覚えがあった。
しかしあれは軽い冗談だったわけであるし、その話のときに唯はいなかったはずだ。
唯が知ってるはずがない。あの話の時にいたのは俺と彰だけなのだ。
「だからその話を唯ちゃんにしてみたら・・・こうなったわけだね〜」
彰はペロッと舌を出して「あはは」と笑う。
「お前が原因か!」
俺はすばやく倒れている体を地面で回転させ、ちょうどいい高さにあった彰の脛に思い
っきり脛蹴りを食らわせた。
「まあとりあえずそれは脱ごう」
俺は起き上がり、優しく語りかけるように言ってみるが、やっぱり唯は首をフルフルと横
に振る。
「彰の言うように俺に抱きしめられたいから、そんな格好してるのか?」
「ユイチュウ☆ユイチュウ☆」
今度は激しく首を縦に振り、実際には見えないのだが、とても期待したような目で見ら
れている感じがした。
「でもそんな格好しても俺は抱きしめないぞ」
「ユイ!?」
「あれは単なる冗談だったわけだし」
「ユイ・・・チュウ〜」
いかにもショックだったような声。
そして膝を付いて哀愁を漂わせている・・・らしい唯だが、実際にはうつ伏せになって寝
ているような格好になっているだけだった。哀愁も何もない。
「まあ諦めていつもの・・・ゴスロリ姿に戻れ、な」
そして教室に向かい階段を上がろうとすると、突然服をガシッと捕まれた。
「ん?」
唯なら指がない着ぐるみを着ているので、肩を叩くのが積の山。
それなら誰だろうと振り向くと、
「お前、その格好って・・・」
「ダーリンはヒドイっちゃ!あの姿をすれば抱きしめてくれるって言ったから頑張って作っ
たのに、全然相手にもしてくれないっちゃ!」
そこには緑の髪・可愛い角・下着にも似た虎柄のビキニを着た唯がいた。
その向こう側では脱皮したように脱ぎ捨てられた着ぐるみがある。
どうやら元からこの格好をしてアレを着ていたようだ。
そりゃそうだよな。アレ着てると中は蒸し暑いだろうし。
ビキニの格好をしている唯は、元のスタイルがいい分、かなり刺激的だ。
しかしその顔は珍しく怒りに満ちていて、
「ヒドイっちゃ!ダーリンの・・・」
涙を浮かべている唯の手元を見ると、そこにはバチバチと音を立てているスタンガンが
あった。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺の制止も聞かず、唯はその手元の物を俺に押し付けた。
「バカーーーーー!!!」
「ぎゃああぁぁぁ!!!」
出力全開の電撃を食らった俺は、そのままブラックアウトしていった。
再び気付いた時にはすでに昼休み。
どうやらここは保健室らしく、俺はベットの上で寝ていた。
「いって〜」
起きようとしたが体が痛む。
まだ体にあの時の衝撃の痛みが残っているようだ。
気絶するくらいだったからかなりの衝撃だったのだろう。
ふと気付くと、俺のベットにうつ伏せるように唯が寝ていた。
すでに虎柄のビキニは着ていなく、保健室ゆえなのかナース姿だった。
普通は白衣を着るべきなのでは、とも思ったが、こんな事で悩む俺は徐々に唯に感化
されている事に気付く。
う〜ん。このまま唯と一緒にいると危険な予感がしてくるな。
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