俺が登校してきて教室に入った時、唯が教室にいなかった場合は何かの新しいコスプ
レを俺に見せる合図だった。
そしてどこから見ているのか知らないが、俺が自分の席に着くと唯はそれほどの間もな
く颯爽と教室に入ってくるのだ。
そして今日も教室に入ると唯はいなかった。
俺は席に着き、今日は何のコスプレしてくるのだろう、とあいつが現れるのを待つ。
すると廊下の方がザワメキ出してきた。
どうやらもうすぐ唯の登場らしい。
「「デュアル・オーラ・レイン!!」」
ダダン!
叫び声と共に、教室の前後にある2つのドアが勢いよく開けられた。
そして2つの入り口からそれぞれ入ってくる黒衣装と白衣装を着た2人の姿。
黒い方は、茶髪の髪に、ピンクの胸リボンが付いた上着に、スパッツが多少見えるよう
な短めのフリルの付いたスカート。他にもレッグカバーやブーツにハートの飾りが付いて
いた。
そして白い方は、長い黒髪に、白い胸リボンが付いたワンピース風な格好。同じように
スカートにはフリル、レッグカバーやブーツなどにはハートの飾りが付いていた。
って、2人?!
もう1人は誰だ?
黒い服着た方は顔を見れば唯って分かるのだが、白い服を着た方は顔を見ても一体
誰なのか分からなかった。
どっかで見た事がある顔のような気もするのだが、唯に負けないほどのその綺麗な顔
をした少女を俺は知らない。
とりあえずこんな格好をしてるし、唯に影響された後輩あたりだろうか。
そんな2人が俺の席まで走ってやってきて、
「光の使者・キュアユイ!」
唯は元気いっぱいな声で。
「光の使者・キュアアキ!」
もう1人は裏声みたいな不自然な声でセリフを言う。
「「2人は萌えキュア!!!」」
「我が親友の智幸よ!」
「とっととユイに惚れなさい!」
決めセリフを言い、2人は最後にビシッとポーズを決めた。
外見では白い方は誰なのか分からなかったが、今発した声やセリフの内容によってそ
れが誰なのか俺は理解した。
それは流石の俺も予想にもしなかった人物である。
「お前・・・彰か!?」
さっき白い方は俺の事を「親友」と言った。
互いに親友と思っているのはただ1人。彰しかいないのだ。
「違います。私は、光の使者・キュアアキ!」
バレてるにも関わらず、彰は誤魔化そうとしているのだろうか。
あらかさまに不自然な裏声に、ポーズ付きで否定する。
「アニメ好きって思ってはいたけど、まさかコスプレして女装に走るとは思って無かった。
これは親友を早く止めた方がいいな」
俺がポツリと漏らした言葉を聞き、彰は慌てて普段の声に戻して弁解をする。
「ち、違うんだよ!これにはわけがあって・・・。別に女装が好きなわけじゃ・・・」
「じゃあどう違うんだ?説明してみろ」
「それが、実は―――」
彰に聞いた話を簡単にまとめるとこういう事らしい。
どうやら唯はどうしても、さっきの最後の決めセリフを俺に言いたかったらしい。
しかしそのセリフは、2人が交互に言った後の、最後に言うセリフ。
そのためにどうしても相方が欲しかった唯は、色々気の合っている彰に白羽の矢を立
てたのだ。
始めは当然渋った彰だが、ある条件を唯に飲んでもらう事で渋々やる事になった、とい
う話だった。
渋々と言う割にはちゃんとセリフやポーズを決めてたし、さっきはノリノリに見えたのは
気のせいだったのだろうか。
しかし彰を巻き込んでまで俺に猛烈アタックをかけてくるとは・・・俺の何が唯に好かれ
る原因になったのだろう。
前に聞いてみたが、誤魔化されたしな。今一番の謎だ。
「ねえねえ?これはどう?可愛いでしょ?」
俺の目の前に立って、唯はクルクルと回る。
「似合ってるか、似合ってないかで聞かれれば・・・可愛い方だとは思うけど、そんな事よ
りも彰の顔が異様に可愛いのが俺はすごく気になるぞ」
「そんな事、って酷い〜」
自分の衣装姿を「そんな事」扱いされて頬を膨らます唯。
何だろな〜。最近は唯のこの顔が見たくて堪らなくなっている自分がいるような。
「そうだよね。これには僕も驚いたよ。鏡でメイク後の顔を見たとき、目の前に鏡なんてな
くて、目の前に違う人がいるのかと思ったもん」
「ああ。俺も最初は女かと思った。全然別人に見えるよな」
これに関しては素直に共感する。
「えへへ〜。メイクテクは佐祐理(さゆり)姉様のお墨付きだから」
自分のメイクテクを褒められたのが嬉しかったらしく、さっきまでとは打って変わってと
びきりの笑顔。現金なやつだ。
「へぇ〜。姉さんがいるんだな」
「うちは5人兄弟だよ。上に兄様と姉様がいて、下に弟と妹がいるの」
「それはまた大人数だな」
「でも今は兄様も姉様も家を離れてるし、父様も仕事が忙しくてあまり家にいないから、そ
れほど多いとは感じないよ」
「ふ〜ん」
そんな他愛もないような話を続けていると、
「あ、あのさ。もう僕は着替えてきていいかな?周りの視線が気になって・・・そろそろ限
界かも」
彰が周りをキョロキョロ見ながらゴニョゴニョと言う。
さっきから随分時間が経って、ほとんどのクラスメイトが登校してきている。
さらには教室の外からも珍キャラ見たさに群がっているわけで、さっきはある程度興奮
状態にあった彰も冷静さを取り戻してきたようで、羞恥のために真っ赤な顔をしていた。
「うん。いいよ。ありがとね。約束はちゃんと守るから」
「うん。これだけ恥ずかしい事したし、期待してるよ」
そして彰は教室を抜け出し、急いでどこかへと走り去っていった。
「ところで、約束って何を約束したんだ?」
「彰君ね、この前デジカメを買ったんだって。だからそのデジカメで私の写真を撮りたいん
だってさ」
彰のやつ。うまい条件を考えたものだ。
基本的に見られる事はOKなのだが、無許可で撮られる事を酷く唯は嫌っていた。
しかしその権利をもらえるのだ。
だからこそ、彰は恥ずかしいのを堪えて頑張っていたのか。
馬鹿というかなんというか・・・。
すると突然、唯の口からサーっと血の気が引いてしまうような言葉が飛び出してきた。
「そういえば、最近は周りを気にしなくなったよね。私嬉しいな。段々価値観が似ていく感
じがして」
今思い返せば、確かに今日は全然周りの視線を気にしていなかった。
全然視線が痛いとは感じなかったのだ。
いや、でもよく考えろ。
それは単に今日に限っては視線が女装した彰に向いてたからであって・・・。
あ〜、でも今日は何の姿してくるか、って楽しみにしていた事も否定出来なくもない。
「き・・・気のせいだろ?」
何とか声を振り絞って否定してみるが、出た声は情けない事に震えていた。
これでは肯定しているのと同じである。
今や非常識であった事が、唯と多く接しているせいで感覚が麻痺して、常識と判断され
かかっていた。
いわゆる「人間の慣れ」だ。
このまま行くと、俺が折れるのも時間の問題なのだろうか。
そう考えると・・・頭が痛くなってくるな。
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