第7話 テスト勉強

 


 期末テスト。

 それは夏休みに入る前にある、学生にとっての最後の関門。

 これを無事に突破しなければ、楽しい夏休みが大きく一転。

 非情な補習地獄の日々に変わり果ててしまうのである。

 その非情さを俺は去年、この身を持って思い知らされた。

 まさか夏休みの半分以上を補習のために費やす事になろうとは・・・。

 まさしくあれは学生にとって地獄なのだ。

 

 

 

 

 

「彰、頼む!今回も一緒にテスト勉強してくれ!」

 期末テスト間近になり、赤点の危険がある俺はいつものように彰に助けを求めた。

「うん。いいよ」

 彰は嫌な顔もせずに一言返事でOKを出す。

 やっぱり持つべきものはいい友達だ。

 去年の夏休み前の期末テストの時は、期末テストというものを甘く見ていたために、彰

の手を借りずに挑んでしまった。

 結果は知っての通りの地獄逝き。
 
 その事を教訓にして、それからは彰の手を借りる事にしている。

 何せ彰は趣味こそアレだが、勉強は妙に出来るのだ。

 おかげでそれからは中間・期末ともに、かろうじて赤点は免れていた。

 

 

 約束通りに、俺は図書室で彰とテスト勉強をしていた。一人のおまけも付けて。

 本当はこれまで通りに、彰と2人でやろうとしていたのだが、唯が「一緒にやりたい」と

泣きついたために3人でやる事になったのだが、今回も唯はおかしな格好をして俺たちと

一緒に勉強をしていた。

 長い髪は左右2つの三つ編みをして、額には「必中」と書かれたハチマキ、顔には牛乳

瓶の底のように厚い眼鏡をかけ、着物に綿を入れたような服―――ドテラを着ているの

だ。

 いつにも増して、突っ込みどころ満載な格好である。

 この暑い時期にドテラなんて季節外れすぎるし、今時グルグル眼鏡なんて見る事も無く

時代遅れだ。

 唯曰く、これが勉強の出来る人の理想の姿らしいが、これでコタツがあればどう見ても

受験間近で必死な受験生に見え、「勉強の出来る人」というよりは、「勉強を頑張る人」に

見える。

 まあ「勉強を頑張る人」って点では今の状況にあっているとも言えなくないが、それにし

ても額の「必中」の文字が謎だ。普通は「必勝」だったはず。

 その事で聞いてみると、「適当な答え書いても当たりますように、って願かけだよ」と、

馬鹿な事をさも当然のように言う。

 マークシート式の試験とかだったなら、確実に鉛筆転がしそうな答えだな。

 一体唯は何を考えてんだか。頭の中を見てみたいもんだ。

 

 

 仕方なくテスト勉強を始めて10分経った頃くらいからだったろうか。

 少し唯の行動が気になっていた。

 しかし、気になっていると言っても、何かおかしい行動を起こしているわけではない。

 その逆で、この10分ほど無言で全然動かないのだ。

 ノートや教科書は開いているものの、ただ開いている状態で放置されていた。

 どうも気になるのでチラッと唯を見ていると、顔がこっちの方を向いていた。

 だけど、俺の顔を見ているのではない。グルグル眼鏡越しで正確には分からないのだ

が、どうも視線はもう少し下向きっぽく、見てるのは俺の開かれたノートのようだった。

 こんなのを10分もじっと見ているなんて、相変わらず考えてる事が分からないやつだ。

 何しているのかを聞こうと思ったが、大人しくしてくれていた方がこっちは助かるので、

このまま放っておく事にして再び勉強に取り掛かる。

「これってどの公式使えばいい?」

「ん?・・・それは―――」

「それはこれだよ!」

 分からないところを彰に質問した俺。

 それに彰は答えようとするのだが、その言葉を遮って即座に唯が答える。

 俺は不覚にも突然動き出した唯にちょっとビックリした。

 そんな唯は教える事だけ教えると、再びさっきと同じようにノートに目線を置いて静かに

なった。

 そして数分後、再び分からないところを彰に聞こうとするが、

「じゃあこれ―――」

「それはここを見れば分かるよ!」

 今度は俺が何を聞きたいのかを言う前に唯は答えた。

 最初は質問の邪魔をしているのかと思ったが、驚くことに唯の答えた事は俺の知りた

かった事だった。

 その後も唯は俺が何かを聞こうとすると、俺の質問を聞かずにバシバシ合っている答

えを教えていく。

 そのために彰はすでに「我関せず」って感じで教える事は唯に任せ、1人で勝手にテス

ト勉強を始めていた。

 どうやらさっきからずっと人のノートを見ていたのは、俺の分からないところを即座に答

えるためだったようだ。

 その事に関してはありがたいのだが、なんかジーッとひたすら無言でこっちを見られる

事に重圧を感じ始め、段々不愉快な気分になってきた。

 さらに、質問する前に先読みして答えられるのは、何となく「私は智幸の事なら何でも

分かる」って言われているようで複雑な気持ちになる。

 そのために、ちょっと唯にキツイ言葉を言って、自分の勉強をやるように言ってみた。

「さっきから教えてくれるのはありがたいんだけど、いい加減に自分の勉強をしろよ。さっ

きから何もしてないだろ?後は彰に全部聞くからもういいよ」

 すると、

「そんな事言うなんて酷いな〜。私が教えるのは不満なのかな?・・・かな?」

 その言葉が大いに不満らしく、唯は俺に詰め寄ってきた。

 そのために普段よりも唯の顔が俺に急接近してくる。

 距離にして10センチもないだろう。かなり危険な程近づいていた。

 もう少し近づくと唇と唇が重なり合ってしまう。それほど危険な距離。

 冷静に考えれば単に後ろへ下がって距離を置けばいいわけだったのだが、突然の唯

の顔の接近で戸惑っていた俺はそこまで頭が回らなく、下手に動いたら触れてしまうと思

い固まってしまった。

 そしてただひたすら、近くにある唯の顔をマジマジと見てしまっていた。

 そんな俺の体の硬直と視線に気付く唯。

「ん?・・・あっ!」

 固まった俺を不思議そうに見ていたが、急に何かの結論に至ったらしく、嬉々とした声

をあげた。

 そして唯が次に取った行動それは、

「こんな教室で求めてくるなんて大胆過ぎ。でも・・・うん、智幸がしたいならいいよ♪でも

ちょっと待ってね」

 意味不明な言葉を言ったかと思うと、一旦俺から離れてすばやく三つ編みを解いて、ハ

チマキとグルグル眼鏡も取り払った。

 そして再びさっきの距離まで顔を近づけ直し、

「・・・お待たせ」

 そして俺の頬を両手で包み、徐々に自分の顔を近づけ始めたのだ。

 その場にいた生徒たちは固唾を飲んでその光景に見入っていた。

 ここでやっと唯の出した結論が、そしてさっきの言葉の意味が理解出来た。

 って、納得してる場合じゃない!こんな人前でキスなんてしてたまるか。

 俺はすぐに後ろへ下がり、間一髪のところで唯から離れた。

「あれ?何で逃げるのかな?キスしてくれるんでしょ?」

「誰がそんな事考えるか!大体お前、人前でキスしようとするな!」

 するとまたもや勝手な解釈をして喜びの笑みを浮かべる唯。

「じゃあ2人きりだったら良かったのかな?・・・かな?」

 普通ならここで反射的に「そういう意味じゃない!」って言葉が出るはずだった。

 しかし俺は不覚にも思ってしまった。『それならいいかも』と。

 そのために否定の言葉がすぐには出なかったのだ。

 だが、そのためらいの一瞬の間がいけなかった。

 「我関せず」だったはずの彰が、突然唯に余計な一言を言いやがったのだ。

「良かったね、唯ちゃん。否定しないって事は、つまり肯定って事だよ!」

「だよね?・・・だよね!じゃあ人気(ひとけ)のないところに行こっか♪」

 早速人気のないところへ行こうと、俺の腕に自分の腕をからめながら引っ張り、そのま

ま図書室から出ようとする。

「はぁ〜。もう付き合ってられん!」

 掴まれていた腕を振り解き、すぐさま図書室を―――出る前に余計な事を言いやがっ

た彰を殴ってから逃亡を開始した。

 ここで大人しく唯に引っ張られて図書室から出ようものなら、図書室にいた全員にキス

をしに出て言ったと確実に思われてしまう。それだけは避けねばいけないのだ。

「あっ、どこに行くの〜?待ってよ〜」

 こうして俺と唯の鬼ごっこの火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 結局その日の放課後は、唯との鬼ごっこで下校時刻まで時間を費やしたため、全然勉

強をするどころではなかった。

 さらに図書室で騒がしかったために、俺たちは当分図書室に立ち入り禁止になる事に

もなり、もう踏んだり蹴ったりである。

 最初からこんなんだと、今回の期末テストは絶望的な結果になりそうで怖いな。
 

 

 

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あとがき

毎回主人公は唯のせいで酷い目にあってますね。
多少邪険にはしてますが、それでも唯を嫌いにはならない主人公。
大人だと最近思い始めました。

しかし今回はいつもよりもコスプレネタが薄かったですね。
次回はもう少し頑張ってみようと思います。