第1章 出会い・告白 第2話


 私の下駄箱から1通の可愛い封筒に入った手紙が落ちた。

 これってもしかして俗に言うアレですか?そうだよね?うん。そうだよ、きっと。

「それってラブレターだよね?良かったね、明日香。明日香と付き合いたいって人がい

るじゃん」

 封筒をずっと見続けている私の横で燐華がとても嬉しそうに言ってきた。

「そ、そんな。いきなりこんなの貰っても困っちゃうよ〜」

 実のところは嬉しかったのだが、ここで大喜びするのが少し恥ずかしかったので困っ

たような素振りをしてみせた。

 しかし幸子が意地悪そうな声で、

「そう言いながらも顔はすごくニヤけてますわよ」

「そ、そんな事無いよ!」

 私は図星を突かれて焦りながらも反論してみるが、

「りっちゃんにはどう見えます?」

「100人中、100人が言うね。ニヤけてるって」

 燐華は私の目の前に手鏡を出した。

 その鏡に写る私の顔はと言うと―――ニヤけていた。

  それはもう自分でも気持ち悪いくらいに、だ。これはもう誤魔化しようがない。

「あはは。ホントだ」

 素直に認めるしかなかった。

「それで相手は誰なの?知ってる人?」

 燐華に聞かれ封筒を見てみるがどこにも名前は書かれていなかった。

「あら?名前が書かれていないですわね」

「それなら多分手紙の方に書いてあるんだよ」

 燐華が開けるように急(せ)かす。

「そっか。格好良い人からだといいな〜」

 そして私は封筒を開け、手紙を出そうとした。だがそこで手で止める。

「どうしたんですか?」

「どうしたの?」

 封筒を開けたのに手紙を出そうとしない私に疑問を感じ、2人は聞いてくる。

 こういうのはいくら親友といっても見せるものじゃないと思う。だって相手は私に対して

この手紙を書いてくれたんだから。

「ゴメン。中身は1人で見るね」

 私がそう言うと2人は私の心を察したらしく、

「こちらこそすいません。あまりに珍しい事だったんでつい興奮してしまってそこまで気

が回りませんでしたわ」

「右に同じ〜」

「おいおい。・・・まあいいや。ちょっと手紙読んでから教室行くから先に行ってて」

 さり気なく酷いことを言われてたような気がするがそこは気にせず、私は手紙を読む

ために春とはいえまだ少し肌寒い屋上へとやや浮き足で向かっていった。

 そして屋上でドキドキしながら中の手紙を読んだのだが、手紙にはただ一言でこう書

いてあった。


『今日の放課後、体育館裏に一人で来てください』

 

 

 屋上で手紙を見た後教室に入ると、早速興味津々な様子で燐華が私の席に寄って

きた。幸子の姿は見当たらない。

 おかしいな。クラスが違うと言ってもまだSHRが始まるまで時間がある。それなら手

紙の話を聞くために燐華と一緒に待ってると思ったんだけど。

 私がキョロキョロと辺りを見回していると、

「ああ。幸子なら今日は日直だったみたいでここにはいないよ」

「そうなんだ。きっと幸子も待ってるだろうと思ったからおかしいと思った」

「うん。『すぐに手紙の話が聞けないとは残念です』って残念がってたよ。それで手紙に

は何て書いてあったの?」

 いかにも興味津々って声で聞いてくる。

「それがさ〜、もしかしたらこれって果たし状かも」

「はい?」

 私のいきなりの予想外の発言に呆気(あっけ)に取られる燐華。

 とりあえず言葉で言うより見せた方が早いと思い、燐華に手紙を見せる。

「いや、それは無いでしょ。何で喧嘩の誘いって思ったのさ?」

 燐華はその手紙を読み笑いながら答えた。

「うーん。だって名前書いてないし怪しくない?しかも体育館裏だよ。リンチ場所の定番

じゃない?」

「それって普通じゃないの?私もよく『体育館裏に来てください』って書いてある手紙も

らうよ。あっ、でも名前は書いてあったね」

「でしょ?やっぱりこれはラブレターじゃなくて果たし状に違いない!誰だろうと負けるも

んか!」

 早速私は席を立ち、まだ見ぬ相手に勝つためにシャドーボクシングを始める。

「シュッ!シュッ!」

「何でそうなるのかな〜?」

 そんな私を燐華は『全然意味分からないよ〜』って呆れ顔を見ていた。

 

 

 昼休みになり私と明日香、そして幸子と屋上でお昼ご飯を食べていた。

 明日香はお弁当の蓋を開けるとものすごいスピードでお弁当を食べ始めた。そして食

べ終わると屋上の隅に移動していきなりシャドーボクシングを始める。

「シュッ!シュッ!」

 幸子は突然のことに何をいきなりやり始めたんだと目を丸くしたので、

「―――ってわけでああやって意味無くやってるんだよ」

 仕方ないので私が事の経緯を説明した。

「なるほど。それであんなに張り切ってるわけですね」

「うん。明日香には困ったもんだよ。はぁ〜

  私は思ったよりも大きい大きい溜め息が出た。もしかしたら明日香に今の溜め息聞

こえたかも。

「しかしあっちゃんはああやって練習してますけど、何か格闘技習ってましたっけ?」

「ううん。何も習ってないよ。多分あれは形だけじゃないかな?」

 私の知る限り、明日香は道場に通っていないはず。何せ小学校時代からずっと一緒

に遊んでいた仲だから。

「それなら確かにあまり意味が無いですね」

 幸子は半ば呆れているように言う。

「まあ、明日香だし」

「まあ、あっちゃんですものね」

 この言葉で話が丸く収まるってのは、ある意味すごいのかも。

 少しの沈黙の後、幸子は小悪魔的な笑みを浮かべて、

「ふふふ。確かに喧嘩というのはきっとあっちゃんの勝手な誤解なのでしょうけど、見て

るこっちとしては面白いですね。ああいう壊れ具合好きですわ。いかにもあっちゃんらし

くて」

「まあ、確かに。あれが明日香なんだよね〜」

 そう言って私はやや遠い目で明日香を見ていた。

 

 

 今日の授業はすべて終わり、掃除をしてLHRも終わり、ついに放課後になった。

  明日香はLHRが終わるとすぐに手紙に書かれていた通り、体育館裏に走って行っ

てしまった。

 教室から出るときに意気込んで言っていたセリフが、「準備はOK!いざ行かん、決

闘の場へ」だったので、どうやら変な気合を入れて約束の場所へと走り去っていってし

まったようだった。

「明日香ったら完全に格闘モードに入ってるよ。きっと普通に告白だと思うのに・・・」

 私は体育館裏に向かう明日香の後姿を見ながら呟く。

「そうですわね。ですが万が一、本当に喧嘩みたいな事になるようなら私が許しません

から問題ないですわ」

 いつの間にいたのか横から幸子が言ってきた。だが―――

「それはそれで問題あると思うけどな〜」

 そんな事を言いながらこれから起こることを楽しみにしていられない私がいたりした。

 

 

 私は約束通り体育館裏に来た。まだ相手は来ていないようだ。

 いや、もしかしたらもうすでにどこかに潜んで隙を狙っているのかもしれない。油断は

出来ない。

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

 私がここに来てからもう10分経つ。いくらLHRが長引いたとしても、もう来ていい時間

だ。やはり相手は私に隙が出来るのを待っているに違いない。

 このまま膠着状態なのも面倒だし、わざと隙を作ってみるかな。

 それなので私は少し気を緩めてみた。

 するとその直後、後ろからいきなり声がした。

「あの、あす―――」

「後ろかー!!!」

バシン!

 先手必勝とばかりに私はすばやい動きで後ろにいるであろう相手に対して裏拳をお

見舞いした。

 裏拳は相手の顔にクリティカルヒット!相手はその場に倒れこんだ。

「よしっ!先手は私がもらった!さあどこからでもかかってこい!誰だか知らないけど

相手になってやる!」

 そして意気込んで倒れた相手を見ると・・・すでに失神していた。

「あ、あれ?もうお終い?」

 呆気なかった。てっきり喧嘩売ってくるんだからこれくらいで失神するなんて考えもし

ていなかった。

 その失神した相手を見ると、ごく普通の真面目な学生って感じの男子だった。とても

じゃないが喧嘩を売ってくるような不良って感じには見えない。

 あれ?それならあの手紙って本当にラブレターだったの!?

「あー!!!私ったら何て事しちゃったんだー!!!」

 たまらず思わず叫んでしまう。

 だって私の事好きって思ってくれている人を会っていきなり殴り倒しちゃったんだか

ら。いくら何でもこれは嫌われたよな〜。私ったら何でこんな変な誤解してたんだろう。

 私は大後悔して放心状態になっていると、

「ふふふ。見ちゃいましたよ〜」

「明日香ったら本当に本気だったんだね。少しは照れ隠しの冗談でやってるのかと思っ

てたんだけどな〜」

 燐華と幸子がやってきた。2人共とても楽しそうに笑っているように見える。

「私って・・・バカかな?」

「私の口からは言えませんわ」

 私が強く思ったことに対して幸子は答えを避けたが、まあ言いたいことは分かった。

「今更それを聞くかな〜。前から分かってた事でしょ?」

「うっ!今の言葉は深く心に刺さったよ」

 燐華はかなり酷い答えを返してきた。

 いくら親友とはいえ言っていい事と悪い事があると思う。ここは嘘でも「そんな事ない

よ」って返して欲しかった。

「聞いてきたから正直に返してあげたんだよ。少し酷かったかもしれないけど、自覚して

た方がまともになろうと頑張るだろうし、ここははっきり言った方がいいと思ってね」

「りっちゃんは親友思いですわね。泣けてきますわ」

 幸子は燐華の考えを聞きハンカチで目元を拭いている。

 はぁ。やっぱり私ってバカなんだろうな〜。きっとあの両親の血を強く引いてしまった

んだろう。さらには弟の和哉はすごく気の利く要領のいいやつだから、きっと和哉の分

も私がこの血を引いてる気がする。つまりは筋金入りのバカになのかも。はぁ・・・。

 私が黄昏(たそがれ)ていると幸子が思い出したように、

「とにかくこの男子をこのままここで寝かしておくわけにもいかないですし、保健室へ運

びましょうか」

「そうだね。そうしようか。明日香〜、そこで黄昏ていないで保健室にこの男子運ぶよ」

「あっ、うん。分かった」

 そして私たちはこの男子を保健室に運んで行った。

 

 

 男子を運んで保健室へ入ると中には誰もいなかった。

「保健の先生いないね」

「そうですわね。きっと会議か何かにでも出てるんでしょう」

 ここで立って先生が来るのをただ待ってるのも時間の無駄なので、私たちはベットに

男子を寝かせる。そして私の殴ったところが腫れないようにと冷却材(アイスロン)を頬

に当てて冷やしてやった。

 とりあえず処置はしたけどこのままこの男子を置いて帰るわけにはいかないので、男

子が起きるまでここで待つことになった。

「しかし明日香って意外と強いんだね。男子を一撃でノックアウトさせるなんて」

 燐華が冗談半分に私を茶化してきた。

「いや、自分でも驚いたよ。まさか一撃で失神するなんて思ってなかったし。って実は

月詠さんが何かしたんじゃないの?」

 意外にありそうだったので幸子に聞いてみたが、

「いえ、月詠には何もさせていませんわ。あれは100%、あっちゃんの仕業です」

 どうやら違ったらしい。仕方ないので笑って誤魔化してみた。
 
「あはは。じゃあ私に隠されていた才能かな〜」

「また何か言い始めたよ」

「まああっちゃんですし」

 2人とも呆れ顔になってしまった。酷い親友だね〜、ホント。

 しばらく色々な雑談をしていると、

「うーん、あれ?ここ・・・どこ?」

 どうやら男子が目を覚ましたらしい。

 私はすぐに男子の方へ寄っていき男子の顔を覗き込む。すると男子の顔が茹でタコ

みたいに真っ赤になった。

「さ、さっきはゴメン。てっきりあの手紙って果たし状の類(たぐい)だと思って・・・そ

の・・・とにかくゴメン!」

 私は頭を下げて謝った。するとその男子は私が頭を下げた事に驚き慌てて、

「そんな。頭を下げないでください。こっちも何か誤解するように書いちゃったみたいだ

し、頭下げられると困ります」

「そんな事ないよ。あれはどう見てもれっきとしたラブレターだったって」

 燐華は私のフォローをするどころか男子の味方をする。

 てか、燐華。そんな事言うと私がラブレターを見せたことがバレるんだけど。

「あれ?何で燐華さんが僕の書いた内容を知ってるんですか?」

「えっ!?あっ、ヤバ・・・」

 ほら、バレた。もう燐華ったら私のフォローをしないからこうなるんだぞ。

「あ〜、それはね・・・明日香がラブレター貰うなんて珍しいから嫌がる明日香から無理

やり取って見ちゃったんだよ。ゴメンね」

 燐華はとっさに思いついたであろう理由を口にした。流石に今度は私の味方をしてく

れたようだ。実際には私から見せてたもんね。

 でもこの男子は怒るような素振りを一切見せずに笑って許した。心が広いようだ。

「さてと、あなたが目を覚ましたことですし、私たちお邪魔虫さんは帰るとしましょうか。

ねっ、りっちゃん」

「えっ!?・・・あ〜、そっか。そうだね」

 幸子は突然そういうと燐華を連れて保健室から出て行こうとする。

「えっ!?一緒に帰らないの?」

 私が聞くと燐華が私の耳元で囁いた。

「何言ってるのさ明日香。あの男子は明日香に言うことがあるに決まってるじゃない。

わざわざ私たちが2人きりにしてあげるんだから、今日は1人で帰るなり、あの男子と

帰るなりしなさい」

 そして2人は保健室から去っていってしまった。

 

 

 2人が去った後、私たちの周りには気まずい空気が充満していた。

 こんな静かな空間に男と女の2人きり。それにその男の方は私に告白してくれようと

していたわけだし。さらにはさっき会っていきなり殴り倒したわけだし、はっきり言ってこ

んなシュチュエーションになった事ないから何を言えばいいか分からないでいた。

「あの、明日香さん」

「は、はい!」

 いきなり名前を呼びかけられ、思わず返す声が大きくなってしまった。

 そして男子の方を見ると覚悟を決めたような強い眼差し。思わずドキッとしてしまう。

「好きです!僕と付き合って下さい!」

 

 

 私は告白された。それは私にとって生まれて初めてされた告白だった。



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