第1章 出会い・告白 第5話


「そうなの?」

「えっと・・・その・・・」

 京君は言葉に詰まっていて挙動不審な動きを繰り返していた。

「ねぇ、ちゃんと答えて」

 私が詰め寄ると、京君は後ろに後ずさった。

 それなのでまた詰め寄ると、また後ろに後ずさる。

 これって逃げられている?

「ちょっと逃げないで私の質問に答―――あっ!」

 同じことの繰り返しは嫌だったので京君の服を掴んで逃げれなくしようとしたのだが、

その意図に気付いて京君はその場から走って逃げ出した。

「ちょっと、京君!」

 何で逃げ出すのさ。私そんな変な質問してるのかな?

 とりあえず仕方ないので私は京君の後を追う事にした。

 

 

 おかしい。いくら走っても京君に追いつかない。

 これでも私陸上部のレギュラーとも張れるくらいの足の速さなのに一向に京君との距

離が縮まらないでいた。

 正直、京君は勉強は出来たとしても、運動に関しては出来ないと思っていたので意外

だった。

 てっきりすぐに追いつけると思っていたのにここまで速かったとは。

「京君待って。そんな逃げないでよ」

 そんな私の言葉にも耳を貸さず、ひたすら京君は逃げている。

 追いかけっこを始めてもう10分は経っただろうか。走っている方向は学校とは別方向

だし、もう確実に遅刻だろう。しかもこのまま追いかけっこを続けていると授業にも間に

合わない。

 ただでさえ成績が悪い私なのだ。授業に出ないというのはかなり痛い事だ。  

「もう!いい加減止まれー!!!」

 つい怒鳴った勢いで手に持ってたバックを投げつけてしまった。

「あっ、ヤバ。京君避けて!」

「えっ?」

 私の言葉にこれだけはちゃんと反応して走りながら後ろを振り返る。

 その瞬間―――

ドガッ!


 私の投げたバックが見事京君の顔の側面にクリティカルヒット。

「うが」

 そして京君は体のバランスを崩して、地面へ激しくうつ伏せスライディングしてしまった。

「あっちゃ〜。派手に転んじゃったな」

 すぐに私は京君のところへ駆け寄り起こそうとしたが、京君は完全に意識を失ってい

た。

 よく見ると京君の顔にさっきまでは無かった擦り傷が出来ている。今の変なスライディ

ングで擦ってしまったんだろう。

 とりあえず気絶したままの京君をほっとくわけにも行かないので、私は近くの公園で京

君を介抱することにした。

 

 

 私は気絶してる京君をベンチに寝かせ、膝枕をしながら水に塗らしたハンカチで擦れ

て血が出てる京君の顔を拭いた。

 ふふ。起きたらきっとビックリするだろうな。膝枕されてるわけだし。

 これから起きるであろう事を想像しながら寝ている京君の顔を見た。

 こうやってゆっくりと京君の寝顔を見てると、どこかあどけない子供みたいで可愛く見え

る。こうやって眼鏡を外すとなおさらだ。

 この寝顔を見てると、昨日のは京君ではないのかと思えてきたりする。

 昨日の人は京君じゃなかったのかな?でもそれなら何で逃げたりしたんだろう?

 自分なりに考えてみるが頭の悪い私にはさっぱり分からない。

 やっぱりこれは本人に聞くのが一番だよね。

 

 

「すぅすぅ・・・・・・はっ!」

 どうやらこのポカポカ陽気のために少しの間寝ていたらしい。

 今は何時かと公園にある時計台を見ると、

「あっ、もう11時過ぎたのか」

 2時間半ほど寝ていたらしい。

 膝で寝ている京君を見てみるがまだ起きていなく、すやすやと眠っている。

「そろそろ京君起きろ〜。起きないとキスしちゃうぞー」

 ベンチにただ座ってジッとしてるのも飽きてきたので、寝ているからいいだろうと冗談を

言ってみる。

 すると、

「それなら、まだ寝てるから俺にキスしてー」

「ほえ?」

 返事が返ってきた。

「あれ?京君起きてたの?!」

 京君の顔を見るとしっかりと目が開いていた。

 今の聞かれたのか。すごく恥ずかしい。

 何とか誤魔化そうと京君に言い訳をしようとしたのだが、私を見る瞳(め)がいつもの京

君のものではないのに気付いた。

 いつもの遠慮しがちな瞳ではなく、真っ直ぐと私を見ている。

 これはそう。昨日私たちを助けてくれた人と同じ瞳だ。

「寝てる。だから早くキスして」

「え・・・?京君・・・だよね?」

 私は京君の雰囲気が変わって戸惑ってしまった。

 確かに目の前にいるのは京君のはずだ。誰かと入れ替わる時間なんてなかったのだ

から間違いない。

 それなのに顔は同じでも、この視線・口調・態度は全く別人である。

「ああ。間違いなく俺は相沢京だ。他の誰かに見えるか?」

 目の前の本人はそう言っているのだが、

「嘘。その喋り方は京君じゃない。京君は自分の事を『僕』って呼んでるんだから」

 京君(?)は私の膝枕を名残惜しそうにしながらも起き上がった。

「あいつは確かにそう呼んでるな」

「あいつって・・・」

 まるで他人のようなセリフだ。何を言ってるんだろうか?

「訳が分からないって顔してるな」

「当たり前でしょ。大体いつもの京君じゃなくなってるし、私にはさっぱり分からないよ。

ちゃんと分かるように説明して」
 
「そうだな。正直、あいつは完全にバレるまでは隠しておくつもりだったらしいが、明日香

の目の前で俺が出てきちまったからにはもうあいつも誤魔化しようがないし、ちゃんと教

えてやるよ」

 そして私は京君の知られざる秘密を知った。

 

 

「つまりは京君は2重人格って事なのか」

「ああ。普段は明日香の知ってる京でいるんだが、何かの拍子に人格が入れ替わって

俺が出てくるときがあるんだ。まあそれが今の状態だな」

「なるほど」

「逆に俺が出てるときは俺の意思で入れ替わるんだけどな。もちろんあいつ同様、何か

の拍子に入れ替わったりもするけど」

「へぇ〜。自分の意思で入れ替われるんだ」

「俺は、な。あいつの場合はなかなかそうはいかないみたいだけどな」

 よくドラマとかで2重人格の人を見るが、実際にその2重人格者に会うとは。

 んー、じゃあやっぱり昨日のは京君だったのか。

 私がマジマシと京君の顔を見ながら関心していると、

「しかしよー、いきなりあれはないだろ?」

「あれって?」

「いきなり人の顔面にバック投げつけたのだよ。おかげで派手に転んで顔に擦り傷出来

ちまったぜ」

 怪我したところを擦りながら非難の声を浴びせてきた。

「ゴメン。なかなか走るの止めないから、つい思わず投げつけちゃった」

「ったく。仮にもお前を好きって言ってくれてる男にあんな事するかよ」

「本当にゴメンね。今度からは気をつけるからさ。ねっ!」

 私が両手を合わせて謝ると、

「そうだそうだ。もう少しおしとやかになれ」

 京君はそう冗談を言いながら笑ったので、

「むー。こっちの京君は口が悪いなー」

 私は頬を膨らませて非難の声を浴びせる。

「悪かったな。俺はあいつとは違ってこんな性格なんだよ」

「ふん!これならいつもの京君の方がいいよ」

 どうやらこっちの京君は意地悪な性格みたいだ。

 でもそれが燐華たちと同様の意地悪さな感じがして話しやすかったりするかな。

 

 

「もう11時過ぎか。今から行くと授業は午後からだな。よく寝てたもんだ」

 京君が時計台を見て言った。

「今更行くの面倒だからこのままサボろうか」

 そう提案してくるが、

「ダメダメ。私は今どうしても学校行かないと行けないの」
 
 午前の授業は仕方ないとしても、せめて午後の授業には出なければ。

「そっか。じゃあ俺はサボるから、明日香は今から学校に行ってこい」

 そしてベンチから立ち上がり、1人でどこかへ行こうとしたが、私は引き止める。

「ちょっと待って。1人だけサボるなんて許さないんだから」

「じゃあ一緒にサボるか?」

「違う。京君が私と一緒に学校に行くの!」

 私1人だけ遅刻で怒られてたまるもんか。こうなったら道連れにするしかない。

 そして必死で京君を説得して何とか一緒に行くことに成功した。

 

 

「ズルい」

 私は職員室から出るとすぐに京君に文句を言った。

「何が?」

「何で私だけが遅刻で怒られるのさ!」

「普段の素行の違いじゃないのか?あいつは優等生だし1度の遅刻なんかじゃ怒られ

ないさ」

「そうだとしても絶対卑怯だ。さっきのは絶対優等生ってのを武器としたズルだよ!」

「使えるものは使わないとな〜」

 今すごくニヤニヤして私を見るこの顔を思いっきり殴り飛ばしたい。


 それは少し時間を遡って30分前―――


 私と京君は昼休み前の人が少ない時間を狙って学校に入ろうとしたのだが、ちょうど

そこを頭の超固い(噂ではヅラを被っていると言われている)教頭に見つかってしまった

のだ。

 そしてすぐに職員室に連れて行かれて遅刻の原因を聞かれた。

 サボりと言えるわけがないので、体調が悪くてと言い訳してみるが

「嘘はいかんな、嘘は。あとでみっちり罰を与えるから覚悟しておくように」

 あえなく嘘がバレて一蹴されてしまった。

 そして今度は京君へ同じ質問をする。

 すると京君はなぜかいつもの京君の口調で、私と同じ答えを返した。

「すいません。ちょっと、お・・・僕は体の調子が悪くて・・・」

 さっき私がそう言って簡単に嘘がバレたのだから、普通は違う理由を言うものだろう。

 こっちの京君はそこまで頭が回らないのだろうか。私はそう思った。

 しかし、私の予想外の事が起きた。

「そうかそうか。それなら仕方ないな。今回の無断での遅刻は大目に見よう」

 はい?今あんた何て言いました?許すって言いましたか?

 何で私のは嘘で、京君のは本当って言うのさ!

 くそー、このヅラ親父。ぜってー贔屓(ひいき)してるよ。

 この恨み晴らさずでおくべきか。今度の全校集会の時にでも壇上でのスピーチ中に、

全校の前でヅラを掴み取ってやろうか。


 ―――と、まあこんな事があったわけですよ。


「せっかく2人で怒られれば罰も軽くなると思ったのに・・・」

「そんな腹黒い事考えてるからいけないんじゃないか?」

「う、うるさい!」

「まあ、罰を頑張ってなー」

 そう言って京君は自分のクラスへと去っていった。

 ちなみに今回の罰は『1週間、校庭などの草むしり』だった。

 

 

 放課後になり燐華と一緒に帰る途中、私は今日あった事を燐華に伝えた。

 京君とも一緒に帰ろうと思ったのだが、すでに帰った後でいなく、幸子は幸子で用事が

出来たらしく、今日は休みだった。だから今日の朝は迎えに来なかったらしい。

「あらら。京君にそんな秘密があったんだね〜」

「そうなんだよー。それでさ、もう1人の京君―――って、面倒だからあっちは『京』でい

いや。京はさ、京君とは違って意地悪いというか何ていうか・・・」

「ふーん。もう1人の京君は嫌い?」

「そ、そんな事はないよ。口は悪くてもカッコいいし・・・」

「じゃあ好き?」

「ど、どうなのかな?」

 少し真剣に考えてみるが、いまいち分からない。

「・・・・・・」

「燐華?」

 燐華が何も反応を返さないので不審に思い名前を呼ぶと燐華が、

「最近思ってたんだけどさ、明日香」

「ん?」

「まだ京君とは正式に付き合わないの?」

「えっ?!何、いきなり?」

 突然そんな事を聞かれ焦る。

「そろそろ京君の事分かってきたし、答え出してもいいんじゃないかな?」

「そ、それは・・・」

「明日香は知らないだろうけど、京君は勉強出来るし、ああいう優しい性格だから、一部

の女子からはモテてるんだよ。何回かラブレターも貰ってたみたしだし」

「そうなの!?」

 燐華の言葉に私は驚きを隠せなかった。

 だってそんな事全然知らなかったもん。

 京君はそんな事何も言ってこなかったし、私の耳には京君に関しての噂なんて今まで

全然入ってこなかったのだから。

 だから燐華の言葉には耳を疑った。

「うん。あっ、でもちゃんと全部断ったらしいよ。『他に好きな人がいるから』ってね」

「そう・・・なんだ。初めて聞いた」

「好きって言ってくれてる人を断ってまで、明日香を選んでくれてるわけだし、そろそろ友

達なのか恋人かをはっきりさせてあげた方がいいよ」

「う、うん。そうだね・・・」

 その後の帰り道は、燐華の言葉が頭の中をグルグルと回っていて、燐華と何を話した

か覚えていない。

 ただ気付くともう家の前に立っていて、燐華とは別れた後だった。

 

 

 夕飯を食べ終わり、私は部屋で考えていた。

 燐華の言ったことは衝撃の事実であり、私は驚いてしまったが、よくよく考えればあり

えない事じゃない。

 ただ、そんな事があったにも関らず、私に悟られないよう振舞っていたのか。

 それは普段の嘘とか隠し事の出来ない京君には出来ない芸当に思えるのだが。

 うーん。その時は私にバレないよう、密かに京と変わっていたのだろうか?

「って、考える事はそれじゃない!」

 そうだよ。私が今考える事は私が京君をどう思っているか、だ。

 私は京君の事、嫌いじゃない。それは確かだ。

 じゃあ好きかと聞かれると・・・どうなんだろう?

 一緒にいて楽しいし、話していても楽しいと思う。

 でもそれは他の男友達と変わらない気もする。

 それなら私は京君の事好きじゃないのかな?

 もしそうだとするなら京君をちゃんとフって、他の子と付き合ってもらったたほうがいい

のかな?

 

 

 私はすごく悩んだ。きっと今までで一番頭を使って悩んだと思う。

 そして悩みぬいた末、ついに私は1つの結論を出した。

プルルルルル・・・

 さっそく受話器を取り、電話をかける。

 もちろん電話をかけた先は、

「はい、相沢です」

「あっ、私、明日香だけど」

「え・・・明日香さん!?どうして僕の家の番号を・・・」

 いきなりの電話で京君は焦っていた。

 この反応・話し方だと、京ではなく京君に戻っているようだ。

 それなら尚更好都合だ。

「昨日生徒手帳を見たときにメモしておいたの。それより今から少し外出てこれる?」

「えっ?いいですけど・・・」

「ありがと。じゃあ、すぐ行くから家の外で待ってて」

「えっ?僕がい―――」

カチャン


 京君は何か言おうとしていたが、気にせず切った。

 何か言われて今のこの気持ちの高ぶりを抑えられたくなかったから。

 そしてすぐに私は上着を羽織って京君の家へ向かった。

 

 

 京君の家に行くと、その道の途中で京君と会った。

 どうやら家まで来させるのも悪いから途中まで来てくれたらしい。

「あ、明日香さん」

 私の姿を見つけると、私の方へ歩いてきた。

「あの?何の用があったんです?」

「少し会って話がしたかったの」

「・・・やっぱり今日の事ですか?すいません!今まで隠していて」

 京君は必死に頭を下げて謝ってきた。

 どうやら京君はこの事について用があるから私が会いたいと思っていたらしい。

「それは気にしてないからいいよ。それとは違う用件で来たんだよ」

「違う用件?」

「うん。その前に1つ質問。今は京君?それとも京?」

「えっ?!」

 呆気に取られた顔をする。

 うーん。質問の仕方が悪かったみたいだ。

「ごめん。分かりづらかったね。つまり今私の目の前にいるのは、いつもの京君なのか、

もう1人の京君なのかって事」

「今は明日香さんのよく知ってる僕です」

「そっか。じゃあ言うね」

 私は思い切って京君に伝えたかった、その言葉を口にした。

 

 

「私も京君が好きみたい。だから私と・・・つまりは・・・これからよろしく!」
 



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