第2章 部活見学 第1話


ピンポーン

「おはようございまーす」

「あ、京さん。おはようございます」

「おはよー。京君」

 京君が迎えに来るようになった当初は、京君が家に来てから起きてた私だが、最近は

習慣がついてきたらしく、京君が来る頃にはしっかり起きれるようになった。

 しかし、家を出る時間は相変わらず変わらないでいたりする。

「上がってて。ご飯今からだからもう少し時間かかる」

「うん」

 そうしていつも通り和哉が京君をリビングに案内する。

 出る時間が変わらない原因は和哉にあった。

 私がいくら早く起きようとも、私が朝ご飯を食べる時間がほとんど変わらないのだ。

 せっかく私が京君を待たせるのが悪いと思って早く朝ご飯を食べようとしているのに、

テーブルの上にご飯が用意される時間は変わらない。

 そのため、前に「もっと早くご飯作れ」と和哉に文句を言ったら、「そんな事言うなら、朝

ご飯は姉ちゃん作ればいいじゃん」と言われてしまって、何も言い返せなかった。

 朝は基本的に弱い。それなので朝ご飯作るため、更に早起きするのは嫌なのだ。

 そもそも早起き以前に、家事をするのが嫌だったりする。女としては家事出来ないとダ

メなんだろうけどね。

 ちなみに何で和哉が朝ご飯を早く作らないかと言うと、

「ここの問題が分からないんですけど」

「ああ、ここはこの公式を使うんだよ」

「あっ、なるほど。これを使うのか〜」

 つまりは頭のいい京君に勉強を教えてもらいたいのだ。

 どうやら京君の教え方は学校の先生よりも分かりやすいらしく、和哉の中では『姉ちゃ

んの彼氏』よりも『優秀な家庭教師』らしい。

 そんなわけで勉強を教えてもらうためにも、京君が迎えに来てから家を出るまでの時

間はなるべく長いほうがいいのだ。

 しかし私が朝ご飯を食べてる間に京君が和哉の勉強を見てたとしても、余裕で学校に

は着けるし、教えてる京君も別に毎日教えるのが嫌ではないと言ってるので、特に誰も

損することはない。

 こういうのを、『使えるものは最大限に利用する』と言うのかな。

 

 

「今日も朝練頑張ってるなー」

「そうだね」

 登校してきたものの、まだ余裕で時間があったので私たちはテニスコートへ来ていた。

 そしてコートに来ると、コートの周りにある金網の外側では、相変わらず燐華のファンら

しき男子がいっぱいいた。

 その光景を見ていつも思うのだが、絶対イヤラシイ目で燐華を見ているように思える。

 だから前見たく注意したいけど、燐華の方からキツく釘を刺されているので何も言えな

いでいる。

 燐華曰く、「明日香が注意すると騒ぎが大きくなるからやめて欲しい」との事。

 仕方なく少し離れたところからコートの中を見ると、試合をしているのだろうか。

 燐華と部活の先輩らしき人が真剣に打ち合っていた。

「意外とうまいかも」

 しばらく見ていたのだが、燐華は先輩相手にいい勝負をしているようだ。

 左右に機敏に動き、しっかり球を打ち返しているし、球のコントロールもうまいために、

しっかりとラリーが続いている。

 しかし、やはり経験や体力の差で徐々に押されていき、結局は負けてしまった。

「あー、負けちゃった」

「仕方ないよ。始めて間もないんだし」

「まあねー」

 試合が終わり燐華がコートから出てくると、一斉に男子集団が燐華に群がる。

 その光景は見ていてあまり気持ちのいいものではない。

 でも燐華に釘刺されてるのでただ傍観するしかないのだけど。

 そんな燐華を見てると燐華の方も私に気付いたらしく、そのまま部室に向かわずに私

の方へやってくる。そして男子集団も同じくこっちへやってくる。

 しかし燐華の進む先に私がいると分かるとその足を止め、なぜかみんな回れ右をして

燐華から離れていった。

 

 

「2人ともおはよう」

「おはよー」

「おはようございます」

 燐華が近づいてきて気付いたのだが、すごい汗をかいていた。さっきの試合を真剣に

やってたのが伺える。それに真剣にやり過ぎて、すでにお疲れモードっぽい。

「朝からすごい汗だね」

「普段は軽くランニングとかラリーくらいで、ここまで汗かくことないんだけど」

「今日は特別だったの?」

「うん。毎年恒例になってる緑ヶ丘(みどりがおか)高校との新人戦があるみたいで、そ

れに向けて練習なんだって」

「ふーん。でも朝からハードだよね。授業中に疲れて寝ちゃわない?」

 私がそう聞くと、燐華はニヤリと笑って、

「まさか。明日香と同じにしてもらっては困るな〜」

 と、言ってきた。

 何か反論をしたかったが、別に間違った事は言ってないので、何も言い返せないのが

悔しかったりする。

「今のは聞かなかったことにして・・・、さっきの試合見てたけどさ、結構うまいね」

「なんかリズムに乗るとうまくなるみたい。でも始めの方は散々だったよ」

「リズム・・・。ダンレボの応用か」

 燐華はなぜかダンレボが得意である。

 この前のゲーセンでは、燐華は久しぶりにやったはずなのに私の大敗だったし。

「んー。そうなのかな?実際はよく分からないけど」

 燐華は首をかしげながら答えてきた。

「しかし明日香ってすごいよね」

「何が?」

 突然「すごい」と言われても何のことか分からないので聞き返すと、

「私が明日香に近づいていったら、さっきまでいた男子がみんなどっか行っちゃった」

 燐華は後ろを指差しながら言う。

「なるほど。何でいきなり男子集団が引き返したかと思えば私を避けてたのか」

「うん。人間魔除けだね」

 燐華は何の悪びれもなく笑顔で言ってきた。

「魔除けって・・・」

 それに呆れながらも、

「私を避ける理由が分からない」

「明日香知らないの?男子の中では明日香の名前は結構有名だよ」

 私の言葉を聞き、意外そうな顔をする燐華。

「そうなの?何で?」

 すると燐華の口から恐ろしい噂話を聞くこととなった。

「噂で聞いたんだけど、私が練習終わった後に周りで見ていた男子の何人かを金属バッ

トで殴って病院送りにしたとか。他には金属バットじゃなくて、爪は剥ぐわ、骨は折るわっ

て重傷を負わせたとか。後は硫酸を顔にかけられたとか・・・かな」

「なっ!?」

 その噂を聞いて私は唖然として、言葉が出てこない。

 隣にいる京君も驚いているようで固まっている・・・ように思えたが、さっきよりも私との

距離が明らかに離れている。

 もしかして私に怯えてたりする?

 京君の方を見るとちょうど目が合った。その瞬間、 京君は目を見開いたかと思うと、す

ぐに私から目を背ける。

 うぅぅ、京君って正直者だからこういうのも信じちゃうのか。ちょっと傷ついた。

 しかしどこからそんな恐ろしい噂が出てきたんだろうか。

 身に覚えがある事と言えば、京君から手紙をもらった日の朝の一件くらい。

 でもさすがにあれくらいでここまで大袈裟な話になるわけないよね?

 でもでも、「火のないところに煙は立たぬ」ってことわざがあるし、もしかしたらあれが飛

躍してこんな噂になったのかも。

 そんな感じで色々頭の中で考えていると、燐華がやや真剣な顔をして、

「いちお聞くけど、これってホント?」

「そんなわけないじゃん!」

 当たり前のように即答。それに対して燐華は苦笑いをしながら、

「そっか。良かった。ちょっと気になってたんだよ。明日香ならやりかねないし」

 その言葉で私の心がさらに傷ついたことは言うまでもなかった。

 

 

 今日の授業はあっと言う間に終わり、すでに放課後になっていた。

 いつも通り京君と帰ろうとしたのだが、今日から少しの間、京君は放課後にクラスの関

係で用事があるらしくて、私は1人寂しく京君が用事終わるのを教室で待っていた。

 先に帰っててもいいとは言われているのだが、早く帰っても特にすることがないので待

つ事にしているのである。

 しかし私の性格上、その場で大人しくしている事は困難なので、私は放課後の学校を

ブラブラと歩き回ることにした。

 

 

 普段飽きるほど歩いているはずの学校の廊下。

 しかし放課後になるとほとんど校舎の中には人がいないので、放課後の廊下はどこか

寂しく感じる。

 ふと校舎の窓から外を見ると、広い校庭では陸上部にサッカー部、それに野球部が必

死に汗を流しながら近い大会に向けて猛練習をしている。

 そこから少し視線をズラして校庭の横にあるテニスコートを見ると、そこでは男子と女

子のテニス部が練習をしていた。

 ここからだと遠くて見えないのだが、どうやら燐華たち1年はコートにはいないようだ。

 きっと体力作りのために他のとこでランニングを しているのだろう。
 
「みんな青春真っ盛りなんだなー」

 窓から見える、真剣に何かを取り組む姿を見て思わず口からこぼれる。

「それならあっちゃんも何か部活に入ればいいのでは?」

「わっ!・・・何だ、幸子か。もう驚かせないでよー」

 突然後ろから声をかけられたせいでビックリして心臓が止まるかと思った。

「あらあら、ごめんなさいね」

「まだ帰ってなかったんだ。幸子は何してるの?」

「ええ。ちょっと用事がありまして。それでその用事をしようとしていたら、教室で1人寂し

くポツンとしているあっちゃんがいたので、少し観察をしていたんですわ」

「じゃあ私がクラス出てからずっと後付けてたの?」

「ええ。そうなりますね」

「暇人・・・」

 私はポツリとそう言葉を漏らすと、

「それはお互い様でしょう」

 はい。まさにその通りです。

 幸子は微笑みを絶やさずに返してきた。

「相沢君を待っているんですの?」

「うん。今日から少しの間、クラスの方で用事があるみたいだから待ってるの」

「それなら私と一緒に今から部活回りしてみません?私もせっかくなので部活に入ろう

かと思ってたんです」

 幸子が部活に入ろうとするなんて珍しい。

 ここに入学したときは私と同じで面倒だからって入ろうとしなかったのに。

「用事ってそれか。でもどうしたの?急に部活やる気になっちゃって」

「最近りっちゃん、部活で真剣に頑張ってるじゃないですか。あの姿を見てたら私も何か

真剣に取り組んでみようかと。それなので一緒に部活見学行きません?」

「私は止めておくよ。部活やるの面倒だし」

 まあ幸子が部活に入る気になっても、私の気持ちは変わらないので断った。

 しかし幸子は、

「何も見学して回ったからと言って、『必ず入れ』とは言いませんよ。ただ暇つぶしでいい

ので私に付き合ってくださいな」

 確かに幸子の言う事はもっともだ。

 

 

 それなら暇だし行ってもいいかな、と思った私は幸子と一緒に部活見学をする事にし

たのだった。
 

 

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