第2章 部活見学 第3話


 部活見学を始めてから4日が経った。

 今までで見に行った部活は、料理部・裁縫部・美術部・茶道部だった。

 見ての通り、全部文科系の部活だったりする。

 うちの高校は軽く2000人を超える大きな学校である。

 それなので生徒数も多く、まだまだ文科系での部活はたくさんあるのだが、全部回る

のは面倒なので適当に幸子が面白そうだと思った部活を選んで回っていた。

 ただ『幸子が面白そうだと思った部活』というのは、『私の行動を見て面白いと予想さ

れる部活』だったと知るのはもっと先の話だった。

 現にこの部活回りではことごとく恥ずかしいことをしてしまっていた。

 料理部では・・・もう言わずとも分かるだろう。

 

 

 

 

 

 裁縫部では、簡単な手縫いの体験をさせてもらったのだが、まず最初は針穴に糸が通

らなかった。

 私の知っていた知識では針穴は小さいから、普通に糸を切っただけでは糸の先端が

広がっていて通らないのは分かっていた。だから先端を軽く舐めて広がりを無くして通そ

うとした。

 そう。そこまではまだ普通だったのだ。

 しかし全然糸が針穴を通る気配はなかった。

 それもそのはず。通そうとしていた糸は何と凧糸で、針穴以上の太さだったのだから、

間違っても穴を通ることはなかったのだ。

 裁縫部の部長さんに言われるまで、全然気付かなかった私って・・・。

 どうやら周りの人はとっくに気付いていたようで、「あっちゃん以外はもうとっくに凧糸で

穴に通そうとしているのには気付いていましたよ」と、笑いながら幸子から言われてしま

った。

 あぅ。これじゃあ料理部と同じパターンだ。 また大恥をかいてしまった。

 でもでも、それなら何で裁縫箱に凧糸なんて入ってるのさ?

 ここに入ってたせいで間違って使っちゃったじゃん!

 

 

 

 

 

 美術部では、人の形をした石像のデッサンを一緒にやらせてもらった。
 
 これなら見たまま描けばいいので、楽と思ったのが大間違い。

 顔と体のバランスが全然合わず、スケッチ帳の用紙の関係上、2頭身の絵になってし

まった。しかも首から下は完全な手抜きで、某エアコンCMのピ〇ョン君のように一筆書

きになっている。

 顔を描くので夢中になり、全然スペース配分をしていなく、時間配分もしていなかった

のだ。

 そのため私の絵を見た人は、「・・・・・・」と言葉を無くしていた。

 これは自分でも分かる。もう大失敗さ。

 そして最後は幸子が、「あっちゃんには到底ここは無理ですわね」と、見えない刃で私

に止めを刺してくれたりもした。

 

 

 

 

 

 茶道部では、お茶会をやった。

 うちの学校にはちゃんとした茶室が校舎の離れにあり、着物を着た茶道の先生もわざ

わざ校外から来てくれるし、道具もしっかりと揃っているのだ。

 しかし茶道部員は5人しかいなく、学校の授業でも茶道はやらないのに、ちゃんと専属

の先生がいて、茶室があるっていうのはある意味すごい。

 さっそくお茶会を部員の人と一緒に見よう見まねで、始めることにしたのだが、

「あなたたちは『お濃茶』と『お薄』なら、どっちをやりたい?」

 いきなり部長から専門的な言葉で聞かれて焦る。しかし、

「明日香さんは初心者なので、まずは『お薄』の方がよろしいかと思います。それに人数

的にも『お薄』でしょう」

「それなら『お薄』にしましょう。私も『お濃茶』の方はなかなか慣れなくてね〜」

 幸子と部長さんはごく普通に話していた。

 さすがお嬢様だ。茶道も心得てるわけか。

「ねぇねぇ。『お濃茶』と『お薄』って何?」

 仲間外れも嫌なので、幸子にこっそり聞いてみると、

「『お濃茶』は、ドロっとしたお茶。一つの茶碗で4〜5人飲みまわすから、少し抵抗のあ

る人もいますね。それに厳粛な雰囲気と、薄茶席よりも高価なお道具が使われることが

多いですし、時間的に40〜60分くらいかかります。

『お薄』の方は、濃茶よりもさらっとして飲みやすいお茶です。濃茶席よりも軽い雰囲気

で、お茶碗は一人づつ出てくるので、こっちがよく知られている茶道ですね。時間的には

30〜40分くらいでしょうか」

 ほぇ〜。知らなかった。みんなで飲むような事もするんだ。てか、短くても30分ってもう

十分長いじゃん。ただのお茶飲みなのに。

 

 

 まずは部長さんから順に床の間の方へ座っていき、副部長を除いた部員・幸子・私・

最後に副部長の順で正座していった。

 この並び方には意味があるらしく、床の間のあるところ(先頭)と最後には、いかにも「

茶道の先生やってます!」的な方が座る場所らしいので、とりあえずは部長・副部長が

座っているらしい。
 
 そして茶釜のところで座っている先生に挨拶でお辞儀をした。

 その後に部長さんから順にようかんの乗った菓子器を回す。

 菓子器の上にあるようかんを1つずつ懐紙(かいし(お菓子を置く紙))に移して、隣の

人に回していく。

 それを順々で回していき幸子(自分の前の人)のところまで菓子器が来たら、教わった

とおりに後ろの人に「お先に!」という意味でお辞儀をした。

 私の前に来たら、「いただきます」的な気持ちで、菓子器を1度少し持ち上げて、また

再び置く。

 その後、懐紙の上にようかんを乗せて、移すときに使った箸は自分の懐紙の端っこで

拭いて隣の人に回した。

 そして全員にようかんが回ったところでそれを食べた。

 ようかんは一口サイズだったのでパクッと手掴みでいったのだが、それを見てみんな

が私を一斉に見た。

「あ、あれ?」

 私が戸惑っていると、幸子から肘でトントンと叩かれた。

「目の前に楊枝(ようじ)があるでしょ?それを使って食べるんだよ」

 言われてみれば確かに食卓で使うような丸い形ではない、平たい形をした楊枝が置

かれていた。

 ようかんを早く食べたくて、全然目に入っていなかったりしていた。

 食い意地が・・・食い意地のせいで〜。

 正直ここまででもう疲れた。いちいちお辞儀したり、意味なく菓子器持ち上げたりして

なかなか目の前のようかんは食べれないし、早く終わって欲しいと願っていた。 

 

 

 次にメインのお茶飲みだった。

 さっきから茶道の先生がお茶の入ってる茶器を、茶筅(ちゃせん)で点てていた。

シャカシャカシャカシャカ・・・

「どうぞ」

 点て終わるとそれを部長さんから1人ずつ渡していく。

「お点前ちょうだいします」

 それを繰り返し、1人ずつ毎回点てなおしていく。

 これなら30〜40分かかるのも頷ける。

 1人1人立て直すの面倒だし、一気に大きい茶器で全員分点ててやれば時間短縮に

もなるしいいと思うのになー。

 色々考えていると順番が私のところへ回ってきた。

「どうぞ」

 そう行って渡されたのだが、

「・・・・・・」

 考え事をしていて前の人のやり方を見ていなかったために、最初に聞いたやり方を完

全に思い出せないでいた。

 ただでさえ静かな空間で、私が作り出してしまっているこの静寂。

 かなり焦って何も思い出せない。

「お点前ちょうだいします、って言ってお辞儀」

 パニクってると、隣で副部長さんが小さい声で教えてくれたので、その通りに言ったつ

もりが、

「お点前ちょうだいしました・・・じゃなくて、ちょうだいします!」

 ちょっと焦っていい間違えてしまった。

 恥ずかしかったので、さっさとお茶を飲んじゃおうとすると、

「まずは回して」

 副部長さんがまた小さい声で言ってきた。

「え?はい、どうぞ」

 よく意味が分からなかったが、言われたとおりに副部長さんの方へ茶器を渡す。

「違う違う。私に渡してって意味じゃなくて、この茶器を少し手を揺らして回すの」

 そう説明しながら、ジャスチャーでやり方を教えてくれた。

 なるほど。何で飲まないのに次に回すのかって疑問に思ったけど、そういう意味だった

のか。

 教わった通りに軽くぐるっと茶器を回して、一気に飲んだ。

「ごくごく・・・ぶっ!」

 一気に飲んだのはいいが、予想以上の苦さで思わず口に含んでたお茶を一気に吹き

出してしまった。

「きゃ!」

 部員の人は驚いて思わず悲鳴を上げた。

「何これ。にっがーい」

 あまりの苦さに苦しんでいると、

「ああー!先生大丈夫ですか?!」

 部長さんが突然大きな声を出した。

 私の目の前に座っていた先生を見ると、顔や着物が濡れている。

 え?何でか、って?

 それは・・・私の目の前に座っていたから・・・その・・・アレだよ。

 簡単に言えば私の意図せぬ攻撃が直撃したわけで・・・あはは(汗)

「すいません。いきなり吹き出して」

「ええ。大丈夫です。心配いりません。初めてのようですし、少しお口に合わなかったよう

ですね」

 直撃して着物が汚れたにも関わらず、茶道の先生は笑って許してくれた。

 やっぱり茶道やってるだけあって人間が出来ている。

 あぅ〜。今日も大失敗しっちゃたな〜。やっぱり慣れない事はするもんじゃないよ。

 

 

 ややハプニングがありながらも全員が飲み終わり、軽く雑談した後にお茶会はお開き

となったのだが、最後にまたやってしまった。

バキバキ!・・・ドスン

「いたたた」

「大丈夫です?」

「怪我ない?」

「な、何とか無事・・・」

 何をやったかと言うと、障子に思いっきり突っ込んでしまったのだ。

 理由は簡単。普段やらない正座を30分以上していたので、足が痺れてしまったのだ。

 その状態で立って歩こうとしたために、足元が不意にふらつき障子に突っ込んでしまっ

たのだ。

 何とか起き上がりまた歩き出すと、またふらつき今度は出口にある襖(ふすま)へ突っ

込んで、襖ごと一緒に倒れてしまった。

「ちょ、ちょっとあなた大丈夫?」

 これにはさすがに私の頭に衝撃がいったらしく、そのまま私は意識を失ってしまった。

 

 

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

 チャイムの音で目が覚めると、私は保健室のベットに寝ていた。

 ん?何で私ここで寝てるんだろ?

 寝起きでうまく働いていない頭をフル回転させて考える。

「そっか。襖に突っ込んで転んだ拍子に気を失ったのか」

 もうダメだ。最近疫病神に取り付かれてるっぽい。

 ここ最近部活見学でドジしっぱなしだし、幸子には悪いけどもう部活見学に付き合うの

止めよ・・・。これ以上、無駄に恥かきたくもないし。

ガラガラ

 保健室のドアがふいに開いた。

 誰だろ?保険の先生かな?

 カーテンでベットの回りが仕切られているので、ベットの上からでは誰が入ってきたの

か分からない。

「誰か寝てるの?」

 保健室に入ってきた人物がカーテン越しから聞いてきた。

 声からして保健室の先生のようだ。

「はい」

 私がそう一声返事すると、

「もうすぐ下校時刻になるからそろそろ起きなさいね。また後で来るけど、もしその前に起

きたら、ここの机のとこに鍵置いておくから、この部屋の鍵を閉めて職員室まで持ってき

なさいね」

 そう言って先生は保健室からさっさと去っていった。

 京君も待ってるだろうし起きようとは思ったのだが、ベットの上で寝てたら自然と眠気が

やってきてしまい、私は再び目を閉じて眠ってしまった。

 

 

ガラガラ・・・サー

 私が寝ていると、何か近くで音がしたために目が覚めた。

 ん?何の音だろ?

 まだ眠く、瞼が重くて目が開かないので、とりあえず耳を澄まして音を聞いてみる。

「明日香さん。起きてる?」

 ああ、京君が来たのか。

 すぐ近く―――私の寝てるベットの横で京君の声がした。

「明日香さーん」

 呼ばれているので起きて返事をしなきゃとは思うのだが、眠くてなかなか行動に移せ

ない。

「明日香さーん」

 そう思ってる間にも、京君は私の名前を呼んで起こそうとしている。

 しかし何回か呼ぶと急に京君の声が途切れる。

「・・・・・・」

 あら。諦めたのかな?
 
 仕方ないからそろそろ起きようと目を開けようとしたら、突然私の顔に何か暖かい風が

当たった。

 ん?風?

 そう思った瞬間、

「・・・・・・!!」

 私は唇で暖かく柔らかい感触を感じた。

 これの感触ってまさか・・・キス?!

 驚きで目を見開くと、そこには京君の顔が私の視界を占めていた。

 えー?!京君にキスされてるよ、私。

 そう感じると急に体じゅうが一気にカァーっと熱くなった。

 顔も熱を持ってる感じがするし、きっと真っ赤になっていると思う。

 しかし京君は目を閉じているために、私が見ていることにはまだ気付いていない。

 何秒くらい経ったのだろうか。すごい長いようで短いような時間。

 やっと唇の感触がなくなり、京君の顔が離れていく。

 そして京君が目を開けると、私と京君の目が合った。

「えっと・・・お、おはよー」

 とっさにそんな言葉が口から出る。

「え・・・?あ・・・あ・・・」

 まだ寝ていると思っていたのだろう。

 私と目が合った瞬間、京君は驚きのあまり目を見開き、顔は一瞬で茹でダコのように

真っ赤になった。

 だが真っ赤になったと思ったら、今度は血の気が引いたように青くなりだし、

「ゴ、ゴメンナサイ!!」

「え?」

 京君はいきなり謝ると、脱兎のごとく保健室から走り去っていってしまった。

 

 

 すぐに起きて追おうとしたが、すでに廊下に京君の姿はなかった。

 逃げ足は異様に速い気がする。

 すぐに捜しても良かったのだが、今の状態で会ってもどう接していいか分からない。 

「今日はもう会わないほうがいいかな」

 そう思い京君を追うことは止めた。

 もし下駄箱を見て京君の靴がなかったら捜してみよう。

 私は保健室の中に戻りベットに腰掛けると、まだ暖かく柔らかい感触が残る唇をそっと

手で触った。

 

 

 私、京君とキスしちゃったんだ〜。
 

 

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