第3章 戸惑い 第2話


 私はご飯を食べ終わるとすぐに自分の部屋に戻り、そのままベットに倒れこんだ。

 今日は色々あった。

 茶道部で転んで気絶して保健室に運ばれたし、その保健室では寝てるところを京君に

いきなりのキス。しかもその京君が実は私の初恋のあっくんだったという事実まで判明。

 体にも心にも衝撃があった日だった。

 しかし京君は私の事を覚えていてくれて、それで告白してくれたんだろうか。

 それとも昔の私の事は忘れてて、単なる偶然でまた私の事を好きになってくれたのだ

ろうか。

 うーん。どっちなんだろう。

 てか、私は京君にキスされちゃったんだよ!

 そっちの方が問題だ。

 あんな風にいきなりキスされるとは思っていなかった。

 幼稚園のときは私が不意打ち紛いで京君のファーストキスを奪った感じだからお相子と

言えばそうなんだけど、あの時とはまた話が違うというか・・・。

 別に怒ってるわけじゃないけど、何となくフェアじゃなくて卑怯というか・・・。

 キスされて嬉しい気持ちよりも、何か他の気持ちの方が大きい。

 とにかく何か複雑な気持ちだった。

 

 

 1人で悩んでもこの気持ちがなんなのかは分かりそうもなかったし、自分だけの心の内

にしまっておくのも切ないので燐華に相談することにした。

 さっそく部屋にあったコードレス電話を使い電話をかけた。

 少しの呼び出し音の後、

『はい。木崎です』

「こんばんわ。明日香ですけど燐華いますか?」

『あら。明日香ちゃん、久しぶり。燐華ならいるからすぐに呼ぶわね』

「はい」

 電話に出たのは燐華のおばさんだった。

 昔は両親がいないときは何かとお世話になっていたが、もう最近は和哉がほとんど家

事などをやってるために会う機会がなくなっていた。

『もしもし。明日香どうしたの?京君にキスでもされた?』

「な、何で知ってるの?!」

 いきなり核心を付かれて焦る。まさか燐華がキスの事を知っているなんて。

 幸子は先に家に帰っていたから、この事は幸子も知らないはずなのに。

『え?冗談で言ったつもりだったんだけど・・・。本当にそうなの?』

 てっきり知ってるかと思ったら、意外そうに聞き返してきた。

「あれ・・・?もしかして今、鎌(かま)かけられた?」

『鎌をかけるつもりなんてなかったよ。ただ冗談で言ってみたつもりだったのに、まさかそ

れが本当だったなんてね』

 受話器の向こう側から押さえた笑いが微かに聞こえてくる。

「燐華のイジワル」

『ゴメン、ゴメン。それで用件はその事?』

「主な用件はその事なんだけど、それと他にも少し聞いて欲しい話があるんだよ」

 私がそう言うと、燐華はある提案をしてきた。

『それなら今からうちに来ない?今からお母さんが急な仕事で出かけて私1人だけになる

し、それに長話になりそうだから電話代も勿体無いでしょ?』

「うん。そうしよっかな」

 電話よりも実際に会って話した方が話が弾みそうだ。

『分かった。それと幸子も呼ぶ?家は遠いけど、呼べば多分すぐに飛んでくると思うよ。

意見は多い方がいいでしょ?』

「うん。そうだね。呼んでみて」

『分かった。今からメールで呼んでみるね』

 そして電話を切り、軽くシャワーを浴びてから燐華の家に向かった。

 

 

 燐華の家は私の家から歩いて1分くらいの近いところにある。

 玄関の前でベルを鳴らすと、燐華がドアを開けて部屋に案内してくれた。

 そして久しぶりに燐華の部屋に入ると、たくさんのクマのヌイグルミが私を歓迎するよう

にドアの方を向いて置かれていた。

「ヌイグルミが前の倍くらいに増えてる」

 前は本棚やタンスの上などに置かれていたクマのヌイグルミが、今はベットの上や床

にまで置かれていた。

「あはは。全部貰い物なんだよ。だから捨てるのも忍びなくてドンドン増えていっちゃう」

 困ったような口調でそう答える。

「貰い物って、燐華が好きな男の子から?」

「うん。いらないって言ってるのに、半ば強引に貰わされたのもあるんだけどね。中には

直接渡してダメだったから、郵送で送ってくる人もいるんだよ」
 
 燐華は苦笑しながら説明してくれた。

「何でこんなに燐華にクマのヌイグルミくれるの?」

「んー。私が初めて男の人にヌイグルミをプレゼントされた時に、それがたまたまクマのヌ

イグルミだったんだよ。それでそのプレゼントされたクマのヌイグルミが気に入ったから、

お礼に1日だけデートしてあげたんだよね。多分その事がどこからか広まったせいかな」

「なるほど〜。デート目的でくれるわけか。それで、もらったらデートしてるの?」

「ううん。してないよ。別にヌイグルミをプレゼントしてくれたらデートするなんて私は言って

ないし。そう言ってるのはどこからか流れた噂の方」

「そっかー。それなら初めの男の子は運が良かったんだね。燐華とデートが出来てさ」

「ふふ。そうね」

 燐華は私の言葉に嬉しそうに答えた。普段見ないような柔らかい自然な笑みだ。

「しかしほとんど知らないような人とよくデートしたよね〜。デートしてもいいって思えるほ

ど可愛かったの?」

「うん。お世辞にもうまいとは言えないけど、心が篭った手作りだったのが嬉しかったんだ

よ。それに、その男の人は私の知らない人じゃなかったからね」

 燐華はベットの上に置かれていた1体のヌイグルミを手に取った。

「そのとき貰ったのがコレ」

 燐華が私に見せたのは、確かにお世辞にも可愛いとは言えないクマのヌイグルミ。

 手の位置が左右で少しズレてるし、いかにも手縫いって分かる不均等な縫い方がされ

ていた。

 これと比べれば、この部屋にある他のヌイグルミの方が均等に作られていて可愛いと

思う。 お店で買ったやつだし当たり前なんだろうけど。

「これって誰から貰ったの?私の知ってる人?」

「それは・・・秘密☆」

 語尾に『☆』をつける言い方なんて、燐華はしたことがない。

 そうなると燐華にコレを送った相手がすごく気になる。

 隠すって事はもしかしたら燐華にとっては特別な存在の可能性もありうるな。

「もしかしてその人って燐―――」

ピンポーン

「幸子が着いたのかな?ちょっと行ってくるね」

 『もしかしてその人って燐華の好きな人なの?』と聞こうとしたのだが、言葉の途中で

玄関のベルが鳴り、燐華は玄関の方へ去っていってしまった。

 うまい具合に聞くタイミングを逃しちゃったな〜。

 幸子、もう少し遅く来てくれても良かったのに。

 

 

 幸子が来たところでさっそく本題に入るべく、今日の出来事を説明した。

「―――てな事があったんだよ」

「京君も寝込みを襲うとは大胆だね」

「いや、別に襲われてないから」

 燐華の冗談に突っ込んでいると、幸子が申し訳無さそうに、

「後々言いづらくなると困るので先に言っておきますが、相沢君があっちゃんの初恋の人

だったってのは知ってましたよ」

「うん。ゴメンねー。実は幸子から聞いて知ってたの」

「じゃあ知らなかったのは私だけだったの?!」

「そうなりますね」

「何で教えてくれなかったの?」

「教えても良かったんですが、相沢君の方から口止めされてたので」

「そうなの?」

 京君が口止めしたって事は、やっぱり京君は昔の時の事を覚えていたんだ。

「ええ。『明日香さんが僕の事を覚えていないなら、覚えていないでいいです。昔の僕と

はだいぶ違います。そうだからこそ昔の僕ではなく、今の僕を好きになってもらえるように

頑張ります。だからわざわざ昔の事を思い出させるような事はしなくていいです』って言っ

てましたね」

「そんな事を京君が言ってたんだ。ちょっとカッコいい」

「ふふふ。そうですわね。とにかく、そんな事があったので今まで黙っていたんですよ」

 京君の心の内を知れて少し嬉しかった。

 確かに再び出会った告白のときも、京君は私との思い出を知っていたにも関わらず、そ

の事は一言も言わなかった。

 それはそういう思いがあってからの事だったのだろう。

「それはともかく、確かに明日香が寝てるときにキスしたってのはフェアじゃないけど、好

きな人が無防備でいるんだもん。つい魔がさしちゃう時もあるよ。幸子はどう思う?」

「私の場合はお互い好きで付き合ってるなら大した問題ではないと思いますわね。もしこ

れが、付き合ってなくて一方的に好きでいる状態で起きた事だとしたら、磔でもしないと

気が済みませんけど。おほほ」

「笑いながら恐ろしいことは言わないで。普通に怖いから」

 幸子なら冗談じゃなくて本当にするような気配があるから、さらに怖さ倍増だよ。

「あら。失礼。笑うつもりはなかったんですけど」

「うーん。結局は仕方ない事だから、この事については大目に見てあげようって事?」

 そう言った私の言葉を聞き、不思議そうに燐華が、

「明日香はキスされたのが嫌だったの?」

「そんな事はないよ。ないんだけど・・・心の中がモヤモヤした気持ちでさ」

「それはもしかしたら相沢君の認識が、あっちゃんの中で変わったからかもしれないです

わね」

「どういう事?」

「普段の相沢君を見てると、そんな大胆そうな事をしそうに思わないでしょう?それが寝

ているときにキスをするっていう大胆な行動に出た事によって、あっちゃんの中では『今

までの京君じゃない』って判断されて・・・戸惑ってるみたいな状態にあるのかもしれない

ですよ?」

「そうなのかな?」

「きっとそうですわ。私の知ってるいつものあっちゃんなら、いきなりキスされた事なんて

気にせずに、キスされたことで騒いでるはずですもの。何かの戸惑いがあって、いつもの

行動には出れないんでしょう。多少相沢君の見方を改めた方がいいかと思いますよ」

 そんなものなんだろうか。頭の悪い私にはいまいち分からない。

「無理に考える必要なんてないって。これが京君以外だったなら大問題だけど、恋人関

係にあるんだしさ。いつかはキスするんだと思えば、少し早まっただけの話だよ」

「うん。そうだねー」

 そういう燐華の言葉に半ば納得して、その話は終わりを告げた。

 

 

 その後は最近の話をして時間が流れていった。

 私関係の話は大体学校で話してるので、ほとんどは燐華と幸子の話だった。

 その中で次の話題になったのが燐華の話だった。

「前に言ったと思うんだけど、期末テスト明けに緑ヶ丘高校とのテニスの新人戦があるん

だけど良ければ見に来てよ。その試合終わったら退部するから、私の最初で最後の試

合いんあるからさ」

「何で最初で最後なの?」

 突然の退部宣言に驚いて聞き返すと、

「それがね、主に私を見に来る男の人の視線が気になっちゃって、他の部員が集中出来

ないんだって」

「あら、まあ。そうなんですか?それなら私が何かしらの手を打ってもいいですわよ」

「ううん。そこまで幸子の手を借りるわけにもいかないよ。それに私だけ部活してて朝も

放課後も明日香たちと一緒にいられないから、少し仲間外れって感じちゃって、ね」

 私も最近は朝も放課後も燐華に会えなくて少し寂しいって思ってたけど、やっぱり燐華

も同じ気持ちだったのか。

「私も少し寂しいって気持ちはあるけど、別に仲間外れにしてるつもりはないよ?燐華の

思い込みだって」

「うん。言われなくても分かってはいるんだけど、やっぱり寂しい気持ちが強くて・・・」

 珍しく弱気で伏せ目がちに燐華はそう言った。

「りっちゃんの気持ちは分からなくもないですから、私は止めたりはしませんわ。りっちゃ

んの思うようにすればいいと思います」

「そだね。私も燐華の好きにすればいいと思うよ。」

 普段はなかなか本音を話さない燐華が言った本音。

 私がどうこう言っても仕方がないだろうと思い、幸子同様燐華の意思に任せることにし

た。

 

 

 その後も女同士の会話は続き、気付くと日付は変わっていて時計の針は1時を指して

いた。
 

 

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