京君から京に変わってから1週間が経った。
最初は京との接し方に困っていたのだが、この前の事が無かったかのように自然に振
舞ってくる京を見ると、そんな事で悩むのもバカらしいように感じた。
そんなわけで、私もこの前の事はあまり気にせず、自然体で接することにした。
こんな長い時間、京と接した事が無かったので気付かなかったが、一緒にいると京君と
は違った楽しみがある事に気付く。
京君と話していると大体京君は聞き手に回っていたのだが、京の場合は色々喋ってくる
のでこっちが聞き手に回る事も多々あった。
色々京の考えている事を知る事が出来るので、1週間で何となく京の事は分かってきた
ような気がする。
しかし京になってから困る事があった。
最近毎朝、いつも走って登校になっているのだ。
私はもう生活習慣で早くに起きれるようになっているので、余程の事がない限りは遅刻
などしなくなっていた。
それなのだが、京は朝に弱い(単に夜更かし)らしく、今までの迎えの時間にやって来
てくれないのだ。
京の言い分は「親が今いないから、誰も起こしてくれる人がいないせい」って言っていた
のだが、京君は親に起こされる前に自分から起きていた事を私は知っていた。
親と言えば、帰ってきた次の日にはすでにうちの両親は姿を消していた。
書き置きにはすぐに戻ってくるって書いてあったが、約束破って今度は一体どこに行っ
たのやら。
とにかく最近はやっと遅刻がなくなってきたのに、またギリギリな状態なのだ。とほほ。
それは昼休み。屋上での事だった。
「それって本当なの?!」
燐華の言葉を聞き私は驚いた。
「やっぱり知らなかったんだ。明日香は人の噂に疎いもんね」
「あっちゃんは疎すぎですわね。かなり噂は広がっているはずですのに」
「本当に京がそんなにモテてるの???」
「うん」
「そうですわ」
当たり前の事のように答える2人。
「何で?・・・何で?」
「元々相沢君は顔がいいですからね。普段は眼鏡でそれが分かりづらいかもしれません
けど、今は眼鏡はしていないですし、雰囲気もいつもと違いますわ」
「だから今まで隠れてた魅力みたいのが、全面に出てる感じになってるせいだと思うよ」
「そうなんだ・・・知らなかった・・・」
まだ京は屋上に上がってきていない。
ここ最近は妙に上がってくるのが遅いと思っていたのだが、もしかしてそれが関係して
いたりするのだろうか。
「モテてはいるけど、まだ積極的に行動してる人はいないみたいだからね。明日香が知ら
ないのは仕方ないよ」
「急に雰囲気が変わって戸惑ってるんでしょう。でもすぐにライバルが現れるかもしれませ
んわね」
サラリと幸子が不安になるような事を言うが、私はそれほど気にならなかった。
今までの私なら不安に狩られたかもしれないが、そうはならない確信があるのだから。
「ライバルって言っても、京は私と付き合ってるわけだし、心配はいらないでしょ?」
だってこの前、京は自分の口から「俺の事を好きにしてみせる」って言った。
驚きはしたものの、確信があるからこそ不安にはならない。
「おお、余裕だね」
「まあね」
しかし事件はそれから間もなくして起きた。
その日は期末テスト期間を挟んだ、よく晴れた土曜日の午前の事だった。
この期間中だと、いつもなら燐華たちとテスト勉強をするところなのだが、2人とも家の
用事があるために今日は無理という事だった。
それなら京と勉強をしようとしたのだが、やっぱり何か用事があるらしく、同じように断ら
れてしまった。
そんなわけで1人でテスト勉強をやっていたのだが、慣れない事をするとすぐに疲れるも
のだ。
気分転換に私は近所を散歩することにした。
無意識のうちにその足は京君の家がある方向へと向かっていた。
そして京君の家が見えるとこまでやってくる。
すると私は信じられない光景を見た。
何と京君の家の玄関から見知らぬ女が出て来たではないか!
歳は私よりは上だろうか。背も私より少し高い。それに綺麗で、大人の女性って言葉が
似合いそうな人だ。
その後に続くように京も玄関から出てくる。
そして2人はどこかに向かって、仲良さそうに歩き出していく。
・・・・・・これはまさか浮気?!そ、そんなまさかね・・・。
その真偽を確かめるために、私は2人の後を尾行する事にする。
まず2人が向かったのは最寄の駅だった。
それに乗ってどこかへ向かうらしい。
2人は券売機でキップを購入すると、改札を通ってホームへと降りていく。
後を追うためにキップを買おうとしたのだが、ここで早くも問題が起きた。
2人がどこで降りるのか分からないのだ。
尾行している身としては、相手に姿を見られるわけにはいかない。
従って、自然と距離は置かないといけなくなってしまう。
そのためにどこまでのキップを買ったのか分からないのだ。
困った。どうするべきか・・・。
とりあえずどっち方向の電車に乗るのかは、下りたホームの方向で分かっている。
しかしどこで降りるのか分からないとどうしようもない。
わざと一番近い駅までのキップを買って、そこを通り過ぎたなら清算機で足りない分を
追加で払う方法が無いこともない。
金銭的にはそれが一番ベストなのだが、それだと降りた後に手間取ってしまうので、2
人を見失ってしまう可能性が大だ。
いっその事、次に来る電車の終着駅まで行けるキップを買うべきか。行って帰ってくるだ
けのお金が無いこともない。
いや、焦らず冷静に考えるんだ。
進む方向にある駅で、人がたくさん降りる駅は2ヶ所ある。
1つはここから3つ先の駅。もう1つは7つ先の駅。
どちらも色々なお店が密集する場所なので、珍しいものや高価な物、それに娯楽施設
が色々と揃っているところだ。
普段私が行くのは3つ先の駅の方。
こっちで大抵私の欲しい物は手に入れることが出来る。しかし、それ以上に店数が豊か
なのが7つ先の駅だった。
予想ではこのどっちかの駅で降りる可能性が高い。
さらに言えば、3つ先の駅で普通は降りるだろう。
だがしかし、もし違う駅で降りるような事があったら?
・・・・・・。
『まもなく〇番線に―――』
しまった。悩み過ぎたらしい。もうすぐ電車が来てしまう。
もう考える時間など無かった。
私はすぐに7つ先の駅のキップを買い、急いで改札を抜け、ホームに降り立った。
すでに電車は到着していて、乗車口が開いており、続々と人が乗り降りしている。
私は辺りを見回した。どこかに2人がいるはずだ。
するとちょうど電車に乗り込む2人の姿を見つけることが出来た。
危ない危ない。もう少し遅れてたら見つけることが出来ないところだった。
同じ入り口で乗るわけにはいかず、同じ車両の違う入り口から電車に乗り込んだ。
2人が降りた先は運良く7つ先の駅だった。
3つ先の駅のキップを買わなくて良かったと内心胸を撫で下ろす。
しかし心中はすでに穏やかでは無かった。
電車に乗っているときにずっと2人を見ていたのだが、それがもう楽しそうに笑ったり、
京の頬を引っ張ったりなどふざけ合ったりしていた。
さらには女の方が電車の揺れを利用して、京に抱きついたりしていたのだ。そして、そ
れを満更でもないような風に笑う京を見てたら怒りが込み上げてきたのだ。
そして今度は腕を組みながらあちこちの店を見て回っている。
これが穏やかな気持ちでいられるものですか!
「絶対俺の事も好きにしてみせる!」って言葉は嘘だったのかな?
そう思うとすごく寂しい気持ちになってきた。
それでもまだ真偽を確かめるために後をつけた。
服屋や本屋やCDショップを見て回るのは分かるのだが、なぜか家電屋やデパートの布
団売り場・家具屋にも入って色々吟味しながら購入するようにレジで何かの紙に書き込み
をしていた。
これって家財道具を買っている・・・のかな?何のために?
いや、理由はいいとしても、何で京と一緒に?
その時1つの考えが浮かんだ。
まさか・・・ね。京君も京も私を好きって言ってくれてたし、信じてもいいんだよね?
私はその浮かんだ考えを一生懸命否定した。
一通り行くとこは回ったらしく、少し早いながらも2人は駅に向かって戻り始める。
京の手には4つの紙袋が持たれており、今や荷物持ちになっていた。
それなりに荷物が重いだろうに、それでも京は嫌な顔などせずに、笑いながら女と会話
をしながら駅に向かっていく。
他人から見れば悔しいけどお似合いのカップルだ。
私なんかよりも断然絵になっている。
一体この女は京の何なんだろう?まさか本当に浮気なのかな?
2人は駅に降り立つとそこで別れるような事などせずに、そのまま仲良く京君の家へと
向かっていく。
そして家に着くと、京が鍵を取り出して玄関の鍵を開けようとした。
だがそれよりも少し早く、女が自分のバックから取り出した鍵を玄関の鍵口に差し込ん
で鍵を開けた。
それを見て心の中で私は叫んだ。
ちょっと待って!何であの女が鍵なんて持ってるの?本当に一体あの女は誰なの?!
しかし誰も答えてくれる人などいるはずも無く、私は少し玄関先で放心していたように思
える。
その放心状態になっている私を現実に引き戻したのは、京君の家から聞こえた女の声
だった。
「いっけなーい。ちょっと醤油切らしてるから、買ってきてくれない?」
「はぁ。仕方ねぇな〜」
少しすると、玄関の向こう側から京が近づいてくる足音が聞こえた。
ここで見つかるわけにはいけないと思い、すぐに玄関から離れて家の側面に隠れた。
そして何も気付かずに京は家を出て行った。
京が出て行った後、そのまま少し隠れていたのだが、これはもしかしたらチャンスなの
ではないのだろうか?
今なら京がいない。そのうちにこの女に会って話してみる。そして直接本人に関係を聞
いてみたらどうだろうか。
そうだ。それがいい。こっちはれっきとした「彼女」なのだから、自信を持って聞けばいい
のだ。
でももしあっちも「彼女」なんて答えられたらどうしよう?
そしたら京に裏切られた事になってしまう。
いや、京が裏切る事なんてないはずだ。好きならちゃんと信じないと!
そう心を奮い立たせて決意をすると、
ピンポーン
「はーい。どちらさまですか〜?」
女の声と共に玄関が開いた。
エプロン姿という事は料理の最中だったらしい。
私は女の顔を見ると名前など言わずに、
「あなたは京の何なんですか?」
私のいきなりの言葉に、女は呆気に取られた様な顔をする。
「京の何なんですか!?」
何も言葉を返さないのに苛立って、さらに声を大きくして聞く。
しかし声を大きくしても怯むような様子は無く、逆にニヤニヤが適切な表現と言えるよう
な笑いをする。
「ちょっと、何笑ってるんですか?!」
「ゴメンね〜。ちょっといきなり過ぎてビックリしちゃったから」
そして玄関の扉をさらに開き、
「どうぞ。中に入って。なんか誤解されてるみたいだから、中でちゃんと話してあげるよ」
「結構です。ここで話は聞きます」
私が拒絶の意思を示すと、「参ったな〜」ってような顔をする。
何を言っても中には入らないと思ったのか、
「はぁ〜。仕方ないな〜。ここの近所のおばさんネットワークは侮れないって聞いてるから
あまり外では話したくないんだけど、仕方ないか」
そして気を取り直して、笑顔で私に言った。
「今日1日ずっと後をつけられてたから多分そうなんじゃないかとは思ってたけど、あなた
は京の彼女の明日香ちゃんでしょ?京から聞いてるよ」
「えっ?!」
意外な言葉が出てきて驚いた。
今日の事気付かれていたのもそうなのだが、まさかこの女から私の事を「京の彼女の
明日香」ってはっきり言われるとは思わなかった。
それならこの女は私の思ってたような人じゃないのだろうか。
それなら一体この女は誰なんだろう?
「あれ?違った?」
「そ、そうですけど・・・あなたは一体誰なんですか?何で京君の家にいるんです?」
彼女じゃないのかも、と思い始めたので、少し言葉に勢いが無くなっていた。
「それはね、私が京のあ―――」
何か言おうとした言葉を途中で呑んだ。
そして私を見てニヤッと笑うと、さっきまでの元気いっぱいのような感じから、突然オロオ
ロしたような動作になり、
「実は私・・・京様の許婚なんです」
私は頭の中が真っ白になった。
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