第10話 歌姫エスペリア

 
 俺は血が流れすぎ軽く貧血を起こしてしまい体がよろけてしまった。

 そしてその隙を狙いリンは左胸に短剣を突き刺してきた。

 その刺してくる動きは見えていたのだが、避けることはおろか体に力が入らず短剣を

落とすような事も出来なかった。

 ああ、俺はここで死ぬのか。

 そう思って覚悟を決め、目を閉じた。

 そしてその直後左胸にチクリと熱い痛みが走った。しかし痛みはそれだけ。胸を刺さ

れたような激しい痛みは全く感じなかった。

 どうしたのかと目を開けようとしたがなぜか全く目を開けれない。瞼(まぶた)が全く動

かないのだ。それだけでなく体も動かない。それに体の力を抜いても倒れることなくそ

のままの姿勢で俺は立っているようだ。完全に体が固まっている。

「何!?どうしたというのだ!もっと力を入れて刺せ!」

 体は全くと言っていいほど動かないが、声はしっかり聞くことが出来た。

 サギアが驚いた声をあげている。 そして俺の左胸の辺りからはカツカツ音がしてい

た。

そこにはリンがいるはずだ。さっきのサギアのセリフからして俺の胸を刺そうとしている

のだろうが俺には全く痛みはこない。

 そもそもこのカツカツという音は何だろうか?甲冑は着ていなかったのだからそんな

音がするはずがない。それに魔力を具現化した短剣なら、そこらの甲冑なんかじゃ防

ぎようがないはずだ。

 では今俺に一体何が起こってるというのだろうか?

「くっ!なぜだ?なぜ剣が刺さらないんだ!」

 サギアが苛立った声で俺に怒鳴ってきた。しかし何か言葉を言おうにも口が動かな

く、声を出すことが出来ない。

「それは私の魔法で体をオリハルコン並に硬くさせたからですわ」

 どこからか声がした。 そしてこの声は俺の知っている声。そう、セーム・シティで会っ

たあいつの声だ。

「貴様はエスペリア!?なぜお前がここにいる!」

 サギアの信じられないと言ったような声が聞こえ、その後に、

「あらあら、私がここにいてはいけないのかしら。どちらかと言えば、この世界にいては

おかしいのはあなたの方だと思いますけど」

 エスペリアは冷静な声でサギアに対して話す。

「お前はザキオス国の操り人形のはず。ここにいるということはザキオス王の命令

か?」

「いえ、違います。あの頃の操り人形だった私はもういませんわ。今の私は一人の女騎

士、エスペリアです」

 エスぺリアがはっきりとした声で、そして丁寧な言い方なのだが力強く言った。

「貴様がここに来るとは予想外だった。この傀儡人形が思ったよりも使えるからこのま

まゼオンを殺せると思ったが思わぬ邪魔が入ったな」

「自分では戦わないとはさすが魔族。3年前と同じでやり方が汚いですわね」

「何とでも言うがいい。あの時もそうだったが我は封印から解かれたばかりで力が戻っ

ていない。だから人間を操り、人間同士を争わせ、そこから生まれる負の感情を吸収し

力を取り戻すのだ」

「やはり魔族はこの世界にあってはならない存在のようですね。自分の力を取り戻すた

めに人間同士を殺し合わせる・・・。そんな事はもうさせません!」

 エスペリアの叫びとともに凄まじい魔力の渦を感じた。おそらくエスペリアから放たれ

ているのだろう。

「くっ!恐ろしいほどの魔力だ。だがいくら魔力があろうが攻撃魔法を使えばこの傀儡

人形が盾となり吸収する。この人形がいる限りは無駄な事だ」

「残念ですが私にはその指輪の効果はあまり意味がないですよ」

 エスペリアがそういった後、歌が聞こえてきた。エスペリアの歌だ。エスペリアは歌に

魔力を乗せて飛ばし、味方の潜在能力を引き出す事が出来るのだ。それゆえに戦場

の歌姫と呼ばれ、戦場ではエスペリアのいる軍隊は無敗を誇ると言う。

「そういえば貴様は補助系を得意としていたのだったな。しかしこの傀儡人形を何とか

しない限りは我にはダメージを与えられないぞ」

「そんなことをしなくても私の速さならあなただけを攻撃することなど容易いですことで

す」

「それはどうかな」

ガキッ

「なっ!?」

「マスター護る」

 何かの金属音がしたかと思ったらエスペリアの驚きの声、そしてリンの淡々とした声

が聞こえた。

 くそっ!目が開けれないから何が起こってるか分からない。

「私の速さについてくるなんてやりますわね。おそらくは呪いによって本来持ってる能力

を超えているのでしょうね」

「そうだ。今この人形は疲れや痛みは感じない。死ぬまで戦い続けるぞ。我を倒したけ

ればまずこの人形を殺すことだ」

 サギアが勝ち誇ったような声で言う。

 しかしエスペリアは笑っていた。

「殺さずとも呪いを解けばすべて丸く収まりますわ」

「確かにそうだが解呪の魔法は効かないのにどうやって解くのだ?」

 悔しいが確かにそうだ。魔法吸収の効果があるために解呪の魔法は効かない。しか

も魔族がかけた呪いだ。例え魔法吸収の効果がないとしても生半可なレベルじゃ解け

ないだろう。

「何も魔法を使わずとも解く方法はありましてよ」

「何だと?」

 魔法を使わずに呪いを解く方法なんて、そんな方法があるのか。一体どんな方法だ。

「これは非常に疲れるのであまり使いたくないのですが見せてあげます。私の新たな力

を!」

「何だと!?これはまさか・・・」

「はっ!」

 エスペリアのかけ声とともにドドドという音と大きな振動がした。そして、サギアの叫び

声も同時に聞こえてきた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!」

 そして大きかった振動が徐々に収まり、その場に静寂が訪れる。

 さっきの振動といいサギアの叫びといい、一体何があったのだろか。

 しばらくすると誰かの動く気配がした。誰だ?

「ふぅ。逃げられたようですね。まぁ次に会ったときは逃がしませんわ」

 どうやらエスペリアらしかった。セリフからしてどうやらサギアは逃げたようだ。

 それならリンはどうなったのだろうか?確認したくても体が動かずいい加減苛立ってく

る。

 するとエスペリアは俺に向かってだろう。言葉をかけてきた。

「安心しなさい。あなたのお姫様は無事ですから。それとそろそろ魔法が切れる頃です

わ」

 そう言い終わったとたんに魔法が切れたのか、全く体に力を入れていなかった俺は

地面に倒れていった。

 

 

 俺はそのままここにいるとあの火事のために人が集まってくるはずなので治癒をしな

がら公園を後にしていた。正直あのままあそこで休んでいたかったが仕方ない。ちなみ

に俺が目を開けて見たときにはもうエスペリアが燃えている木の火は消したらしく燃え

てはいなかった。

 あの後目が見えるようになり、リンの姿を探すと前に会ったときと同じフード姿のエス

ペリアに抱えられていた。大きな傷はどこにもないようだ。

 そして右手を見るとあの指輪はもう無くなっていた。

 しかしエスペリアに抱えられているリンは全く動いていなかった。死んでるのかと思

い、傷の痛みも忘れリンに近づくと、胸はちょんと上下しているようなので死んではいな

く、ただ眠っているようだった。

 そして今はエスペリアに抱えられたリンと一緒に森林公園から少しだけ離れた海辺に

来ていた。ここだと少し潮風が傷に沁みる(しみる)が心身ともに疲れておりあまり動く

ことが出来ないのでここまでしか来れなかった。

で、今はここで寝転んで休んでるところだ。

「何でお前がここにいるんだ?」

 俺は寝転んでる俺の横に座ってきたエスペリアに聞いた。リンは俺とは反対側のエス

ペリアの横でよく眠っている。

「あらあら。命どころか大事な人まで助けてあげたのに一言目がそれですか?お礼の

言葉も無しですの?」

「うっ。あ、ありがとう」

「それでよし」

 エスペリアは満足そうに笑って言った。そして急に真剣な顔になりここに来た理由を

話し始めた。

「私はあの3年前の戦争以後、国を捨て旅をしていたのは知っていますね」

「ああ」

 俺も自然と真剣な表情になり返した。

「あの時にあなたが倒そうとした魔族サギアは魔族の自己防衛機能により殻に覆われ

てしまい止めを刺すことは出来なくなりました。そのために再び傷が癒えて復活しない

よう封印石に封じ込めたのも知っていますわね?」

「ああ。でも俺はどこに封印石をやったのかは知らない」

「そうでしょう。これは一部の者しか知らない事ですから。それにあなたがイース国から

姿を消したときはまだイースの王宮にありましたしね」

 俺は黙ってエスペリアの話を聞く。

「あなたがイース国から姿を消した後、イース国とザキオス国、それとグラン国で話し合

い、その封印石をグラン国の北側に位置する聖域に封印していたのです」

 聖域。それは聖なる森とも呼ばれ、邪悪な力を浄化する力がある森だ。そして聖域に

は邪悪な者は入ることが出来ない結界が張られている。

  ここに入れるのは邪な心を持たない人間だけなのだ。

 まあ、 そこに封印石を置いておけば森の聖なる力で徐々に魔族の力を削れると考え

たのだろう。

「私は三年前、もしかしたら他の魔族が封印石を奪還しに来るかもということで、聖域

へ封印石を移動させるときに護衛として行きましたが、ザキオスの操り人形同然で自

分自身を失っていたためかこの結界に拒まれましてね。あはは」

 エスペリアは笑いながらも少し自虐気味に言ってきた。

 確かに3年前のエスペリアはさっきのリンのようだった。瞳には光が宿ってなくひどく

濁り、自分を持っていなかった。自分の生きる意味は国に(もしかしたら王に)尽くす事

だと思っていたのだろう。そのために王の言うことなら何でも聞くような操り人形同然

だった。

 それに比べると今のエスペリアは普通の人間と変わらないくらいになっている。この3

年で自分を取り戻せたのだろう。

 しかし3年前は操り人形同然だったとしても、こいつのした事は未だに許せないのだ

が。

「少し話がそれましたがあなたとセームで会った後、私は一足先にこっちに来まして

ね。それで今の私なら聖域に入れるかもしれないと思い行ってみたんです」

「それで入れたのか?」

 俺が聞くとエスペリアは少し黙った後、衝撃的なことを言った。

 

 

「ええ、今度は入れました。だって結界がなかったんですから」
 

 


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