第11話 聖域での出来事(前編) 


「そんなバカな・・・。結界がなかった?」

「ええ。確かに結界がありませんでした」

「・・・・・・」

 俺は言葉を失った。今まで一度も解けたことのない聖域の結界が解かれた。それは

一体何を意味するのか正直分からないが、ただ事じゃないことだけは分かる。

「ただ今回は結界に阻まれなかったってだけじゃないのか?」

「いえ、結界を超えるときは何か薄い膜を突き抜けるような感覚があるはず。でもそれ

がなかったんですよ」

 そうだ。実際に聖域に入ったことはないが、俺もそれは聞いたことがあった。

「そんな・・・。じゃあ今も結界はないのか?」

 俺の質問にエスペリアはまたも予想外な答えを返してきた。

「今は再び結界は張られています」

「どういうことだ?」

 エスペリアは少し考えるような仕草をした後、ゆっくりと答えてきた。

「少し私の伝え方がおかしかったですね。では私が聖域に行ったときの事を順を追って

話しましょう」

 そしてエスペリアは聖域で自分が見て感じたことを話し始めた。

 

 

 私はセーム・シティでゼオンと会った後、グラン国に来た。

 この国の王都では近々四年に一度の盛大な祭りがあり、そこでは色々な催しがある

らしく、私はその中でもコロシアムで行われる『最強の戦士を決める』という大会に興味

があった。

 この大会では攻撃魔法は禁止なので、魔道士はもちろんのこと召還士も出ることが

出来ない。しかし身体機能を高める補助魔法や傷を癒す回復魔法は使ってもいいの

で、キャッチフレーズの通りに戦士専用の大会と言える。

 私からしてみれば魔道士や召還士などすべてを混ぜた異種混合戦が理想なのです

けど。

 しかし今から王都に向かったとしてもまだ十分な程時間は余ってしまう。なぜなら私

の移動速度を高める魔法を使って走れば1週間もかからず着いてしまうのだから。

 それなのでせっかくこの国に来たのだから時間もあるので聖域に寄り道をしてみよう

と思い向かうことにした。

 自分でこういうのもどうかと思いますけど、昔と違ってこの3年間世界を旅して色々学

び、今なら結界に阻まれないと思いましたので。

 そして私はグラン国の北側に位置する聖域に来た。

 しかし私の知る聖域とどこか違っていた。何か違和感がある。

「何かおかしいですわね」

 そう思っても分からないのでいざ聖域の森に入ってみると何の抵抗もなく入ることが

出来た。

 しかしこれは私が結界に阻まれなかったのではなく―――

「結界がない!?」

 そう。阻まれなかったのではなく、結界自体が張られていなかったのだ。

 私は嫌な予感がして聖域の中へ急いで入っていった。

 一体何が起きたのでしょう?聖域の結界が無くなるなんて。

 森の中を走り進んで行き、サギアが封印されている封印石のある封印の祠を探し

た。

 聞いた話では聖域の中央付近にあるはずなのだがなかなか見つけることが出来

ない。

 そうやって少し時間を浪費していると、私は少し木のなく空いた広い場所に出た。

 ここかと思ったがそこには祠はなかった。ここではないと思い他の場所へ行こうとした

のだが、そこの地面には砕けた石と何かの硬い殻のようなものがいくつも落ちている

のに気付いた。

 手にとってみるとそこからは邪な力を感じ取れる。

「これはまさか・・・ここに封印されていた他の魔族の殻なのでは」

 正にそれは魔族の自己防衛機能によって覆われていた殻に違いなかった。それも1

体だけではなく何体もの魔族の殻が落ちている。

 もしやこの近くに復活した魔族がいるかとあたりの気配を探ってみるが何も感じな

い。もうこの近くにはいないようだった。

 魔族たちはおそらく結界が解けて聖なる力がなくなったので復活し―――いや、違

う。例え聖なる力が無くなっても封印石から出ることは出来ない。そうなると誰かが封

印石から出したに違いない。そしてその『誰か』がこの聖域の結界を解いたのだ。

「でも一体誰が」

 そう考えていると少し遠くの方から何かが壊れる音が聞こえてきた。

 私は出来るだけ魔力を抑え、相手に気付かれないように音のした方へ向かった。

 そしてその場所に行くと、そこには壊れた祠と封印石、そして背が高く禍々しい気配

を放つ剣を携えているつり目の男と、私と同じように全身を覆うようなフードを被る人が

いた。低い背丈からして女なのだろう。

 壊れた祠ということはあの封印石の中にサギアがいるに違いない。そしてあの2人

組はサギアの封印を解こうとしているのだろう。

 私はそれを阻止しようと男の前に出ようとしたが、何か呪縛がかかったように動くこと

が出来なかった。

 あら?何で体が動かないんでしょう。

 私は不思議に思ったがとりあえず見つかっていないようなのでそのまま男の方を見

ていると、男が剣を抜き封印石に突き刺す。すると封印石にヒビが入り、そしてその中

からは私の知る魔族が現れた。

 その魔族はやはりサギアだった。

 しかし3年経った今でもゼオンから受けた傷は癒えていないらしく、殻に覆われたまま

で出てくるような気配はない。

 これなら何とか再び封印出来ると思ったのだが、

「この魔族はまだ傷が癒えていないのか」

 男はフードを被った人の方を見て、

「こいつをここから出せ」

「分かった」

 声からしてフードを被っているのは女のようだ。

 女は右手をサギアの篭っている殻に当てる。すると殻が突然眩いばかりに光り出し、

辺り一面真っ白に包まれた。

 そして光が弱まり、そして消えるとそこには殻から抜け出したサギアが倒れていた。

動かないところを見ると気を失っているようだ。

「少し強引過ぎた」

 女は男に向かってそう言うと男は特に気にした様でもなく、

「構わん。だが時間が惜しい。この魔族を起こせ」

「分かった」

 女はサギアの胸に再び右手を当て、さっきよりは力を抑えているためなのかサギア

の体が僅かに光りだす。

 するとサギアは目を見開き、苦しみのために叫んだ。

「ぐっ、うわぁぁぁ!」

「起きたか」

 男はサギアが苦しむのをお構いなしと言ったような口調で言った。そして女もサギア

から手を離す。同時にサギアの体の発光も止んだ。

「だ、誰だ?我にこんな苦しみを与えるのは」

 サギアはまだ多少苦しみながらも男を睨む。

「威勢がいい。これはさっきのやつらよりも使えそうだ」

 男はサギアの問いに答えるわけでもなく、値踏みするようにサギアを見て自分の思っ

たことを口にする。

「お前は誰だと聞いている」

 サギアは無視をされたためか少し苛立ったような口調で再び言った。同時に殺気を

放つ。しかし男が怯むような事はなかった。

「ふん。貴様に名乗る名などない。貴様はただ人間と三年前のように遊んでいればそ

れでいい。それで例え再び封印されようとも俺には関係ない」

 男は魔族であるサギアを見下しているかのように話している。まるでサギアに興味が

ないような口調だ。

 これは流石にサギアもバカにされていると思ったのか怒りをあらわにした。そしてサ

ギアの周りに卓球の玉くらいの球がいくつも現れる。

「おのれ、人間風情が!魔族である我を侮辱するのか!」

 そして球からレーザーのように光が飛び出し、一斉に男に襲いかかる。しかしそのレ

ーザー光は男に届く前にすべて消えてしまった。

「何が起きた!?」

 サギアは一体何が起こったのか分からず動揺していた。

 そういう私も少し離れたところから見ていたにも関らず、全く何が起きたか分からない

でいる。

「マスターを攻撃するなら敵とみなす」

 女がサギアに向かって淡々と言う。口振りからしてどうやら女がさっきのレーザー光を

消したようだ。

「余計な事を。あんな攻撃くらいお前の力を借りるまでもなかったというのに」

「はっ!強がりを。さっきは何をしたのか知らないが人間ごときが我の攻撃を何度も防

ぎきれるものか」

 再びさっきと同じ球が現れ、男に向かってレーザー光が放たれる。

 男は特に動くことはしなく、ただ剣を抜き向かってくるレーザーに向かって一閃した。

 するとレーザー光が撥ね返り、今度はサギアに向かって飛んでいく。

「そんな・・・バカな!」

 レーザー光はサギアの体を掠めて(かすめて)後ろへ飛んでいった。

「これで強がりでないことが分かったか」

 男は表情を変えず、無表情のままサギアに向かって言った。

「お前は一体何者だ」

「・・・・・・」

 サギアの問いに男は答えない。変わりに女が答えた。

「マスターはただの人間。そして私はお前と同じ魔族」

「バカな。たかが人間が我の攻撃をああも容易くいなせるわけがない」

「だが実際にマスターはお前の攻撃をいなした。現実をしっかりみることだ」

 魔族の女は男と同じく興味がないような口調で答える。

「我は信じない!我が力を取り戻したとき、再びお前の前に現れる。そして今度は勝

つ。覚えてろ、人間」

 するとサギアは空間に溶け込むように姿を消していった。

「形勢が不利と判断して逃げたか」

「あの魔族は反抗的。追うか?」

「いや、その必要はない。魔族が短期間で力を回復するとすれば人間の負の感情を吸

収するのが一番だ。だから問題などない。それに再び来たら倒すまでだ」

「そうか。分かった」

 そして男は剣を鞘に収めると、私の潜んでいる方を向いて言ってきた。

 

 

「さっきから隠れているやつ。そろそろ出てきたらどうだ」
 


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