第9話 魔族サギア

 
 食事の後、リンと別れて俺は部屋に戻った。

 そして部屋に入るとすぐに今日買った甲冑を脱ぎ、剣をベッドの横に立てかけた。

 ふぅ。この甲冑、買ったばっかりで着慣れていないから着心地悪かったな〜。剣の方

は特別に使いづらくはなさそうだけど。

 俺はベッドに立てかけていた剣を取り、鞘から抜いて軽く構えて振ってみる。

「うん。多少握りで違和感あるけど、これくらいならすぐ慣れるな」

 そう言って再び鞘に剣を戻し、ベッドに立てかけた。

 しかし、あいつは今日災難だったな〜。まさか呪いの指輪を買わされて呪われるなん

て。まあ、呪われたのは普段俺を殴ってる罰ってところだな。

 そう思うと何だか可笑しくなってつい笑ってしまう。

 きっと今思ったことを笑いながらあいつの前で言ったらまた丸焼きにされる運命を辿

るのだろう。あれはさすがに効いたから面と向かっては言えないセリフだな。

 冗談はさておき、俺は呪いに詳しくないからあの指輪にどんな呪いがかけられている

か分からないんだよな〜。さすがに何の呪いか分からないと何が起こるか分からない

から危険だ。明日中に何か有力な事が分かればいいんだけど・・・。

 そんな事を考えながら明日は早く起きて情報を集めないといけないので早々に寝るこ

とにした。

 

 

 アスが寝静まった頃、アスの部屋に近づいていく人影があった。

 その人影はまるで酔っているかのようにゆっくりフラフラ歩いており、そして小声でしき

りに何かを呟いている。

「・・・ン・・・ろ・・・」

「ゼ・・・を・・・・・・す」

 そして人影がやっと部屋のドアの前に辿りつくと、人影はポツリとさっきまでとは違う

言葉を呟いた。

「ここからゼオンの魔力を感じる」

 人影の右手にはめている指輪が赤く光り輝いたかと思うと、人影の右手には赤い刀

身の短剣が握られていた。

ダンッ!

 人影は突然ドアを魔法で吹き飛ばし、さっきまでのゆっくりな動きとは比べ物にならな

いほどの目にも止まらぬ動きでベットで寝ているアスに襲いかかる。

 短剣がアスの喉に刺さる瞬間、アスの姿はベットの上から消えた。そして短剣は空し

くベッドに刺さる。

 ここは真夜中の暗い部屋の中、窓から入ってくる月明かりで僅かに見えるような状態

である。

 人影は目標を失い、動きが僅かに止まる。

 アスはその隙を見逃さず、人影の背後に回り的確に首へ手刀を落とした。

 本来ならこれで意識を失うはずなのだが、人影は一瞬体が沈んだだけですぐにアス

に向かって襲いかかる。

「おいおい。的確に手刀落としたのに意識飛ばないのかよ。どうなってやがる」

 アスはまたうまく避け、僅かな隙をついて人影の持っている短剣を叩き落す。

 そしてアスがその短剣を拾おうとしたのだが、叩き落された短剣は地面に落ちる前に

霧となって消えてしまった。

「魔力を具現化した短剣だと!?お前は誰だ!」

「ゼオン、お前を殺す」

 人影は質問には答えず、そう一言言った。

「その声、もしかしてリンか!?なぜお前が俺の本当の名前を知ってるんだ?」

 アスは驚きの色を隠せなかった。人影の話す声はさっきまで一緒に話していたリンの

声であり、そして教えたはずのない自分の本当の名前を知っているのだから。

「ゼオンを殺す」

 リンはやはり質問には答えず、ただ『ゼオンを殺す』とだけ言いながら再び赤い短剣

を出し、アスに向かって襲いかかっていく。

 その動きは明らかに今までのリンの動きではなかった。

 普通ならアスにとってリンの動きは注意していればどんなに早く動こうがスローで見

えていたのだ。

 しかし今のリンの動きはまるで別人のように速かった。少しでも気を緩めればたちま

ち短剣で刺されてしまうほどに速い動きなのだ。

 おそらく今のリンはアスと同等の速さを持っているだろう。

「ゼオンを殺す」

 リンはただそれだけを言いながら次々と襲いかかってくる。

「くっそ!これが呪いの正体だったのか」

 アスは部屋の中をすばやく動いてうまくリンの攻撃をかわしていたが、さすがにここで

は狭いため避けるのにも限界があった。このままだと

 部屋の隅に追い込まるのも時間の問題だろう。

「このままじゃ騒ぎを聞きつけてすぐに人が来るし、外に行くしかないか」

ガシャーン

 アスはすばやくベッドの横に倒れていた剣を取り、部屋の窓を蹴り破って宿屋から外

の街へ飛び出していった。

 

 

 俺はリンに襲われたために宿屋の窓を蹴り破り夜の街に飛び出していた。

 今は他人に被害が出ないように人がいないところへ向かって、建物の屋根を飛び移

りながらすばやく移動している。

 飛び出したときに街の大通りの方を見たらやはり明かりがたくさん灯っているため

に、人がいないであろう明かりの見えない真っ暗な方へ向かう。

 後ろからはリンが同じように建物の屋根を飛び移りながら追ってくる。

 呪いのためなのか、どうやらリンの潜在能力がすべて引き出されているらしい。普通

ならあいつの身体能力では屋根を飛び移りながら追ってくるという芸当は無理に等し

い。

 それにさっきの部屋での動き。あれは明らかに常人の域を超えていた。王宮の騎士

でもあの動きをするのは至難の業かもしれない程の動きだった。

 しかしあいつの潜在能力がここまであったとは驚きだ。おそらく王家の血を引いてる

ためなのだろう。

 昔に聞いた話だとイース国の初代国王は世界で一・二を争うほどの強き男だったらし

い。その血を引いてるならこれくらいの能力が隠されててもおかしくないかもしれない。

 考えながら移動していたためか、後ろを見るとさっきよりもリンとの距離がずいぶんと

近くなっている。

 そして魔法の射程内に入ってしまったために、リンの手の中に赤い火球が生まれて

いた。

 ここはまだ街中だ。ここで魔法を放たれたらヤバイ。

 俺はとっさに街へ被害を出さないために上へ飛んだ。

 すると予想通り、リンは上に飛んで格好の的になった俺に向かって火炎球を放ってき

た。

 俺はそれをタイミングよくバレーのレシーブのような感じで夜空へ向けて弾き街に被 

害が出ないように対処したのだが、火炎弾の威力が格段に上がっていたためにその

場で留まっていることが出来ず、弾いたときの衝撃でどこか遠くに勢いよく飛ばされて

しまった。

 

 

 俺は木がたくさん茂っている場所に飛ばされてきた。

 地面へモロに衝突しないようにうまく着地をしようとしたのだが、周りは空気のために

思うように体の体勢が取れないために苦労空しくモロに背中が地面と衝突した。

ドスン

「いっつ〜」

 唯一の救いは地面が舗装された道ではなく、草の生えてる土の上だった事だった。

 ちゃんと舗装された道に落ちたとしたら、いくら魔法を使って体を襲う衝撃を防ごうとし

ても甲冑を着ていない丸裸の状態では背骨にヒビくらいは入っていただろう。

 背中を擦って治癒をしながら起き上がり、自分のいる周りを見てみる。魔法によって

照らしている街燈の明かりの中に子供の遊ぶような遊具や砂場が見えた。

 どうやらここは街外れにあるという森林公園らしい。

 今は夜中のために人一人いない。ここなら街外れだし、ある程度広い公園なので戦う

には問題ないだろう。

ストッ

 音のした方を見るとそこには俺を追ってきたリンが立っている。しかしなぜかすぐに攻

撃はしてこない。

 そのために部屋では薄暗く見えなかったが、今は街灯の明かりの為にしっかりと顔を

見ることが出来た。

 その顔は無表情でいつもの元気さは無く、目は焦点があっていなく虚ろであり、生気

が無いように見える。とはいえ、生気が無いと言っても死んではいない。

 指輪にかけられていた呪いの正体は傀儡の呪いだったのだ。つまり今のリンは誰か

に操られている。そのため現在自分の持つ潜在能力をすべて引き出せられ、俺を襲っ

ている状態なのだ。

 今のリンは体はリンであり、精神はリンで無い。

 操られているやつを止めるには三つ方法がある。傀儡の媒体となっている物を外す

か、動くことが出来ないほど徹底的にダメージを与えるか、あとは・・・・・・殺すかだ。

 殺すなんて事は必然的に除外だし、体自体はリンであるから多少やむをえなく攻撃を

することは出来たとしても、再起不能なくらいにダメージを与えることなんて出来るはず

がない。

 そうすると残るのは、呪いの媒体である指輪を外すしかないのでそれを実行するしか

ないのだが、外す方法なんて分からないのだかお手上げ状態である。

 参ったな。方法が無いからと言ってこのままにしておけるわけがないし、どうしたらい

い?

 俺が何か策がないかと考えていると、突然上の方から女の声がした。正確にはリン

の上の方から、だ。

「ふふふ。困ってくれてるようだな、ゼオン」

 上を向くと空に1人の女が浮いていた。女は鴉のように真っ黒な髪と紫の瞳を持ち、

どこか人を寄せつけない雰囲気を漂わせており、額には逆三角の文様が彫られてい

る。

 この文様は魔族の証である。つまりこの女は人間ではなく、魔族なのだ。

 そしてこの魔族を俺は知っていた。忘れようも無い顔。3年前の悲劇を生んだ張本

人。そして俺が絶対に倒さなければいけない相手だ。

 俺は魔族に向かって叫んだ。

「サギア!なぜお前がここにいる!お前は封印されたはずだ!」

 三年前に俺はこの魔族サギアと戦った。そして何とか勝つことが出来たのだが、自

己防衛機能が働き完全に倒すことが出来なかった。

 魔族は死の危機になると自然に体を硬い殻で覆い外敵から身を守るのだ。そしてそ

の殻はこの世界で一番硬いオリハルコン並に硬く、壊すことはまず無理なのだ。その

ために殻に覆われたままの状態で封印石の中へ封印されたはずなのだが。

「ある方が我を封印から解き放ってくれたんだ。おかげで我は自由の身になったのさ。

だから我を封じたお前に復讐をしに来たのだ」

「そんなバカな。あの封印はそう易々と解けるような代物じゃないはずだ」

「普通の人間なら無理なのかも知れないが、それが我と同じ魔族だったとしたらどう

だ?」

 サギアは勝ち誇ったような顔をして言ってきた。

「同じ魔族だと!?お前の他にもいるのか?」

「ふふふ。そんな何でも教えるほど我はお人好しではない。知りたければ我の傀儡人

形を倒してみるがいい。お前に出来れば、だがな」

 そう言うとサギアはリンの方を見た。

 そうか。この呪いはサギアがかけたものだったのか。それならこいつをここで倒せば

呪いをかけた本人がいなくなり、呪いは解けるかもしれない。

 しかしリンの攻撃を避けながらサギアに攻撃をするのは至難の技だ。

 サギアの実力はよく知っている。あの頃より俺は強くなったが、それでもサギアの強

さはリンよりもある。それを考えればこの二人を同時に相手にするのは無謀だ。

「そうそう。1つ言っとくが我を倒せばいいなんて考えは止めておけ。我が死ねばその

人形も死ぬようにしたからな」

「ちぃ。こっちの考えはお見通しってわけか」

「だが安心しろ。今日は軽い挨拶がわりだ。我は手を出さん」

「そこで高みの見物ってか」

「そうだ。お前がどうやって我の傀儡人形の相手をするか見物させてもらおう」

 サギアが言葉を言い終わるとリンが再び俺に攻撃を仕掛けてきた。今度は短剣では

なく魔法を使って攻撃を始める。

 リンの手から火炎球が次々と放たれ、俺に向かって襲いかかってくる。

 俺はそれを避けながら何か方法はないかと探す。

 しかしここで火の魔法はマズかった。俺が避けて目標を失った火炎球は周りの木に

次々と着弾し、俺とリンの周りはすぐに火の海と化してしまった。

「あらあら。逃げ場を無くしてしましったようだな。さて、どうする?ゼオン」

 サギアの笑い声が上からしてくる。

 くそっ!逃げ場無しの上に、打つ手無しか。どうすればいいんだ?こうなったらリンを

再起不能に・・・。いや、それはやっぱ出来ない。

 周りが火の海になろうが構わず、今度は短剣を使って襲ってくる。

 俺はそれを剣で防ごうとしたのだが、何と短剣が俺の剣に触れた瞬間に溶けてしまっ

た。どうやらこの短剣の刀身は恐ろしいほどに高温なのだろう。そのために俺の剣が

溶かされてしまったのだ。

「マジかよ」

「ゼオン、殺す」

 リンは俺に向かって何度も襲いかかってくる。それを避けているのだが、時間が経つ

につれ周りの木が倒れてきて戦う場所が狭くなっていく。

「あまり使いたくないけど仕方ない。水無月(みなづき)!」

 俺はこの火を消すためにリンと一度距離をとり、水の魔法を使った。これで火を消し

て一度逃げるしかない。

 俺の手から水が湧き出し、その水が人魚の姿を模る(かたどる)。その人魚が両手を

空に掲げて火を消そうとしたとき、リンの指輪が赤く光り人魚は指輪の中に吸い込まれ

ていってしまった。

「なっ!」

 俺は呆気に取られた。呪いの事ばかり考えていて魔法吸収の事はすっかり忘れてい

たのだ。

「ふふふ。せっかく使った魔法は使えず、火を消してここから逃げれない。さて次はどう

する?」

 サギアはとても楽しそうにこの俺を見ている。

 くそっ!今すぐにでもサギアを倒してやりたい気分だぜ。

 そうは思えども、この状況を何とかしなければどうにもならない。

 リンは俺に休まず襲ってくるのだが、一向に動きが鈍くならない。俺は避けているだ

けでもかなり疲労がきているのに、だ。

 どうやら操られているために疲れを感じないらしい。つまりは現在のリンの体は限界

を超えていることになる。

 ヤバイな。 早く何とかしないとリンの体が持たないぞ。だがこんな状態じゃうまく考え

られず策が思いつかない。

 それでも何とか考えながら避けているのだが、次第にリンの速さが俺を超え始め、次

々と高温の刃で傷を付けられていく。

「ぐあっ!」

「そろそろ限界のようだな。このまま攻撃をしないでいると死んでしまうぞ。生き残りた

ければこの人形を殺すしか方法はないのは分かっているのだろう?さあ我が身可愛さ

に殺すがいい」

 そんな事できる訳ないだろ。俺はこいつを守るボディーガードなんだからよ。まあその

守るべき相手に殺されてるんじゃ笑い話にもならないよな。ははは。

 俺はリンを攻撃することなんて出来ず、ドンドンと体に傷を負わされて血が流れてい

く。かなり出血が激しい。

グラッ

 そして不覚にも俺は血が流れすぎたために足から力が抜け、僅かに体がよろめいて

しまった。

「しまった!」

「死ね」

 

 

 その隙をリンは見逃さず、俺の懐に入って短剣を左胸に突き刺してきた。
 


<BACK  戻る  NEXT>