第13話 聖域での出来事(後編)


「アリシアお姉ちゃん、ここに人が人が倒れているよ」

「これは大変!すごい傷!早く泉に連れて行かないとこの人死んじゃうわ」

「それなら急いで運ばないとだよ!」

「ええ、そうね。急ぎましょう」

 

 

 冷たい液体が私の口の中に流れ込んでくる。しかしそれは冷たいはずなのに体に流

れていくとドンドン温かくなるように感じた。そしてその温かさは次第に体の隅々まで広

がっていく。とても心地よい温かさだ。

「どうにか間に合ったみたい。これでもう心配いらないわ」

「うん。良かった〜」

 私の近くでそんな声が聞こえた。

「・・・ここは?」

 目を覚ますとそこはさっきまでいたはずの森の中ではなかった。どこかの洞窟の中だ

ろう。天井がゴツゴツした岩で出来ている。

「あっ、目を覚ましたよ」

 横になっていた体を上半身だけ起こして声のしたほうを見ると、そこには2人の少女

が立っていた。顔はそっくりなので双子だろうか。1人は腰まである長い緑髪の少女、

もう一人は肩くらいまである黄緑髪の少女だった。

 2人の着ている服は見たことがない白い衣のようなものを纏っており、そして背中に

は真っ白な羽が生えていた。

 その姿はまるで―――

「天使?」

「良かった〜。助かって」

 黄緑髪の少女が私の胸の中に飛び込んできた。

「シンシア!ダメでしょ!まだ傷が完全に癒えてないのよ!」

「ふに。アリシアお姉ちゃん、ゴメン」

 アリシアに叱られ、シンシアは私から離れた。

 私の問いは聞かれていなかったようだ。

「痛かった?」

「いえ、全然痛くなかったですわ」

 あれ?おかしいですね。

 自分の体を見るとあんなに深かった脇腹の傷がほとんど塞がっている。かろうじて傷

跡がうっすら見えるくらいしかなくなっていた。

 正直、甲冑の激しい破損が無ければ夢で済みそうなくらいだ。

 しかし傷がここまで癒えるまでずっと意識を失っていたのだろうか。

「自己紹介がまだでしたね。私の名はエスペリアと言います。それとすいませんけど私

はどれくらい意識を失っていたんでしょうか?」

「私の名前はアリシアです。そしてこっちが―――」

「シンシアだよ」

 アリシアの言葉を遮り、黄緑髪の少女シンシアが元気一杯に言ってくる。

「時間はそれほど経っていないです。正確には分かりませんが5時間くらいだと思いま

す」

「5時間?それなら何であの深い傷が塞がって―――」

「それはね、ここの泉の力だよ」

 シンシアは指を指しながら言ってきた。

 指された方を見ると少し離れたところに小さな泉があった。

「この泉は命の泉って言って、この水を飲むとさっきまでのお姉ちゃんみたいにすごい

傷を負った人でもたちまち傷が癒えていくっていうすごい水なんだよ」

「しかし命の水と言っても死んだ人には効果が無いために再生の水と呼ばれる方が多

いようですけど」

  シンシアの言葉に不足があったためにアリシアが補足する。

「なるほど。この水のおかげで私は助かったわけですね。ありがとうございます」

 私は命の恩人である2人にお礼を言ったのだが、

「そんな。お礼を言われると困ります」

「そうだよ。本当ならあたしたちがあの2人の聖域の侵入を防がないといけなかったん

だから」

「あなたたちが?」

「私が説明しますね」

 私の疑問にアリシアが答えてきた。

「私たち2人は見ての通り、羽が生えており人間ではありません。私たちは神によって

作られたこの聖域の守護者であり、結界そのものです」

「結界そのものとはどういうことです?」

「私たち2人がこの場所にいるからここが聖域になっているということです。それなので

もし私たちがこの場所から離れるような事があったらここの結界は無くなり、もう聖域で

はなくなってしまうのです」

 ここで疑問が生まれた。

「でも私がこの聖域に来たときには結界がなかったですわ。それはどういうことです?」

「それは―――」

「それはあの男の持っていた魔剣のせいなんだよ!あの魔剣の不思議な力で私たち

の力を封じて一時的に結界を解除してたんだよ!」

 アリシアの言葉を遮り、シンシアは怒り気味に言ってきた。

「こら、シンシア。そんなに怒らないの!」

「だって〜」

 少し怒られたことに不満があるらしくふてくされる。

「確かにあの剣には今までに感じたことのない禍々しさを感じましたわ。でもそんな剣

でこの結界を解除出来るなんて・・・」

 この世界にはまだ誰も知り得ないことが多数あるのだが、まさか聖域の結界を解除

するような魔剣があるとは知らなかった。

 しかしアリシアはさらに驚くべきことを口にした。

「本来なら私たちの力が魔剣だろうと封じられる事はありえないことです。しかしあの魔

剣はこの世界のものではないのです。別世界の剣の力だったために若干の魔法構成

のズレがあり、そこを衝かれたようです」

「別世界!?」

「ええ。そして魔族の方は違いますが、あの男の方もこの世界の人間ではなく別世界

の人間です」

 驚きだった。この世界の他にも別の世界があるのは説として聞いたことがあるが、ま

さかその世界間を移動することが出来るなんて。

「今は多少魔法構成のズレの修正に時間がかかったものの、もう正常に結界は張られ

ています。しかしその間にここに封印されていた魔族の半数はあの2人によって復活し

てしまいましたが・・・」

「そうなのですか・・・。どれくらいの魔族が復活したのかは分かりますか?」

「はい。数は13体。どれもここに封印されていた中でも強い力を持つ魔族です。いくつ

かの封印石には目もくれなかったところを見ると、おそらくあの魔剣の力で強い魔族が

判断出来たのかと思います」

 13体も復活してしまったとは。この世界の危機になりつつあるという事に違いない。

 何としてもこの事態を治めなければ世界が滅んでしまうかもしれない。

「それを聞いたなら休んではいられないですわ。早くこの事を各国の王に伝えなければ

いけません」

 そして私は立とうとしたのだが、足に力が入らずに立つことが出来なかった。

「傷が癒えたからと言ってもまだ起き上がることは無理です。体力の方はまだ回復して

いないですからこの薬草を飲んでもう少し休んだ方がいいですよ」

 時間が無いのは分かっていたが体が動かないのならばどうしようもないため、私はア

リシアに渡された薬草を飲み、この日は寝て体力を戻すことにした。

 

 

 朝起きると薬草のおかげで体力は回復しており、体に違和感などもなく体調は万全

に戻っている。そして昨日まであった体の傷跡も綺麗に無くなっていた。

「2人のおかげで完全に回復しましたわ。ありがとうございます。それでは時間が無い

ので」

 私は命の恩人の2人に感謝の言葉を残し、歌魔法を使い移動速度を高め急いでこ

の事態を各国の王に知らせに行こうとすると、

「ちょっと待って。エスペリアお姉ちゃん」

 シンシアに呼び止められたので2人の方を向くと、

「すいません、エスペリアさん。時間が無いのは分かっていますが、少し確かめたい事

があるので」

 アリシアはそう言うと両手を空に掲げ、

「来たれ。神剣よ」

 アリシアの頭上に一振りの剣が現れた。そしてアリシアが掲げた手を前に下ろすと

剣は私の少し前の地面に刺さった。

 その剣はうまく言えないが、とても綺麗な魔力を放っていた。今まで感じたことの無い

魔力であり、感じていてとても気持ちのいい魔力である。

「この剣は?」

「これは唯一魔剣に対抗できるこの世界に存在する神剣というものです。詳しいことは

この剣を抜けたら教えます」

 アリシアはそう言うと私に神剣を抜くように薦める。

「よく分かりませんが、とりあえずこの剣を抜けばいいんですね?」

「はい」

 言われた通りに剣を抜こうと柄を握る。

 すると握った瞬間に軽く電流のようなものが体に流れたがそれは一瞬のこと。その後

は何も起きるわけでもなく、剣を抜こうとしたのだが―――

「あれ?おかしいですわね」

 いくら力を入れても抜けないのだ。自分の力だけでは無理かと思い、歌魔法で筋力を

上げてみるがそれでも抜けなかった。

「もういいですよ。分かりましたから」

 アリシアは私が剣を抜けないのを見て少し残念そうな顔をした。

「あなたではこの剣には認められなかったようですね」

「認められなかったとはどういうことです?・・・そうでしたね。抜けれなければ教えれな

かったんでしたね」

 少しの沈黙の後、

「すいません。そのことについて教えることは出来ませんが、代わりに1つお願いがあり

ます。昨日は言いませんでしたが、あの男の魔剣に対抗するにはこの神剣が無けれ

ばダメなのです。それなのでもしかしたらエスペリアさんになら使えるかと思い試してみ

ましたが無理のようでした」

「つまり私にこの神剣の持ち主を探してきて欲しいという事ですね」

「はい。私たちはここから離れることが出来ないので」

「分かりました。その剣が無ければ対抗できないなら仕方ないですわ。なるべく早く見

つけてきます。それでこの神剣に認められる条件は何でしょう?」

「はい、お願いします。この神剣を使える者は聖なる力を持った者です」

「聖なる力。神官などの聖職者ですか?」

「いえ、簡単に言うならば清き心を持った人間であり、そしてこの神剣を使うに値するよ

うな強さを持った人間です」

 条件は清き心と強さ。

 私に足りなかったものはおそらく両方なのだろう。

 聖域には阻まれなくなったが神剣に認められるような清き心は持っていなく、あの男

に手も足も出なかったほどの弱さなのだ。認められなくても仕方がない。

「分かりました。ではそれに見合う人物をなるべく早く探してきますわ」

 

 

 そうして私は神剣に認められる人物を探すため、そしてこの事態を各国の王に知ら

せるために聖域を後にした。

 

<BACK  戻る  NEXT>