第15話 3年前の真実(前編)


 荒れ狂う稲光。絶えることなく空は光り、雷は地面に落ちる。

 今は300年に1度、この世界を1晩中襲う自然現象『サンダーストーム』により現在の

状況になっていた。

 しかしこれはもう昔からの決まった現象なので、今では人が住む都市や街や村には

耐雷の巨大な結界が貼られており、人々には被害が及ぶことはまずなかった。

 しかし街や村を繋ぐ街道には結界が張られていないために、街道などには雷が落ち

てあちこちが破壊されていた。

 

 

 ここはザキオス国の南に位置している荒れ果てた神殿。今から200年前には多くの

神官たちがここで修行をしていた聖地と呼ばれていたのだが、今では誰も来ることのな

い廃墟と化している。

 この辺りでは200年前に大きな戦いがあり、その時にある魔道士が使ったこの世界

で使うことを禁止されている禁断の魔法『禁呪』によって、神殿周辺は人が生きること

の出来ない土地に変わってしまったのだった。

ピカッ  ドォォォォン


 その荒れ果てた神殿にも一筋の雷が落ち、天井部を破壊する。

 そしてまた雷が落ち、さっき破壊されたところを通り神殿内部に落ちる。

 落ちた雷は神殿の床には落ちず、丁度そこに置かれていた何かの魔方陣が彫られ

ている大きな石に落ちた。そして雷の落ちた衝撃で石は粉々に砕け散る。

 すると砕けた石のあった場所に1人の女が現れた。女は鴉のように真っ黒な髪と紫

の瞳を持ち、どこか人を寄せつけない雰囲気を漂わせている。そして額には逆三角の

文様が彫られていた。この女は魔族であった。

「ふふふ。やっとここから出ることが出来た。永い(ながい)・・・永い時間だった。ついに

我は自由になれた」

 魔族の女は封印石から出れた事を喜んでいるようだ。

「自由になれたとはいえ、我を永い間封印石に閉じ込めた憎きイース王家に報復をしな

いことには我の怒りが収まらんな」

 魔族の女は瞳を閉じて何かを―――報復の方法を考える。

 その時再び雷が壊れた天井の間を通り、魔族の女目がけて落ちてきた。

 しかし魔族の女は気付いていないのか避ける事をしなかったため、そのまま雷は魔

族の女に直撃した。だが雷が当たったにも関らず全くの無傷であった。

 そして何事もなかったかのように、

「決めた。イース国と隣国で戦争をしてもらい、滅んでもらうとしよう。戦いは人間の負の

感情を生み、我の衰えた力を回復させてくれる。まさに一石二鳥だ」

 そして魔族の女は考えた事を行動に移すために荒れ果てた神殿から姿を消した。

 


 そしてサンダーストームの脅威が去ってから1ヶ月が経とうとしていた。

 


 この日は空に雲ひとつなく満月がよく見ることの出来る夜だった。

「そこの兵士、お待ちなさい」

 ザキオス城の廊下で1人の気品の高そうな女が、近くにいた城の見回りをしていた兵

士を呼び止める。

「はっ!何の御用でしょう、王妃様」

「今すぐルーハンスを私の部屋に呼んできなさい」

「はっ!すぐにお部屋にお呼びいたします」

 王妃は兵士にそう命令をすると踵(きびす)を返し、自分の部屋へ戻っていく。

 そして王妃に命令された兵士は、命令された通りにザキオス国第2王子ルーハンス

の寝室へと向かっていった。

トントン

「ルーハンス王子。王妃様がお呼びです」

 ドアをノックして用件を伝えるが返事が返ってこない。

(もうお休みになられているのだろうか?)

 もう1度ノックして呼びかけてみるがやはり返事は返ってこなかった。

 寝ているのだろうと思い、兵士はドアから離れようとした。

ガシャーン

 その時王子の部屋の中から大きな何かが割れる音がした。

 それを聞き兵士は何事かと部屋のドアをノックする。しかしやはり返事はない。

 何か起きているに違いないと思い、鍵がかかっているだろうがドアノブを回してみる。

 すると何の抵抗もなくドアは開き、兵士は中に入ることが出来た。

 そして王子の寝るベットを見ると、ベットの上には王子ではない誰かがいた。

 真夜中のため部屋は暗く、その誰かの姿は影でしか判断出来ない。
 
「だ、誰だ!」

 兵士は思わず大声を出すと、

「ちっ、見つかったか」

 その誰かは男か女か判断できないような声で呟き、ベットから飛び退いて部屋の窓を

破り外へ逃げていった。

「し、侵入者だー!!!ルーハンス王子の部屋の窓から逃げたぞー!!!捕まえろー

!!!」

 兵士は出るだけの大声で叫んで他の兵士に緊急事態を伝えた。

 するとあちこちから兵士の足音が一斉に聞こえた。さっきの兵士の大声を聞いて侵入

者の捕獲に向かったのだ。

 侵入者が王子の部屋から逃げ去った後、兵士は王子の無事を確かめるべく明かり

の魔法(ライティング)を使い部屋を明るくする。 

「ルーハンス王子。ご無―――なっ!」

 兵士は王子が無事か確かめようとベットに向かった。そしてベットに寝ているルーハ

ンスを見ると・・・首と胴が離れていた。つまりはもう死んでいるのだ。

 さっきまでは真っ白だったであろうシーツは今や真っ赤なシーツへと変わっていた。

 ザキオス国王子ルーハンス=アル=ザキオス。享年17歳だった。

 

 

 このルーハンス殺害の悲報はすぐに謁見の間にいたザキオス王へと伝わった。

「なっ!ルーハンスが殺されただと!?」

 その報告を兵士から聞き、ザキオス王は激しい悲しみに襲われた。

 大事な息子が殺されたのだ。悲しまないわけがない。

「はい。誠に申し訳ないですが、賊の侵入を許してしまったようです。現在王子を殺害し

た賊を多くの兵士が追っているところです。それなので捕まるのは時間の問題かと」

「いいか!絶対に逃がす事は許さん!絶対に捕まえるのだ!捕まえるのが無理なら殺

しても構わん!」

 ザキオス王は激しく怒り、兵士に命令した。

「はっ!」

 そして兵士はすぐに謁見の間から飛び出していった。

 

 

 ルーハンス暗殺から1晩が経過した。

 結局ルーハンスを殺害した賊はうまく逃げたために捕まえることが出来なかった。

 しかしその賊を追っていた兵士たちの証言を聞くと、賊の正体に関して1つの推測が

成り立ったのだった。

 それはイース国の聖騎士の仕業だという事。

 昨晩追っていた兵士たちの証言によると、逃げていた賊の服装が月明かりで照らせ

れた時に聖騎士の甲冑だったと言うのだ。

 1人だけならまだ見間違えと言えるのだが、それが10人20人となれば見間違いで

済ませられるレベルではもうない。それに聖騎士であれば誰にも捕まることなく逃げる

ことも不可能ではなかった。

「まさか・・・我が国との友好国であるイース国がそんな事をするだろうか・・・」

 ザキオス王は兵士の報告を聞いた後、謁見の間から自分の部屋に戻り信じられない

という風に頭を悩ませる。

 横にいた王妃はザキオス王のその姿を見て、

「何を悩むことがありますか。これは間違いなくイース国があなたの国を滅ぼそうとして

いるに違いないわ。滅ぼされる前に滅ぼすべきですわ」

 そう耳元で囁いた。

「いや、だがもしかしたら誰かの陰謀ということもありえる。とりあえずあっちのいい分を

聞いてからでも遅く―――」

「いえ、そんな事をしている余裕はないですわ。今すぐ宣戦布告をしてイース国を滅ぼ

すのです!」

 王妃はザキオス王の言葉を遮り、強い言葉でザキオス王に半ば命令じみた言葉を投

げかける。

「だが、しかし―――」

 ザキオス王はそう言いながら王妃の目を見た。その王妃の目を見ていると次第に思

考力が失われていく。何かがおかしいと思い、王妃から目を逸らそうとするがすでに自

分の意思では目を逸らすことが出来なかった。

 そして目を逸らすことも瞑ることも出来ずにそのまま王妃の目を見続け、ついにはザ

キオス王は意思を持たない人形と化してしまった。

 そしてもう1度王妃は聞く。

「あなたは今からイース国に宣戦布告をして、イース国を滅ぼすのよ。いいわね?」

「ソウダ。ワシハイース国ヲホロボスノダ」

 今や完全に人形と化したザキオス王を見て王妃は笑い出した。

 そして突然王妃の声が変わる。

「ふふふ。これでいい。これからが我の復讐の始まりだ」

 さっきまでのどこか威厳を持ったような声から、冷たい感じに聞こえる声に変わったの

だ。そして姿までも段々と変わっていく。

 そして王妃の姿が他の姿に変わり終え今ここにいる者は、1ヶ月前に荒れ果てた神

殿で蘇ったあの魔族の女だった。

 

 

 場所は変わり、ここはイース城の謁見の間。

 イース国王宮兵士が慌てて謁見の間に入ってくる。

「イース王!大変です!我が国と友好関係にあったはずのザキオス国から宣戦布告が

ありました!」

「何だと!それはまことか!?」

 突然の友好国の宣戦布告という報告にイース王は驚きを隠すことが出来なかった。

「はい。嘘偽りのない真実です。理由は我が国の聖騎士がザキオスのルーハンス王子

を暗殺したと」

「バカな・・・。そんな事あるはずがない。何かの間違いだ。すぐにザキオス国との話し

合いの場を―――」

「それは無駄です。『弁解の余地はない。我が国を侵略するだけならまだしも、第2王

子ルーハンスを暗殺するとは絶対に許せることではない』と言ってきていますので。さら

にはすでにザキオス国は我が国と戦争をする準備を着実に進めているようです。」

「そんな・・・。一体誰がこのような事態を起こしたというのだ・・・」

 イース王は困惑していた。自分の命令無しに聖騎士は動くことはない。その聖騎士が

ザキオスの第2王子を暗殺することなどあるはずがないのだ。しかしザキオス側では聖

騎士が殺したと言っている。確実にどちらの国でもない第3者の陰謀だろう。

「イース王。理由は何であれ、国を滅ぼされるわけにはいきません。我が国もザキオス

国と戦いましょう。それしか今は方法がありません」

 それはイース王にも分かっていた。やらねばこちらがやられるのだ。戦うしか今は国

が残る方法がない。

「分かった。我が国も戦おう。だが我が国は防戦一方だ。決して攻めてはいかん!」

 イース王は事実確認が出来るまでは攻めるという事はしたくなかった。

 兵士には申し訳ないが戦いを長引かせ、その間に真偽を確かめたかったのだ。

 それにより真実が分かればこの無駄な戦いはどちらの国も滅びることなく終わるかも

しれない。イース王はそれに賭けてみたかった。

 そのイース王の命令に兵士はやや疑問を持ったような顔をしたが、

「よいな。分かったか!」

「はっ!分かりました!」

 イース王が強く言うと兵士はすぐに疑問は捨て命令に従った。

 

 

 こうしてイース国とザキオス国の2ヶ月に渡る戦争が始まったのだった。
 

 

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