第16話 3年前の真実(中編)


 開戦当初はイース国の戦闘態勢が完全に整っていなかったため、ザキオス軍がイー

ス軍を圧倒して両国の境である国境を大幅に越えてきていた。

 しかし次第にイース国も戦闘態勢が整い出したためにザキオス軍を押し返し、現在は

国境付近で硬直状態になっている。

 

 

「またもや戻らぬのか」

「はい。恐らくは潜入した際に見つかり殺されたのかと」

 イース城の謁見の間ではイース王と王宮兵士が話をしていた。

「これで何人目じゃ?腕選りの密偵を使ってもダメとなるとどうしたものか」

 イース王は開戦当初から度々ザキオス国へ密偵を送り、今回の真実を見つけようとし

ていた。しかしどの密偵も予定した日時を過ぎても一向に戻ることはなかった。

「こうなったら聖騎士を潜入させてはどうでしょう?」

「それはダメじゃ!そんな事をしたら余計疑いが深くなるではないか!」

「しかしすでに何人もの腕選りの密偵を送って戻ってこないと言うことは殺されているは

ず。あちら側にとっては暗殺者に見られていてもおかしくないのでは?」

「むぅ。つまりはすでに疑いは深くなっていると言う事か」

「確信はありませんが、おそらくは」

「しかし聖騎士団は我が国を守るためにも動かすことは出来ぬ。どうしたものか」

 イース王は悩んでいた。

 このまま何の情報も得られず、無駄にザキオス軍との小競り合いをして兵士を失って

いくくらいなら、いっその事全勢力で攻めて戦いを終わらせようかという考えすらも持ち

始めていた。

 そんなイース王に王宮兵士は、

「私に1人心当たりがあります」

「何!?それは誰だ?」

「ゼオンならどうかと」

「ゼオン・・・。おお、聖騎士団長リオンの弟だったかの?」

「はい。そのゼオンならリオン同様強い力を持っているはず。ただ潜入に向いているか

は分かりかねますし、素行にかなりの問題がありますが・・・」

「なるほど。しかし今は何にでも可能性があるなら賭けてみたい。今すぐゼオンをこの場

に呼ぶのだ」

 

 

 直ちにイース王の命令によりゼオンは謁見の間に呼ばれた。

 普通なら自国の王の前なのだから無礼の無い様に振舞うはずなのだが、

「何?いきなり呼んでさ」

 ゼオンは目の前にいるのが王だという事も気にしていない口調で話しかけていた。

 それを見てイース王は驚き唖然とする。そして苦笑いをしながら、

「なるほど。あの兵士が素行に問題があるという事が分かったわい。兄のリオンとは大

違いの無礼者じゃな」

「早く用件言ってくれよ。俺も色々忙しいんだから」

 急かすゼオンにイース王は「やれやれ」と呟き、

「おぬしは今回の戦争についてどう考えている?」

「特には考えてないかな。だって自業自得じゃないの?聖騎士送り込んであっちの王

子殺したんだろ?どう考えても悪いのはあんたでしょ」

「それは間違いじゃ。わしは何も命令してなどいない。これは誰かに仕組まれた事なん

じゃ」

「じゃあ誰さ?」

「それはまだ分からない。だからザキオスへ行って真実をおぬしに見つけてきて欲しい

のじゃ」

「面倒くさい。それにそういうのは密偵っていうやつがやるもんじゃないのか?」

「すでに今まで何人も送って調べさせてきたが誰も戻ってくるものはいないのじゃ」

「へぇ〜。だから聖騎士団長の弟である俺に白羽の矢が立ったってわけね」

「そうじゃ」

「俺を買いかぶりすぎ。俺は強くなんてないし」

「そんな事はあるまい。おぬし騎士団に入ってはいないものの昔からリオンに戦闘技術

を習っていてかなりの力を持っているそうではないか」

「それって兄貴から聞いたのか?まあ何にしろ協力する気は全く無いから」

 そう言ってゼオンは謁見の間から立ち去ろうとする。

「待て!待つのじゃ!何故拒む。理由を言うのじゃ」

 ゼオンは少し考えた後、

「理由・・・。そうだな。俺は自分の為にしか基本的に行動しないからってとこだな」

「そうか。ならばこれは王の勅命じゃ。拒めば反逆罪で捕らえるぞ」

 イース王は鋭い眼光でゼオンを睨みつけ命令するが、

「そんな脅しには乗らない。どうしても言うなら俺の出す条件を飲んでもらおうか」

 イース王の睨みなど全く気にもせずにゼオンは図々しくもイース王に向かって命令し

返す。

「むぅ。わしの鋭い眼光にも屈しないとは・・・。で、おぬしの出す条件とは何だ?」

「俺の出す条件は、こ―――」

 そこでゼオンは声を出せなくなった。

 何故なら首筋にひんやりと冷たい物が押し当てられたからだった。

 そう。首筋に当たっているのは剣刃だった。少しでも横に引かれれば頚動脈を切られ

即死だ。

「ゼオン。調子に乗りすぎだ。王の御前だぞ」

「兄貴か。3ヶ月ぶりだな」

 ゼオンの首筋に剣を押し当てていたのはゼオンの兄であり、聖騎士団長のリオンだっ

た。

「随分な挨拶だな。大事な弟を殺す気?」

「返答によってはそれもありだ」

 そしてさらに首筋に強く剣を押し、ゼオンの首筋から僅かな血が流れる。

「うっ。わ、分かったよ。行けばいいんだろ、ザキオスによ」

 するとリオンは剣を鞘に収める。そして王の前で跪き、

「我が弟の無礼、どうかお許し下さい」

「いや、気にするでない。わしの娘にも1人無礼者がいて最近は無礼なことに対して慣

れてしまったわい。はっはっは」

「お許しいただきありがとうございます。遅ればせながらリオン=マークス、ただ今戻り

ました。どうやら何者かの陰謀でこのようになっているようで王の気苦労お察しします」

「うむ。心配をかけさせてすまぬな」

「いえいえ。王の事を常に考えるのが我々の役目です」

 その後も2人の堅苦しいような話は続き、その話が終わるとイース王はゼオンに再び

命令した。


「ゼオン。おぬしにザキオス国での潜入捜査の任務を命ずる!」

 

 

「はぁ〜。全く面倒な役目を貰っちまったよな〜」

 ゼオンは王の勅命を受けた後、色々と潜入捜査についての細かいことを王宮兵士に

聞き、今は2日をかけて走った末、ザキオスの首都サーギオルにいた。

 潜入捜査について言われた事は、「滞在期間は3日。3日経ったらどんな状況だろう

とすぐに戻って来る事」「捜査中に危険だと感じたら無理をしない」「絶対にザキオス兵

に見つかっても攻撃はせずに逃げる事」だった。

 サーギオルに着くと戦争中のためかあちこちに警備兵がウジャウジャおり、警備は生

半可じゃない。本来なら賑わっているだろう広場にもそれほど人がいなかった。

 これでは街の人からの情報は手に入れられない事になる。

「これじゃあまともに聞き込みが出来ないな」

 ゼオンがそうボヤくと、

「それなら思い切ってお城に潜入しちゃおう」

「えっ?!」

 突然後ろの方から声をかけられ後ろを振り向くとそこには小さい青年が立っていた。

身長は140cmくらいだろうか。

「何でお前がここにいるんだ?ロイ」

「リオン兄(にい)に頼まれたんだよ。「ゼオンだけじゃ不安だから一緒に行ってやってく

れ」って伝書ハトが飛んできてね」

 彼の名はロイ=ユニス。歳はゼオンより1つ下で、ゼオンとは大親友である。

 昔はイース国に住んでおり、いつも兄弟みたいにリオン・ゼオンと遊んだり、剣術の稽

古や魔法の稽古をしていた。いわば家族同然の仲である。

 今はグラン国に移り、グラン国の一般兵士になっていた。しかし今は一般兵士でいる

が、ロイに秘められた能力は騎士クラスである。

「兄貴がね〜。心配してくれたのか、信用してないのか・・・」

「まあ何はともあれ、お城に行ってみようよ。何かあのお城から嫌な感じがプンプンする

からさ」

「嫌な感じ?」

「うん。何かすごく嫌な感じがするんだよ」

「そうか。ロイは昔からそういうのには敏感だしな。行ってみるとするか」

 こうして2人はザキオス城へと警備兵に見つからないよう慎重に潜入を試みた。

 

 

「おかしいな」

「うん。これは絶対何かあるね」

 2人はザキオス城にいとも簡単に潜入する事が出来た。

 何故ならば城を守るはずの兵士が誰一人としていないのだ。

「うん。やっぱり何かお城の中にはあるね」

「そうだな。じゃあ早速その何かを見つけてみるか。でも罠かもしれないから気を付けろ

よな」

「うん。分かった」

 2人は周囲に気を配りながら城の中を下から順番に見て回る。

 兵士の休憩室、食堂、武器庫、客室などを見ていくがやはり誰一人見つけることが出

来なかった。

「どうやってやがる?本当に誰もこの城にはいないのか?」

「ううん。何となく上の方に誰かがいるような気がする」

「この上は謁見の間だな。よし行ってみよう」

 そして2人は謁見の間に向かった。

 謁見の間のドアの前に来ると、確かに誰かの声が聞こえてくる。

 誰がいるのかとドアの鍵穴から中を見てみると、そこには王座に座っているザキオス

王と、その横で笑っている王妃がいた。ザキオス王はまるで死人のような顔色をしてい

た。

 それを見てロイが、

「あの王様誰かに操られているよ」

「あの王妃か?」

「多分」

 王妃が何かを喋っているが、ドア越しからではその声が良く聞こえない。

 ドアを開けると見つかってしまうかもしれないので、ドアに耳を当て聞いてみると、

「ふふふ、そろそろ終幕だな。果たしてどちらが勝つことやら。まあどちらが勝とうと我に

は関係ない。まあイースが滅びるのが理想ではあるが、どちらにしろザキオスも滅びる

運命だからな」

「あいつ何言ってんだ?自分の国も滅ぼすつもりかよ」

「あの王妃様は人間じゃないよ。多分魔族だと思う」

「魔族?ははは。何バカ言ってんだよ。そんなわけあるわけねぇじゃねぇか」

「うー、信じてない。でも少なくとも人間じゃないよ。ゼオンは分からないの?」

「全く分からん」

 ゼオンはきっぱりと答える。

「はぁ〜。最近鍛錬を怠ってるからだよ。もっとそういう感覚磨いた方がいいって」

「うぃうぃ」

 そんな話をドアの前でしているとさらに王妃は、

「どちらが勝つか楽しみだな。そう思うだろ?お前たち」

 突然謁見の間のドアが開く。

 ドアに耳を当てていた2人は体のバランスを崩し、謁見の間へと倒れていく。

「ようこそ。我が城へ」

 王妃は倒れている2人を見ながらそう言う。

「ははは、見つかっちまったぜ」

「ふっ、お前たちは今までに侵入してきたやつらよりも容易に見つけることが出来た」

「あらら。やっぱ俺ってコソコソするのは合ってないみたいだな」

「イース王もこんな密偵にも使えないやつを送ってくるという事はネタ切れと言ったところ

か。それなら第1騎士団を出したのは正解だったな」

「第1騎士団だと!?」

 ゼオンは突然叫んだ。

「そう。ザキオス最強騎士団の第1騎士団だ。半日ほど前にここを発ったから程なく国境

あたりに着くだろうな」

 そう。第1騎士団とはザキオスで最も強いとされる騎士団であり、イース国の聖騎士

団と同等に近い強さを持った騎士団である。

 実際に今まで戦ったことがないのだが、両者が戦えばその辺り一面は荒野と化すと

言われていた。

「くそっ!あいつらが出てくれば聖騎士団が出るほかない。もしも聖騎士団が滅びるよう

な事になればイースはお終いだ」

「そうだろうな」

「こんなところに長居は無用だ。今すぐあいつらを追うぞ」

「分かった」

 2人は王妃に背を向けて謁見の間から出ようとしたが、見えない何かに阻まれ謁見の

間から出ることが出来なかった。

「な、何だ?」

「うーん、結界みたい」

「そうだ。ここから出たければ我を倒すことだな。それが出来なくば貴様らが死ぬことに

なる」

 王妃の姿が揺らぎ始め、揺らぎが収まったときには王妃の姿は無く、そこに立つのは

魔族の女だった。

「マジで魔族だったのかよ」

「ほら。僕の言った通りじゃん」

「あはは。ってそんな事言ってる暇無いって。何とかこいつ倒さないと」

「威勢のいい事だ。だが果たして貴様が我を倒せるかな?」

「倒さなきゃ殺されるなら倒すさ!それに早くここから出ないといけないしな」

 ゼオンは剣を抜き魔族に斬りかかる。

「遅いな」

 魔族が避けたために剣は魔族ではなく空を斬る。

「今のはほんの小手試し。次からが本番だ!」

「ふん。所詮は無駄なことだ」

 次々にゼオンは斬りかかるが、魔族はことごとく避けるためにダメージを当てることが

出来ない。しかしそれにも関らずゼオンはひたすら魔族に向かって斬りかかっていく。

「いつまで無駄な事を続ける気だ」

「もういいかな。ロイ!お前の防御魔法で王様を守ってくれ!本気で戦う!」

「分かってる!任せて!」

「なるほど。無駄に斬りかかってると思っていたらザキオス王から我を離していたのか」

 さっきまでザキオス王の横にいたはずの魔族は今は全く逆の謁見の間のドア付近

にいる。

「まあね。あの王様がいると戦いに集中出来なくて邪魔だからな」

「ふん。ならば本気で来てみろ。所詮我に傷つけることは叶わんだろうがな」

「それはどうかな!」

 ゼオンはさっきまでと比べ物にならない程の動きで魔族に斬りかかる。

「なっ!」

ザシュ

「ぐわぁぁ」

 ゼオンの一撃が魔族に見事に決まった。

 魔族は油断していたのだろう。左腕を切り落とされていた。

「どうだ?お前に傷つけれたぞ」

 ゼオンが満足そうに魔族に向かって言う。

「おのれ、人間風情が!」

 魔族が叫ぶといくつかの卓球の球くらいの球が魔族の周りに現れる。

「これでも喰らえ!」

 一斉に球からレーザーが発射されゼオン目がけて襲いかかる。

「くっ!」

 とっさに避けるがレーザーが早く、体のあちこちを大きく掠める。しかし致命傷には至

らないほどの傷である。

「へへへ。それがお前の本気か?」

 何ともないような口調だが、致命傷に至らないとはいえ、出血は激しくかなりやせ我慢

をしていた。このまま戦闘が続くと危険である。

「まだだ」

 再び魔族の周りに球が現れる。そしてゼオンへと向かってレーザーが飛び出す。

 それを今度はうまく避けながら魔族の方へ向かっていき斬りつける。

 しかしあと僅かなところで、

「ゼオン!後ろ!」

 ロイの声に反応して避けると、今さっきゼオンがいたところをレーザーが通過した。

 あのまま魔族に斬りかかっていたら確実にレーザーに貫かれ死んでしただろう。

「あぶねぇ〜。サンキュ、ロイ」

 するとロイはゼオンに向かって親指を立てた。

「くそ。邪魔が入らなければ殺せていたものを」

「次からは油断しないぜ」

 そして再びゼオンと魔族は戦いを再開した。

 

 

 両者が戦いを始めて20分が経とうとしていた。

 ゼオンも魔族もすでに満身創痍な状態になっていた。

「次で決めてやる」

「そうだな。俺も次の攻撃にすべての力を込めてやる」

 サギアの周りにさっきとは比べ物にならないくらいの球が現れる。そしてその球が次

々と合わさり合い1つの大きな球となった。

 ゼオンの方は残っている魔力をすべて剣に込めて最後の一撃に賭けている。

「いくぞ」

「来い!」

 巨大な球から極大レーザーが発射され、ゼオン目がけて飛んでいく。

「剣よ!」

 ゼオンが叫ぶと、剣から魔力が溢れ出し、その魔力が剣を覆い、その覆った魔力が

剣の何倍にも大きくなった。

 そしてその巨大化した剣を振り下ろすと、レーザーを真っ二つに切り裂いた。その剣

はそのまま魔族も切り裂いていた。
 
「そ、そんなバカな・・・たかが人間風情に2度もやられるとは」

 魔族はそう言うと床に倒れる。

 すると魔族の体に異変が起きた。魔族の自己防衛機能により、段々と体が硬い殻に

覆われていくのだ。

「はぁはぁ。たかが人間風情って人間を甘く見るんじゃねぇぞ」

 ゼオンもすべての力を出しつくしたために床へ倒れた。

「我を倒した貴様の名前を聞いてやろう」

「ゼオンだ。お前の名前も教えろや」

「我の名前はサギアだ。次に貴様―――ゼオンが生きているときに我が再び復活する

ような事があったらその時は真っ先に殺してやるからな」

「望むところだ。そん時は殻に覆われる前に止めを刺してやるぜ」

 

 

 そしてついにサギアは全身が硬い殻に覆われ、完全に沈黙した。

 

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