第17話 3年前の真実(後編)


「ふぅ。何とか勝ったぜ」

「凄いね〜。魔族相手に勝つなんて。てっきり負けるかと思った」

 ゼオンの言葉に対し、近くに寄って来たロイは冗談っぽく言った。

「おいおい。仲間の勝利を願ってろよ」

 冗談だとは分かっていても呆れてしまうゼオン。

「あはは。まあ勝てたから良かったよ」

「当たり前だ。負ければ殺されてたんだからこっちも必死だっての」

「そうだね。とにかくゼオン動かないで。すぐに傷癒すから」

「ああ」

 ロイは癒しの魔法でゼオンの傷をドンドン癒していく。

「随分魔力が上がったな」

「ゼオンと別れてから随分時が経ってるから。いつまでも昔の僕じゃないよ」

 ゼオンに褒められた事が嬉しく、ロイは少し自慢げに答える。

「そっか、そうだな。でもこれなら近いうちに兵士から騎士に昇進出来そうだな」

「別に騎士にならなくても僕は構わないよ。騎士になると色々面倒そうだし、雑用をやっ

てれば十分だよ」

「いや、お前の本気を知ればきっと嫌でも騎士に昇進だ」

「そんな褒めないでよ〜」

 そんな事を話しているうちにゼオンの傷はほぼ癒える。

「よしっ、傷は癒えた。すぐに第1騎士団を追って止めないと」

 ゼオンは何とかと言った感じで立ち上がり、謁見の間から出ようとする。そんなゼオン

をロイは止めた。

「そんなすぐには無理だよ。傷は癒えたとしても、体力も魔力も回復したわけじゃないん

だから」

「そんな事は分かっている。でもこれは仕組まれた戦いだ。急いで止めないと」

「それは分かるよ。でもさっきも言ったとおり、ゼオンは体力回復してないんだよ。そんな

状態でまともに走れるわけない。現に今だって起き上がるのに苦労してたじゃないか」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

 急がなきゃならないのに体が満足に動かない苛立ちで、ついゼオンはロイに怒鳴って

しまう。

「僕に考えがある」

 一言そう言うと、ロイはザキオス王の方へ向かう。

 ザキオス王はサギアの呪縛から解けたために気を失っていたのだが、そのザキオス

王をロイは起こす。

 起きたザキオス王は操られていた時の記憶がほとんど無かったために、今回の事件

の真相を話すと半分信じられないような顔をしたが、近くで石化している魔族サギアを

見て納得するする他無かった。

「そうじゃったのか」

「今も操られていたあなたの命令により、第1騎士団がイース国へと向かっている状態

です」

「何じゃと!?それはいかん!今すぐ止めなくては」

「はい。それなのでザキオス国で保有している竜をお借りしたいのですが」

「本来なら他国の者に貸すのは無理なのだが非常事態だ。良かろう。首に金の輪が付

けられているのを借りていけ。1人用だがその竜が1番早い」

「ありがとうございます」

 ロイはゼオンの方を向くと、

「これで移動手段は確保出来たから、あとは竜の背中に乗って着くまでは体力回復専

念するといいよ。僕も後で追うから」

「サンキュ。ロイ、ザキオス王」

 そしてゼオンは竜の背に乗り、第1騎士団を追って戦闘を繰り広げているであろう国境

へ向かった。

 

 

 時は少し遡り、ゼオンがザキオス国へと到着した頃。


「大変です!国境付近にてザキオスの第1騎士団が現れたの事!現在ラースの街で

待機していた聖騎士団が向かっているとの事です!」

 慌(あわただ)しくイース王のいる謁見の間に入ってきた兵士が、伝書で飛ばされてき

た内容を伝える。

 ラースの街は国境から1番近い街であり、こういう事態の為に前もって待機していたの

だ。

「ついに出てきたか。両国最強同士の戦いだ。おそらくこれが最後の戦いになるだろう

な。やはり真実は分からずじまいで終わってしまうのか」

 イース王は落胆の意思を隠せないまま、この戦いの行く末を見守るしかなかった。

 

 

 国境付近では今までにないような壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 ついに両国最強同士の聖騎士団と第1騎士団の戦いが始まったのだ。

 あちこちでは魔法が飛び交い、地形を徐々に変えつつあった。

 その魔法が飛び交う中を颯爽(さっそう)と駆け抜ける影もいくつかあり、その影により

時間が経つに従って徐々にだが飛び交う魔法の数は少なくなっていく。 

 戦いが始まって4時間が経過した頃だろうか。

 今までは互角で渡り合ってきたはずの聖騎士団が押され始めてきていた。

「何だ?急にあいつら強くなった気がしないか?」

「いや、気のせいなんかじゃなく実際に強くなっている」

 そう。第1騎士団が急に強くなったのだ。両者ともこれまでの戦いで疲労もかなりのは

ずなのだが、まるで今までの戦いが無かったかのような動きで第1騎士団は聖騎士団

を翻弄する。

 そして1人、また1人と聖騎士が倒れていく。

 最初は50対50くらいだった両者の数は今や10対20ほどになっていた。

 かなり聖騎士団にとっては分が悪い。

「はぁはぁ。一体何がどうなってるんだ?」

「これは何か秘密がありますね」

 迫り来る剣や、魔法を避けながら何とか避ける聖騎士。

「歌だ。どこからか歌が聞こえた頃から強くなりだしている」

 聖騎士団長であるリオンが答えてきた。

「聞いた事がある。歌魔法と呼ばれ、その歌声により自身の潜在能力以上の力を出す

とともに、その効果を仲間へも及ぼすことが出来る魔法があると」

「それではザキオスにその魔法を使える者がいるというんですか?」

「おそらく。だが今は失われし魔法と聞いていたのだが・・・」

 しかし耳を澄ませば確かに騒音の中でも歌声が聞こえてくる。

「とにかくこの歌を止めさせなければ勝てない。私がその者を探そう。そして一時的にだ

が歌を止めさせる。それまでみんな堪えてくれ」

 そう言うとリオンは歌が聞こえてくる方向へ走り出す。

 

 

「あそこか」

 少し走ると少し離れた大きな岩場の上に1人の少女が立っており、目を瞑ってひたす

ら歌を歌っていた。少女は軽装の甲冑を着て、体にやや不釣合いな少し大きな剣を腰

に下げている。

 少女に気付かれないよう、リオンはゆっくりと気配を消して近づいていく。

パキッ

 しかし途中で落ちていた木の枝を踏んで音を立ててしまった。

―――しまった。見つかったか。

 そう思い少女を見るが、歌を歌うのに集中しているのか気付いてはいないようだった。

 そして再びリオンは音を立てないように周りに注意をしながら慎重に近づいていく。

 しかしここでリオンは重大なミスをしていた。

 疲労のためか、周りに注意をしすぎていたためなのか、歌が止まっていることに気付

いていなかったのだ。

 それに気付かずリオンはさらに近づいていく。

 そして歌が止まっている事に気付いてリオンの動きが一瞬止まった瞬間―――リオン

の喉元に剣が軽く当てられた。

「なっ!?」

 さっきまで岩場にいたはずの少女が、リオンの動きが止まった一瞬の間にリオンの前

に現れ、リオンの喉元に剣を突きつけていたのだ。

 リオンは身動きが取れない状態になる。もし不用意に動いたら喉を一突きにされるだ

ろう。

「弱いな。こうも簡単に殺せてしまうようでは」

 少女はリオンを見ながら一言そう言う。

 そのリオンを見る瞳には光などはなく、ひどく濁った目をしていた。

「これでは面白くない。本気でかかって来い」

 少女は剣を引き、一足跳びでリオンから少し離れた。そして再び剣を構える。

「これを貸しだと思わないことだ。次に隙があるときは容赦なく殺す」

 そして少女はリオンに向かっていき、剣を振り落ろす。

 リオンは何とかその一撃を剣で受け止めたが、その一撃はとても少女とは思えない重

さだった。そのために体のバランスをやや崩す。

 それを見逃さず、少女は心臓目がけて攻撃をしてくる。

ザシュッ

「くっ!がはっ!」

  とっさに体を捻り心臓を串刺しにされなくて済んだ。しかしわき腹を貫かれてしまい、

血がドンドンと流れていく。これではもうまともに戦う事は出来ない。

「まともに戦ってもこの程度か。これなら私1人でも聖騎士団を滅ぼせそうだな」

 冷たい視線でリオンを見てそう呟く少女。

「つ、強い。こんな少女がこれほどの強さを持っているとは・・・」

「そろそろ死んでもらおう」

 そしてゆっくりと剣を構える。

―――ここで終わりか。自分にもっと力があれば・・・。

 そんな自分の無力さに打ちひしがれているリオンに少女は剣を振り下ろした。

ガキッ!

 しかし少女のその剣はリオンに届くことなく、ゼオンの剣によって止められた。

「間一髪。ギリギリで間に合ったぜ」

「誰だ。お前は?」

「ゼオンか?何でここに?」

「この戦いを止めに来たんだよ」

 リオンに向かってそう言うと、今度は少女の方に向かって、

「もうこの戦いは終わりだ。ザキオス王も今回の事件はイース国の仕業ではないって理

解してくれたんだ。だからもう止めろ」

 しかし少女は聞く耳など全く持っていなかった。

「誰が敵国の言うことなど間に受けるか」

 確かに少女の言うことも一理ある。

「だけど信じろ!本当にイース国の仕業じゃなかったんだ。今回のは魔族の仕業だった

んだよ!証拠だってザキオス城に行けばある!だから―――」

「私は王の言うことしか信じない。お前も敵なら殺すまで」

 少女は一向に聞く耳など持つつもりはないようだった。

「ああー、もう面倒だ。一度戦闘不能にして無理やり連れてってやる」

「お前には出来ない。そこに転がってる聖騎士団長ですら私に手も足も出なかったんだ

からな」

「それはやってみなければ分からないだろ!」

 ゼオンは剣を構えて少女に向かって斬りかかる。

 それを少女は剣で受け止め、押し返す。

 そして今度は少女が一足跳びでゼオンに向かって剣を振り下ろす。

 それを何なく受け止め、ゼオンも押し返す。

「何だ。大したこと無いじゃん。剣撃にも重さがないし」

「魔法が切れたか」

 少女は少しゼオンから離れ、再び歌魔法を使おうとする。

 それを見てリオンは倒れながらもゼオンに指示を出す。

「ゼオン!あいつに歌を歌う隙を与えさせるな!歌によって強くなるぞ!」

「わ、分かった」

 リオンに言われ、急いで少女の方へ向かう。

「歌う隙を与えない気か」

「何か良く分かんないけど兄貴がそう言うんでね」

 次々と攻撃を加えて歌を歌う隙を与えないようにするゼオン。

 それをやっとながらも剣で受ける少女。

 このままいけばゼオンの勝ちは確実だった。

 しかし―――

「面倒だ。王には非常事態のみに使えといわれているが本気で行くとしよう」

 そう言うと、少女から凄まじいまでの魔力と、そして殺気が溢れ出す。

 直感で危険を感じたゼオンはすぐさま反射的に少女から離れた。

 溢れ出す魔力と殺気が収まったかと思うと、少女は戦慄するような歌を歌い、そしてそ

の場から一瞬で姿を消した。そして―――

ドスッ

 後ろから何かが刺さるような音がした。

 音のしたほうを見ると、そこにはリオンの心臓を串刺しにしている少女の姿があった。

「これでいい。団長が死んだとなれば残りの聖騎士など雑魚だ」

 少女はそれを満足そうな笑みで言う。

「お・・・お前何してんだよ?」

 ゼオンは今起こってることが信じられなかった。

「見て分からないのか?聖騎士団の団長を殺したんだよ。これで我が国の勝利のような

ものだ」

 少女は相変わらずの笑みで答える。

―――兄貴が殺された。この女に?嘘だろ?

 ゼオンはあまりの事にショックを受けた。目の前で兄が殺されたのだ。完全な放心状

態になってしまっていた。

「体ごと持っていくのは面倒だ。首だけ持って帰るとしよう」

 その言葉を聞きゼオンは現実に引き戻された。

「やめろ!これ以上兄貴に触るな!」

「触られるのが嫌なら私を倒してみろ」

「やってやるさ!お前を殺してやる!」

 ゼオンは怒りのために冷静な判断が出来なくなっていた。

 すでにゼオンの頭の中には当初の誤解を解かせるという考えなど無く、ただ兄の敵を

取るために殺すことしか考えていなかった。

 怒りによりゼオンの能力は力・速さなど上がったので最初は少女に対しても傷を負わ

せることが出来ていたのだが、肝心の攻撃パターンが一定化しているために本気+歌

魔法状態の少女には次第に動きを読まれて、すでに攻撃を当てることが出来なくなって

いた。

「くそっ、くそっ!」

 やけになりながら当たりもしない攻撃を続けるゼオン。

「今のお前は見ていて愉快だ。だがもうそろそろ終わりにしよう」

 少女はそう言うとゼオンの攻撃を避けて、心臓目がけ剣を突き刺そうと構える。

 そして突き刺さる瞬間―――

「エスペリア!!!そこまでじゃ!!!」

 突然大きな声があたり一面に轟いた。その声によりエスペリアと呼ばれた少女の剣

はゼオンの左胸にもう少しで刺さるというところで止まった。

 そしてエスペリアは剣を引き、鞘に剣を収める。

―――何だ?今の声は。

 ゼオンは突然の大きな声、そしてその声に答えて剣を収めた少女を見て呆気に取ら

れ怒りを忘れてしまう。 

 すると遠くの方からロイが走ってくるのが見えた。その後ろではザキオス王もいるよう

だ。

「ゼオーン!良かったよ〜。間に合って」

 ロイはゼオンに向かってくるとそのまま抱きついてきた。

「おい、俺はそんな趣味ないぞ!」

「だってあと少しでも遅れてたらゼオン殺されていたんだよ?良かったよ〜」

 ロイはひたすらゼオンに抱きつきながらその胸で泣いていた。

 

 

 ロイが泣き止むのを待ってゼオンはさっきの大声を出したザキオス王に問いかけた。

「色々聞きたいことはあるけど、まずはこいつは何者なんだ?」

 ゼオンはザキオス王の後ろで済ました顔で立っているエスペリアを見て聞いた。

「ああ。この子はエスペリアと言って、孤児なんじゃ。昔、城の前で倒れているのを見つ

けてな。迷子かと思ったんじゃが誰も引き取りに来なく1年も経ってしまったためにワ

シが引き取る事にしたんじゃ。おぬしも知っての通り不思議な魔法も使えたんでな」

「それで他の国にも秘密でその不思議な力を持つこいつ育ててたわけ・・・と」

「いや、他の国に伝えて無駄な争いの種になる事を恐れていたんじゃ。エスペリアの強

さは測りしれないところがあるのでな。だから今まで隠してきたのだが、今回の事によっ

て知れ渡ることになるだろう」  

 ザキオス王は落胆の面持ちでいた。

「だろうな。何せ俺の兄貴である聖騎士団長を殺したんだからな」

「すまない事をしたと思っている。許してくれ」

 ザキオス王はゼオンに向かって頭が地面に着くくらいの土下座をした。

「そんな事をしても困る。どうせ兄貴は生き返らないんだ」

 そう言うとゼオンはエスペリアの方を見て、

「お前は許さない!絶対にこの敵は討つ。せいぜい首を洗って待ってろ!」

 そしてゼオンはこの日を境にイース国から姿を消してしまった。

 

 

 今回の事件が魔族の仕業だと分かり両国は直ちに戦争を終結させ、これによりすべ

ての戦いは終わったのだった。
 

 

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