エスペリアさんの説明にアスが所々付け足して私は3年前の真実を知った。
過去の真実を語り終えた後、短いようで長い静寂が訪れる。
2人の顔をチラッと見るとエスペリアさんは後悔の念に駆られている様な表情を、アス
は昔を思い出したために膨れ上がった強い怒りを堪えているようだった。
「信じられない。でもエスペリアさん本人がそう言ってるんだから・・・本当なんだよね」
私が思っていることを正直に言うと、エスペリアさんは「ええ」と一言だけ返事を返して
きた。
「これで分かったろ?俺がこいつを憎んでいる理由が」
「うん。でももう済んだ事・・・って言うのは少し言葉が悪いかもしれないけど、いつまでも
引きずるのはよくないと思う」
「そんな事言わ―――」
「確かに兄さんを殺された事で怒りがあるのは分かるよ。あれは戦争だったんでしょ?
冷たい言い方だけど、いつ死んでもおかしくないところで命を懸けて戦ってるんだもん。
だから・・・」
自分の思うように言っていたものの、途中でうまい言葉が思いつかず言葉につまって
しまう。
「・・・・・・くそっ!確かにそうだ。そんな事言われなくても分かっているさ!あれは戦場
だったんだ・・・。殺されても仕方ないのは自分でも分かっているさ!」
私の言葉を聞きアスはそう怒鳴った。
そして少しの沈黙の後、どこか寂しそうに悟ったような顔をして、
「ふっ。年下のお前にそんな事言われるとは思わなかったな・・・。兄貴が死んでからもう
3年。そろそろ時効にしてもいいのかもな」
「えっ?!それってエスペリアさんを許すって事?」
「ああ。いつまでも過去に捕らわれてると兄貴が浮かばれないかもしれないしな」
その言葉を聞きまるで自分の事のように喜びながらエスペリアさんの方を見た。
「良かったね。エスペリアさん!」
「ええ。ありがとうございます。ゼオン」
エスペリアさんは自分の過去の過ちを許してもらえた事を心底喜んでいるようだった。
その後、アスはエスペリアの方を向き、
「お前に1つ言っておく。俺はもう『ゼオン=マークス』じゃない。『アス=リジェルド』だ。
だからゼオンとは呼ぶな」
「分かりましたわ、アス。それなら私の事は『リア』と呼んでください。『エスペリア』の名
はあまりにも有名過ぎますから」
「ふん。何か嫌味に聞こえるな」
「気のせいだよ。私にはそう聞こえないもん」
どうやら『有名』という言葉に反応したのかアスが突っかかったのでまたおかしな方向
に話がいかないようにフォローを入れた。
やっぱりそんなすぐには割り切れないのだろうな。
アスの体がそれなりに動くようになる頃にはもう日が昇り始めていた。
私たちはリア(あの後私もエスペリアさんにそう呼ぶように言われた)と別れ、今はア
スの大親友であるというロイに会うためにグラン城へと向かっていた。
あっ、そうそう。その前に宿屋に置いてあった荷物を取りに行ったんだけど、宿屋の壊
れ具合は凄かった。
外から見ればある1室の窓があっただろう壁は破壊されすでになく、部屋の中がばっ
ちり見えており、とても見晴らしのいい部屋になっていた。そして部屋の中は壁や天井、
それに床にところどころ穴が開いていたりしていて無残な情景になっていた。
まあ部屋をこんな全壊させたのだから恐ろしく修理代や賠償金を取られるかと思いき
や、グラン王が手を回していたのか何のお咎めもなしだった。これには感謝をしなくては
いけないな。
そんなわけでグラン王にお礼を言うためにも私たちはグラン城へと向かっていた。
「しかしアスってホント強かったんだね。3年前に魔族を倒してたなんて」
「そんな事もない。あの時はまだサギアの力が弱っていた状態だったから勝てたような
ものだ。もし3年前に完全な状態のサギアと戦ってたら確実に負けてたさ」
「それでも魔族を倒したには違いなし、すごいと思う」
「ふっ、お前に褒められると体が痒くなってくる」
そしてアスは体のあちこちを掻き出した。
「あー、失礼なやつ。せっかく何の偽りもなく褒めてたのに」
私は頬を膨らませた。そんな私を見てなのか、アスは何だかよく分からないが穏やか
な感じの表情をした。
「悪かったよ。俺の正体や過去を知っても前と変わらないお前を見てなんか嬉しくて」
「・・・当たり前だよ。昔はどうだったにしろ、私の知っているのは『ゼオン』じゃなくて『ア
ス』だもん」
そっか。だからそんな穏やかそうな顔をしてたのか。前と対応が変わらないのが余程
嬉しかったんだろう。今は気味の悪いくらいの笑みも浮かべてるし。
まああまり暗くなる話は好きじゃないので私は話題を変えてみた。
「今から会うロイって人は今騎士団長だっけ?」
「ああ。聞いた話だと半年くらい前に団長になったみたいだな」
「すごいよね。アスもすごいけどさ、17歳にしてもう団長なんて」
「元々才能はあったからな。それに最下級の騎士団の団長らしいから、まあ実力からし
たら不適正なところにいると俺は思うけどな。あいつの実力ならグラン国最強騎士団『王
虎(おうこ)』の団長とはいかなくても騎士にはなれると思うんだけど」
「ふーん。そうなんだ」
そうは言われても他国の騎士のシステムとか知らないので、最下級と言われてもいま
いち分からないけど。
まあそれでも一般兵士から騎士団長になったんだから大きな出世だろう。
そんな事を考えていると、アスが急に足を止めた。
「どうしたの?」
アスの顔を見ると真剣な顔をしている。
「このままこの道歩いてると何か不幸が起こりそうな予感がする。少し遠回りしよう」
「えっ?」
アスは急に来た道を戻りだす。私はよく分からないがアスと同じように来た道を戻るこ
とにした。
だが、少し歩いたところでまた止まり、「ダメだ。こっちの道も危険な予感がする」と言
い、また来た道を戻って他の道で行こうとする。
それに従いまた違う道で城に向かい、あともう少しで城に着くというところでまた立ち
止まる。そしてまた他の道で行こうとするが、いい加減歩くのが面倒になっていた私は
戻ろうとするアスの服を掴み戻らせないようにする。
「何するんだよ、リン」
「もうヤダ。もう目の前に目的の場所があるんだからこのまま行くよ」
「いや、待て。もう1回だけチャンスを」
「意味不明なこと言うな〜」
私は嫌がるアスを無理矢理引っ張りながら城門まで来た。
そして入ろうとしたところで後ろから突然とても元気な大きい声がした。
「あー!ゼオーン!久しぶり〜!」
私が声のしたほうを向くとその瞬間、
ドゴッ!
「うぉ!」
何者かによってアスが勢いよく蹴り飛ばされていった。
「あれれ。ちゃっと勢いつけすぎたかな。あはは」
一瞬の出来事だったためにすぐには何が起きたか分からなかったけど、どうやらアス
を蹴り飛ばしたのは今私の目の前にいる少女らしい。
歳は私と同じくらいで、見た感じ(というかもう見てるけど)元気はつらつとした感じの少
女だった。特徴と言えば、腰まである長いサラサラとした黒い髪がとても綺麗に見える。
ゼオンって名前を呼んでたし、昔の知り合いなのだろうか。
「誰?」
私が率直に少女に聞くと、
「初めまして。うちはゼオンの恋人のルイって言います。そういうあなたは誰ですか〜?
私のゼオンと随分仲のいいようですけど」
そういい私の顔や体をジロジロ見る。そしてポツリと一言、
「勝った」
おお?何か嫌な感じな女かも。てかアスにこんな恋人いたのか。
でも何だろう。何かモヤモヤした気持ちが・・・。
「私はリン。今はあいつと一緒に旅してるんだよ」
「むっ!ゼオンを『あいつ』呼ばわりするなんて許しません!」
恋人を『あいつ』呼ばわりされたのが気に入らないのか私を睨む。
どうやら会っていきなり私を敵と判断されたかもしれないな。でも私もなぜかこの女を
本能で敵として見てるかもしれない。
「訂正しなさい!」
「何でさ?私はあいつと仲間なんだからどう呼んだっていいでしょ?」
「ダメです!恋人の私が許しません!」
「だから何であんたに許可取らなくちゃいけないのさ!」
「それは恋人だからです!」
「だから意味分からないって!」
そんな事を城門前で言い合っていると、
「はいはい、そこまで」
突然ルイと言い合っていた口を手で塞がれ声を出せなくなる。ルイの方も同じく手で口
を塞がれていた。
口を塞いでる主を見ると、そこにはアスよりもやや背の高い青年が立っていた。
「ルイ。よりにもよって城門で騒ぐとは情けないぞ。もう少しおしとやかにしたらどうだ」
そう青年に言われるとルイは口を塞いでいた手を振りほどき、
「ちょっと黙っててお兄ちゃん!うちのゼオンをかどわかすこの悪女を退治しないといけ
ないんだから!」
はい?悪女ってもしかして私の事?何言ってるんだよ、この女は。私が悪女ならあん
たは何?って感じだよ。
「悪女ね〜。また面白い表現されたな」
いつの間にかアスが私の横に立っていて耳元でそう言った。
私も口を塞いでいた手を振りほどきアスに食って掛かる。
「うるさいな!あれは何?何かムカつくんだけど」
「何ですって!うちだってあんたの事気に入らないよ。うちのゼオンを独り占めするなん
て!」
だが、そんな私たちの事を無視してアスは青年と話す。
「相変わらずルイはじゃじゃ馬みたいだな」
「ああ。何とかしようとは思っているんだけど、歳を重ねるごとに思い込みが激しくなって
いっちゃって直るどころか悪化の道を辿ってるよ」
「あはは。だからルイは俺が恋人だと思い込んでるわけか」
「ああ。アスが3年前に姿を消して以来、僕にはたまに連絡をくれてたけどあいつには連
絡しなかっただろ?そのせいなのか憧れの気持ちがいつの間にか恋する気持ちにすり
変わっちゃってたみたい。それに思い込みが加わって『愛する男の帰りをただひたすら
待つ健気な乙女』って思い込んで、ああなったんだよ」
「そうなるまでほっと―――」
「あ・・・」
ゴン!
あまりに人のことを無視するので私はアスの頭を叩いた。すると、
「ちょっと私のゼオンに何するのさ!許さないんだから!」
アスを殴ったことに怒って殴りかかってきた。
私もいい加減このわけの分からない女に対して頭にきていたので、売られた喧嘩を買
い城門の前というのも気にせず喧嘩の火蓋は切って落とされた。
俺はその光景を見て呆れていた。そしてその横にいる俺の大親友のロイも同じく呆れ
かえっていた。
「はぁ。何やってんだか」
「全くだ。我が妹ながら情けない」
「止めないのか?」
俺は喧嘩している2人の方を見てロイに聞く。
「止めるよ。公衆の面前であれは醜すぎて他人のフリで過ごしたい気もするけど」
そう2人の喧嘩は見てて酷かった。
まだお互いの力をぶつけ合っての殴りあいの喧嘩なら良かった。
だがこの2人の喧嘩は髪は引っ張るやら、口に手を入れて口を裂けさせるように引っ
張るやら、鼻の穴に指を入れて引っ張るなど、見てて耐えない醜い喧嘩だったのだ。
今やその騒ぎを聞きつけて街の人が集まりだし、気付くと俺たちの周りに人垣が出来
ていた。もはや他人のフリなんかも出来なく、いい晒し者である。
「恥ずかしいな」
野次馬の俺を見る目がとても痛く感じる。
「僕もそうだよ。さらにはその当事者の1人が自分の妹と思うと情けない」
ロイも同じらしく、さらには身内の恥を嘆いていた。
「それを言うならこっちだってそうさ。仮にもイース国の王女がこんなところで醜い喧嘩だ
ぞ?もしリンの正体が知れたらイース国の品位がガタ落ちだ」
「確かにそうだね。じゃあ早いとこ止めようか」
「ああ、そうだな」
俺たちは協力して2人を止めに入った。
「おい、リン!こんなところで喧嘩するのは止めろ!」
「ルイも喧嘩を止めろ!兄として恥ずかしいぞ!」
しかしそんな俺たちの言葉に対して2人は俺たちのほうを向き、
「「うるさい!2人は黙ってて!これは私たちの戦いなの!」」
喧嘩しているにも関らず、この時だけは息の合った言葉で怒鳴り返してきた。
その怒鳴るときの2人の顔があまりの迫力だったために俺たちは何も言えなくなってし
まった。男として情けないな・・・。
「何言ってもダメっぽいな」
「はぁ〜。仕方ない。ちょっと2人とも地下の方で頭冷やしてもらおうか。僕たち今から用
があることだし。いいよね?」
「ん?地下で頭冷やす?」
すぐにはロイの言ってることが理解出来なかったが、
「ああ。なるほど、そういうことか。いいよ。今のあいつはただの女旅人だからな。全く問
題なしだ」
「うん。じゃあ連れてくね。もうちょっとそこで待ってて」
そういうとロイは喧嘩してる2人の方へ近づき、
「彼(か)の者達に戒めの風を」
そう呟くと2人の周りに風が撒きつき身動きを取れなくする。
ロイは束縛の魔法を使ったのだ。これは束縛系の魔法の中ではあまり威力のない魔
法であり、人を傷つける事のない束縛魔法である。
「うわ!何だ何だ?何かが体に絡み付いて動けない」
「ちょっとお兄ちゃん!邪魔しないでよ!」
「2人ともおふざけがちょっと過ぎたから、少しお城の地下で頭冷やしてもらうよ」
「お兄ちゃん、最悪〜!可愛い妹を牢屋に入れる気なの?!」
その『牢屋』の言葉を聞き、私もルイと同じようにロイに向かって非難の声をあげようと
した。しかしそれより前に、
「リンさん、悪く思わないでね。これも僕の仕事なんで。それにちゃんと保護者からは許
可もらったので」
そう言ってロイはアスの方を見る。
私もアスの方を見ると、アスと目が合った。私は目で牢屋送りは止めるように訴えてみ
るが、アスはにっこり笑ってバイバイと手を振ってきた。
「なっ!」
あいつ、私を牢屋送りにさせるなんて許せない。牢屋出れたら絶対体の芯まで焼き尽
くしてやるんだから!!!
「アス!覚えてろよなー!!!」
こうして私とルイはグラン城の牢屋へと送られていったのだった。
|