「しかし本当に良かったのかな?イース国の王女様を牢屋に入れちゃって」
「問題ないさ。国王からは『王女と思わず行動すればいい』って言われてるからな」
俺たち2人は今、馬車に乗って聖域へと向かっていた。
リンはもちろんグラン城でお留守番。(実際は牢屋に入ってて出れないだけ)
まあ城にいた方がこれから起きるかもしれない危険な事に巻き込まれないで済むし、
リンに怨まれようともあそこにいてくれた方がいいだろう。
「そうなの?意外だよ。僕のイメージでは国王は割としっかりした人だと思ってたのに」
「人前ではそうらしいけど、実際にはそうでもないらしいぞ」
「そうなの?」
「現にリンが王宮を飛び出した後さ、ちょうど久しぶりにあの国に戻ったんだよ。そしたら
密偵に見つかって王宮に呼び出されたんだよな。てっきり3年前の事について何か言わ
れるのかと思ったらさ、あのおっさん何て言ったと思う?」
ロイは思いつかないのか考えていたので、そのまま話を続けた。
「それがさ、『リンが王宮から抜け出して旅に出たから一緒についていってやってくれ』、
だってよ」
「『連れ戻せ』、じゃなかったんだ」
「ああ。俺も少し気になって聞いてみたら、『あのじゃじゃ馬娘には手が焼けて仕方がな
いから、しばらく自由に行動させてみる』って言ってた」
「で、お守り役でアスが選ばれたと」
「ああ。他の騎士だと礼儀があって我がままなリンとはうまくやっていけないだろうから、
だってさ」
「あはは。でもそれって言い換えれば、アスは礼儀がないから適任だったって事だね」
ロイは苦笑いをしながら言った。
「ああ。そうなるな」
「よくそんなアスにとっては面倒な事引き受ける気になったね。いつもなら面倒って断る
よね?何か交換条件でもしたの?」
「交換条件というか、賭けを持ち出された」
「賭け?」
「今の聖騎士団と戦って、全員に勝てなかったら大人しく聖騎士団に入団してリンのお
守りをしろってな」
「ほー。それでアスが全員に勝ったときはどうなるはずだったの?」
「今後一切俺に干渉しないって事だった」
俺は自由気ままに生きたかったからそう言う条件を出したのだが、
「でもリン王女と一緒にいるという事は負けたんだね」
「あれは卑怯な手だったぞ。てっきり勝ち抜き戦だと思って了承したら、実際は聖騎士
全員まとめて相手させられたんだからよ」
そう。いざ戦いの場、コロシアムに行って戦いの方法を聞いたら勝ち抜き戦ではなく、
時間がもったいないから一度に全部相手をしろと言い出したのだ。
もちろん文句を言ったのだが、俺は戦いの方法を聞かずに了承してしまっていた。
そのためそこを付かれて、結局俺の言い分は却下され全員と一度に戦うはめになっ
たのだった。
「あはは。それはいくらなんでも勝てないよね」
「10分もしないで負けたよ。昔はあんな卑怯な手を使うおっさんじゃなかったのにな〜」
「卑怯な手を使って勝ってでも、自分の子供を守って欲しかったんだよ」
「とにかく負けたから聖騎士団に入って、ある程度の地位をもらって、一緒に旅をしてい
るわけだ」
「なるほど。でも楽しいはずの旅が何か面倒な事に巻き込まれたね」
「ああ。でも大して目的のない旅よりは楽しいかもしれないな」
「あー!むしゃくしゃするー!!!」
私はとにかく荒れていた。
理由はもちろんこんな地下の薄暗く汚い牢屋に入れられたからだ。
ここって何かジメジメしてるし、空気が悪い。もうはっきり言って衛生状態がいいとは言
えなかった。
魔法を使えば簡単に出れるんだけど、私の両手首には魔法封じの腕輪が付けられて
おり、魔法は一切使えずにいたので、それも+α(プラスアルファ)で苛立たせていた。
さっきから荒れて怒鳴っていた私に、一緒に牢屋に連れてこられたルイが、
「うるさい。黙っててくれない?」
と、言った。
牢屋数の節約だかって事で、ルイとは同じ牢屋に入っている。
「これが黙ってられるわけないだろ!大体よく考えればあんたのせいでこんなところに入
れられたんじゃないか!」
「何ですって!私が悪いって言うの!」
「そうだよ!あんたが喧嘩を売ってこなければこんな事にならなかったじゃないか!」
「何言ってるのさ!私のゼオンをたぶらかした悪女のくせに!」
「なっ!?あ、悪女って・・・」
私はカチンと来て文句を言おうとした。
だが、突然ルイは目を見開いたかと思うと、どこか焦点が合っていない虚ろ目になり、
「あ〜、可哀想なゼオン。こんな変な女にたぶらかされて。きっと弱みでも握られている
のね。でも大丈夫。私がこの女からあなたを開放してあげるから」
わけの分からないことを言って、私を睨みつける。
「さあ覚悟なさい!」
「ちょっとあんた頭おかしいんじゃないの?!勝手に解釈しないでよ!」
「私のゼオンをたぶらかすやつは私が許しません!」
私の言うことは一切聞かず、私を地面に押し倒し、いきなり首を絞めてくる。
いきなりの行動に私は唖然とした。
てっきり殴られると思ってたのにいきなり首を締められてしまっているのだ。
「ち、ちょっと。やめ・・・うぐっ!」
「待ってて、ゼオン。もうすぐあなたは自由になれるわ」
ヤバイ!この女、目が完全にイッてるよ。このままだと冗談抜きで殺される!
何が起きたのか分からないが、突然私はルイに殺されようとしていた。
どうにか手を振りほどこうとするのだが、首を絞める力は女とは思えないほどの力だっ
た。さっきの喧嘩の時とは大違いだ。
「な・・・すごい力・・・」
「ふふふ。もうすぐ自由に出来るわ。待ってて、ゼオン」
さらに首を締める力が強くなる。
「あぐっ!・・・くる・・・し・・・」
段々と意識が遠のいていく。
私このまま死んじゃうのかな?まだ色々やりたい事あったのにな・・・。
「騒がしいぞ!何してる!・・・って、おい!何してるんだ!」
見張りの兵が私たちの騒ぎを聞きつけやってきた。
そしてすぐさま異変に気付き、首を絞めているルイを私から引き剥がす。
「げほっ!げほっ!・・・すーはー。すーはー」
私は急いで酸素補給をした。
「おい!お前、一体何をしよ―――」
ボン!
兵士のセリフが突然途切れ、それと同時に変な破裂音がした。
私は何かと思い見ると、
「余計な邪魔を」
そこには頭が吹き飛んで倒れた兵士と、それを見下ろすルイの姿があった。
「えっ!?」
「さあ、今度はお前の番だ」
突然の事態に私は混乱して何が何だか分からなかった。
ただ1つ分かるのは、このままここにいればルイに殺されてしまうという事。
幸い出口は私の後ろだ。 今はとにかく逃げるしかない。
すぐさま私は牢屋から抜け出し、出口へ向かって走り出す。
そんな私を他の兵士は脱走者だと思い追ってくるのだが、後から追ってくるルイに寄っ
て次々と殺されていく。
「一体何がどうなってるのさ?!わけ分かんないよ!」
混乱しながらも牢屋の出口の階段を上がり、私は城の広い中庭に出た。
そう。正に出た瞬間だった。
ゴオオオオオオオ!
出口から突如炎が舞い上がった。あと少しでも遅れていたら、あの炎で焼かれていた
だろう。そして今の炎でおそらく牢屋の中は完全に焼き尽くされ、他に牢屋に入っていた
人は誰も生きてはいないだろう。
そうただ1人を除いて。
「運がいいやつだ。間一髪で生き延びるとは」
その声とともに炎の中からルイが現れた。
いや、こいつはルイじゃない。ルイは魔法が使えないのだ。
何となく分かる。こいつは魔族だ。
「あんた、魔族でしょ?」
「誰でもいいだろう。どうせお前はここで殺されるのだから」
ルイは業火(ごうか)の炎を放つ。
「そう簡単にはやられないよ!」
私はすかさず防御魔法で防ぐ・・・が、魔法が発動しない。
しまった!この腕輪のせいで魔法使えないんだった。
「やばっ!」
もうダメかと思い目を瞑るが、いくら経っても私が焼かれる事はなかった。
何故ならば騎士の防御魔法によって守られていたからだった。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと。助かった」
「ここは危ない。すぐに避難するんだ」
「でも・・・」
「いいから早く!この防御魔法もそう長くはもたない。急ぐんだ!」
「は、はい!」
私は騎士に急(せ)かされ急いでその場から去ろうとした。
しかしルイはそれを許さなかった。
「逃がすものか!」
「くっ!ぐわっー!!!」
ルイの放つ業火の炎はさらに強さを増し、騎士の防御魔法を破り、そのまま私目がけ
て向かってきたのだ。
私はそれを何とか避けて助かったものの、間を入れずに再び業火の炎が私に迫る。
「くっ!魔法が使えれば・・・これくらいどうって事ないのに」
普段なら魔法で身体能力を高め戦うのだが、今の私は魔法が使えないため何の魔法
の補助もなく避けていた。
今はかろうじて避けてはいるが、ほとんど反射的に避けているため、そう何回も避け
れそうになかった。
最初は綺麗な木々などもあった中庭も、今では焼け野原と化していた。
そしてその焼け野原の上にはいくつもの黒い物体が横たわっている。
それは人間が炭化したものだった。
避けるのに必死で周りが見えていなかったのだが、おそらくルイを止めようとした騎士
や兵士の成れの果てだろう。
それを見て私は心底思った。『怖い』と。
はっきり言って怖い。私は命を懸けた戦いなんて今までした事がなかった。
そもそも今まで命を懸ける必要などなかったのだから、仕方がないと言えばそうなの
だが、正に今その必要のある状況に置かれているのだ。
一瞬の油断が命取りになる生死を懸けた本当の戦い。
そう思えばそう思うほど、動きが、反応が、鈍くなっていく感覚を覚える。
「・・・そろそろ終わりにしようか」
ルイは攻撃の手を止め、凄まじいほどの魔力を手の平に圧縮させている。
一気に終わらせる気だ。あの魔力ならこの城ごと簡単に消せるだろう。
こんなときにアスがいれば。
いや、今はそんな事を思っても仕方がない。私が何とかしないと。
そうは思っても手がなかった。私なんて魔法が使えなければただの小娘と言われても
仕方ない。だが、もし魔法が使えてもこれを防げる自信なんてなかった。
「これで終わりだ。死ぬがいい」
時間切れ。
ルイは空高く舞い上がり、球体に圧縮させた魔力を私に向かって放った。
万事休すか。例え避けたとしても城をも軽く吹き飛ばす威力だ。間違っても助からない
だろう。
こうなったら一か八かの賭けだ。
私の全魔力を一気に手の平に集め、魔力封じの腕輪に過負荷をかけて壊し、そして
壊れたことによって一気に手から溢れ出す魔力を瞬時に制御して跳ね返すしかない。
もちろんそれには少なくとも3つの問題がある。
1つ目は私の全魔力によって魔法封じの腕輪が壊れるか。
2つ目は腕輪が壊れた後に溢れ出す魔力を瞬時に制御出来るか。
3つ目はもし制御出来たとしても、その力で跳ね返すことが出来るのか。
うまくいく可能性は、あっても3%くらいだろう。
失敗したら・・・いや、そんな弱気じゃダメだ。絶対に成功させるんだ!
そして私は一世一代の賭けに出たのだった。
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