第20話 リンの誤算


 強大な魔力が私に迫る。

「お願い。うまくいってよ!」

 そう自分に言い聞かせ、手を前に突き出し全魔力を手の平へ送る。

 しかし魔力封じの腕輪のせいで魔力がうまく手の平に集めれない。

 その間にも刻一刻と魔力が迫り来る。

 それに更なる危機感を覚えたが、

「こんなとこで死んでたまるか!」

 火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。

 私は今まで以上の魔力を体の中から感じ、その魔力を手の平に送り込む。

「もっと!もっと魔力を!」

 私はひたすら手の平へ魔力を送っていく。すると、

ピシッ

 魔力封じの腕輪にわずかだが亀裂が入る。

 よし。ヒビが入った。このまま魔力を送り込めば壊れそうだ。

ピシピシ・・・・・・パキン!

 そしてついに魔力封じの腕輪が壊れた。

 その瞬間、今まで腕輪によって手の平へと送られなかった魔力が、一気に手の平へと

向かう。

「うわっ!?」

 その魔力は想像を絶するほどで、とても制御出来るようなものではない。

 手の平から魔力の奔流により、とめどなく流れ出て行く。

 だがこの魔力を制御しないとあの魔力球を跳ね返せないのだ。

 そしてその魔力球は私のすぐそこまで迫っていた。

「何としても制御してみせるんだ!」

 私は手を魔力球へ向け突き出し、流れ出る魔力を1点に集中させて魔力球を跳ね返

そうと神経を集中させる。

 しかし本来自分の扱える以上の魔力が手から溢れ出ているため、手が魔力の放出に

耐え切れず、まるで手が焼かれているような痛みが激しく襲う。
 
 その痛みのために、私はうまく集中が出来ないでいた。

 手が焼けるように痛い。でもここであれを跳ね返せなければ死んじゃうんだ。こんな痛

みなんかどうって事ない!

 半ば自棄(やけ)になりながら、私は痛みをなるべく感じないよう魔力の制御に集中し

ようと努める。

 するとその成果があり、垂れ流し状態にあった私のとめどなく溢れ出す魔力を制御す

る事に成功した。

 そして制御した魔力を魔力球に向かって私は放った。

 

 

 アスたちと別れ、私はグラン国から近いザキオス国へ向かった。

 だが、正直あまりこの国には足を踏み入れたくない。

 ザキオス国。私の育った国。私が3年前でいた国。そして2度と足を踏み入れるつもり

が無かったはずの国。

 別にこの国が嫌いというわけではない。

 子供の頃、城の前で行き倒れになっていたところをザキオス王に拾ってもらい、今まで

育ててもらった恩もあり、ザキオス王にも感謝している。

 ただこの国にいると昔の自分を思い出してしまうのだ。

 あの王の命令が絶対だと信じていた、ほとんど人間の感情を持たなかった自分を。

 しかし今回はそうは言っていられない。

 今起こっている事態を各国の王に伝えなければいけないのだから。

 

 

「うーん・・・」

「・・・・・・」

「うーん・・・」

「・・・・・・」

「うーん・・・」

「さっきから何唸ってるの?」

 アスはさっきから難しい顔をして『うーん・・・』と唸りっぱなしだった。

 もう5分は唸っていただろう。

「何か嫌な感じがする。胸騒ぎってやつかもしれない。お前は何も感じないのか?」

「うん。僕は何も感じないよ」

 僕は危険な事には敏感な体質である。

 この敏感な体質なために今までどれだけの身の危険から逃れてきただろうか。

 そんな僕が何も感じないのだから、少なくとも今ここでの危険はないはずだ。

「そうか。お前がそう言うのなら・・・」

「もしかしたらリンさんと離れたから気になってるだけだったりして。心配性だな〜」

 僕がボソッと思ったことを口から溢すと、アスが突然何か小さい物を投げてきた。

 そしてその何かが僕の口の中へと入る。

「・・・っ!」

 とたんに口の中が酸っぱくなった。

「今何か言ったかな〜?」

 アスが冷ややかな目で僕を見ていた。

「何も言ってないです。はい」

「ったく。今度変な事言ったら1個と言わず、これ全部口の中に流し込むからな」

 アスが手の上に乗せて僕に見せたもの。

 それは梅干が入った小瓶だった。

「何で梅干なんて持ってるのさ?」

「それはお前、俺が梅干マスターだからなー」

「はいはい。そうですか」

 いまいちアスのノリについていけないので流すことにしたのだが、

「反応が薄いからこれ全部食え。遠慮せず食え。文句言わず食え」

「ちょ、ちょっと止め―――うぐっ」

 問答無用に口を開けさせられ、梅干の入ったビンを逆さにして梅干を流し込んできた。

 うー。しばらく会わないうちにアスは変わった性格になっていたみたい。

 

 

 それは私の大きな誤算だった。

 てっきり私は火事場の馬鹿力とでもいう力で溢れ出す魔力を制御したのかと思ってい

た。だがそれは大間違いだった。

 私が制御できたのは溢れ出す魔力の量が減ったから。

 魔力の量が減ったために魔力の制御が出来ていただけだったのだ。

 そのために私の放った魔力では対抗しきれず、スピードを落としながらも魔力球は刻

一刻と私の方へ迫ってくる。

 魔力を振り絞って押し返したいのだが、私の魔力はもうほとんどなく押し返すほどの力

は残っていない。

 出来るのはせいぜい今やっている魔力球の向かってくるスピードを落とすくらいだ。

 もはや奇跡でも起きない限りはこの事態を打開する手段はない。

「神様、お願い。奇跡を起こして。私の力だけじゃどうにもならない」

 奇跡を信じ、最後の神頼みをしてみる。

 しかし神頼みをした瞬間、絶望とも言える事が起きた。

「えっ?!嘘・・・」

 なんと私の魔力が底を尽き、魔力球に対抗するものがなくなってしまったのだ。

 今まで抑えられていた魔力球のスピードが元に戻り、そのまま容赦無用とばかりに私

へ襲い掛かる。

 ははは。もうダメだ。私はここで死んじゃうのか。

 

 

 そして轟音と共に、私の目の前が真っ白な光に包まれた。
 

 

<BACK  戻る  NEXT>