長い間、馬車で揺られに揺られて、やっと俺たちは今、大きな聖なる森―――聖域の
入り口に立っていた。
リアの言う通り、今は聖域には結界が張られているようだ。
確かに森の中に入るときに、何か薄い壁を突き抜けるような感覚がした。
「ここが聖域か」
とりあえず道らしきものがあるのでそれに習って奥へと進んでいく。
「そうだね。アスはここに来るの初めて?」
「ああ。お前はあるのか?」
「うん。サギアをここに連れて来るときに護衛をしてた」
「じゃあ、リアと一緒にいたのか?」
「リア?」
それは誰だ?とばかりに、ロイは不思議な顔をした。
「悪い。エスペリアの事だ。あいつから俺をアスと呼んで欲しいなら、私の事はリアと呼
べって言われたんだ」
そう説明すると、ロイは納得したらしく話を続けた。
「うん。そうなるね。僕の場合はまだエスペリアを信じれなかったから、外の敵よりも中の
敵って感じで護衛してたんだけど」
「そうか。しかし初めて来たところだから道が分からないな」
「僕に聞かれても分からないよ。僕だって1回しか来たことないんだから」
道なりに進んできたつもりだったが、途中で道がなくなっている。
どこかで間違えたのだろうか。
辺りを見回してみるが、これといった開けた空間は見当たらない。
「ここで迷子になるのも馬鹿らしい。仕方ない守護者の2人を呼ぶか」
「それがいいね。てか、すでに迷子・・・」
「そんな事ない。ここは特別なとこだし、不思議な力でも働いているんだろうさ」
そう言って誤魔化そうとしたのだが、
「そうだとしても迷子に変わりないよね」
「人のあげ足をとるなー!」
ロイの口の中へ、新しいビンに入っていた梅干を流し込む。
「うぐぅ?!」
あまりの酸っぱさに苦しむロイをよそに、守護者の名前を大声で呼ぼうとすると、
「ここで道に迷ったの?」
突然、後ろから可愛い声が聞こえた。
後ろを振り向くとそこには、さっきまで何もなかったはずのところに肩くらいまである黄
緑髪の少女が1人立っていた。
何も気配を感じなかった。いつの間にあそこへ来ていたんだ・・・。
「おま―――君はシンシアか?」
白い衣のようなものを纏っており、そして背中には真っ白な羽。
リアから聞いた特徴と合っているので聞いてみると、
「えっ?!・・・うん。そうだけど、何でお兄ちゃんたちはあたしの名前を知ってるの?」
突然名前を言われて、シンシアは不思議そうに俺たちを見る。
「俺たちはエスペリアに言われてここに来たんだ」
「そう。神剣の候補者としてね」
理由を聞き、「なるほど」とシンシアは納得すると、
「エスペリアお姉ちゃんはもう連れてきてくれたのか。すばやい対応だね」
そう喜びながら、
「お兄ちゃんたちの名前は何て言うの?」
「俺の名前はアス=リジェルド」
「僕の名前はロイ=ユニス」
「じゃあ、アスお兄ちゃんにロイお兄ちゃん。あたしに着いてきて。アルシアお姉ちゃんの
ところへ案内するよ」
「ようこそ来ました。神剣の候補者たちよ」
シンシアに連れてこられて、木が生えていない大きく開いたところへ来た。
するとそこには、もう1人の聖域の守護者であるアリシアが待っていた。
その横には特別な魔力を帯びた剣が地面に刺さっている。
「あれが神剣か」
確かに魔法剣とは違った、清らかとでも言う魔力を帯びており、その美しさには魅了さ
れてしまいそうだ。
一目見ただけで、普通の剣ではないのが分かる。
それにロイも気付いたのだろう。神剣にの美しさに魅了されているのかさっきから何も
声を発しない。
「エスペリアさんから大体の話は聞いているでしょうが、補足として説明をしておかない
といけない事があります」
アリシアの声で俺もロイも正気に戻った。
「エスペリアさんの場合はその強さを前もって見ていたので、あえて説明をしなかったの
ですが、ある程度の強さを持ったものでないと神剣に触った瞬間、神剣自体が持つ結
界によってその身を焼かれてしまいます。そのためにこの神剣に触る前に、あなた方の
力を試させてもらいます」
「なるほど。俺は構わないぜ」
「僕もいいですよ」
俺たちがそれに承諾した事を確認すると、
「分かりました。では今からあなた方はそれぞれ3つの敵を倒してもらいます」
「3つの敵?」
俺はいまいち分からないので聞いてみると、
「ええ。私たちが今から召喚する敵を見事に倒してくれれば合格です」
「そうだよ。でも強いからお兄ちゃんたち覚悟して戦ってよ〜」
シンシアはこれから起こることが楽しくてたまらないような顔をしながら言ってきた。
「ふん。俺に勝てるやつはそうはいないぜ。かかって来るならかかって来い!」
「僕もやるからには真剣にやりますよ。それにアスに僕の強さを見せるにはちょうどいい
機会だし」
お互いやる気は満々だ。
守護者の方を見ると、何やら2人は今からの段取りをしているようだった。
「シンシアはどちらとやりたい?」
「あたしはアスお兄ちゃんがいいかな」
「では私はロイさんとやりますね」
向こう側も段取りがついたらしく、俺たちの方へ向き直ると、
「それでは少しの間、あなた方を試させてもらいます」
「アスお兄ちゃん、いっくよ〜」
そして俺たちの試験が始まった。
最初の召喚された敵は、全体的に見れば銀の皮膚をしたただの虎に見える。
しかし、体の表面全体が金属質で出来ているのか、剣で斬りつけても切れはしない。
さらに尻尾は伸縮自在であり、尻尾の先の方は剣のようになっており、切れ味が非常
に良く、大岩などもバターを切ってるようにサクッと切り落としている。
これはかなり厄介な敵だ。それにこんな召喚獣は初めて見た。
少し遠くで同じくアリシアの試験を始めたが、召喚されたのは虎ではなく獅子だった。
しかし違うのは姿だけらしく、あとは俺が戦っている虎と性質は変わりがないようだ。
俺と同じく苦戦を強いられている。
「これは変わった召喚獣だな」
普通『召喚獣』と言うのは、術者の魔力によって異世界である獣界と呼ばれる世界か
ら、一時的に呼ばれて召喚されてくるものである。それなのでどれもしっかりとした生物
として見ることが出来る。
皮膚を切られれば、人間とは違って青や緑色ではあるが血を流す。
しかし、今目の前にいるのは明らかに無機物に思えるのだ。
「それはそうでしょ。この銀虎(ぎんどら)ちゃんはあたしが召喚獣を超える召喚獣として
作ったんだもん。あたしだけが使える特別な召喚獣なんだよ〜」
「そんな事が出来るのか?!」
「あたしは人間じゃないからね。特別なの〜」
なるほどな。こいつらが持つ特別な力ってわけか。
「それより逃げてばかりじゃなくて、戦ってよ〜。これじゃあ試験にならない〜」
俺がひたすら牙や尻尾の攻撃を避けて攻略法を考えているのが不満らしく、シンシア
は頬を膨らませながら文句を言ってきた。
「そうは言っても、倒し方が分からないんだ。もう少し待ってろ」
「これに時間かかってるようじゃダメ〜。次のはもっと強いんだから」
「言ってくれるぜ」
確かにこれは1つ目の試練だ。ここで苦戦しているようじゃマズイな。
そろそろ決めないとな。
「表面が金属で出来てるならこれでどうだ!」
電撃の魔法を銀虎に向けて放つ。
「ぐぉぉぉぉ!」
それが銀虎に当たると効果抜群らしく、大きく横にバタンと倒れた。
起き上がってくるかと少し待つが、銀虎が起き上がってくる気配はない。
「へへ。これでどうだ?」
やったぜ、とばかりにシンシアの方を見るが、
「それなりにやるみたいだけど、それくらいの電撃じゃ私の可愛い銀虎ちゃんは倒せな
いよ〜。立て!銀虎!」
シンシアが掛け声をかけると、倒れていたはずの銀虎がムクリと起き上がってきた。
「まだなのか・・・。でも弱点は分かったし、すぐに終わらせてやるぜ!」
「ふふ。アスお兄ちゃん、甘いよ。さっきのが銀虎ちゃんの本気だと思わないで」
銀虎がさっきと同じように俺に向かって突進してくる。
「なっ!?」
しかしその向かってくるスピードに驚きを隠せなかった。
銀虎のスピードはさっきまでの比じゃない。恐ろしい速さだった。
ドゴッ
あまりの速さに体が反応しきれず、銀虎の突進をモロに受けてしまい、近くの大木へ
体を突き飛ばされ叩きつけられた。
「かはっ!」
咳き込むと口から赤い液体が吐き出された。今ので内臓をやられたようだ。
予想以上のダメージですぐには体勢を立て直す事が出来ない。今攻撃されたらアウト
だ。
そう思い、危険が最高潮に達したのだが、銀虎は攻撃をしてこなかった。
なんとシンシアの横で座っていた。どうやら俺が起き上がるのを待っているようだ。
「アスお兄ちゃんは本当に強いのかな?今のがただの突進じゃなくて、そのまま牙で噛
みつかれてたら終わりだったよ〜」
シンシアは俺の苦しむ姿を見ながら、やや諦めがちな目で見ている。
しかし今のは予想外にしても油断が過ぎていた。
今は試験であるからこれだけで済まされているが、本当の戦いだったら今ので俺の命
は終わっていただろう。
まさかここまで力の差があるとは思っていなかったな。
始めの試験だと思って甘く見ていたようだ。
「油断しすぎてたようだな。俺も本気でやってやる」
立ち上がりながら出来るだけ早く体の傷を癒していく。
そして立ち上がり、今までセーブしていた魔力を開放した。
「おっ、魔力が上がった〜。今の言葉、ただの負け惜しみじゃないみたいだね〜」
「当たり前だ。ここからが本番だぜ!」
そして銀虎に狙いを定め、俺は再び戦いを始めた。
僕がこの獅子の白帝(はくてい)と戦っていると、何かが何かに思い切り叩きつけられ
るような音がした。
その音のした方をを見ると、なんとアスが血を吐きながら木に寄り添って倒れていた。
まさかアスがやられた!?
そのことで動揺していたせいで白帝の攻撃を避けるタイミングが遅れてしまった。
そして白帝の爪が胸を切り裂く。同時に胸に激しい痛みが走った。
しかし甲冑を着ていたおかげでそれほど深い傷ではないようだ。
「あまり人の事を心配している場合ではないですよ」
少し離れたところで見ていたアリシアが注意をしてきた。
「ええ。それは今身をもって実感しましたね」
「どうやらシンシアの銀虎が本気を出したようですし、そろそろ白帝も本気で行かせても
らいます」
すると白帝の体が光り始めた。バチバチと音がしているところを見ると、体に帯電させ
ているらしい。いよいよ本領発揮らしい。
「こっちの召喚獣は電撃で倒せないようですね」
「ええ。白帝は銀虎の弱点を補って作りましたから」
つまりは銀虎の改良版。銀虎よりも強いということか。
それなら僕がこの白帝をアスより早く倒せば、アスより強いって事になるのかな?
戦闘中にも関らず、アスの悔しがる顔を見てみたくなった僕はふと笑みをこぼした。
おっと、いけない。また余計なことを考えて隙を作ったら危険だ。
「それならこっちも技の出し惜しみはせず、全力で行きます」
銀虎に向かっていくと、さっきと同じように高速の動きで銀虎も向かってくる。
しかしもう何の油断もしていないため、この動きにもついていける。
そしてしばらくの間、攻防戦が続く。
銀虎の尻尾や牙などの攻撃を剣で防ぎつつ、タイミングを見計らって電撃を放つ。
しかし動きが素早いためになかなか当たらない。
「ダメだよ。アスお兄ちゃん。そんな電撃くらいじゃ例え当たっても倒せないよ〜」
「・・・・・・」
それくらいは俺にも分かっている。
しかし久しぶりに本気でやるために、体が思うようについてこない。それに勘のズレも
感じる。
完全に調子が戻れば大技が使えるのだが、今この速さの中で魔法を使うには時間が
足りなさ過ぎる。それを使うためには、僅かな隙を作らなければいけない。
それなので弱い電撃だろうと、1回当てて怯ませなければいけないのだ。
ひたすら攻防しながらその方法を考える。
「アスお兄ちゃんってもしかしてそれしか電撃魔法ない?」
そう言って不審そうに同じ攻防を繰り返している俺を見る。
それに対して何か反応を返したかったが、そんな余裕などなかった。
いつまでもこんな事繰り返していたらいずれ魔力が尽きてしまう。早く解決策を見つけ
なければ。
ゴゴゴゴゴ ・・・
それを考えていると突然大きな音と共に地面が揺れだした。とてもじゃないが真っ直ぐ
立っていられない揺れだ。それは4足歩行である銀虎も同じなようだった。
「な、何だ?」
「え〜?何この揺れ〜?」
シンシアも驚いているところを見ると、どうやら銀虎の新しい技ではないらしい。
その揺れはしばらくすると収まり、また静かになった。
「何だったんだ?」
俺がそう呟くと、
「ん〜。ロイお兄ちゃんがアリシアお姉ちゃんの白帝を倒したみたいだから、その時の魔
法らしいよ〜」
「・・・!?そうなのか?」
「うん。アリシアお姉ちゃんからテレパシーで今来た」
そうか。俺より早く倒したのか。俺がこんな有様じゃ、今戦ったらロイに負けるかもしれ
ないな。だけど年上としてそれだけは嫌だ。
「でもちょっと意外だったな〜。てっきりアスお兄ちゃんの方が強いと思っていたのに」
シンシアは落胆の思いを隠せないようで呟いた。
「それはどういう事だ?」
「あの白帝はあたしの銀虎よりも強かったんだよ。この銀虎の弱点を補った分ね〜」
「そうなのか?!」
「うん」
「今の俺はロイに劣ってるのか・・・。それなら俺もその銀虎に早く勝たなくちゃな」
かなりのショックはあったが、ここで戦意喪失している場合ではない。
「果たしてそんな電撃魔法しか使えないでいるアスお兄ちゃんは勝てるのかな〜?」
「やっと勘が戻ってきたからな。それに勝つための方法も浮かんだ。次で決めるぜ!」
「じゃあラスト勝負になるね。行け、銀虎〜!」
そして俺は銀虎に勝つべく、最後の攻撃に出た。
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