第23話 鬼ごっこ


「そんな・・・リンが死んだだと・・・」

 疾風から手を離したかと思うと、ショックのためかアスは放心してしまった。

「アス」

「アスさん」

「アスお兄ちゃん」

 僕たちが声をかけても反応を返してこなかった。

 くそ、完全に僕たちの失態だ。

 お城に置いておけば危険な目に合わないと思っていたのが完全に裏目に出た。

 まさか城を完全に消し去るなんて事、考えも及ばなかった。

 もしあのままリン王女を連れて来ていたら―――いや、どちらにしても城は消されてい

たのだろう。

 しかしリン王女の事も気になるが、僕が見たあの映像の中ではグラン国の誇る最強騎

士団『王虎』がいなかった。

 あの緊急事態の中、姿を見えなかったのは気にかかるし、グラン王やその血族の生

死も気になる。

 もしもの時の抜け道はあるのだが、あそこまでクレーター化していると、逃げ遅れて一

緒に・・・と言う可能性も否めないのだ。

 一刻も早くグラニアに戻り、今の現状を把握したい。

 しかし今は神剣を手に入れるための試験中だ。

 僕は一体どうすればいいのだろう。

「一刻も早く戻りたいでしょうし、一気に最後の試験をすることにしましょうか?さっきの戦

いを見ている限り、2つ目の試験はおそらくクリアでしょう」

 僕の考えが分かったのだろうか。アリシアがそう提案してきた。

 その提案は願ったりもないことであり、断る理由が無かった。

 多少時間がかかってもやはり神剣を手に入れられるか試すべきであろう。

 それが今の状況を打開するために必要な物であるのだろうから。

「ありがとう。さっそく最後の試験をお願いします」

「分かりました。ですが・・・」

 アリシアは放心状態になっているアスの方を見た。

 完全にアスはダメになっている。

 あれでは全く試験を受けれる状態ではないだろう。

 しかしこのまま放って置くわけにもいかないので、多少手荒くなるが手っ取り早く現実

に戻すことにした。

「あっ、ロイお兄ちゃん。何するの?!」

 僕は座り込んでいたアスの胸倉を掴み、無理矢理起き上がらせる。そして、

バシッ!

 顔面を思いっきり殴った。容赦無しに、だ。

 手加減せずに殴られたため、アスは鼻血を出しながら後ろへと飛ばされていった。

 それでもアスは放心状態から戻らない。

 この姿を見て、今まで抑えていた感情が一気に溢れ出した。

「アス!しっかりしろ!何を放心状態になってんだよ!ここで放心状態になってたって仕

方がないだろ?!」

 再びアスに近づき、胸倉を掴む。

 そして今度はある程度手加減して、後ろへ飛ばされない程度に顔を殴り続けた。

ガスガスガスガス

「あわわ。ちょっとロイお兄ちゃん!止めなよ!」

 それを見てシンシアは止めようとするが、僕は殴る手を止めない。

 そしてさらに言葉を続けた。

「大体アスだけじゃないんだぞ!僕だって自分の大事な妹が魔族に乗っ取られたんだ!

放心状態になりたいのはこっちも同じなんだよ!」

  するとこの言葉を聞きアスが正気に戻り、胸倉を掴んでいた手を振り解いた。

「・・・そうだったな。お前も妹が・・・」

 小さい声でアスはそう言った。そして、

「悪かった。俺としたことが見苦しいとこ見せちまったな。リンの敵を取るためにも、そし

てルイを魔族から解放させるためにも、ここで立ち止まってるわけにいかないな!」

 決意を新たにし、覚悟を決めた表情でそう言った。

 

 

「うわっ?!」

「ほらほら。早く逃げないと捕まえちゃうよ〜」

 俺が森の中を走り回ってると、突然横からシンシアが現れ、俺に触ろうとする。

 俺は触ろうとする手を避けて、ひたすら逃げて回っていた。

 しかしこの森をよく知っているからなのか、シンシアは俺の逃げる先々に現れては俺に

触ろうとする。

 それ以前にシンシアの移動力がハンパじゃなかった。

 こっちが本気で走っているのに対し、あっちはまだまだ余裕ありそうに笑いながら追い

かけてきている。

「そろそろ3分経ったし、徐々に本気でいくよ〜」

 すると突然何かに躓き俺はバランスを崩す。

 躓かされたものを見ると、地面がレンガのように綺麗な長方形に盛り上がっていた。

 おそらく「本気でいく」と言ったシンシアが、魔法で地面を盛り上がらせたのだろう。

「何のこれしき!」

 しかしここで無様に転んで足を止めるほど俺は愚かではない。

 俺はすばやく転ばぬようにバランスを取り戻したのだが、次の瞬間グイッと何かに服を

掴まれた。

「はい。捕まえた」

 俺の服を掴んでいるのはもちろんシンシアだった。

 ほんの僅かな時間のロストもどうやら命取りらしい。

「あと2回だね。10秒数えるから早く遠くに逃げてね〜。いーち、にーい、・・・」

 俺はその数えている間に再びシンシアからの逃亡を始めた。

 

 

 そもそも俺がなぜこんな事をしているかと言うと、あれは今から10分前の事だった。

 

 

「最後の試験は私たちと鬼ごっこでどうでしょう?」

 アリシアの決めた最後の試験は、なんと『鬼ごっこ』だった。

「ふざけるな!こんな大事なときに冗談なんか言うなよ!」

 さすがにこれには馬鹿にされたと思い、俺は2人に怒鳴った。

 しかしアリシアは冷静に言葉を返してくる。

「冗談ではありません。これは本気です。今のあなた方は少し冷静さを失っているように

見えます。少し冷静さを取り戻すためにも、多少不謹慎かもしれませんが、これが一番

いいと思います。それにこれは10分の時間制限で行いますから、さっきみたいに時間

がかかる事もありませんよ?」

 言われてみればかなり焦っている自分もいないわけではないし、それにリンを失った

悲しみで冷静さを欠いているのも否定はしない。それはロイも同じわけで。

 それに10分で終わるならこっちも願ったりなので、最後の試験は『鬼ごっこ』になった

のだった。

「俺たちがお前らを追えばいいのか?」

「ううん。その逆。あたしたちが追いかけるから、アスお兄ちゃんとロイお兄ちゃんはあた

したちから逃げて。あたしとアリシアお姉ちゃんがお互いにどっちかを追うから、それで

時間内に3回触られちゃったら終わりね」

「普通の鬼ごっことは違うんだな。でも何で3回なんだ?」

 普通は鬼に触られたら鬼交代で、今度は逆に追うはずのなのだが。それに3回もチャ

ンスがあるも気になる。

「それはやってみれば分かるよ〜」

 俺の質問にシンシアは意味深な笑みを浮かべながら答えた。

 まあやれば分かるなら今聞く必要もないか。

「それとルールですが、相手への直接的な攻撃はなしです。それとフィールドはこの森

全体でどうぞ。どこへ逃げてもいいですし、隠れてもいいです。ただ最初に忠告しておき

ますが、隠れない方が身のためだと思ったほうがいいです」

 シンシアの補足で、アリシアが簡単にルールを説明してくれた。

 つまりは簡単に言えば、制限時間の10分間をひたすら逃げればいいってことだ。

「直接的な攻撃は駄目でも、間接的な攻撃だったらいいんですか?」

 ロイが疑問に思ったことを聞いた。

 やはり現騎士だけあってしっかりしている。

 俺は今の説明で全然そんな事は気にならなかったと言うのに。

「ええ。そうですね。足止めなりなんなりしてくれていいですよ。それと、武器の使用は無

しです。自分の力だけでやってくださいね」

「分かった」

「分かりました」

 武器の使用は無しといっても、さっきの銀虎との戦いで剣は使い物にならないので俺

には関係ないことだったが。

「じゃあ10秒数えたらあたしたち追うから、10分間頑張って耐えてね〜。どっちがどっち

を追うかは、始まってからのお楽しみだよ〜」

「分かったから早く始めてくれ」

「はいはい。いーち、にーい、さーん・・・」

 そして最後の試験、『10分間耐久鬼ごっこ』が始まったのだった。

 

 

 そんなわけで俺はシンシアから逃げているのだが、逃げるだけなのに恐ろしく神経を

削っていた。

 シンシアは逃げる俺に、絶えず妨害を仕掛けてくる。

 俺はそれを瞬時に見極め、足を止めないように何とか逃げているのだが、子供の発想

力とでも言うのだろうか。その妨害の方法が子供らしくて、どことなく気抜けしてしまう。

 最初は地面を盛り上げての躓かせから始まり、落とし穴や獣の捕獲用の罠みたいに

足首をロープで絡めとり、木の枝に逆さづりにされたりしていた。

 それくらいならまだ何とかなったのだが、

タッタッタッ・・・ググ・・・

 突然走っていた足が地面から離れなくなった。

「何だ?!」

 いくら足を上げようとしても、地面にくっ付いたっきり離れない。

 地面を見ると、辺り一面に何かの液体が撒かれたように濡れている。

「しまった。粘着液か!」

「ほらほら。そこで止まってると捕まえちゃうよ〜」

 足止めをくらっている俺に、シンシアがもうすぐそこまで迫ってきていた。

 この距離だと逃げる時間が無い。そう思った俺は、とっさの判断で魔法を使った。

「大地よ。俺に従え!」

 すると、俺とシンシアの間の空間で土が一気に盛り上がり、大きな土壁がそびえ立っ

た。

 これで少しは逃げる時間が稼げる。

 すばやく靴を脱ぎ捨てて逃げようとすると、

「ええ?!そんな急には止まれないよ〜」

ドゴォォォン

 シンシアは突然目の前に現れた壁に驚き、そして見事に顔面から土壁に激突し、ぶつ

かった勢いでそのまま土壁を破壊した。

「うぅぅ。顔が・・・鼻が痛いよ〜」

 余程ぶつかった衝撃が痛かったのだろうか。その場にうずくまって鼻血が出ている鼻

をさすっている。

 見たところ、後は多少顔面が赤くなってる程度で他には無事のようだった。

「って、おいおい。何で土壁壊しといて鼻血程度で済んでるんだよ?普通はあの勢いで

壊したなら程の衝撃なら顔潰れるぞ」

 とっさに土の壁を造ったとはいえ、その強度は石くらいはあったはずだ。

 それに勢いよく、それも顔面からいって破壊したのに、鼻血だけの被害なんて・・・。どう

いう体の構造をしているのだろうか。

 俺が逃げゼリフのようにその言葉を残し、靴を脱ぎ捨て再び逃げ始めた。すると、

「ちょっと怒ったよー。残り5分は容赦しないんだからー!」

 もうすでに遠くなったところで、シンシアはそう叫んでいた。

 

 

「はい。これで残り2回ですね」

 始まって2分経った頃だろうか。早くも僕は捕まってしまった。

 今のは油断していた。まずは小手調べのつもりで軽く走っていたら、あっという間に距

離を詰まれてしまった。

「本気で逃げてください。油断は大敵です。そうしないとすぐに捕まえちゃいますよ?」

 俺が手を抜いて逃げていたためなのか、アリシアはやや怒ったような表情で忠告をし

てきた。

「そうみたいですね。次からは本気で逃げます」

「はい。では10数えたら追いますので、早く逃げてくださいね」 

 

 

 シンシアを予想外な事ながらも足止めして逃げていたのだが、いつまで経ってもなぜ

かシンシアが後ろから追ってこない。

 さっきのでやっぱりどこか怪我して動けなくなったのか?

 心配になり様子を見に戻ろうかと足を止めようと思った。しかし、

「これでどうだ〜」
 
 突然横の木の茂みからシンシアが現れ、俺を掴もうと手を向ける。

「・・・?!」  
 
 とっさに条件反射でシンシアの手からうまく避けた。

 今のは危なかった。もし声を出さずに現れてたら避ける暇なく捕まっていただろう。

 だが何かおかしい。

 俺は周囲に気を張っていたのに、全く近づいてくる気配など感じなかった。

 それなのに突然シンシアは気配も無く横から現れたのだ。

「あれれ?奇襲失敗かな?」

「そうみたいだな。声を出さなければ捕まってたかもしれないのに惜しいことをしたな」

 俺は勝ち誇ったように言って、立ち止まってるシンシアから再び逃げ始めたのだが、

「ううん。成功みたい。だって・・・」

 残念そうにしていたシンシアが突然ニヤリと笑ってこっちを見たかと思うと、グイグイと

何かに袖を引っ張られた。

「ん?・・・げっ!」

 何と俺の横では袖を引っ張りながら、後ろにいるはずのシンシアが一緒に並んで走っ

ていた。

「ねね。成功だったでしょ?」

 驚く俺を見ながらシンシアは嬉しそうに喜んで言ってきた。

 どうやらさっきの奇襲をしてきたシンシアは、土を使って魔法で造った土人形だったらし

い。

 さっきの場所にはすでに魔力が切れ、崩れ落ちた後の土の山があった。

 道理で気配を感じなかったわけだ。生きていないんだからな。

 この聖域全域には魔力が篭っているので、多少の魔力なら混ざってしまって判断出来

ないのだが、うまくそこを付かれてしまったようだ。
 
 子供の思考だと思って油断した。

「じゃあ残り3分であと1回だよ。ペース的にはいい感じだけど、最後まで逃げ切れるか

な〜?まあ、頑張って」

 そしてシンシアは走っている俺から手を離して止まり、また10秒を数え始めた。

 

 

 アスが魔法で出来た土人形で油断して捕まったとほぼ同時に、僕も同じように土人形

で油断して捕まってしまっていた。

「あらあら。なかなかうまく逃げると思ったんですけど、これにはやはり油断しちゃうんで

すね。常に気を張っていないと駄目ですよ?」

「忠告をどうも。自分でもこれに引っかかるとは思いませんでしたよ。奇襲をうまく避けた

と思って回りの警戒を解いたばっかりに・・・」

 奇襲をかけてきたときに、気配が感じなかったからおかしいとは思ったのに、とっさに

避けるので気を取られて背後から捕まってしまった。

「だから言ったでしょう?油断は大敵、と」

「確かにさっき聞きましたね」

「残り3分ですし、頑張ってお逃げください」

 そうは言われ、僕はラストチャンスの逃亡を始めた。

 

 

 制限時間は残り3分。果たして逃げ切れるのだろうか。
 

 

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