「リンは無事なのか?!」
「ええ。過度の火傷を負っていて酷い状態ですが、命の泉に体を浸けていますので命の
心配まではないです。ただ火傷が完全に癒えるまでには時間がかかります」
「そうか。それなら良かった」
アリシアとシンシアは聖域の入り口付近で倒れていたリンを発見すると、すぐに命の泉
へとリンを運んだ。発見したときは一刻も争うような危険があったらしい。
しかし対処の早さが幸いして、何とかリンは一命を取りとめたようだ。
「しかし気になりますね」
「そうですね」
俺の側でアリシアとロイが難しい顔をして呟いた。
「何がだ?」
「気付かないの?リン王女は大火傷をしたんだ。それなのに自力でここまで来れるはず
がない。それに万に一つ、リン王女が自力でここに来たとしても、時間的にここへ来るの
が早すぎる。まだグラニアでの爆発から1時間も経っていないんだ」
「それなら『リンは誰かの手によってここに連れて来られた』って考えるのが普通か。しか
しそうだとしても、短時間でここまで来れるはずがないよな」
例え俺でもグラニアからここまでは到底1時間では来る事は出来ない。
エスペリアの歌で限界超えの速度が出たとしても無理だ。
「少なくとも人間では無理だと思う」
人間では無理だとすれば、
「じゃあ魔族が連れてきたって言うのか?そんなはずは・・・」
「いえ。おそらく魔族が連れてきたのだと思います」
そんな俺の否定をアリシアは打ち消した。
「何でそう思うんだ?」
「さっきの試験中にロイさんを追っているとき、少しの間ですが聖域の外で邪悪な力を感
じました。もしかしたらその邪悪な力を持つものが、リンさんをここへ連れてきたのかもし
れません。魔族なら空間を渡ることが出来るので、時間的にも可能ではありますから。そ
れにおそらくあの爆発から救ったのも、私は同じ魔族だと推測します。あの爆発に巻き
込まれたらまず生きてはいれないでしょう」
魔族の仕業にすれば時間的な理由も、リンが生きている理由もつくにはつく。
しかしそうなると、魔族に殺されようとしていたリンを他の魔族が助けた形になる。
人の負の感情を糧とする魔族が人を助けるなんてまずありえないはずなのにだ。
仮にもし本当に魔族がリンを助けたとしても、一体何の理由があってリンをここまで連
れてきたのだろうか。
「今はその邪悪な力は感じないんですか?」
「ええ。今は何も感じません」
「うん。あたしも何にも感じないよ」
「そうだとすれば魔族の仕業じゃなかったのかな?それともリン王女に何かをさせるため
にここへ連れてきたのかな?」
ここで何かをさせるために連れてきたとしたらやる事は1つだろう。
「何かって、神剣を抜かせる事か?!」
「それもありえるけど、もしかしたらここで何かをさせるんじゃなくて、他のところで何かを
させようとしている可能性もあるよ。そのために大火傷をして虫の息になっていたリン王
女を命の泉があるここへ連れてきたのかも」
ロイの言う通りだとしたら一体何をやらせようとしているのだろうか。
「でも今考えてもキリがないし、とりあえずはリン王女が生きてた事を喜ぼうよ」
「そうだな」
ここまでリンが来た経緯が不明であろうと、唯一はっきりしている確かな事はリンが生
きていた事だ。
生きてて本当に良かったぜ。
こうしてリンの安否が確認出来たためだろうか。
急に今までの緊張の糸が解け、今までの疲労が一気に押し寄せ俺は意識を失った。
気付くと俺は木で出来た小屋の中で寝ていた。
その小屋にある窓から外を見てみると、空はすでに真っ暗くなっており、明るい月の光
が窓から入ってきている。
随分寝ていたらしい。
小屋の中を見てみるが、ロイやアリシア・シンシアの姿は無かった。
外にいるのかと思い小屋から出ると、すぐ側でロイとシンシアが月明かりしか光の無い
闇の中で戦っていた。
俺は疲れて寝ていたというのに、ロイはまだ動く元気があるようだ。
俺より若い分元気があるのか。って、俺と1つしか違わないか。
しかしアリシアの姿はどこにも確認出来ない。
「あー!アスお兄ちゃん、起きたんだね〜」
シンシアは俺の姿を見つけると、一足飛びで俺の目の前までやってきた。
「ああ。今起きた」
「急に倒れるからビックリしたよ〜」
「あんなに連戦は久しぶりだったからな。自分で思ってたより疲労が溜まったらしい」
「あれくらいでダウンしちゃうなんてもう若くないね」
俺の側に歩いて向かってくるロイが冗談っぽく言ってきた。
「うるさい。お前とは1つしか違わないだろ。それよりアリシアはどこに行ったんだ?」
「アリシアお姉ちゃんならリンお姉ちゃんのとこにいるよ」
「命の泉か。ここからだとどこにあるんだ?」
「この先にある洞窟だよ」
「そうか。分かった」
シンシアは洞窟の方を指差して方向を示してくれたので、俺はその方向に向かって歩
き出した。
そして10歩ほど歩いただろうか。
ズボッ
「うぉ?!」
ドスン
突然あるはずの足場が無くなり、俺は重力に従って無様に落下した。
「いって〜。一体何だ?」
ぶつけた頭をさすりながら自分の周りを見る。すべて土の壁だった。
「あはは。落ちた落ちた〜」
そんなシンシアの笑い声が上から聞こえてくる。
どうやら俺はシンシアの作った落とし穴に落ちたらしい。
「ダメダメ、アスお兄ちゃん。いかなるときでも油断は禁物だよ〜」
「シンシア〜」
俺は落とし穴から這い出ると、仕返しとばかりにシンシアのこめかみを両側からグーで
グリグリと痛めつけた。
「痛い、痛いよ〜」
少しそれをやっているとシンシアが半分泣きながら懇願し始めた。
まあ子供を泣かすのも気が引けるのですぐに許してやることにした。
「あまり悪戯するなよ」
こめかみから手を離して目的の洞窟へ再び向かおうとしたのだが、
「あ、アスお兄ちゃん。そっちの方向じゃないよ」
シンシアに呼び止められ、俺は足を止めた。
「え?さっきこっちの方向指してなかったか?」
おかしい。シンシアやロイのいる位置と、落とし穴の位置から考えてもこっちの方向で
いいはずなんだが。
「えっとね、さっきのは単に落とし穴に落ちてもらいたかっただけなんだよ。本当はあっち
が洞窟・・・だったりする。あはは〜」
シンシアは申し訳無さそうな顔をしながら、さっきとは正反対の方向を指差した。
俺は無言でシンシアに再び近づくと、問答無用でシンシアの両頬を外側に向けて引っ
張ってやった。
「むぐぅ〜。いひゃいいひゃい〜。ひゃめへ〜」
「何言ってるか分かんねぇ〜。もっとやって欲しいのか?」
シンシアは涙目で懇願するが、今度は無視して頬を引っ張り続ける。
「むぅ〜!むぅ〜!!!」
さらに引っ張り続けると、だんだんシンシアの目がつり上がっていく。
「そろそろ許してあげるさ。怒り始めてるよ」
ロイの言うようにどうやらそのようなので、俺は仕方なく頬から手を離した。
子供を怒らすと何をしでかすか分からないしな。
しかし手を離すのがすでに遅かったようだ。
手を離した瞬間にシンシアの姿が目の前から消え、そう思った次の瞬間には俺の腹に
強烈な衝撃が走った。
「ぐはっ!」
「アスお兄ちゃんのバカ〜!!!」
そして俺は空高く打ち上げられ、受身もロクに取れずにそのまま地面に落下し、再び意
識を失ってしまった。
次に俺が気が付いたときにはまた小屋の中で、そろそろ空が明るくなり始める頃だっ
た。
外の空気を吸おうと起き上がろうとすると、ズキッと腹に痛みが走った。
くっそ〜。見た目が子供だと思って油断してたらとんでもないパンチしてやがる。
すでにボロかったとはいえ、甲冑の腹の部分に小さな穴がポッカリ開いていた。
怒ってたとはいえ手加減はあったんだろが、それでこんなパンチだったとしたら甲冑着
てなかったら冗談抜きで腹に穴が開いてたな。
もうシンシアを怒らせるのは止めよう。
小屋から出ると洞窟のある方向から急いでる感じにシンシアが走ってくる。
「あー!アスお兄ちゃん!早く洞窟に来て!」
昨日の文句の1つくらいは言ってやろうとしたのだが、真剣な表情でリンがいる洞窟へ
俺を呼ぶので、リンの身に何かあったのかと不安に駆られてシンシアに言われるままに
洞窟へと向かった。
洞窟に入り泉の前に急いで来ると、そこには2人に介抱されているリンの姿があった。
「リン」
俺が名前を呼ぶと、リンも俺がいることに気付いた。
「アス。ちょっと見ないうちに甲冑がボロボロになってるね」
まるで何事も無かったようないつも通りの笑い方・話し方で少し安心した。
もしかしたら死の恐怖で精神がやられているかもとかなり不安になっていたのだが、こ
の様子を見ればそんな事は心配いらないだろう。
「そういうお前だって、昨日は体中真っ黒で俺の甲冑以上にボロボロだったぞ」
俺もさっきのお返しとばかりに軽く言ってやった。
昨日は大火傷だったはずなのだが、泉の力のおかげで今のリンには火傷も傷も綺麗
に消えていた。
すごい効力のある泉だ。
「そうみたいだね。さっきアリシアから聞いたよ。ここに来たときには体中大火傷で、生き
るか死ぬかの淵をさ迷うほど酷かったって」
「もう体は大丈夫なのか?」
見た限りでは完治しているように見えるが実際はどうなんだろうか。
「それが、外見の傷は全部無くなってるんだけど、何か体に違和感があるんだよ。体の
内側のどこかがおかしいのかな?」
「それはありませんわ。この泉の水は体の中も外も癒す力がありますから」
「じゃあ何なんだろ?」
「単に今まで悪かったところが、泉の力によって良くなったせいとかじゃないのか?肩こ
りとか腰痛とかよ」
「失礼な!私はまだ肩こりや腰痛で悩むような歳じゃないよ!」
リンは俺の冗談に突っ込むと、すばやい動きで俺の腹にパンチを食らわす。
いつもならリンの動きはよく見えて、攻撃がくるところを魔法で強化してダメージを抑え
ているのだが、今の動きはうまく見えなく防御が出来ないまままともに食らった。
不覚だ。まだ俺に疲れが残っているのだろうか。
しかも昨日シンシアにやられたところにジャストフィットなのでかなりの激痛が走った。
激痛のあまり、思わず片膝をついてしまうほどだ。
「あれ?そんな今の効いたの?」
予想外の動作をした俺を見て、リンが意外そうな顔をする。
「昨日、今と同じとこに強烈なパンチ食らったせいだと思う」
苦しみながらもやっとの事でそう言うと、
「ああ、ごめん。ちょうどいい具合に穴が開いてたからつい狙っちゃった」
言葉では謝っているが、ちっとも悪かったと思ってないような笑顔で返してきた。
「これで終わりです」
ザシュ!
「グギャ〜!」
長い戦いの末、
断末魔を上げて1体の魔族が霧となり無に帰っていった。
そして私はクリムゾンを鞘に収める。
「まさかすでにザキオス王が魔族と入れ替わっていたとは・・・。この様子だと他の国もす
でに・・・。とにかく急がなくてはいけませんね」
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