第5話 今時『ザマス』はないでしょう

 
 今日は朝早くにさっさと依頼人に依頼の品を返して次の街へ向かいたかったのだ

が、どこかの馬鹿の身柄を引き取りに行くことになり、結局依頼人へ返しに向かった

のは昼過ぎだった。

 街の北側にある貴族たちが住んでいる高級住宅街の一角に依頼人の家はあった。

  いや、家というか豪邸だ。

 どうやら依頼人はこの地方の領主の奥さんだったらしい。

 鉄格子の門をくぐり、玄関のドアにあった何とも趣味の悪い真鍮で出来た悪魔の顔を

しているノッカーを叩いた。

 しばらく叩いていると執事が現れ、用件を伝えると「奥様が来るまでお待ちください」と

応接間へ案内された。

 

 

 その応接室の壁などには色々な絵画や肖像・置物などが飾ってあった。おそらくどれ

もすごく高価なものなのだろうが、玄関のノッカーと同じく趣味が悪かった。それに意味

が分からない物まである。

 悪魔の姿を象った肖像があるわ、場違いな置物や絵画はあるわ、穴があちこちに空

いた変な形の壺はあるわで。

 アスはその中の比較的小さい物をあちこち動き回って色々見ている。

 趣味が悪いというのもあったが、私はあまり絵画とかに興味がないので部屋の中央

にあるソファーに座って待つことにしたのだがなかなか依頼人が来ないので、私も暇つ

ぶしに絵画などを見ることにした。

 部屋を回って見ていたのだが、さっきここに置かれていたムンクの叫びみたいな格好

をしている置物の数が減っている気がする。さっきは確か5体あったはずなのに今は

4体しかない。

 他にも、さっき座ってるときに何気なしに見ていた金で出来たチェスの駒が1個減っ

ている。

 それを見て私は1つの結論に達した。

 こいつの性格からして、『ここにあるのは高価なものだから売れば儲かる』とか考えて

るに違いない。

「あのさ、アス」

 私が呼びかけると、私と反対の壁の方に置かれている小物を見ていたアスがビクッと

した。

「な、何だ。リン」

 そして返事の声がかなり震えている。

 私はあえて気付かないフリをして、

「いちお言っておくけどさ、ここにあるものみんな高価そうじゃん?だから売ったら高く売

れるって密かに自分の懐とかに入れてたらまた・・・」

 途中で言葉を区切り、少し貯めてからドスの入った低い声で一言、

「燃やすよ」

 そう言うとアスは慌てた声で、

「アハハ。ま、まさかそんな事するはずないじゃん。イヤだな〜、アハハ」

コトッ
コトッ

 すぐにアスは私の前に来て自分の服を軽く叩いて何も持ってないことをアピールす

る。

 しかし否定したその後すぐに聞こえた音を私は聞き逃していなかった。

 その音はアスのいる位置から聞こえていた。おそらく懐にしまってあったものをそこに

置いたのだろう。

 そしてさっきアスのいたところを見ると、無くなってた置物とチェスの駒が置かれてい

た。

 やっぱり盗もうとしてたか。こいつは目を離すと何するか分からないな、全く。

 

 

 少し待ってると奥さんはやってきたのだが、もうずいぶんな年のはずなのに顔は無理

に若作りしてるらしく化粧は濃いし、着ているドレスやアクセサリーは宝石でキラキラし

ており、『もう少し自分の年考えろ』って思った。正直ケバイ。

 きっとそれらを買う金はこの街からの税金なんだろう。

 趣味の悪い高そうなものは色々持ってるし、奥さんがこんなで無駄に税金を使ってる

ようなこの地方の領主はダメな人間なんだろう。そんな人間がなぜ領主でいれるのだ

ろうか疑問だ。

 そんな事を思いながらも奥さんに依頼の品を返した。

「おお!オリちゃんを取り返してきてくれたザマスか。ありがとうザマス」

 そう言うと依頼人は私からオリハルコンを受け取り、それに涙を流しながら頬擦りをし

たり口付けをしたりした。

 オリちゃんって、オイ。しかもあれって結構汚れてるのによく口付けなんてするな〜。

 てか、『ざます』っていう人初めて見たよ。

 私は何だか可笑しくて笑いそうだったがここで笑うのは失礼だと何とか我慢した。

 だが後ろでアスが私に隠れて「あの格好何?しかもザマスだってよ、くっくっく」なんて

小声で言って笑っていたので足を踏んで黙らせた。

「本当にありがとうザマス。これはとても高いお金を出して買ったもので山賊に奪われ

たと聞いたときはもう目の前が真っ暗になったザマスよ。それが山賊の手から戻ってき

て本当に良かったザマーーーース!!!」

 そう言って号泣しながら私の手を握りブンブン振り回した。喜びのあまり力加減を忘

れているのか私の手を握る力が半端じゃなく強かった。

 おかげでちょっと手が痛いんですが・・・って痛い!マジで痛いよ、おい!

「ちょっとそんな感謝しなくていいですよ」

 痛いのを我慢して何とか作り笑みを浮かべそう言ったのだが全然聞いていない。さら

には手を振り回す度になぜか段々と握る力が強くなっていく。

 これ以上はヤバイと思いかなり無理やりだったが私は握ってる手を放した。

 危なかった。このおばさんにこのまま手を握り潰されるところだったよ。

 私が手を話すと奥さんは正気(?)に戻ってくれた。

「あらら。ちょっと嬉しさのあまり興奮しすぎたザマス。そうそう、謝礼のお金を渡すザマ

スよ」

 そう言って一度部屋から出て行き報酬の入った袋を持ってきて、

「これが謝礼の50万ギルザマス」
 
 そう言って私に報酬の入った袋を渡してくれた。

「どうもです」

 その袋はずっしりとしていてかなり重い。まあ依頼の品の価値があれだから当然と言

えば当然だろう。

 これだけあれば少しの間はお金に困らない生活が出来る。次の街までは余裕で行け

るだろうし、もしかしたらその次の街まで行けるかも知れない。

 そうとはいえ、とりあえずは服を買い換えないといけない。この所々破れたローブでは

流石にみっともなく思えて仕方ない。

 

 

 報酬を貰い、領主の豪邸を後にした私たちはさっそく新しい服を買うためにあちこち

の店を回った。

「うーん。これもいいけどこっちもいいしな〜」

 真剣にあれこれ悩んでいる私を見てアスは「何で買い物にここまで時間かけるかな?

どっちだっていいだろ?」って愚痴を言っていた。

「何言ってるの!女は身だしなみが大事なのよ!」

「そりゃそうかもしれないけどさ、 お前は旅してるんだしすぐに汚れるだろ?『綺麗・可

愛い』より、『丈夫・動きやすい』で考えろって」

 私の言い分に反論するアス。

 うっ、確かにそれはそうだな。って何か珍しくまともな事言ってるな、アス。

 アスの意見はもっともだったので今度は『丈夫・動きやすい』で探してみた。

 するとさっきよりは数が絞れたが、それでもまだ種類は多くあった。

 いちおさっきまともな事言ってたので、アスに「どれがいいかな?」と聞いてみると、

「そうだな〜。お前は魔法だけじゃなくて剣も使えるんだよな?」

「うん。少し前に剣は折っちゃったから今は持ってないけどそれなりに使えるよ」

「じゃあとりあえず、ロング・・・はちょっと重いからショートソードでいいか」

 アスはいくつかある中で一番使いやすいショートソードを選び私に渡す。

「あとは、魔法もお前は使うから魔力を上げる効果のあるショルダーガードが欲しいけ

ど・・・ここにはないみたいだな」

 そう言って少し腕を組み考えた後、

「まあ何にしても買わないわけにはいかないから、軽快さと防具としての実用性をもって

るショルダーガードにしておこう。これなら格闘戦にも対応出来るはずだしな」

 そう言ってまた私に自分が選んだショルダーガードを渡す。

 その後もあちこち回ってマントやグローブやブーツを選んでもらった。それと、なぜか

私はいらないのにバンダナも買うことになった。何でもバンダナしてた方が格好良く見

えるとか言ってたが果たしてどうだか。

 ちなみに全部の合計は30万ギルだった。さっきまでの私の装備してたものの合計

は5万ギルくらいだったから、かなり使ってしまったような気もするが、その分使えるだ

ろうと考え気にしないことにしよう。残りのお金でも次の街までは行けるしね。

 

 

 私の買い物が終わる頃には日が暮れ始めていた。

 あーあ、結局今日もこの街に泊まる事になっちゃったな。まっ、いいか。急いでるって

わけでもないし。

 私は昨日泊まった宿屋へ向かおうとすると、

「あのさ、良かったら俺も宿屋に泊まらせてくれないかな?昨日も言ったけど、俺金を

ほとんど持ってないんだよ」

 アスが申し訳なさそうに言ってくる。

 そういえばそうだったな。昨日は疲れて早く寝たいが為に冷たく突き放したんだっけ。

 まあ今日は色々アドバイスしてくれたしそのお礼って事でいいかな。

 それに昨日突き放したのは今思うと申し訳なかったって思えるもん。だって昨日は山

賊から助けてもらってたんだし。

 あと、ここでダメって言ったらどこかでまた騒ぎ起こしそうで怖い。

「分かった。いいよ」

「ホント?やりぃ」

 私がそう言うとアスは嬉しそうに喜んだ。

 そしてちょっと調子にのって、

「あっ、何なら同じ部屋でもいいよ。俺はお前の護衛だし、同じベットで寝てればずっと

守っていられるじゃん」

「却下に決まってるだろー!」

 そう言いながら私はアスの鳩尾に拳を喰らわした。

 その時の私の顔は怒り顔ではなく、不思議と笑っていた。

 

 

 良かった。買い物のときはすごく普通だから違和感あったもん。実際疲れるけどアス

はこうじゃなきゃつまんないみたいだ、私。
 

 


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